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路地裏の地獄1

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 風を切るのは、鋭い切っ先。
 暗雲立ち込める路地裏にて、光の一閃となって彼らを追い詰める。

「ほう……なかなかのガタイだな」
「ぬぁぁあにをっ、ノンキしてるネ!!!」

 巨大化したアンデッドメイドが、これまた見上げるほどの大鎌を振り回す。
 そして近くの建物の壁を、轟音ごうおんと共に吹き飛ばした。
 それを眺めしみじみ呟くアレックスを、怒鳴り飛ばすミナナ。
 舞い上がる土埃。とばっちりでアンデッド達が地面にのめり込む。
 すんでのところで彼女と偽アレンとバニーガール男。ヘンリー・マクトウィプスを抱えて飛び退いた。

「おい。お前、少し体重増えただろう」
「ちょっ、なに言ってるネ! いつも通りヨ!!!」
「いいや。オレの目と筋肉は誤魔化せねぇぜ。さっきも思ったが、先月より三キロは増えている」
「い、今言うことじゃないヨ!」
「認めろ。現在のお前の体重は――」
「ギャァァァッ、言うなァァァァ!!!」

 こんな時というのにケンカし始める (主にキレて怒鳴り散らしているとは彼女であるが)二人に、さすがの変態バニーガール男も呆れた表情を見せた。

「あのお二人さん……」
「変態ウサギ野郎は黙レ!!! だいたいっ、なんでアレックスはコイツまで助けたヨ!?」
「ん?」

 コイツ、とはしっかり胸に抱きしめていた偽アレンのことだろう。
 うっとりとした表情でアレックスを見上げている。
 
「オレに彼を見捨てろと言うのか」
「そいつはニセモノでしょうが」
「ニセモノでも、彼は彼だ」
「意味わかんねぇぇヨ!!! アレックス、ついに変態こじらせちゃったネ!?」
「チッ、失礼なヤツだな」

 忌々しげに顔をしかめた。
 アレックスとてわかっているのだ。彼は彼でないことくらい。
 それでも愛しい人と寸分たがわぬ容姿をしていたら、情も湧くというもの。しかも本物とは真逆の、可愛い態度や仕草を見せられたら顔も緩むのだ。
 男とは、案外単純な生き物である。

「アレックス! アンタは、あのビッチのドコに惚れたのヨ」
「なんだと」
「身体か? 顔か? アタシはあの性悪クソビッチのどこが良いのか分かんないネ。でもアレックスは、そーゆー所も惚れてたんでしょうが!」
「……」
「あんなに人の目の前で。人の気も知らずに、空気読まずノロケ倒したクソカップル共が! 簡単にッ、仲違いとかッ、いーかげんにしろ。この変態バカゴリラがァァァッ!!!」
「ぅぐっ!?」

 バッチィィン! と辺りに響く平手打ちの音。
 彼女の渾身の力を込めたビンタが、炸裂する。
 これには思わず仰け反り後ずさった。
 打たれた頬には、キツく赤い手形が残っているだろう。ジンジンと軽く熱を持っている。

「テメェ、やりやがったな」
「何度でもやってやるヨ。知能までゴリラに成り果てた、クソ野郎にはな!」
「チッ……」

 拍子に口の中を軽く切ったのだろう、血のまじった唾を吐く。
 
「お前な。分かったようか口効いてんじゃねぇぞ」
「分かるワケないヨ。すぐに目の前のメスに飛びつくアレックスにはなッ! アタシはなァっ、一度愛するって決めたらソイツがどんなにロクデナシでクズ野郎でも変態でも……嫌いになんてなれないッ!!!」
「ミナナ」
「愛してんダロ!? 嫁なんだろッ!? ンなら、目の前のニセモノに惑わされてんナ!」
「だが処女……」
「コロすぞオメェ! 処女がなんだっ、男ならっ、最後の男を目指さんかいーッ!!!」
「!」

 頭を殴られたような衝撃。
 アレックス自身、好きになった人の性別や経験値など気にしていないつもりだった。
 だが、こうして目の前で見せつけらて動揺してしまう。
 他の男に組み敷かれ、さらに甘い喘ぎ声や淫らにねだるような声を聞くと。
 冷静に見えて、一種のパニック状態になっていたのかもしれない。

「……本当に。好き勝手言いやがって」

 短髪をガシガシとかいて、ため息をつく。
 自分らしくない、と思った。初めてした恋を前に、錯乱するなんて。

「目ぇ冷めたか。変態ゴリラ」
「ああ。不本意ながらな」

 わずかに痛む頬を押さえながら、大鎌を振り上げる化け物を見上げる。
 周りにいたはずのアンデッド共は、ことごとく砂塵のように崩れ消えてしまっていた。
 死神の鎌を持ったステラが、その魔力を身体ごと吸い取ってしまっているのだ。
 不気味に青白く光るそれは、禍々しさを増している。
 辺りに満ちる、血と死の香り。

「……ダ……ベ……ダァ……ァァ゙ァァ……ィ゙ィィ……」

 老木の瘤のように醜く変形した顔が、わらうようにうめいた。
 
「やれやれ」

 厳つい肩をすくめる。

「おいミナナ」

 右手には拾った鉄パイプ。
 顔にはしる傷跡を歪め、少し笑う。

「お前、喧嘩ならいくらでも買ってやる――ただし後でな」
「ふん、逃げるんじゃネーヨ。その頭、後で魔銃で風穴空けてやるネ」
「よく言うぜ」

 アレックスは鉄パイプを構える。
 
「交渉決裂、ってヤツだな」

 そうつぶやくとアレックスは強く地を蹴った。


※※※

 ――振り上げその土気色の肌を殴打しようとすれば、一抱えほどある骨ばった腕が鉄パイプを身体ごと吹っ飛ばす。
 地に叩き付けられる前に、体勢を立て直し着地。
 しかし間髪入れず、地面に振り下ろされる大鎌で土煙があがる。
 
「ぐっ……」

 足に切っ先がかすったらしい。
 鋭い痛みに顔が歪む。

「アレックス!」

 ミナナの悲鳴じみた声も、耳にはいらない。
 足だけでない。あがる息と、こめかみから流れる血。
 どうやら飛んできた石屑いしくずに、傷付けられたらしい。
 雑に拭うと、小さく舌打った。

「怪獣映画じゃあねぇんだぜ」
「ア゙ァァァッ、ギィ゙ィィ゙ィォオ゙ォォンンンッ!!!」
「会話にならねぇな」

 奇声をあげて、鎌を振り回すのを見た。
 完全に『死神の鎌』に取り憑かれたらしい。やはり分不相応なモノだったのだろう。
 強い武器。特に魔道具においては、使う者の魔力も重要になる。
 持ち主の魔力を吸引し、増幅させるのもその役割だからだ。
 吸い上げられられるばかりの魔力はステラを醜く変化させるだけでなく、その精神まで蝕んでいた。
 現に暴走状態となった彼女は衝動の赴くまま、大鎌を振り回して破壊を続けている。

 いくらここが広く暗い『地獄』であろうと、裏路地の異変に気が付き今にも表通りから人がなだれ込んでくるかもしれない。

(あまり悠長にしてられねぇか)

 騒ぎを大きくするのは本意では無い。
 だから一気に畳み掛ける必要がある――そう判断した。

「仕方ねぇな……」

 もはや鎌に引きずられるような彼女目掛け、大きく駆ける。

「アレックス!」

 ミナナの声を背に。瓦礫と化した壁を足掛かりに、咆哮するバケモノに飛びかかった。

「ァァ゙ァギィィァァァ゙」

 怪鳥のような声に、空気が振動する。
 そこへ振りあげた鉄パイプを思い切り、打ち下ろし――。

「チッ……」

 ぐにゃりと折れ曲がったそれと共に、即座に跳ね飛ばされる。
 すぐに近くの建物を蹴り、会話に衝撃を和らげた。しかしその足場も、次の瞬間破壊される。

「もう無理ヨ! 逃げてッ」
「……」

 避難を促す声にも首を横に振って応え、アレックスはただひたすら待つ。

(今だ)

 それは、ある二つのバランスを同時に見極めた結果であった。

「!」

 そしては訪れる。

「あっ」

 路地裏を、いや町全体を包んだのは轟くような鐘の音。
 一日に二度。響き渡るそれは中央にある、大聖堂から打ち鳴らされたものだ。
 けたたましくもあるそれは、一方で荘厳な聖なる音響で空気を震わせていた。
 この国で一番信者の多い神を崇めるために、建てられた教会。
 そこから発せられる鐘の音は、人々をひざまずかせ祈りの刻を知らせるのだ。

「!?」

 突如降り注いだ音に気を取られたのは、ステラも同じ。
 そしてアレックスは、その隙を見逃さなかった。

「――ッ!」

 声にならぬ雄叫び。
 彼女の膝に思い切り、その拳を叩き込んだ。
 
「ァ゙ガォ゙ッ」

 何とも形容しがたい声をあげ、彼女は身体を折り曲げてうずくまった。
 その背は小さく痙攣しており、それなりにダメージを与えたことが分かる。
 しかし。

「っぐふぅ゙」

 アレックスもまた、膝をつく。
 殴った拳をから先がまるで火傷を負ったかのように、赤く爛れていた。
 薄くあがった煙の色で、それが魔法に触れて起こった拒絶反応であることが分かる。

「あ、アレックス」
「……ちと痛い、な」

 もつれる足を懸命に立たせ、ぼやく。
 アレックスには、魔法耐性がない。
 それはもはや、アレルギー的拒否反応と言ってもいいくらいだろう。
 どんな魔法も。回復魔法ですら彼にとっては猛毒に近く、それが命取りになりかねない状況が多々あった。
 なにせ、魔力の強い者に攻撃するだけで充てられるのだから。

「その体質で――アレックス。アンタ、イカれ過ぎヨ!」
「でもまぁ、命までは取られず済んだぜ」

 ニヤリと不敵に笑う。
 これもすべて彼の目論見であり、賭けだった。
 大鎌に魔力を吸収され続けているステラの、残存する魔力。
 そして大鎌自体には触れず、彼女が気を逸らした瞬間に一撃を食らわせる。
 足を狙ったのは動きを封じるのと、一番魔力が薄かった為だ。
 
「手応えは、あった」

 確かに骨砕け、爆ぜる音がした。しかも両膝。これは、もう立てまい。
 しかし。

「――アレックス!!!」
「なっ……」

 油断した。
 鋭い一閃が、後ろから襲いかかる。

「ぐぁ゙ッ」

 咄嗟に避けようと、身体を捻った。
 バランスを崩し地に転げたが、致命傷は避けたらしい。
 
「そ、そんな事って」

 ミナナの震える声に視線を上げる。

「くそっ、畜生め……」

 そう吐き捨てた彼の眼前にギラつく、血濡れの刃。
 切っ先は真っ直ぐ、心臓を向いている。

 ――『死神の鎌』は、もはや宿主やどぬしを持たず。
 宙を浮き。殺戮を繰り広げんと、こちらを狙っていたのだ。
 いわゆる、絶体絶命のピンチである。

 




 
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