世界を救った勇者ですが童帝(童貞)の嫁になるようです

田中 乃那加

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魔王のツラの皮

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 洞窟内といえど、それなりに高い天井に吊られた者。
 黒衣の上からの亀甲縛りは、肉色の気味の悪い触手だ。

(素直に趣味が悪い)

『彼』はそっと苦笑する。
 なお注釈をいれておくと、この『彼』と『吊られた者』は全くの別人である。
 しかし別人でありながら関連性が皆無、というわけでもない。
 一体どういうことか。
 
「……なんだコイツは」

 胡散うさん臭そうに眉を寄せるのは、頬に傷のある男だ。
 その一筋は端正な容姿を引き立てこそすれ、魅力を損なうことはなかった。
 美醜というのは不思議なもので、均整がとれすぎていても良くないらしい。むしろ、わずかなアンバランスや不具合もアクセントになりうる。
 この男はまさにそう。
 元々の容姿と、ガチガチに鍛え抜かれた肉体美。
 そこへきてこの傷だ。

(ああ、気に食わない)

 彼は、そっと自らの爪をむしる。
 これは悪癖のひとつである。
 苛立ちやストレスを感じた時に、ついつい出てしまう。
 ひどいと爪を噛むこともあり、彼の指の爪はすでに小さく変形してしまっていた。

(こういう脳筋タイプは、自分が常に正しいと思ってるんだろう)

 スポーツマンというだけで、そのコンプレックスを刺激する。
 しかしここで激昂するわけにはいかない。

「あれっ、どうしたの?」

 首をかしげて訊ねてくる少年に、視線を合わせた。
 大きな瞳は『彼』と同じく、黒真珠のようだ。しかし差し込んだ光は、きっと別の感情を映し返しているだろう。
 
(こういう可愛こぶる奴も鼻につく)

 ショタキャラが板についている、というやつだろうか。
 とにかく愛らしく無邪気な表情は、ともすれば大人たちを簡単にたらしこめるだろう。
 
(裏で一番、エグいこと考えてる)

 彼の経験上の話だが。
 途端に、このタイプに裏でコケにされてたという記憶がよみがえる。
 
「…………しね」

 聞こえるか聞こえないかの声で毒づいたのは、もはや無意識であった。

「どうなさいましたか」

 目ざとく言葉を掛けてくるのは、長い銀髪の青年。これまた美しい男で、神経質そうに少し細めた目はさながらサファイアの輝きか。
 滑らかな白い肌に尖った耳。まさに容姿端麗と評されるエルフの特徴そのものだ。

(この男が一番嫌い)

 エルフ、という種族すらに気に食わなかった。
 
(奴らは高慢ちきで性格が悪くて。オマケに無慈悲だ)

 確かに、一族の誇りと自尊心はとても高い性質をもっていると言われている。
 過度な純血主義とも取れる思想をかかげる者達も多くおり、他の種族との紛争が多いのもこれが理由だ。
 喧嘩っ早さでいえば、攻撃的で有名なオーガ族に引らをとらないとも。

「……?」

 怪訝そうな視線が三人分、自分に降りかかるのを肌で感じる。
 
(本当にこいつらはマヌケだな)

 そっとほくそ笑む。
 そう。この『彼』こそが魔王ファシルである。
 女神に与えられし加護チート能力を使い、彼らを欺いているのだ。
 別に女装や変装などしなくても、この力さえあれば彼はなんにでもなれた。
 
(この忌々しく、醜い姿だって)

 額に生えたツノ。なのに抜けるような白い肌に、尖った耳は異形だ。
 筋肉の付き辛い身体は、貧相だと嘲笑されるだろう。
 醜く劣った混血児。大罪の忌み子――それが彼の真の姿だ。
 
(リア充なんて死ね、ていうかみんな死ね)

 前世では陰キャで引きこもり。今世では引きこもりこそすらしなかったが、より悲惨な境遇に生きる羽目になるなんて。

(あのクソ女神が!)

 異世界転生だなんて調子のいい事を言いながら、蓋を開けたらコレである。
 しかも赤ん坊の頃から前世の記憶がバッチリあった故に、さらに歪んでしまったと言っても過言ではない。

(どうせコイツらは、恵まれた環境でぬくぬく生きてきたんだ)

 対してこちらは生まれながらにして、どちらの種族にも望まれない異形の子ども。早くに能力覚醒していたから、なんとか生きてこれたのだ。
 この島にあるエルフの村で育った彼は、村人達を洗脳してこの姿を隠すことにした。
 他の者から見れば、つるりとした額の愛らしいエルフ族の子供だっただろう。
 しかし少しでも気を抜けば、正体がバレてしまう。
 彼が生まれ落ちてすぐ、周囲に響いた悲鳴。
 忌々しいオーガ族の特徴がある赤子など、ものの数分で縊り殺されてしまうのだ。
 
(母親は、どんな目をしていただろう……)

 もう覚えていない。
 エルフにしては奔放で、島を出てしまった彼の母親は文字通り誰の子か分からぬ子を孕んで帰ってきたのだ。
『この子はエルフの子だ』と偽って。

(せめてこの島以外で産めばよかったのに)

 そうすれば、彼も産みの母を殺すことはなかったのかもしれない。
 理由はひとつ、正体を知られてしまったから。
 眠っている、まだ少年であった彼の枕元に立った女。
 村に伝わる子守唄を歌いながら、優しく頭を撫でる手にうつらうつらしていた時だ。
 そっ、と触れられた箇所に思わず飛び起きた。

(、知ってやがった)

 彼にとっての最初の誤算。
 上手く騙しおおせていたと思っていたのに、そうではなかったのだ。
 彼を産んだ母親だけが知っていた。我が子がエルフでないことを。
 ファシルの能力は、認知の操作。いってみれば、記憶の改竄かいざんや洗脳までも可能となる。
 しかし、いつ洗脳が解けていたのだろう。
 
(ぼくに、ツノがあることを。ぼくの醜い姿を、知っていて黙っていたんだ)

 今となっては母である、女の心情は分からない。
 それでも少年だったファシルの中で、確かに『手酷い裏切りと屈辱』だったのだ。
 先に偽っていたのに、偽られると激怒する。自己中心的で自分勝手な動機であるが、歪みきった彼の性格としては仕方ないのかもしれない。
 
(ぼくにはもう、何もなかった)

 愛する人を手に入れる他には。
 今世に縋れるモノがないのなら、前世の片恋に手を伸ばすしかないではないか。
 家族にバカにされ、周りに爪弾きにされていた穐山 泰親あきやま やすちかに唯一優しくしてくれた。
 
(明帆あきほ……やっとみつけた。ぼくの大事な人)

 数少ない楽しい記憶の中に、彼がいる。
 
「――マリア、どうしちゃったの?」
「えっ」

 自らの黒い思考に落ちていたファシルは、ニアの声にハッと顔をあげた。
 じっ、と三人の視線が突き刺さる。どうやら、怪しまれているらしい。
 突然飛び込んでくるように現れて、今度は黙りこくってしまっては当たり前だ。
 取り繕うように笑みを作ると、口を開いた。

「わたくしってば少し、ぼうっとしてしまって……アレンが、こちらに向かっているのです」
「えっ!?」

 驚きの声をあげたのはニアだ。
 彼らは、アレンが城にとどまっていたことを知っている。

「シセロが、変な手紙出したからじゃないの!?」

 彼の言葉に、シセロが肩をすくめた。

「変な、とは失礼な。貴方が書けと言った内容を書いただけですが」
「確かに『手紙でなら、素直に気持ちを伝えられる』ってアドバイスしたけどさぁ……」

 アレンが受け取った、遺書めいた手紙を覚えているだろうか。
 それを見て、彼は慌てて部屋を飛び出したのだが。

「彼が私の事を、心配して駆けつけたのなら。あながち悪くない作戦だったというワケですね」
「ちょっと! まさか、ここにアレンを呼ぶつもりで手紙書いたの!?」
「あくまで自主的に、ですけどね」

 ニヤリと腹黒い笑みを浮かべる男。

「彼の目の前で、私が魔王を退治してやったら多分惚れ直すと思うのですが」
「やっぱりそれが狙いかーッ! ズルいよ、シセロってば!」
「いざとなったら、貴方ニアという名のおとりもありますし」
「俺を防具か盾代わりに使わないでよ……」
「どうせ貴方、死なないでしょう」
「死なないけど、それなりに痛いんですけど」
「土にかえりたいですか?」
「…………すんませんでした」

(最低だな、コイツ)

 ファシルは二人のやりとりを見て、背中が薄ら寒くなるのを感じた。
 自分もたいがいだが、この男もヤバい。アレンを自分に振り向かせるのに、必死すぎるのだ。
 その為なら職権乱用で、冒険中に何度も呼び出すし。大臣のクセに国民裏切って、魔王と手を組む。
 果ては、その魔王まで出し抜いて愛しの彼の目の前で殺そうと画策するとは。

「おい。シセロ、といったか。お前、それはやり過ぎだぜ」

 アレックスが口を開く。

(お、コイツはマトモか)

 一瞬、そう思うが。

「抜け駆けは良くねぇ。魔王はオレが倒すぜ。生首にして、アレンへの手土産にしてやる」

 ナナメ方向から、とんでもないアイディアぶっこんできた。
 するとすかさずニアが、意義を唱える。

「えぇ~。そんなプラッタ状態見せたら、アレンが怖がっちゃうじゃん。とりあえず、丸のまま氷漬けにしてみたら? オブジェになりそう」
「それなら、標本にしちゃあダメなのか。氷漬けより、よほどラクだぜ」
「うーん……」

 そこで割って入ってきたのが、シセロだ。

「待ちなさい。ニア、アレックス。私が魔法でミイラにしてあげてもいいですよ。持ち運びも簡単だし、なにより貴方達には出来ない高等魔法ですから」
「えー? なんかそれもな~。ねぇ? アレックス」
「ああ。シセロにはセンスが無ぇな」
「プレゼントして、フラれるタイプだよね~」
「情けない野郎だぜ」

 調子に乗り始めたニアとアレックスに、シセロが無表情で杖をかかげて一言。

「二人とも、いますぐ火葬してやる」
「「……ごめん」」

(コイツらダメだ)

 発想がやたらクレイジー過ぎる。
 そして揃いも揃ってバカだ。

(さっさと殺してしまおう)

 なんだかんだ言って慎重に様子を見ていたが、これは楽勝ではないか。
 そう思い、ファシルはほくそ笑む。

「三人とも、アレンの所へ案内しますわ」

 そうしてあらかじめ罠を張った場所へ、彼らを誘導してしまうつもりだった。
 そうすれば邪魔者は消える。

(最後に笑うのは、ぼくだ)

 三人を急かして洞窟の奥へ。
 自分は、チート能力持ちの異世界転生者であり魔王だ。
 魔力だけで言えば、偉大な魔法使いと言われているシセロに劣らない。後の二人なんて、勝負にすらなりやしない。
 彼は、すでに勝利を確信していた――ハズであった。
 
 
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