上 下
86 / 94

狂乱の魔王と眩惑の勇者

しおりを挟む
 ボールのように。いや、並外れた不規則さで弾んだ影に魔王は気が付かなかった。

「――食らえっ、火炎魔球ファイアーボール
『!?』

 叫んで飛んできた火の玉。それは確かに極めて初歩的な火炎攻撃魔法だ。しかし、何かが違う。

「アレンに近付くなぁぁぁぁっ!!!」

 空気を斬る轟速。
 燃え盛るは、少年の頭部。そう、自らに火をつけてニアが特攻したのだ。
 そらはまさに魔球。
 避けるヒマさえ与えず、魔王の腹にクリティカルヒットぶちかました。

「ニア!」
「へへっ。ピンチの時にやってくる、王子様ってやつさ」

 音もなく崩れ、ひざをついた男にドヤ顔キメて中指立てる。
 ある意味捨て身ともいえるトリッキーな攻撃も、ゴーレムである彼ならではのものであった。
 
『……小賢しい、クソガキが』
「悪いけど。俺のことガキ呼ばわりしていいのはアレンだけだからね?」
 
 地面を小さくバウンドして、少年は口をとがらせた。
 一方魔王は、不意打ちもあってか。それなりのダメージを負わせたらしい。忌々しげに顔を歪め、額には玉のような汗が浮いている。
 
「ニア、まさか魔法使えるのか!?」
「あれ~? 言ってなかったっけ」

 予想外な助っ人に声を上げれば、彼は小鼻をうごめかせ得意げに笑う。

「俺の両親は魔法使いだからね。ま、多少の才能ってヤツだよ。あっはっはっはっ!」
『……ナメるなッ、このクソガキめぇぇぇぇっ!!!』

 その瞬間、轟たる地響き。
 激しい衝撃が襲い、彼らの身体を数メートルぶっ飛ばす。
 
「あッ!?」
「ニア!」

 呆気なく飛ばされる彼に、懸命に手を伸ばすも。

「うわぁぁぁぁぁぁっ……!」
「くそっ」

 届かない。森の向こう側に勢い良く飛んで行く生首を目で追い、地面を踏みしめた。
 
(無事だろうか。いや、無事でいてくれ)

 あの具合だと相当遠くへ行ってしまっただろう。しかし、むしろ不幸中の幸いと言うべきか。
 これだけ離れれば、魔王の攻撃は及ぶまい。
 
(せめて彼だけでも)

 もう目の前で傷付く姿を見たくなかった。その為なら、自分の身を投じる覚悟すらできる程に。

『もうダメだ。すべて壊そう』
「ファシル」
『ぼくと君を引き裂く世界なんて、要らない。君を愛して、壊していいのは…………ぼくだけだ』

 瞳から流れる、一筋の涙。それは、驚くほどに澄んだ色。
 嵐の前の静けさとも言うべき、不気味に凪いた海のような空気が流れる。
 
『すべて要らない。お前以外は、全部だ。この世界を破壊して、あの女神も殺して。全ての【外】で――』

 彼が何を言っているのか、アレンには欠片ほど理解出来なかった。
 しかしまるで福音書を読み上げる聖人のごとき声色に、慟哭の響きを感じ取ったのだ。
 闇色の瘴気をまとう男に、叫ぶ。

「ファシル、もうやめろ!」

 この世を恨み憎み、ひとつに執着して。一体なに望んでいるのか。
 痛々しくもある彼の生き様に、アレンの心は張り裂けそうだった。
 
『ア゙ァァァ゙ァァ゙ァッ!!!』

 魔王が喚き叫ぶ。
 激痛にのたうち回る獣のように咆哮し、手当り次第に暴れ回り始めた。
 木々を裂き、地をえぐり。目に入る物をことごとく粉砕する。
 魔法など使わぬ、ただ我を忘れた狂乱のたけりであった。
 またたく間に、辺り一面が荒廃の地と化す。
 アレンは必死に避けながらも、彼にかけるべき言葉が無いことに絶望していた。

(ああ、どうして)

 こんなに哀しいのだろう。
 同情か。いな、もっと深い悲嘆だ。
 助けられたはずの命がこの手から滑り落ちていった、そんな絶望と罪悪感が胸に込み上げる。

『アレン、アレン、アレン』

 表情を失った彼の右目は、海の色であった。
 エルフとオーガの瞳。忌まわしき混血児は、孤独で前世の悪夢を引きずり生きてきたのだろう。
 途方にくれたように名を呼びながらなおも森を荒らし回るバケモノに、アレンは立ち止まった。

「ファシル……」
『アレン、アレン、アレン』

 過度に魔力と能力を消費し過ぎたせいか、魔王の目からすでに光は失われていた。
 手を突き出し、震えた声で彷徨さまよい暴れる姿は怯えた子どものようで。

(そうか)

 彼を孤独から救ってやりたい、そう思った。
 なぜか分からないし、自分らしくないと内なる彼自身は反発する。
 しかし抗い難い感情のほとばしりに、思考がついていかない。
 
「ファシル。こっちだ」

 アレンは彼を見据え、誘う。
 それが果たして救済となるのかなんて、分からない。分かる者などいない。
 ただ望むようにしてやりたい、それだけを胸に声を掛け続けた。

『ア……レン、どこ……アレン……』
「こっちだ。そう、ここだ」

 導く手さえ。声さえあれば、彼は売って変わって大人しくなる。
 意識も混濁こんだくしてきたのか、なにやら分からぬ言語を呟きながら。よろよろと、歩み寄ってきた。
 
『アレン』
「ファシル、一緒に――」

(一緒に逝こう)

 言葉をつぐより先に、アレンは小さく呟く。
 【戻れレディーレ】と。

「ぅ゙ぐぁっ」

 腹を真っ直ぐ貫かれる衝撃。焼けるような痛みと、不快感。
 散らした血飛沫が、服や肌を濡らし染め上げていく時である。

『つ・か・ま・え・た』

 男の楽しげな声と共に、大写しになった笑顔。

(まさか……っ)

 アレンは声にならぬ悲鳴をあげ、意識を手放した。
 遠くで響く、叫び声を聞くことなく――。


 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

オークなんかにメス墜ちさせられるわけがない!

空倉改称
BL
 異世界転生した少年、茂宮ミノル。彼は目覚めてみると、オークの腕の中にいた。そして群れのリーダーだったオークに、無理やりながらに性行為へと発展する。  しかしやはりと言うべきか、ミノルがオークに敵うはずがなく。ミノルはメス墜ちしてしまった。そしてオークの中でも名器という噂が広まり、なんやかんやでミノルは彼らの中でも立場が上になっていく。  そしてある日、リーダーのオークがミノルに結婚を申し入れた。しかしそれをキッカケに、オークの中でミノルの奪い合いが始まってしまい……。 (のんびりペースで更新してます、すみません(汗))

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

【完結】【R18BL】異世界転移したオメガ、貴族兄弟に飼われることになりました

ちゃっぷす
BL
Ωである高戸圭吾はある日ストーカーだったβに殺されてしまう。目覚めたそこはαとβしか存在しない異世界だった。Ωの甘い香りに戸惑う無自覚αに圭吾は襲われる。そこへ駆けつけた貴族の兄弟、βエドガー、αスルトに拾われた圭吾は…。 「異世界転移したオメガ、貴族兄弟に飼われることになりました」の本編です。 アカウント移行のため再投稿しました。 ベースそのままに加筆修正入っています。 ※イチャラブ、3P、レイプ、♂×♀など、歪んだ性癖爆発してる作品です※ ※倫理観など一切なし※ ※アホエロ※ ※ひたすら頭悪い※ ※色気のないセックス描写※ ※とんでも展開※ ※それでもOKという許容範囲ガバガバの方はどうぞおいでくださいませ※ 【圭吾シリーズ】 「異世界転移したオメガ、貴族兄弟に飼われることになりました」(本編)←イマココ 「極上オメガ、前世の恋人2人に今世も溺愛されています」(転生編) 「極上オメガ、いろいろあるけどなんだかんだで毎日楽しく過ごしてます」(イベントストーリー編)

美人四天王の妹とシテいるけど、僕は学校を卒業するまでモブに徹する、はずだった

ぐうのすけ
恋愛
【カクヨムでラブコメ週間2位】ありがとうございます! 僕【山田集】は高校3年生のモブとして何事もなく高校を卒業するはずだった。でも、義理の妹である【山田芽以】とシテいる現場をお母さんに目撃され、家族会議が開かれた。家族会議の結果隠蔽し、何事も無く高校を卒業する事が決まる。ある時学校の美人四天王の一角である【夏空日葵】に僕と芽以がベッドでシテいる所を目撃されたところからドタバタが始まる。僕の完璧なモブメッキは剥がれ、ヒマリに観察され、他の美人四天王にもメッキを剥され、何かを嗅ぎつけられていく。僕は、平穏無事に学校を卒業できるのだろうか? 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

魔界最強に転生した社畜は、イケメン王子に奪い合われることになりました

タタミ
BL
ブラック企業に務める社畜・佐藤流嘉。 クリスマスも残業確定の非リア人生は、トラックの激突により突然終了する。 死後目覚めると、目の前で見目麗しい天使が微笑んでいた。 「ここは天国ではなく魔界です」 天使に会えたと喜んだのもつかの間、そこは天国などではなく魔法が当たり前にある世界・魔界だと知らされる。そして流嘉は、魔界に君臨する最強の支配者『至上様』に転生していたのだった。 「至上様、私に接吻を」 「あっ。ああ、接吻か……って、接吻!?なんだそれ、まさかキスですか!?」 何が起こっているのかわからないうちに、流嘉の前に現れたのは美しい4人の王子。この4王子にキスをして、結婚相手を選ばなければならないと言われて──!?

転生したらBLゲーの負け犬ライバルでしたが現代社会に疲れ果てた陰キャオタクの俺はこの際男相手でもいいからとにかくチヤホヤされたいっ!

スイセイ
BL
夜勤バイト明けに倒れ込んだベッドの上で、スマホ片手に過労死した俺こと煤ヶ谷鍮太郎は、気がつけばきらびやかな七人の騎士サマたちが居並ぶ広間で立ちすくんでいた。 どうやらここは、死ぬ直前にコラボ報酬目当てでダウンロードしたBL恋愛ソーシャルゲーム『宝石の騎士と七つの耀燈(ランプ)』の世界のようだ。俺の立ち位置はどうやら主人公に対する悪役ライバル、しかも不人気ゆえ途中でフェードアウトするキャラらしい。 だが、俺は知ってしまった。最初のチュートリアルバトルにて、イケメンに守られチヤホヤされて、優しい言葉をかけてもらえる喜びを。 こんなやさしい世界を目の前にして、前世みたいに隅っこで丸まってるだけのダンゴムシとして生きてくなんてできっこない。過去の陰縁焼き捨てて、コンプラ無視のキラキラ王子を傍らに、同じく転生者の廃課金主人公とバチバチしつつ、俺は俺だけが全力でチヤホヤされる世界を目指す! ※頭の悪いギャグ・ソシャゲあるあると・メタネタ多めです。 ※逆ハー要素もありますがカップリングは固定です。 ※R18は最後にあります。 ※愛され→嫌われ→愛されの要素がちょっとだけ入ります。 ※表紙の背景は祭屋暦様よりお借りしております。 https://www.pixiv.net/artworks/54224680

【完結】【R18BL】極上オメガ、いろいろあるけどなんだかんだで毎日楽しく過ごしてます

ちゃっぷす
BL
顔良しスタイル良し口悪し!極上Ωの主人公、圭吾のイベントストーリー。社会人になってからも、相変わらずアレなαとβの夫ふたりに溺愛欲情されまくり。イチャラブあり喧嘩あり変態プレイにレイプあり。今シリーズからピーター参戦。倫理観一切なしの頭の悪いあほあほえろBL。(※更新予定がないので完結としています※) 「異世界転移したオメガ、貴族兄弟に飼われることになりました」の転生編です。 アカウント移行のため再投稿しました。 ベースそのままに加筆修正入っています。 ※イチャラブ、3P、4P、レイプ、♂×♀など、歪んだ性癖爆発してる作品です※ ※倫理観など一切なし※ ※アホエロ※ ※色気のないセックス描写※ ※特にレイプが苦手な方は閲覧をおススメしません※ ※それでもOKという許容範囲ガバガバの方はどうぞおいでくださいませ※ 【圭吾シリーズ】 「異世界転移したオメガ、貴族兄弟に飼われることになりました」(本編) 「極上オメガ、前世の恋人2人に今世も溺愛されています」(転生編) 「極上オメガ、いろいろあるけどなんだかんだで毎日楽しく過ごしてます」(イベントストーリー編)←イマココ

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

処理中です...