世界を救った勇者ですが童帝(童貞)の嫁になるようです

田中 乃那加

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魔法使いVS魔王VS異世界転生者の異種格闘技戦6

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 艶やかな黒髪は、腰まであった。精巧せいこうな人形のように整った容姿と、尖った耳は白く美しいエルフだ。
 しかしそこに歪さと鮮烈を加えたのが、額から生えた一本の角。
 どこか一角獣をも思わせるそれは、皮膚の色とは違っている。
 赤黒い、肉の色であった。

「ここは危険だよ。アレックス」
「……いつからいた」

 低く唸るように応え、睨みつけたのは強い警戒心からだ。
 こっちが知らないのに、向こうが自分を知っている場合。大抵、ロクなことはない。
 
(まさかコイツがくだんの勇者様か)

 人違いというのは、ほとんどありえないだろう。
 ツノを持ったエルフなんて、滅多にお目にかかれないのだ。
 
「あの少年は、未来を切り開くだろうかね」
「さぁな。そんなことは、アクーが決めることだ」
「はは、君らしい精錬で潔い言葉だ」

 ツノ付きのエルフは笑い、アレックスはさらに眼光を鋭くする。

(すべてお見通しってツラが気に食わねぇ)

 一度どこかで会っているのか。いや、そうではないだろう。
 何かの目的があって彼を調べ、追跡してきたのだ。
 
「オレはお前のことなんざ、これっぽっちも知らねぇぜ」
「まぁ、そうだろうね。でも、は貴方を知ってるよ。ずっと前から」
「チッ……」

 タチの悪いストーカーみたいな言い草に、思わず舌打ちが出る。
 しかし、いくつか疑問があった。

「勇者様ってのは、女だと思っていたのだがな」
「ん? ああ、そうだね。あの時は少し、女装趣味にはしってたんだよ」
「下手な言い訳はよせ。お前のその姿は、魔法か。それとも本当にただの変態野郎なのか」
「あーあ、ひどいなぁ。君だって、アレン・カントールに女の格好をさせて喜んでいたじゃないか」
「!」
 
(こ、こいつ)

 そんな前から、こちらを認知していたというのか。
 改めて嫌悪感に顔がゆがむ。
 苦虫を噛み潰したような表情のアレックスに、男は楽しげに笑う。

「あはははっ。その表情、最高だね! そんな怖い顔したら、愛しの彼が逃げてしまうよ?」
「……お前がさらったんだろうが」

 勇者と名乗る女 (実は男であるが)の正体に勘づいたのは、彼がアレンの名を出してからである。
 そう思えば。以前、噂で聞いた魔王の姿は『悪魔のようなツノを生やした、天使のように美しい男』でなかったか。
 実際に魔王をこの目で見て、生きて帰ってきた者がほとんどいなかった為、単なる想像や妄想の類いかと思っていた。
 実際は、悪魔族のヤギを思わせるそれでなく。オーガ族のツノであるが。
 
「お前が死にぞこなった、クソ陰険な魔王か」
「随分な口を叩くねぇ。非力な人間のくせに」

 からかうような口調であるが、魔王の瞳は鋭い。
 自らの黒く塗られた爪を見ながら、口元だけで微笑んでみせる。

「言っとくけどね。貴方は、ぼくにとって一番ジャマな存在だ」
「ほぅ。奇遇だな、俺もだ」

 アレックスにとっては、愛する人を困らせるストーカー。いわばゲロ以下の存在なのだ。
 右の拳を構えれば、チラリと視線が注がれる。

「ふぅん。それが女神の加護、だね」
「分かってんなら黙って殴られな。今なら顔は勘弁してやるぜ」

 そう挑発しつつも、背中に冷たい汗が流れる。
 この空気。邪悪な気というものがあるならば、まさにそれだろう。
 虫けらを見るような目付きもあいまって、今までで一番の焦燥と危機を感じていた。

「あのアホな女神との会話は、たいそう疲れただろう?」
「……」

(こいつ、女神に会ったことがあるのか)

 つまり魔王もまた、異世界転生者ということを示している。
 
「アレックス。貴方は自分の前世を覚えているかい?」

 口角を片方あげ、問われる。
 
「ぼくは覚えているさ。赤子の頃からね。そう、ずっと覚えているんだ。前世のゴミみたいな自分自身を」
「コンプレックスを、こじらせ過ぎだな」
「……君みたいな脳筋には分かるまい。どうせ、陽キャでリア充だったんだろう。今すぐ爆発しろ」

 早口でまくし立てる様子に、こりゃあ陰キャだったなど予想がつく。
 この男の鬱屈とヤンデレ気質には、やはり前世からの絡みがあるようだ。

「ぼくはね、前世でも除け者でさ。いわゆる、ぼっちだよ。いじめられっ子だったし、恋愛イベントはことごとく縁のない人生……しかも十代で死んだし」
「それは気の毒だな――なんて同情して欲しいのか?」

 万が一、そう請われてもお断りだった。
 アレックスだって、多少ではあるが前世の記憶はある。
 自分の興味の向くこと以外には、とことん淡白な人生であったが。それなりだったと思っている。

「せっかく転生しても、人生ハードモードだ。よりによって、こんな肉体を得るなんて!」

 エルフとオーガ族の混血を言っているらしい。
 確かに生き辛かっただろう。むしろ、よく殺されなかったなと。
 だいたいの場合、生まれてすぐに縊り殺される可能性の方が高かったのだ。

「いっその事、産まれて直ぐに殺されれば良かったのかもしれない……」

 ポツリと呟く、魔王の表情は虚ろだ。
 嘲笑したりキレたり、虚無になったり。先程からコロコロと表情と言葉の抑揚よくようが変わる。
 まさに、情緒不安定なメンヘラの特徴なのだろう。

「あの女神ビッチに押し付けられた能力のせいでッ!」

 魔王が叫ぶ。
 
(本人同様、なかなか面倒な力みたいだな)

 そう。魔王、ファシルの得た力は少々複雑なものであった。
『認知を歪める』能力である。

 ――例えば、目の前に置かれた木の実を見たとする。
 対象者に木の実を、石ころと認知させることも可能。
 簡単にいえば、それが彼の能力だ。
 モノの見え方から、果ては記憶に至るまで。他人の頭の中に介入することすら、できるというのだから恐ろしい。

「でもね。いくら認知を歪めたって、ぼくのこのキモチワルイ姿は変わらないんだ」
「まさか。女装も、その力を使ったんじゃねぇだろうな」
「あはは、正解。実際に姿を変えなくても、見る人の脳ミソを弄れば。便利だろう?」

 しかし同時にそれは、この男をさらに孤独へと蹴り込むことになるのだろう。
 何一つ変わらない自分に対し、他人の言動は180度変化する。
 それが彼のチート能力なのだ。

「自分でやっといて、不信感で病むとか……ククッ、笑えるよねぇ……あー……シニタイ……」

 どんどん表情が暗くなり、爪を噛み始める。
 その腕には、痛々しい傷跡。ためらい傷としても頼りないそれを、アレックスは何となく知っていた。

(リストカットか)

 この世界にだって、心を病む者はごまんといる。
 自らを傷つけ、果ては命を落とすことだって。多少なりとも知能を持つ生き物であれば、ある種の逃れられない呪縛なのかもしれない。
 この男のような境遇なら、なおのことであろう。

「種明かしは、ここでおしまい」

 ファシルが顔を上げた。
 瞳には剣呑な光。
 軽くかかげた右手の先に、浮かび上がる赤い魔法陣。

「ぼくには、彼しかいないんだ」

 アレン・カントール、と小さな声がつぶやく。
 その響きに、母を呼ぶ幼子のような哀しい声色を聞いたのは幻聴か。
 
「ねぇ。ぼくに譲ってくれよ」
「……」

 風など吹いていないのに、魔王の長い髪が揺れる。

「ぼくにはもう、何もないんだ、彼しか」

 気がつけば澱んだ空気が、辺りに蔓延まんえんしていた。
 白さを通り越して、血の気のない顔。不自然に赤い唇は、噛み締めたかだろう。血が滴っている。

「ねぇ、いいだろう……」
「ふざけるな、このメンヘラ野郎め」

 アレックスが吐き捨てた。
 眉間には深い渓谷のようなシワをよせ、完全にガチギレ顔だ。

「さっきから聞いてりゃあ、グチグチグチグチと。まず言っとくが――」

 大股で歩み寄る。
 そして右手で、思い切り胸ぐらを掴んだ。

アレンあいつをモノ扱いしてんじゃねぇぇぇっ!!!」

 左の拳を固め、勢いよく振るった。
 確かな手応えと共に、あっけなく吹っ飛んでいく身体は驚くほどに軽い。

「っぐ」
「譲るとか譲らないとか。いい加減にしろよ。マジで惚れてんのかッ!? あ゙?」

 さらに怒鳴りつける。
 ヤンデレやストーカーはまだいい (良くないけれど) アレックスを激怒させたのは、愛した人の感情を無視した言動であった。

(好きなら、最低限に守るべきところがあるだろうが)

 右手で殴らなかったのは、辛うじての理性だったのかもしれない。
 
「……本気で惚れてるかって? 当たり前だろう。貴方こそ、愛をナメてんじゃあないのか」

 近くの大木に打ち付けられ、力なく崩れたファシルが立ち上がる。
 ゆらりゆらりと頼りなく横揺れする姿は、まるで亡者のようだ。

「誰であろうと、邪魔させない。アレンは、ぼくのモノだ。彼の目を惑わせても、手に入れる。それが愛、だろう?」
「違ぇよ」

 恋愛観における決定的な価値観の違い、と言えばよいのだろうか。
 歪み飢えたファシルの瞳が、こちらを食い入るように見つめている。

(他人を変えようなんて気はサラサラないが、かといってコイツを野放しには出来ねぇな)

 考えれば考えるほど、深みにハマってしまいそうだ。
 しかしアレックスは、余計な思考を振り払い決意する。

「もう一度、転生させてやるぜ」

 今度は右の。破壊する拳を、握りしめた。
 倒すべき相手は、不敵に笑う男。

「貴方に、ぼくは殺せない」

 その両手には血のような赤い、魔法陣。
 立ち込める邪気と勝ち誇ったような表情から、彼に魔法耐性が無いことを知っているのが分かる。

「恋にライバルって、つきものだよね」

 そうつぶやき、魔王は歌うように呪文を口にした――。


 

 
 

 




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