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27.おまわりさんこっちです。いやほんとに
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―――人払い成功。
広々とした寝室には、4人だけ。
「これで満足かしら」
優秀なヒットマンみたいな視線を向けてくるのは、冷徹な美貌のクロディア王妃。
葉巻まで吸い出して、極妻やヤクザのボスみたいな迫力がある。
一国の女王ってこんな感じなのか。脅すのが少し怖くなってきたが、仕方ない。
「で。この後、どうするつもりです?」
退屈したという格好のつもりか、欠伸を噛み殺すアルゲオ。
相変わらずフル勃起でハァハァしてる、ミイラ男……てか、こいつ自分のナニを僕の足に擦り付けてないか!?
「っ、気色悪ぃ!」
「おやおや不敬ですよ。国王陛下に向かって」
ニヤニヤと癇に障る笑みに、殴りつけたろかなんて思う。
「ルベル・カントール。こんなことをしても、貴方の身の安全は保証されない。それどころか、この部屋を一歩も出る事は叶わないわ」
その声は、死刑を言い渡す裁判官のような厳しく厳かだ。しかし、僕の目的はそこじゃない。
「果たして、そうですかね。女王陛下」
「……なにが、言いたいの?」
「僕の方が数枚上手なのかも、と思いまして」
ミイラ男の首筋を、手を変化させた刃物を滑らせた。
鋭い切れ味と上質な布。瞬く間にその下の肌を傷付ける事無く、切り裂かれていく。
「僕も気が付いたのは、ついさっきでした」
……危なかった。この真実を見誤ると、結末が変わってしまう。バッドエンドだけは、勘弁だからな。
「このミイラ男、失礼。国王陛下とされる人物。これ、どなたです?」
大量の布切れを剥がれた後に出てきた容姿……それはあまりにも醜悪なそれだった。
「っふ、ぁ……あ゙あ゙、あ」
僕の腕には余るその男は、荒々しい息を撒き散らして喘ぐ。頭を振り、胸を掻き抱く仕草で見つめていたのクロディアの方だ。言葉は無い。
「……さながら『キュプロクス』でしょうか」
代わりに答えたのは、アルゲオ。赤い瞳を興味深げに細め、口角を上げる。
そう。この男に目が1つしかない。隻眼とかではなく、真ん中に丸い目が1つ。そしてベチャリと潰れた鼻に、歯茎が剥き出し気味の大きな口。
ゴツゴツとした頭には、毛のひとつも生えていない。皮膚は乾いていて、その手触りはまるで像のようだ。
正しくギリシャ神話における神族一つ目巨人、キュプロクス。
「我が国の王が巨人族だった、なんて聞いた事がないですねぇ」
「じゃあ、彼は誰だ? 王様はもう……亡くなっているか、もしくはそれに近い状態なんじゃないのか」
この哀れな巨人は身代わり。何らかの理由で、僕とセックスさせるための……って。僕はコイツに抱かれる予定だったのか、と思うと改めて嫌悪が増す。
だって、さっきから知能らしきモノは感じられない。言葉も話さなければ、こちらの言語も理解している様子はない。
ただ一つだけ、気になるところがある。
「おや? この巨人、耳がエルフのようですね」
アルゲオが呟く。
そう。耳が尖っていた。まるで……。
「それは私の兄よ」
クロディアの声が響いた。
淡々として、感情の籠らないものだ。
「元々は、才能溢れる美しいエルフだった。そして努力家で……強い魔力を求めて旅をしていたの。それがこんな姿に」
そして彼女は哀しみや憤りの色を、ほんの少しだけ瞳に映し呟くように言う。
自業自得だわ、と。
「なるほど。貴女は国王陛下の死を隠すと共に、『彼』を身代わりに据えたのですね。目的は半神の加護と、貴女自身の保身」
アルゲオの言葉に否定はしなかったので、そうなのだろう。
彼女は異種族だ。そもそもその婚姻に否定的な者も多かっただろう、現に今まで国民には女王がエルフであるとは伏せられていたのだから。
「若い頃。一時の熱情で陛下と結婚したけど、現実は厳しかったわ。子はできないし、当たりは厳しいし……それでも生き残っていけたのは、陛下の影となって国を動かしていたからよ」
そこでキッと僕と彼を睨みつけて語ったのは、自身の苦労話だった。
……夫である国王陛下は、お世辞にも真面目なタイプとはいかなかったらしい。
女遊びは激しく、調度品や嗜好品は価値も分からず買い漁る。
放っておけばどんどん国政を圧迫する、と立ち上がったのがクロディアだ。
持ち前の聡明さや豪胆さで、たちまち傾いた財政を建て直し外交も行い。この国が、どの地方もそこそこ豊かなのは彼女の手腕によるものだったらしい。
「私はね、頑張ってきたのよ。愚にもつかぬ人間達の為に。それこそ寝食惜しんで働いたわ。それなのに……この有様よ!」
国王陛下が病に伏すようになると、囁かれるのが跡継ぎ問題。
彼らには子供が居なかったから、他から連れてくる他ない。
そして血の繋がりで連れてこられた『次期国王候補』は、開口一番言った。
『女王は、ただのエルフにお戻りになったらいかがですか?』と。
「その場で殺さなかったのを、褒めて欲しい位ね」
すっかり地をだしたのか、彼女は鼻から葉巻の煙を吐き出して言った。
この喫煙も、長年のストレスが原因だろうか。
……どの世界でも、ストレス感じると喫煙量が増えるらしい。僕には、だんだん彼女が冷徹な女王様から、リストラ寸前のサラリーマンみたいに見えてきた。社会から消耗品の如く扱われた末路の。
そう思えば、この世界だってあまり変わらないのかもしれない。魔法や剣がそこに、オマケでくっついているだけだ。
「戻れるわけないじゃないのよ。実家なんて、結婚する時に縁を切ったんだもの。私にはね、帰る場所すらないのよ?」
自嘲気味に笑う。
「陛下が死んだ事も、隠すしかなかった。生きてる間は、私もここに居られる。でも、時間が無かった」
エルフの寿命等を考えても、いつまでもこのままという訳にはいかなかったのだろう。
「そこで『半神』を利用する事にした、と」
アルゲオが言った。
彼女は頷く。
「こんな姿になった兄が、実家で厄介者になってるのを知った時『これだ』って思ったわ。私も兄も、もうそれに縋るしかなかったから」
「御気持ちは、察しますが」
「こうなったからには、私だって腹を括るわ……何が欲しい?」
紫水晶の瞳が、見つめる。
僕は、小さく息を吐くと、自らの要求を口にした。
僕と人質の解放。そして二度と僕らに近付くな、と。
とはいっても、もうこの国には住めないだろう。やれやれ、やっぱり元の悠々自適な生活に戻るには時間がかかりそうだ。
「叶えられないのなら、今すぐ兵をここに呼べば良い。でもその瞬間、女王陛下の秘密がバレてしまいますがね」
「この男娼めが」
彼女は顔を顰め、悪態をつく。
そして葉巻を床に落とし、足で踏み躙った。
「良いでしょう。……ふん、こうなったからには、私だってさっさとこの国から出て行くわ。まったく、人間ってのはこれだから嫌いだったのよ」
そしてクロディアは暖炉の上、マントルピースの方に歩み寄る。そして何やらブツブツと呟きながら、いじり始めた。
「これでいい」
そういった瞬間。暖炉の火が消え、下の方から地響きが聞こえてくる。
そして音がじきに収まると、薪と火があった所がぽっかりと空洞が出来ていた。空気が通っているらしい。
「隠し通路。万が一の時に、造らせておいたわ。人質はこの先の地下牢にいる」
「鍵は?」
「……アルゲオ」
ベッドに放り投げられた鍵束。彼が投げたらしい。
何やら思案したような顔で、黙っている。
「地下牢の奥にも通路がある、そこから城の外に出られるわ」
「あとは、二度と僕に手を出さないって誓って頂けますか?」
「……えぇ」
これは彼女を信じるしかなさそうだ。
互いに、どう足掻いてもこの道しかないのだから。
僕は、人質にとっていた彼から刃物を外す。
どうでもいいけど、コイツずっと僕に身体擦り付けてて気持ち悪かったなぁ……なんて顔を顰めながら、足元の鍵束を拾おうと姿勢を変えた瞬間―――。
「ッ!」
飛び掛ってきた男に、ベッドに叩きつけられる。
「っぐぁ゙、アルゲオ……ッ、なんのっ、つもり、だ」
「このまま帰すと思います?」
「じゃ、じゃあ、秘密を……っ」
「それもご自由に」
「!?」
そう薄ら笑いすら浮かべて言ってのけた男。驚愕で、目を見開いた。
そしてあっという間に馬乗りになった奴は、首輪の上辺り、頸動脈をギリギリと締め上げる。
「ぐぁ゙、っゔっ」
「まずはここに鬱血痕で、新しい首輪代わりにしてやりましょうかねぇ」
……なんて野郎だ。人の首を締めながら、笑ってやがる。酷く歪んだ笑みだった。
「ご、この゙っ、変態゙い゙ぃ」
「言ったでしょ。人類皆変態だって。私はね、別にどうでも良いんですよ。陛下共の事も、この国のこともね」
「ぐぅ゙」
酸欠で頭が回らない。藻掻く僕の耳に声が。
「汚らしい巨人が」
刹那。ビシャビシャッ、と生暖かい液体が降り注いだ。特有の臭い。これは。
「血゙……?」
目の前が鮮やかな、赤だった。
しかし、どんどん冷えて酸化したそれは黒く変色していく。
誰の血だ? 僕か、彼か、彼女か、それとも。
「兄さん! ……っ!?」
クロディアの悲鳴。そして息を詰めたような声に、ドサリと床に身を投げ出した、音。
「兄妹そろって、用無しです」
冷酷な言葉の後、途切れがちな意識が繋がった。どうやら絞め殺される事はなかったらしい。過剰に入ってきた酸素にむせながら、状況確認を努めようと頭をフル回転させる。
「じょ、女王陛下を、殺したのか」
「邪魔でしたから」
肯定した上での動機だった。ベッド上には兄が、床には彼女の身体が投げ出されていた。
「なんて、ことを」
「そんな騒ぐことありませんよ。言ったでしょう。私は彼女にも、この国にも興味はない。あるのは……貴方だけです」
「さ、触るなッ、離せ!」
相変わらず、馬乗りの彼。ベッドシーツから何から、血まみれの惨状だ。
「あぁ、後で綺麗にしなきゃいけませんね」
変態だけじゃなくて、サイコ。サイコホモ野郎だったとは。ホモにもバリエーションがあったんだな……って呑気してる場合じゃない!
「な、何すんだよ」
「何? ナニですが」
「テンプレか! 僕に突っ込むとなったら、君もオダブツなんだぞ」
そう叫ぶと、彼は肩を竦めて一言。
「貴方が私を愛すれば良いだけですが?」
「誰が、愛するかッ! 」
「素直じゃありませんねぇ」
「素直な気持ちで嫌なんだよ!」
「素直になるお薬って、たくさんあるんですよ?」
「っ!?」
あぁなんかこれデジャブ。売られてまもなく、奴隷商人とやった会話に近いモノを感じるぞ。
でも一つだけ違う。
それは……相手が、話の通じないイカれ野郎だって事だ。
「その首輪、外して新しいの付けてあげましょうね」
「要らんわっ! さっさと退け、この変態っ、ホモ野郎!」
じたばた暴れようがビクともしない。
そんな僕を嘲るように見下ろしながら、また得体の知れない小瓶を目の前に見せた。
「これ、さっきの媚薬の濃縮液。これを直接粘膜塗布したら……どうなりますかね?」
「ど、ど、どうって」
考えるだけでも恐ろしい。
精神が、ぶっ壊れてしまう。かも。
「素直に、なりましょうね」
「や、やだっ、やめろッ!」
「ほらまずは口を開けて」
「んん゙ーっ!」
小瓶の蓋をあけて、うっそり笑う変態を前に悲鳴を上げる。
必死で開けまいとする口を、無理に押し開かれる。
「ふふ、面白いなぁ」
「んっ゙ーんんッ!?」
……一雫、落ちた。
唇に触れて、吸い寄せられるように咥内へ。
吐き出す暇もなかった。
「っあ゙、ぁ……っ」
一際大きな鼓動。不整脈みたいな。あぁ、このまま死んじまいたい。だって、これは。
「一滴で凄い効果ですね」
そこから、思考が回らなくなった。ただ、うるさい心臓の音。内側から焼かれるような、熱。あと。
「今度は、大事な所に塗ってあげましょう」
「や゙ぁ゙、だ、やめ、ろ……」
「アハハハッ、抵抗してます?」
これ以上ダメだ。触らないで、飲ませないでと暴れ回るけど。力、出ない。
……あ、あ、気持ち、い、のが、辛い。
「可愛い人。ほら、私を愛してご覧なさい」
「だ、だれ゙がっ、っゔあ゙、あぁああっ、や、た、たすけ……て」
ものの数十秒でぐちゃぐちゃになった思考と、身体。さらに与えてくる。
「愛すると言えば、助けてあげますよ」
「だめ゙ぇっ、だめ、僕はっ、あぁ」
……ダメなんだ。僕の身体、は、アイツじゃないと……助けて、早く、来て……。
滲んだ視界。恐怖。初めて感じた、絶望。回らぬ口で、懸命に彼を呼んだ。
すると。
―――すざましい、爆音が部屋を揺らした。
広々とした寝室には、4人だけ。
「これで満足かしら」
優秀なヒットマンみたいな視線を向けてくるのは、冷徹な美貌のクロディア王妃。
葉巻まで吸い出して、極妻やヤクザのボスみたいな迫力がある。
一国の女王ってこんな感じなのか。脅すのが少し怖くなってきたが、仕方ない。
「で。この後、どうするつもりです?」
退屈したという格好のつもりか、欠伸を噛み殺すアルゲオ。
相変わらずフル勃起でハァハァしてる、ミイラ男……てか、こいつ自分のナニを僕の足に擦り付けてないか!?
「っ、気色悪ぃ!」
「おやおや不敬ですよ。国王陛下に向かって」
ニヤニヤと癇に障る笑みに、殴りつけたろかなんて思う。
「ルベル・カントール。こんなことをしても、貴方の身の安全は保証されない。それどころか、この部屋を一歩も出る事は叶わないわ」
その声は、死刑を言い渡す裁判官のような厳しく厳かだ。しかし、僕の目的はそこじゃない。
「果たして、そうですかね。女王陛下」
「……なにが、言いたいの?」
「僕の方が数枚上手なのかも、と思いまして」
ミイラ男の首筋を、手を変化させた刃物を滑らせた。
鋭い切れ味と上質な布。瞬く間にその下の肌を傷付ける事無く、切り裂かれていく。
「僕も気が付いたのは、ついさっきでした」
……危なかった。この真実を見誤ると、結末が変わってしまう。バッドエンドだけは、勘弁だからな。
「このミイラ男、失礼。国王陛下とされる人物。これ、どなたです?」
大量の布切れを剥がれた後に出てきた容姿……それはあまりにも醜悪なそれだった。
「っふ、ぁ……あ゙あ゙、あ」
僕の腕には余るその男は、荒々しい息を撒き散らして喘ぐ。頭を振り、胸を掻き抱く仕草で見つめていたのクロディアの方だ。言葉は無い。
「……さながら『キュプロクス』でしょうか」
代わりに答えたのは、アルゲオ。赤い瞳を興味深げに細め、口角を上げる。
そう。この男に目が1つしかない。隻眼とかではなく、真ん中に丸い目が1つ。そしてベチャリと潰れた鼻に、歯茎が剥き出し気味の大きな口。
ゴツゴツとした頭には、毛のひとつも生えていない。皮膚は乾いていて、その手触りはまるで像のようだ。
正しくギリシャ神話における神族一つ目巨人、キュプロクス。
「我が国の王が巨人族だった、なんて聞いた事がないですねぇ」
「じゃあ、彼は誰だ? 王様はもう……亡くなっているか、もしくはそれに近い状態なんじゃないのか」
この哀れな巨人は身代わり。何らかの理由で、僕とセックスさせるための……って。僕はコイツに抱かれる予定だったのか、と思うと改めて嫌悪が増す。
だって、さっきから知能らしきモノは感じられない。言葉も話さなければ、こちらの言語も理解している様子はない。
ただ一つだけ、気になるところがある。
「おや? この巨人、耳がエルフのようですね」
アルゲオが呟く。
そう。耳が尖っていた。まるで……。
「それは私の兄よ」
クロディアの声が響いた。
淡々として、感情の籠らないものだ。
「元々は、才能溢れる美しいエルフだった。そして努力家で……強い魔力を求めて旅をしていたの。それがこんな姿に」
そして彼女は哀しみや憤りの色を、ほんの少しだけ瞳に映し呟くように言う。
自業自得だわ、と。
「なるほど。貴女は国王陛下の死を隠すと共に、『彼』を身代わりに据えたのですね。目的は半神の加護と、貴女自身の保身」
アルゲオの言葉に否定はしなかったので、そうなのだろう。
彼女は異種族だ。そもそもその婚姻に否定的な者も多かっただろう、現に今まで国民には女王がエルフであるとは伏せられていたのだから。
「若い頃。一時の熱情で陛下と結婚したけど、現実は厳しかったわ。子はできないし、当たりは厳しいし……それでも生き残っていけたのは、陛下の影となって国を動かしていたからよ」
そこでキッと僕と彼を睨みつけて語ったのは、自身の苦労話だった。
……夫である国王陛下は、お世辞にも真面目なタイプとはいかなかったらしい。
女遊びは激しく、調度品や嗜好品は価値も分からず買い漁る。
放っておけばどんどん国政を圧迫する、と立ち上がったのがクロディアだ。
持ち前の聡明さや豪胆さで、たちまち傾いた財政を建て直し外交も行い。この国が、どの地方もそこそこ豊かなのは彼女の手腕によるものだったらしい。
「私はね、頑張ってきたのよ。愚にもつかぬ人間達の為に。それこそ寝食惜しんで働いたわ。それなのに……この有様よ!」
国王陛下が病に伏すようになると、囁かれるのが跡継ぎ問題。
彼らには子供が居なかったから、他から連れてくる他ない。
そして血の繋がりで連れてこられた『次期国王候補』は、開口一番言った。
『女王は、ただのエルフにお戻りになったらいかがですか?』と。
「その場で殺さなかったのを、褒めて欲しい位ね」
すっかり地をだしたのか、彼女は鼻から葉巻の煙を吐き出して言った。
この喫煙も、長年のストレスが原因だろうか。
……どの世界でも、ストレス感じると喫煙量が増えるらしい。僕には、だんだん彼女が冷徹な女王様から、リストラ寸前のサラリーマンみたいに見えてきた。社会から消耗品の如く扱われた末路の。
そう思えば、この世界だってあまり変わらないのかもしれない。魔法や剣がそこに、オマケでくっついているだけだ。
「戻れるわけないじゃないのよ。実家なんて、結婚する時に縁を切ったんだもの。私にはね、帰る場所すらないのよ?」
自嘲気味に笑う。
「陛下が死んだ事も、隠すしかなかった。生きてる間は、私もここに居られる。でも、時間が無かった」
エルフの寿命等を考えても、いつまでもこのままという訳にはいかなかったのだろう。
「そこで『半神』を利用する事にした、と」
アルゲオが言った。
彼女は頷く。
「こんな姿になった兄が、実家で厄介者になってるのを知った時『これだ』って思ったわ。私も兄も、もうそれに縋るしかなかったから」
「御気持ちは、察しますが」
「こうなったからには、私だって腹を括るわ……何が欲しい?」
紫水晶の瞳が、見つめる。
僕は、小さく息を吐くと、自らの要求を口にした。
僕と人質の解放。そして二度と僕らに近付くな、と。
とはいっても、もうこの国には住めないだろう。やれやれ、やっぱり元の悠々自適な生活に戻るには時間がかかりそうだ。
「叶えられないのなら、今すぐ兵をここに呼べば良い。でもその瞬間、女王陛下の秘密がバレてしまいますがね」
「この男娼めが」
彼女は顔を顰め、悪態をつく。
そして葉巻を床に落とし、足で踏み躙った。
「良いでしょう。……ふん、こうなったからには、私だってさっさとこの国から出て行くわ。まったく、人間ってのはこれだから嫌いだったのよ」
そしてクロディアは暖炉の上、マントルピースの方に歩み寄る。そして何やらブツブツと呟きながら、いじり始めた。
「これでいい」
そういった瞬間。暖炉の火が消え、下の方から地響きが聞こえてくる。
そして音がじきに収まると、薪と火があった所がぽっかりと空洞が出来ていた。空気が通っているらしい。
「隠し通路。万が一の時に、造らせておいたわ。人質はこの先の地下牢にいる」
「鍵は?」
「……アルゲオ」
ベッドに放り投げられた鍵束。彼が投げたらしい。
何やら思案したような顔で、黙っている。
「地下牢の奥にも通路がある、そこから城の外に出られるわ」
「あとは、二度と僕に手を出さないって誓って頂けますか?」
「……えぇ」
これは彼女を信じるしかなさそうだ。
互いに、どう足掻いてもこの道しかないのだから。
僕は、人質にとっていた彼から刃物を外す。
どうでもいいけど、コイツずっと僕に身体擦り付けてて気持ち悪かったなぁ……なんて顔を顰めながら、足元の鍵束を拾おうと姿勢を変えた瞬間―――。
「ッ!」
飛び掛ってきた男に、ベッドに叩きつけられる。
「っぐぁ゙、アルゲオ……ッ、なんのっ、つもり、だ」
「このまま帰すと思います?」
「じゃ、じゃあ、秘密を……っ」
「それもご自由に」
「!?」
そう薄ら笑いすら浮かべて言ってのけた男。驚愕で、目を見開いた。
そしてあっという間に馬乗りになった奴は、首輪の上辺り、頸動脈をギリギリと締め上げる。
「ぐぁ゙、っゔっ」
「まずはここに鬱血痕で、新しい首輪代わりにしてやりましょうかねぇ」
……なんて野郎だ。人の首を締めながら、笑ってやがる。酷く歪んだ笑みだった。
「ご、この゙っ、変態゙い゙ぃ」
「言ったでしょ。人類皆変態だって。私はね、別にどうでも良いんですよ。陛下共の事も、この国のこともね」
「ぐぅ゙」
酸欠で頭が回らない。藻掻く僕の耳に声が。
「汚らしい巨人が」
刹那。ビシャビシャッ、と生暖かい液体が降り注いだ。特有の臭い。これは。
「血゙……?」
目の前が鮮やかな、赤だった。
しかし、どんどん冷えて酸化したそれは黒く変色していく。
誰の血だ? 僕か、彼か、彼女か、それとも。
「兄さん! ……っ!?」
クロディアの悲鳴。そして息を詰めたような声に、ドサリと床に身を投げ出した、音。
「兄妹そろって、用無しです」
冷酷な言葉の後、途切れがちな意識が繋がった。どうやら絞め殺される事はなかったらしい。過剰に入ってきた酸素にむせながら、状況確認を努めようと頭をフル回転させる。
「じょ、女王陛下を、殺したのか」
「邪魔でしたから」
肯定した上での動機だった。ベッド上には兄が、床には彼女の身体が投げ出されていた。
「なんて、ことを」
「そんな騒ぐことありませんよ。言ったでしょう。私は彼女にも、この国にも興味はない。あるのは……貴方だけです」
「さ、触るなッ、離せ!」
相変わらず、馬乗りの彼。ベッドシーツから何から、血まみれの惨状だ。
「あぁ、後で綺麗にしなきゃいけませんね」
変態だけじゃなくて、サイコ。サイコホモ野郎だったとは。ホモにもバリエーションがあったんだな……って呑気してる場合じゃない!
「な、何すんだよ」
「何? ナニですが」
「テンプレか! 僕に突っ込むとなったら、君もオダブツなんだぞ」
そう叫ぶと、彼は肩を竦めて一言。
「貴方が私を愛すれば良いだけですが?」
「誰が、愛するかッ! 」
「素直じゃありませんねぇ」
「素直な気持ちで嫌なんだよ!」
「素直になるお薬って、たくさんあるんですよ?」
「っ!?」
あぁなんかこれデジャブ。売られてまもなく、奴隷商人とやった会話に近いモノを感じるぞ。
でも一つだけ違う。
それは……相手が、話の通じないイカれ野郎だって事だ。
「その首輪、外して新しいの付けてあげましょうね」
「要らんわっ! さっさと退け、この変態っ、ホモ野郎!」
じたばた暴れようがビクともしない。
そんな僕を嘲るように見下ろしながら、また得体の知れない小瓶を目の前に見せた。
「これ、さっきの媚薬の濃縮液。これを直接粘膜塗布したら……どうなりますかね?」
「ど、ど、どうって」
考えるだけでも恐ろしい。
精神が、ぶっ壊れてしまう。かも。
「素直に、なりましょうね」
「や、やだっ、やめろッ!」
「ほらまずは口を開けて」
「んん゙ーっ!」
小瓶の蓋をあけて、うっそり笑う変態を前に悲鳴を上げる。
必死で開けまいとする口を、無理に押し開かれる。
「ふふ、面白いなぁ」
「んっ゙ーんんッ!?」
……一雫、落ちた。
唇に触れて、吸い寄せられるように咥内へ。
吐き出す暇もなかった。
「っあ゙、ぁ……っ」
一際大きな鼓動。不整脈みたいな。あぁ、このまま死んじまいたい。だって、これは。
「一滴で凄い効果ですね」
そこから、思考が回らなくなった。ただ、うるさい心臓の音。内側から焼かれるような、熱。あと。
「今度は、大事な所に塗ってあげましょう」
「や゙ぁ゙、だ、やめ、ろ……」
「アハハハッ、抵抗してます?」
これ以上ダメだ。触らないで、飲ませないでと暴れ回るけど。力、出ない。
……あ、あ、気持ち、い、のが、辛い。
「可愛い人。ほら、私を愛してご覧なさい」
「だ、だれ゙がっ、っゔあ゙、あぁああっ、や、た、たすけ……て」
ものの数十秒でぐちゃぐちゃになった思考と、身体。さらに与えてくる。
「愛すると言えば、助けてあげますよ」
「だめ゙ぇっ、だめ、僕はっ、あぁ」
……ダメなんだ。僕の身体、は、アイツじゃないと……助けて、早く、来て……。
滲んだ視界。恐怖。初めて感じた、絶望。回らぬ口で、懸命に彼を呼んだ。
すると。
―――すざましい、爆音が部屋を揺らした。
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