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いつか気付く
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5月の下旬。
たわわに実った枇杷から末長勝昭は目が離せなくなってしまった。
通学路から少し離れたその家は、綺麗に整えられた庭と道路沿いに生えている大きな木が特徴だ。
葉っぱから枇杷なのはわかっていた。入学して高校に通うようになってから、時間があるときは通学路からややそれて枇杷の木の具合を見るのが日課になるくらい。
とはいえ、一般家庭に育った勝昭に枇杷のことなんてわかるわけもない。
ただわかるのは……
「そろそろ食べごろかなあ」ということだけ。
勝昭の枇杷への愛はなかなか深い。小学生のころ、無人の販売所に、お小遣いを握りしめて枇杷を買いにいったくらいなのだ。
両親が買ってきてくれる程度の枇杷では全く足りなかった。お小遣いで買ったものならば100%自分のもの。もちろん、少しは家族にわけるけれど。
無類の枇杷好きの血が騒いで仕方がなかった。
あの枇杷がたべたい。見守ってほぼ2カ月。気になって仕方がない。
肥料を上げたり間引いたり、袋をかけたりなどの世話はされていないから甘くはないだろうしむしろ酸っぱいかもしれない。
でも、食べてみたい。
枇杷……
部活に入っていないのをいいことに、学校が終わるとすぐに枇杷の家に向かった。
怪しいことこの上ないのはわかってはいるけれど、2,3分ほど未練がましく枇杷を見つめその場を後にする日々。
「君、こないだからきてない?」
恐れていたような、まちにまっていたような機会が訪れたのはそうして通いつめて5日ほどたった日のことだった。
「あっ、あの、枇杷、好きなんでみてました。」
学生服を着ているから多少挙動不審でも怪しくはみられないと信じたい。
でも、はたからみれば明らかに怪しい。家のそばでぼうっと空をみているのは。ほんとうは枇杷をながめているのだけれど。
「枇杷……。君、枇杷好きなの?」
「はい、大好きです!!」
「よかったら食べてみない?」
知らない人についていかない、知らない人の家に入らない。
小学生のころに教わったことが頭をちらりとよぎったが、気にも留めずに招かれるがままに家に入った。
――――後で思えば、家に入るほうも入る方だけれど、招く方も招く方だと思う。
親切にはさみと、踏み台を貸してくれ、枇杷をとらせてくれた。そのまま、縁側で枇杷をたべた。
憧れていたその味は……
やっぱり酸っぱかった。今まで食べたどの枇杷よりも。
期待に満ちた表情で一口かじりそして硬直した勝昭を、家の人は面白そうに笑った。
それでも、とった分は全部食べた。
意地とは違う何かがこみ上げてきたからだ。成長を見守った枇杷を味わいたかった、心情的にはこれがいちばん近い。
枇杷をたべおわって、おしぼりでべたべたになった手と口元をぬぐわせてもらい、お茶までずうずうしくすすってようやく。
勝昭は家の人の名前を知った。
「外村さん、今日はありがとうございました。」
覚えたばかりの名前を読んで礼を言った。
「枇杷の木を気にしててもらったみたいで。僕も嬉しかった。ありがとうね、勝昭くん。」
こうして念願をかなえたあとは、もうお邪魔することはない、と思っていたのだけれど……。
なぜか勝昭は外村家へ足しげく通うようになってしまった。
枇杷をたべたのに、枇杷が茶色く枯れてなくなってしまうまでその癖は抜けなかった。
家の外で眺めるよりも庭から眺めてはどうか、と外村に言われて、勝昭は断りきれなかった。
枇杷を眺めながら、お茶やお菓子、なくなるまではたまに枇杷を食べて、とりとめもない話を外村とした。
教師や家族以外の年上の同性と話すのは、楽しかった。
外村は聞き上手で、勝昭の学校生活を面白そうに聞いてくれ、ときには質問をはさみながらきいてくれた。その間には自分のことも話してくれた。
職業は小説家で、この家は親の代にできたもので一人っ子の外村が受け継いだ、と。
「いい家ですよね。」ほれぼれと庭と枇杷の木を眺めながら称賛すると、外村はそうかな、と恥ずかしそうに笑った。
枇杷の実が、とうになくなっても勝昭は通い続けた。
そして、終業式。明日から夏休みだというのに、勝昭はあまり嬉しくなかった。放課後だからとお邪魔していた口実がなくなるからだ。さすがに毎日通うのはずうずうしすぎるのではないか、と外村自身に聞いてみたけれど、「一人暮らしの出不精だから誰かと話すのは楽しい」と笑顔で言われてかなうわけもなかった。
それに勝昭自身、きめていた。4時半から長くても5時半まで、と。毎日とはいえ最長で1時間ならば大目にみてはくれないだろうか。
家にいく目的が枇杷から外村になったことに勝昭は気付いていなかった。
たわわに実った枇杷から末長勝昭は目が離せなくなってしまった。
通学路から少し離れたその家は、綺麗に整えられた庭と道路沿いに生えている大きな木が特徴だ。
葉っぱから枇杷なのはわかっていた。入学して高校に通うようになってから、時間があるときは通学路からややそれて枇杷の木の具合を見るのが日課になるくらい。
とはいえ、一般家庭に育った勝昭に枇杷のことなんてわかるわけもない。
ただわかるのは……
「そろそろ食べごろかなあ」ということだけ。
勝昭の枇杷への愛はなかなか深い。小学生のころ、無人の販売所に、お小遣いを握りしめて枇杷を買いにいったくらいなのだ。
両親が買ってきてくれる程度の枇杷では全く足りなかった。お小遣いで買ったものならば100%自分のもの。もちろん、少しは家族にわけるけれど。
無類の枇杷好きの血が騒いで仕方がなかった。
あの枇杷がたべたい。見守ってほぼ2カ月。気になって仕方がない。
肥料を上げたり間引いたり、袋をかけたりなどの世話はされていないから甘くはないだろうしむしろ酸っぱいかもしれない。
でも、食べてみたい。
枇杷……
部活に入っていないのをいいことに、学校が終わるとすぐに枇杷の家に向かった。
怪しいことこの上ないのはわかってはいるけれど、2,3分ほど未練がましく枇杷を見つめその場を後にする日々。
「君、こないだからきてない?」
恐れていたような、まちにまっていたような機会が訪れたのはそうして通いつめて5日ほどたった日のことだった。
「あっ、あの、枇杷、好きなんでみてました。」
学生服を着ているから多少挙動不審でも怪しくはみられないと信じたい。
でも、はたからみれば明らかに怪しい。家のそばでぼうっと空をみているのは。ほんとうは枇杷をながめているのだけれど。
「枇杷……。君、枇杷好きなの?」
「はい、大好きです!!」
「よかったら食べてみない?」
知らない人についていかない、知らない人の家に入らない。
小学生のころに教わったことが頭をちらりとよぎったが、気にも留めずに招かれるがままに家に入った。
――――後で思えば、家に入るほうも入る方だけれど、招く方も招く方だと思う。
親切にはさみと、踏み台を貸してくれ、枇杷をとらせてくれた。そのまま、縁側で枇杷をたべた。
憧れていたその味は……
やっぱり酸っぱかった。今まで食べたどの枇杷よりも。
期待に満ちた表情で一口かじりそして硬直した勝昭を、家の人は面白そうに笑った。
それでも、とった分は全部食べた。
意地とは違う何かがこみ上げてきたからだ。成長を見守った枇杷を味わいたかった、心情的にはこれがいちばん近い。
枇杷をたべおわって、おしぼりでべたべたになった手と口元をぬぐわせてもらい、お茶までずうずうしくすすってようやく。
勝昭は家の人の名前を知った。
「外村さん、今日はありがとうございました。」
覚えたばかりの名前を読んで礼を言った。
「枇杷の木を気にしててもらったみたいで。僕も嬉しかった。ありがとうね、勝昭くん。」
こうして念願をかなえたあとは、もうお邪魔することはない、と思っていたのだけれど……。
なぜか勝昭は外村家へ足しげく通うようになってしまった。
枇杷をたべたのに、枇杷が茶色く枯れてなくなってしまうまでその癖は抜けなかった。
家の外で眺めるよりも庭から眺めてはどうか、と外村に言われて、勝昭は断りきれなかった。
枇杷を眺めながら、お茶やお菓子、なくなるまではたまに枇杷を食べて、とりとめもない話を外村とした。
教師や家族以外の年上の同性と話すのは、楽しかった。
外村は聞き上手で、勝昭の学校生活を面白そうに聞いてくれ、ときには質問をはさみながらきいてくれた。その間には自分のことも話してくれた。
職業は小説家で、この家は親の代にできたもので一人っ子の外村が受け継いだ、と。
「いい家ですよね。」ほれぼれと庭と枇杷の木を眺めながら称賛すると、外村はそうかな、と恥ずかしそうに笑った。
枇杷の実が、とうになくなっても勝昭は通い続けた。
そして、終業式。明日から夏休みだというのに、勝昭はあまり嬉しくなかった。放課後だからとお邪魔していた口実がなくなるからだ。さすがに毎日通うのはずうずうしすぎるのではないか、と外村自身に聞いてみたけれど、「一人暮らしの出不精だから誰かと話すのは楽しい」と笑顔で言われてかなうわけもなかった。
それに勝昭自身、きめていた。4時半から長くても5時半まで、と。毎日とはいえ最長で1時間ならば大目にみてはくれないだろうか。
家にいく目的が枇杷から外村になったことに勝昭は気付いていなかった。
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