世界を救った勇者ですが童帝(童貞)の嫁になるようです

田中 乃那加

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地獄の裏は死後の国3

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「さぁ、答え合わせだ」

 そう言い放ち、幕を引き裂いた。

【……】

 呆気なく破かれたそれは、見るも無惨な布切れとなって床に落ちる。
 慎ましやかなランプの灯り。
 子供用のベッドに腰掛けたは華麗な赤と黒の配色が特徴の、豪奢なドレスを身にまとっていた。
 
「これがお前の正体――女王陛下よ」

 アレックスは目を細め、目の前の色あせた金髪に触れる。
 パサリと音を立てて一房ひとふさ、ホコリの積もったシーツに散った。
 その虚ろな眼窩がんかはぽっかりと闇を宿し、視線はあらぬ方向をさまよう。
 
「アンデッド、ではないな」

 物のような沈黙。ピクリとも動かない腕。気配さえさせない存在。
 これが死者の種族なものか。
 ただの遺体。ミイラ化した、少女の身体だった。
 そこへ。コチ、コチ、コチ……とどこか調子外れな歯車の音。
 細く、骨の皮になった少女の腕が抱く時計――アレックスは、細心の注意をしながらそれを手に取った。

「懐中時計。あの男も持ってたな」

 ヘンリー・マクトウィプス、気の狂ったウサギ男。
 そしてこの時計も壊れている。
 アレックスは左手に持ち、右手で殴りつけた。

「ふむ」

 ガラスがひび割れ、針が歪み、歯車が微妙に飛んだカラクリの時計。正確な時を刻むには、あまりにも難しい。
 それは右拳が触れた瞬間、音もなく砕けた。
 しかし慌てることなく、瞬時に左拳を振るう。

(さて。直るだろうか)

 鈍い光を帯びながら、少女の時計は組みあがっていく。
 まるで見えない手が修理していくように。

「……」

 こうして自らが壊し直すのを見ていると、なんだか自然のことわりからひどく外れているような気がするのだ。
 漠然とした罪悪感と理不尽に、アレックスは無表情であった。

【あ、ぁ、ぁ】

 か細い声が、脳内に響く。
 目の前の少女だった遺体ものは、相変わらず吐息すら漏らさない。
 ランプの優しい灯りに照らされて、より不気味に陰影を形作っている。
 
「お前の本体は、懐中時計それか」

 手にした時計は規則正しい音を立て始めた。
 繊細なデザインの文字盤や針。少女身にまとうゴシック調のドレスにとても似合っている。

「または、死の国の女王とやらはとうに死んでいた。魂をこの時計に移し、生きながらえていたということか?」
【……当たらずとも遠からず、といったところかしら】

 少女の声が、小さく笑った。

【わたしの名は、アリシア】
【死を司る神に選ばれ、ここで魂を天界に送る仕事をしていたわ】
【でもわたし、元々人間なの。死の神に見初められて、ここにやってきた】

 死の神、とやらに連れてこられた人間の少女。
 しかし彼女は、ある日殺されてしまう。

【死の神は、わたしが成長していくのが怖い……と】

 成長し、いずれは老いて死んでいく愛しい者。花が咲き誇り、枯れて朽ち果てていくのと同じだ。
 それが、神には許せなかった。

【死の神は泣きながら、わたしを殺したわ。そして、この時計に魂を封じ込めたの】

 そうすれば、永遠の命と愛が約束されると思ったのだろうか。

【でも、彼は狂ってしまった】

 己のした罪に耐えきれなかったのか。

【完全に壊れてしまう前、わたしの代わりに死神の鎌を使う自動人形オートマタを作りあげた。彼女が――】
「アリス、か」

 少女の代わりを機械仕掛けで作った後、狂った神はここを去った。

【もう、私は用済みなのよ……】

 寂しげな声を、アレックスは黙って聞く。
 神と人間と愛を交わした末の悲劇、そう言ってしまえば美しいのだろう。
 しかしその物語ストーリーは聞けば聞くほど、愛憎とエゴにまみれた歪なものだ。
 神は、少女の成長と老いに耐えきれず殺害してしまった。
 
(つまり、ロリコンのクソ野郎ってことじゃねぇか)

 幼く愛らしい恋人。
 それがすぐに大人になり、中年女になり老婆に……そこまで添い遂げる覚悟がなかったのか。
 しかも魂を時計に縛り付ける。そして勝手に気狂い、全てを放棄して恋人を捨ててしまう。

「おい、お前」

 だんだんムカムカしてくる気分を抑えず、口を開く。
 彼の心情を察したのだろう。
 声はクスクスと笑い始めた。

【ふふっ。貴方って、優しいのね】
「別に優しいコトなんてしてねぇぜ」
【わたしの為に、怒ってくれてるんでしょう?】

 ただ、腹が立っただけだ。
 もし自分がその死の神だったら、愛する者をそんな暗く寂しい所に放置したりしない。
 よぼよぼに年老いて死ぬまで、ずっと隣で愛を囁くだろう。
 そうでなければならない。

(まぁ肉体が滅びたあと、魂閉じ込めちまうかもしれねぇが)

「……とにかく、そのクソ野郎を探し出してぶん殴っていいか?」
【ふふふっ、やっぱり優しいのね】
「違う。単純に俺がイライラしてるんだ。八つ当たりってヤツだぜ」

 鼻の頭にシワを寄せて、アレックスはうめいた。
 妙に照れくさい。本来なら、彼が腹を立てる筋合いはないのだ。言ってみれば、お節介。
 それをこうも手放しで褒められると、居心地が悪い。

【――でも彼はね、気が狂ってもわたしを求めてくれてるの。今はわたしが拒絶してる、だけ】

 少女アリシアが、一瞬だけ声を詰まらせる。

自動人形オートマタへは、わたしもアクセスできるのよ。そうして彼を拒絶しているの】

 アリスを使い、彼女は死の国の扉を閉じてしまった。
 行き来できるのは、人間の魂だけ。
 死の神は通行禁止。
 
【彼は、わたしのせいで罪を犯してしまったの。おまけに気まで狂ってしまって……そんなあの人をもう見たくない……】

 自分の事を忘れて欲しい、とすすり泣くように口にした少女にアレックスはため息をついた。

「似た者どうしのカップルだな、どうしようもねぇ馬鹿どもが」
【!】

 呆れ果てていた。
 なぜなら彼らは互いを想いあっているようでいて、まったく見当違いの方向を見ているのだ。
 
「お前の恋人もロクデナシだが――お前も相当だぜ。なにが『自分を忘れて欲しい』だ。忘れられるワケねぇだろうが。忘れられたら、そもそも恋なんてしていない。特に男ってのは、惚れたヤツの事は死ぬまで忘れねぇんだ。たとえ、その相手を傷付けようがな」

 苦々しい顔をして、吐き捨てる。
 人と神は、そんなに変わらないのかもしれない。
 共に、感情で揺れ動くエゴの塊。
 しかしだかこそ。彼らは愛し合い、壊し合ったのだ。
 
「とりあえず、一度サシで話してみろ。俺はこういうのは、よく分からねぇ。しかし、一発くらいなら代わりにぶん殴ってやるぜ」

 もちろん手加減はする、と付け加えれば。

【ふふっ、アレックスは……ほんと、優しいのね】

 泣き笑いのような声と、同時に手の中の懐中時計が小さく震えた。

【ありがとう。でも貴方はもう、彼に会っているのよ】
「……なに?」

 数秒記憶を巡るが、思いつかない。
 それらしき人物には出会った認識がないのだ。
 
【ヘンリー・マクトウィプス】
「な、なにッ!?」

 あの妙なバニーガール男。
 彼が、死の神だというのか。

「おいおい、嘘だろ……」

 あんな変態みたいな神様なんてイヤだ。
 いくら気が狂ってたって、あれはダメだろう。ハイレグの股間はモッコリだし、網タイツまで着用していたし。
 なにかの冗談か、と何度も問うが。

【いいえ、彼がわたしの愛しい人。あの格好、ウサギさんみたいでとてもカワイイでしょ? わたしが選んであげたのよ】
「……」

 アレックスは言葉を失った。

(やっぱりこのカップル、馬鹿なんじゃねぇか)

 バニーガールの機能的、かつ可愛らしい装飾についてアリシアは嬉々として語り出す。
 一体、さっきまでのシリアスな空気はどうなったのだ。
 彼の遠い目は、暗い死の国を見つめている。

(あー……なんか、アレンに会いてぇな)

 そして思い切り蹴り飛ばされたい。
 なんてドM思考が出るほど、この男もそうとう疲れていた――。






 
 

 

 


 
 

 
 

 
 

 
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