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狂乱の魔王と眩惑の勇者
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ボールのように。いや、並外れた不規則さで弾んだ影に魔王は気が付かなかった。
「――食らえっ、火炎魔球」
『!?』
叫んで飛んできた火の玉。それは確かに極めて初歩的な火炎攻撃魔法だ。しかし、何かが違う。
「アレンに近付くなぁぁぁぁっ!!!」
空気を斬る轟速。
燃え盛るは、少年の頭部。そう、自らに火をつけてニアが特攻したのだ。
そらはまさに魔球。
避けるヒマさえ与えず、魔王の腹にクリティカルヒットぶちかました。
「ニア!」
「へへっ。ピンチの時にやってくる、王子様ってやつさ」
音もなく崩れ、ひざをついた男にドヤ顔キメて中指立てる。
ある意味捨て身ともいえるトリッキーな攻撃も、ゴーレムである彼ならではのものであった。
『……小賢しい、クソガキが』
「悪いけど。俺のことガキ呼ばわりしていいのはアレンだけだからね?」
地面を小さくバウンドして、少年は口をとがらせた。
一方魔王は、不意打ちもあってか。それなりのダメージを負わせたらしい。忌々しげに顔を歪め、額には玉のような汗が浮いている。
「ニア、まさか魔法使えるのか!?」
「あれ~? 言ってなかったっけ」
予想外な助っ人に声を上げれば、彼は小鼻をうごめかせ得意げに笑う。
「俺の両親は魔法使いだからね。ま、多少の才能ってヤツだよ。あっはっはっはっ!」
『……ナメるなッ、このクソガキめぇぇぇぇっ!!!』
その瞬間、轟たる地響き。
激しい衝撃が襲い、彼らの身体を数メートルぶっ飛ばす。
「あッ!?」
「ニア!」
呆気なく飛ばされる彼に、懸命に手を伸ばすも。
「うわぁぁぁぁぁぁっ……!」
「くそっ」
届かない。森の向こう側に勢い良く飛んで行く生首を目で追い、地面を踏みしめた。
(無事だろうか。いや、無事でいてくれ)
あの具合だと相当遠くへ行ってしまっただろう。しかし、むしろ不幸中の幸いと言うべきか。
これだけ離れれば、魔王の攻撃は及ぶまい。
(せめて彼だけでも)
もう目の前で傷付く姿を見たくなかった。その為なら、自分の身を投じる覚悟すらできる程に。
『もうダメだ。すべて壊そう』
「ファシル」
『ぼくと君を引き裂く世界なんて、要らない。君を愛して、壊していいのは…………ぼくだけだ』
瞳から流れる、一筋の涙。それは、驚くほどに澄んだ色。
嵐の前の静けさとも言うべき、不気味に凪いた海のような空気が流れる。
『すべて要らない。お前以外は、全部だ。この世界を破壊して、あの女神も殺して。全ての【外】で――』
彼が何を言っているのか、アレンには欠片ほど理解出来なかった。
しかしまるで福音書を読み上げる聖人のごとき声色に、慟哭の響きを感じ取ったのだ。
闇色の瘴気を纏う男に、叫ぶ。
「ファシル、もうやめろ!」
この世を恨み憎み、ひとつに執着して。一体なに望んでいるのか。
痛々しくもある彼の生き様に、アレンの心は張り裂けそうだった。
『ア゙ァァァ゙ァァ゙ァッ!!!』
魔王が喚き叫ぶ。
激痛にのたうち回る獣のように咆哮し、手当り次第に暴れ回り始めた。
木々を裂き、地をえぐり。目に入る物をことごとく粉砕する。
魔法など使わぬ、ただ我を忘れた狂乱の猛りであった。
またたく間に、辺り一面が荒廃の地と化す。
アレンは必死に避けながらも、彼にかけるべき言葉が無いことに絶望していた。
(ああ、どうして)
こんなに哀しいのだろう。
同情か。否、もっと深い悲嘆だ。
助けられたはずの命がこの手から滑り落ちていった、そんな絶望と罪悪感が胸に込み上げる。
『アレン、アレン、アレン』
表情を失った彼の右目は、海の色であった。
エルフとオーガの瞳。忌まわしき混血児は、孤独で前世の悪夢を引きずり生きてきたのだろう。
途方にくれたように名を呼びながらなおも森を荒らし回るバケモノに、アレンは立ち止まった。
「ファシル……」
『アレン、アレン、アレン』
過度に魔力と能力を消費し過ぎたせいか、魔王の目からすでに光は失われていた。
手を突き出し、震えた声で彷徨暴れる姿は怯えた子どものようで。
(そうか)
彼を孤独から救ってやりたい、そう思った。
なぜか分からないし、自分らしくないと内なる彼自身は反発する。
しかし抗い難い感情のほとばしりに、思考がついていかない。
「ファシル。こっちだ」
アレンは彼を見据え、誘う。
それが果たして救済となるのかなんて、分からない。分かる者などいない。
ただ望むようにしてやりたい、それだけを胸に声を掛け続けた。
『ア……レン、どこ……アレン……』
「こっちだ。そう、ここだ」
導く手さえ。声さえあれば、彼は売って変わって大人しくなる。
意識も混濁してきたのか、なにやら分からぬ言語を呟きながら。よろよろと、歩み寄ってきた。
『アレン』
「ファシル、一緒に――」
(一緒に逝こう)
言葉をつぐより先に、アレンは小さく呟く。
【戻れ】と。
「ぅ゙ぐぁっ」
腹を真っ直ぐ貫かれる衝撃。焼けるような痛みと、不快感。
散らした血飛沫が、服や肌を濡らし染め上げていく時である。
『つ・か・ま・え・た』
男の楽しげな声と共に、大写しになった笑顔。
(まさか……っ)
アレンは声にならぬ悲鳴をあげ、意識を手放した。
遠くで響く、叫び声を聞くことなく――。
「――食らえっ、火炎魔球」
『!?』
叫んで飛んできた火の玉。それは確かに極めて初歩的な火炎攻撃魔法だ。しかし、何かが違う。
「アレンに近付くなぁぁぁぁっ!!!」
空気を斬る轟速。
燃え盛るは、少年の頭部。そう、自らに火をつけてニアが特攻したのだ。
そらはまさに魔球。
避けるヒマさえ与えず、魔王の腹にクリティカルヒットぶちかました。
「ニア!」
「へへっ。ピンチの時にやってくる、王子様ってやつさ」
音もなく崩れ、ひざをついた男にドヤ顔キメて中指立てる。
ある意味捨て身ともいえるトリッキーな攻撃も、ゴーレムである彼ならではのものであった。
『……小賢しい、クソガキが』
「悪いけど。俺のことガキ呼ばわりしていいのはアレンだけだからね?」
地面を小さくバウンドして、少年は口をとがらせた。
一方魔王は、不意打ちもあってか。それなりのダメージを負わせたらしい。忌々しげに顔を歪め、額には玉のような汗が浮いている。
「ニア、まさか魔法使えるのか!?」
「あれ~? 言ってなかったっけ」
予想外な助っ人に声を上げれば、彼は小鼻をうごめかせ得意げに笑う。
「俺の両親は魔法使いだからね。ま、多少の才能ってヤツだよ。あっはっはっはっ!」
『……ナメるなッ、このクソガキめぇぇぇぇっ!!!』
その瞬間、轟たる地響き。
激しい衝撃が襲い、彼らの身体を数メートルぶっ飛ばす。
「あッ!?」
「ニア!」
呆気なく飛ばされる彼に、懸命に手を伸ばすも。
「うわぁぁぁぁぁぁっ……!」
「くそっ」
届かない。森の向こう側に勢い良く飛んで行く生首を目で追い、地面を踏みしめた。
(無事だろうか。いや、無事でいてくれ)
あの具合だと相当遠くへ行ってしまっただろう。しかし、むしろ不幸中の幸いと言うべきか。
これだけ離れれば、魔王の攻撃は及ぶまい。
(せめて彼だけでも)
もう目の前で傷付く姿を見たくなかった。その為なら、自分の身を投じる覚悟すらできる程に。
『もうダメだ。すべて壊そう』
「ファシル」
『ぼくと君を引き裂く世界なんて、要らない。君を愛して、壊していいのは…………ぼくだけだ』
瞳から流れる、一筋の涙。それは、驚くほどに澄んだ色。
嵐の前の静けさとも言うべき、不気味に凪いた海のような空気が流れる。
『すべて要らない。お前以外は、全部だ。この世界を破壊して、あの女神も殺して。全ての【外】で――』
彼が何を言っているのか、アレンには欠片ほど理解出来なかった。
しかしまるで福音書を読み上げる聖人のごとき声色に、慟哭の響きを感じ取ったのだ。
闇色の瘴気を纏う男に、叫ぶ。
「ファシル、もうやめろ!」
この世を恨み憎み、ひとつに執着して。一体なに望んでいるのか。
痛々しくもある彼の生き様に、アレンの心は張り裂けそうだった。
『ア゙ァァァ゙ァァ゙ァッ!!!』
魔王が喚き叫ぶ。
激痛にのたうち回る獣のように咆哮し、手当り次第に暴れ回り始めた。
木々を裂き、地をえぐり。目に入る物をことごとく粉砕する。
魔法など使わぬ、ただ我を忘れた狂乱の猛りであった。
またたく間に、辺り一面が荒廃の地と化す。
アレンは必死に避けながらも、彼にかけるべき言葉が無いことに絶望していた。
(ああ、どうして)
こんなに哀しいのだろう。
同情か。否、もっと深い悲嘆だ。
助けられたはずの命がこの手から滑り落ちていった、そんな絶望と罪悪感が胸に込み上げる。
『アレン、アレン、アレン』
表情を失った彼の右目は、海の色であった。
エルフとオーガの瞳。忌まわしき混血児は、孤独で前世の悪夢を引きずり生きてきたのだろう。
途方にくれたように名を呼びながらなおも森を荒らし回るバケモノに、アレンは立ち止まった。
「ファシル……」
『アレン、アレン、アレン』
過度に魔力と能力を消費し過ぎたせいか、魔王の目からすでに光は失われていた。
手を突き出し、震えた声で彷徨暴れる姿は怯えた子どものようで。
(そうか)
彼を孤独から救ってやりたい、そう思った。
なぜか分からないし、自分らしくないと内なる彼自身は反発する。
しかし抗い難い感情のほとばしりに、思考がついていかない。
「ファシル。こっちだ」
アレンは彼を見据え、誘う。
それが果たして救済となるのかなんて、分からない。分かる者などいない。
ただ望むようにしてやりたい、それだけを胸に声を掛け続けた。
『ア……レン、どこ……アレン……』
「こっちだ。そう、ここだ」
導く手さえ。声さえあれば、彼は売って変わって大人しくなる。
意識も混濁してきたのか、なにやら分からぬ言語を呟きながら。よろよろと、歩み寄ってきた。
『アレン』
「ファシル、一緒に――」
(一緒に逝こう)
言葉をつぐより先に、アレンは小さく呟く。
【戻れ】と。
「ぅ゙ぐぁっ」
腹を真っ直ぐ貫かれる衝撃。焼けるような痛みと、不快感。
散らした血飛沫が、服や肌を濡らし染め上げていく時である。
『つ・か・ま・え・た』
男の楽しげな声と共に、大写しになった笑顔。
(まさか……っ)
アレンは声にならぬ悲鳴をあげ、意識を手放した。
遠くで響く、叫び声を聞くことなく――。
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