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メンヘラ+ヤンデレ取り扱い注意報

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 聖女とは、必ずしも神に仕える存在ではない。
 仕えずとも神に愛され、祝福されたかのような力を持った女性。もしくは、そう周りに認識されている存在である。
 だから過去には、軍人という立場にありながら聖女と崇められる女性もいたとか。
 しかし彼女においては、その黒衣と祈りの仕草はまさしく修道女だ。

「少年に取り憑きし、漆黒の魂よ」
「マリア!」

 シスター・マリアは凛としていながらも、慈愛に満ちた笑みを浮かべている。
 懐かしい顔だ。
 しかも状況的に、助けに来てくれたのだろう。地獄に仏ならぬ、修羅場に聖女様である。

「『……お前は、あの魔法使いの女か』」
「お久しぶりですね、ファシルさん。貴方には、色々と思うところがありますけど。とりあえず、彼を離してくださいな」

 しゃがれ声で威嚇する少年に、彼女は笑みを向けた。

「『断る。お前も邪魔をするなら、ただじゃおかない』」
「あらまぁ。懐かしさより、牽制けんせいですか。寂しい話だわ」

 言葉と裏腹に、彼女の声には余裕があった。
 すでに手にした杖は光を放っており、呪文の詠唱なしでも魔法陣が床に描き出されている。
 すでに攻撃の準備はバッチリだということらしい。

「『例え神であっても、ぼくのアレンを取り上げる奴は許さない』」

 ニア――いや。魔王と言うべきか。
 この少年の身体に取り憑いているのだと、アレンはようやく理解した。

「おい、ファシル。 誰が君のモノだって!? 寝言は寝て言えよ」

 強い力で掴まれた腕に顔をしかめつつ、精一杯の怒鳴り声をあげる。
 
(どいつもこいつも、勝手に人を所有物扱いしやがって)

 相手が男でも女でも、束縛されるのが嫌い。
 それがたとえ絶世の美女であっても、だ。
 前世で現代日本社会で、ごく普通に学生してきた反動もあったのだろうか。
 とにかく自分の意思で、全てを選びたいと思って生きてきた。
 だから勝手に自分を花嫁だなんだ、と取り合う男たちには心底イライラしていたのだ。

「言っとくがな、僕は魔王だとか国王だとか。もっというならこの国がどーなろうと知ったこっちゃない!」

 魔王討伐まではしたが。それも別に国を救いたいとか義憤ぎふんに駆られたとか、そういう大層な理由ではない。
 単なる成り行きだ。
 せっかく与えられたチート能力を、フル活用してみたいという欲もあったのかもしれない。

「だいたい人を裏切ったその口で……君、頭おかしいんじゃないのか」

 愛していると白々しく口にする男は、二度も自分を騙している。
 仲間だと、初めて出来た親友ともだと思ったのに。
 だからそれなりに心を許したのだ。
 すべてが崩壊する直前。その嘘に心が引き裂かれるような悲しみで、泣く事さえ出来なかった。

「僕がどんな気持ちで、魔王である君を倒したか分からないだろうな」

 チートな能力があっても、人の心を持っているのだ。
 心まで強いわけじゃない。
 
「僕は……」

 虚ろな瞳を覗き込む。
 そこに映し出された自分は、どんな色の感情を浮かべているのだろう。
 怒りか戸惑いか、はたまた哀しみか。
 遠い記憶さえ突き放す眼差しを向けてアレンは大きく息を吸い、言葉を吐いた。

「君が、大嫌いだ」

 ――沈黙が場を包む。

 少年の大きな目がさらに見開かれ、ぱくぱくと口が二、三回何か言いたげに動く。
 泣き出しそうに歪む顔から、そっと目を逸らした。

「もうウンザリだ、付き合いきれない。」

 さらに、拒絶の言葉を吐き出す。
 かつての仲間。友情は確かにあったのだ。
 ふと感じた懐かしさも、きっと何か巡り合わせかもしれない。
 しかし人懐こい笑みや気の合う素振り。それも全て嘘なのだと思えば、思い出すら忌々しかった。
 
「なぜ君は生きてたんだ」

 過去の亡霊であったら良かったのに。
 再び目の前に現れ、友情でなく性愛を打ち明けられたら戸惑うに決まっている。

「『アレン……』」

 掴まれている腕の力が弱まった。
 振りほどいてしまおうか、と思案する。

「ファシル。もうおやめなさい」

 今度はマリアが口を開く。
 母親が悪戯をした幼い子に対するような、優しい口調でさとし始める。

「望むモノ、すべてが手に入るとは限らないの。貴方は全てを欲しがりすぎたのよ。かつて仲間であった時にも、忠告したけれど――」
「『……い』」
「ファシル?」

 訝しむ彼女。
 彼は顔をあげた。
 
「『うるさいうるさいうるさいッ!!!』」

 激昂し怒鳴り散らす小さな身体に、ドス黒いオーラが立ち込める。

「『お前のせいだシスター・マリア! お前が彼をそそのかしたんだろう!? このアバズレめ!!! 彼が……アレンがぼくを嫌いになる訳ない……ぼくと彼は、結ばれているんだ…………赤い糸で。運命なんだ。……だから巡り会えた。ぼくの……ぼくの……ぼくの……』」

 機関銃のようにまくし立てていたが、最後の方は壊れた機械仕掛けのような繰り言。
 唇を噛み、憎悪の眼差しで彼女を睨みつけている。

「『お前は絶対許さない……殺してやる……全部――このガキもだ……』」

 そう言うと、彼は自らの喉元に銀色に光る物を押し当てた。

「ファシル、やめろっ!!!」

 隠し持っていたであろう、短剣。
 すでに血に濡れているそれは、切っ先が浅く刺さっている。

「おやめなさい。罪のない子どもですよ」
「『……罪がない? ハッ、それどころか重罪さ! ぼくからアレンを奪おうとしているのだから』」

 嘲るように吐き捨てると、さらに深く刃が押し込められた。
 皮膚がプツリ、と音を立てて裂ける。みるみるうちに、半身がその血で染まっていく。

「彼は、貴方の所有物ではないわ」

 今度は彼女の声に、押し殺した怒りがまじる。
 それに共鳴するかのように、魔法陣が青白く光を帯びた。
 しかし魔王は、狂気に満ちた笑みを深めただけだ。

「『いいや。ぼくのだよ。ずっとずっと、見てきたんだ。彼を手に入れる為ならなんでもするし、なんにでもなれる。そう、なんでもね』」

 アレンを見る眼差しは愛しげだ。
 同時に、何かにすがるかのように切実でもあった。
 
「ファシル……」

(なぜだ)

 胸が、鈍い痛みに苛まれる。
 憎いはずなのに、手を差し伸べたくなるのはなぜか。
 旅の頃からそうだった。
 明るく朗らかな彼の、一瞬だけ垣間見せる哀しげな表情。
 あまり、自分の過去を語る男ではなかったが。確か異国の出身で、産まれてすぐに捨てられた孤児だったと聞いた。
 
『産まれてきた赤ん坊をみて、産みの母は悲鳴をあげたんだろうな』

 自嘲気味に笑う彼に、首を傾げた記憶がある。
 しかし今なら分かるかもしれない。
 魔王の姿形は一言で表すならば、異形であった。
 エルフの耳と、オーガの角を持った混血児ハーフ。彼がどちらの村で産まれたのか分からないが、どちらにせよ殺されなかっただけマシという扱いであろう。

「『ねぇアレン』」

 一種の媚びを持って、言葉がつむがれる。

「『お前がこの世界に存在してくれている、とわかって救われたんだ。それまで絶望と憎悪の中にいた、ぼくが』」
「ファシル……僕は……」
「『お願い。ぼくを拒絶しないで。愛してるんだ。この世界を壊してしまいたい程に』」
「でも君は……」
「『お前を騙したのは悪かった。でも、そうするしかなかったんだよ。あの狡猾な魔法使いに騙されたんだ』」
「ま、まぁ確かに」

 シセロが、彼に交渉を持ちかけて合意した。
 しかしその腹の中は互いに騙し合いをしていたようで、むしろシセロの方が一歩上手だったのかもしれない。
 
「『もしお前が、ぼくと共に行くと言ってくれたら』」

 白かったはずの服を汚した血は、酸素に晒されドス黒くなっていた。
 それを見下ろして、ニンマリと笑いかけてくる。

「『このガキを助けてあげる。そうでなければ、すべての者を殺していくよ。お前に関わったすべての者達をね』」

 つまり人質を取られているのだ。
 人間なら下手な脅しだと一笑できるのかもしれない。
 しかし相手は魔王だ。しかも超ド級のヤンデレのメンヘラ。
 今まで一緒に旅をしてきた仲間たちから、抱いてきた女たち。もちろん便利屋の三人も、もれなく手に掛けるだろう。
 
(それは、ちと困るな)

 アレンとて博愛主義者ではないが、かと言って彼らが殺されるのを黙って見てるほど冷血漢ではない。
 だが魔王の元に、なんてのも真っ平御免……。

「『考える時間が欲しいんだね。じゃあ、まずはコイツから殺そうか』」
「待てッ!!!」

 さらに深く短剣が刺さる寸前、アレンは声をあげた。

「わ、わかった。わかったから、やめてくれ」

 さすがにニアが死んだら、寝覚めが悪い。とはいえ。

(コイツだって、僕にいいよってくる男の一人なんだけれど……)

 どれを選ぼうが最悪だ。
 だったらより罪悪感の少ない方だろう、という判断だった。

「『アレン、ぼくの元に来てくれるのかい?』」
「そうしなきゃ、ダメなんだろ。仕方ないじゃないか。正直ムカついてしょうがないから、大人しく脅しに屈してやるよ。せいぜい感謝しろよな。このサイコパスめ」
「『アレン』」

 苦虫を噛み潰したようなアレンに対し、彼は小さく微笑む。
 ……が。

「『――でもそれくらい、コイツを助けたいんだね』」

 一転、またメンヘラ面に早変わり。
 恨めしそうに呟いた。

「『やっぱり、このガキ殺しちゃおうかなぁぁぁ』」
「おいおいおい、話が違うっ。めんどくさいヤツだな!」

 メンヘラのヤンデレはどこまでいっても、扱い注意なのである。

「『……もうもぅマヂ無理』」
「このクソメンヘラ野郎ぉぉぉっ!!!」

 アレンは叫び、思わず渾身の蹴りを魔王に繰り出していた。

 


 

 
 

 
 
 
 

 

 


 


 
 
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