世界を救った勇者ですが童帝(童貞)の嫁になるようです

田中 乃那加

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路地裏の地獄2

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 背中を浅くだが、大きく切り付けられたらしい。
 焼けるような痛みに、呼吸もままならない。
 それでも唇を噛み締めて前を見据える男こ目は、まだ死んでいなかった。

「正真正銘のバケモノだな、こりゃあ」

 呆れるように。そして微かな笑みを浮かべた彼の身体は、表情に反してボロボロである。
 魔法耐性のない身に、通常であれば受けない魔力に対するダメージ。
 右手だけでない。
 そこから、じわりじわりと這い上がるようにが広がっている。

「このバカッ、逃げロォォォッ!」

 負傷した足を引きずり、ヘンリー・マクトウィプスに支えられたミナナが叫ぶ。

「うるせぇ、じゃじゃ馬」

 小さく鼻を鳴らすと、拳を再び握り直した。
 
(さて、どうするか)

 このまま拳を叩き込めば、間違いなく死ぬ。それくらい魔力に対する拒否反応は、大きいのだ。激しいアレルギー反応に似ている。
 二度食らえば、さらにその致死率は跳ね上がるだろう。
 手っ取り早く言えば、魔法アレルギー。耐性云々ではないのだ。
 
(最初はまだマシだったんだがな)

 魔王討伐だって、初めから放棄していたワケでない。
 この体質を知ってからも、克服の為に方々へ旅したことがある。しかしそこで立ち寄った村で偶然出会った、ある者に諭されたのだ。

『この体質は、治るものではない。むしろ酷くなるでしょう』

 と。
 さすがに落胆と絶望の色を隠せない彼に、その者……シスターと名乗った女が言った。

『ありのまま、自分を受け入れなさい。きっとそんな貴方を受け入れ、貴方自身も受け入れたいと願う……そんな出会いがありますから』

 ふるい教会。
 魔獣に襲われ地に伏していた自分を、優しく抱き起こして介抱してくれたひと。このような者が、まさしく聖女と呼ばれるのだろう。
 王都にも聖女とされる女はいた。
 しかし彼のイメージとしては、皆すました顔で少し魔法が使えるレベル。
 予言と称して、どこかで聞いた事のありそうな詩の一説をそらんじるだけ女もいた。
 一方。
 聞けばその聖女、たった一人で神に仕えるシスターとして祈りを捧げていたとか。
 
 ……アレックスには、神の有無が分からぬ。
 前世から家に仏壇はあれど、ろくに手も合わせたことがない。
 クリスマスはやハロウィンは知っているが、初詣の方が熱心に行く。
 受験の時には、気まぐれのように御守りカバンに付けていた。
 まぁそんなものだから、価値観としては無宗教に近いのだろう。
 今世においてもり生まれた村はそこまで極貧でないが、かといって裕福でもない。
 神なんて目に見えないモノより、目に見える日銭を稼いだり作物を作る方が大切だった。
 だからといって、熱心に信仰する者達に対してバカにするつもりも無い。

『恐れる事はありませんよ。すべては運命――幸運の女神は、前髪しかないのですから』

 この世界異世界において、そんな格言があるとは。
 ちなみに余談であるが、この『前髪しかない幸運の女神』とは実は間違いだ。
 ローマ神話においての、豊穣多産と運命の女神達が混合され。
 さらにギリシャ神話における【過去から未来へ流れる時の神】と【一瞬の時の神】がまた混合された結果である。
 一瞬の時を司る、カイロスという神には前髪しかない。
 それがすべて相まって、この格言となったと言われている。

 しかし言わんとすることは分かるだろう。
 アレックスもそれを納得し、あっさりと魔王討伐をやめた。
 諦めたというのは正しくない。
 彼は『運命の出会い』を選んだのだ。
 フィットネスクラブという異世界初の新事業は、単なる通過点であった。
 そしては突然訪れる。

「……アレン」

 一目見たときから決めていた。
 手に入れる、と。
 顔面蒼白でめちゃくちゃにレイプされていた彼を見て、色んな感情が胸の中を吹き荒れた。

 喜色、欲求、渇望、慕情、執着、愛欲、情欲、慈愛、切望――。

 この世のありとあらゆる狂おしい情動。しかしそれが、ひとつの【恋】へと結びつく。
 欲しい、と思った。
 命を賭けて手に入れたい、と。だから後先考えず飛び込んだ。
 ああやって自分から拳をふるったのは、初めてだったかもしれない。
 無我夢中で彼を助け出し家に連れ帰り、身体を清めた時。

(綺麗だった、な)

 泣き腫らした目元の朱が、なんとも色っぽくて。それでいて、胸が締め付けられた。
 思わず、強く抱きしめてしまったことを思い出す。
 絶対に守る、そう思っていたのに。

「アレックスーっ!!!」

 ミナナが自分の名を、何度も叫ぶのが耳に入る。
 ヘンリーが彼女を引きずり、避難するところらしい。その様子に安堵の息を吐く。
 この怖いもの知らずの、じゃじゃ馬娘まで巻き込むことはない。
 これはアレックス自身の問題だ。

「さて、どうするかな」

 あまり体力は残っていないだろう。
 こちらをうかがうように、巨大な鎌が宙をブンブンと飛び回っている。
 ヌメリすら感じる刃の暗い輝きに、死の香りが付きまとう。
 やはりただの魔法武器ではない。
 本来、死神がたずさえるべき物だ。それがなぜ、こんな所に。あるじを失い、暴走状態であるのか。
 ふと、を感じて辺りに視線を移す。
 その時。

「――っ!?」

 突然切り込んできた刃が、空を切る。
 間一髪で避けたが、またすぐにこちらの喉笛を掻っ切らんと振りかかってくるのだ。
 ヒュゥッ、と絶え間ない音と風。
 紙一重にかわした切っ先が、わずかに彼の肌を傷つけた。

「チッ……」

 これじゃあラチがあかない。
 時に後ろに逃げながら、なんとか打開策を探る。
 
「ゔぁ!」

 足がもつれた。
 壊された壁の瓦礫によろけ、勢いよく転ぶ。
 そこへ振りおろされる大鎌。
 すぐ目の前に大写しになるら呪われた魔具。
 今しも彼の脳天に、一撃を加え――――。

「っ、やれやれ。あぶねぇ」

 ……鎌の動きが止まった。
 いや、そうではない。止められたのだ。
 突然、彼の目の前にそびえ立つ壁に挟まれてガタガタと暴れる死神の鎌。
 それを地面に尻もちをつく形で見上げる、アレックス。

「役に立つもんだ、コレも」

 右腕を見ながらつぶやく。
 破壊されて瓦礫となった壁を右手で殴り、さらに左で直して見せたのだ。

「ふむ、やってみるものだな」

 こんな能力の使い方は、今まで思いついた事もなかった。
 無我夢中で編み出した技に、感動すら覚える。

「アレックスっ、なにボサッとしてるヨ! 早く逃げるネ」
「そーですよ! はやく行きましょう」

 あまりにも暴れるからだろう。ついに担ぎあげられたミナナが大声でわめき、ヘンリーも手招いている。

「おい、あいつはどこだ」
「ハァ? アイツって――」

 アレックスの問いかけに、彼女が首を傾げた時。

「!!!」

 壁が砕けた。
 再び瓦礫となった石が爆ぜ、爆音と共に大鎌がめちゃくちゃに暴れ出す。
 やはり石壁なんてものは、この膨大な魔力を持った武器の前には無力なのか。
 
「……」

 再び陥った危機に、唇を噛む。

「危ないッ!!!」

 大きく、こちらに滑り込んでくる刃。
 
「くっ……」

 間一髪、避けつつ再び近くの瓦礫を殴る。
 瞬時に出来た石の壁が、敵の行く手を阻む。
 しかし今度はものの数秒で壁が破壊され、今度は寸分の隙もなく襲いかかってくる。

(これはもう)

 ここは路地裏だ。使えそうな武器もない。
 よしんばあったとしても、魔法武器であれば彼 アレックスは使えない。
 それに人間ごときが使える武器が、果たしてこいつに効くだろうか――彼の背中に、冷たいモノが伝う。

(万事休す、か)

 もう体力も限界だ。
 ガクリ、と彼は膝を地につけた――。
 

 
 




 



 
 
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