世界を救った勇者ですが童帝(童貞)の嫁になるようです

田中 乃那加

文字の大きさ
上 下
45 / 94

聖女の助け舟は下るのか

しおりを挟む
 産まれたての小鹿でさえ、もっとマシな状態だろう。

「ゔぅ……く、くそっ」

 度重なる無体を強いられた結果――と言えば人聞き悪いが、実際そうなんだから仕方ない。

「なんで治してないんだよ」

 いつもならこの腰や関節の痛み、倦怠感などはシセロが回復魔法をかけているハズだ。
 なのに今朝の彼は、涼しい顔して朝から叩き起してくるだけ。

「なに甘えたコト言っているんです」
「甘えてたのは昨日の君だろうがッ!」
「知りませんね。幻覚でも見たのでは」

 よくもまぁ、いけしゃあしゃあと言えたものだ。
 当の本人はどこかスッキリとした顔で、アレンを見下ろしているのだから。

「さっさと起きてください。それとも、朝からまた抱かれたいんですか?」
「このスケベ野郎……分かったよっ、起きりゃあいいんだろ!」

 わざとらしく裸体を撫でてくる手を払う。
 そうして、勢いよく起き上がろうとするが。

「ゔっ」

 尻の辺りから、ぬるりと何かがたれる感覚。
 これはもしかしなくても、胎内に吐き出された精液だろう。
 
「どうしました? 」

 清々しいほどの笑顔が憎らしい。
 苦々しい顔で固まるアレンの頬に軽いキスまで落としたシセロに、改めて怒りがつのる。

「さっさと風呂の準備をしろ!」

 こんな身体では、まともに着替えも出来やしない。
 怒鳴りつけてもこの厚顔無恥なエルフの表情は、薄く笑みを浮かべたままだ。
 
(ほんとに最低なヤツ)

「ええ、お望み通りに」

 慇懃無礼な一礼すら腹立たしい。
 だが歯噛みしながらも、これ以上何も言わなかった。

「おい。手くらい貸せよな」

 やぶ睨みつぶやけば、小さく吹き出される。
 目元に柔らかな笑みを滲ませた男が、首を傾げて言う。

「お姫様抱っこでもしましょうか」
「いらん!!!」

 噛み付くような勢いで怒鳴りつけようとも、彼の表情は変わらなかった。



※※※

「あれ? ステラは」

 今朝はまだ、姿を見せないメイドの事を不思議に思って訊ねる。

「あいにく、お使いに出ていまして」

 クールな表情で返したのは、もう一人のメイドのルナである。
 ちなみに彼女――でなく、彼はれっきとした男。男の娘なのにバリタチで、アレンを廃教会に連れ去って散々凌辱した過去があった。
 その後。偶然通りかかったアレックスに死ぬほどぶん殴られたらしいが、覚えていないらしい。
 殴られた後遺症だろうか。
 はたまたルナの所業を知ったシセロが激怒しないハズがなく、ひとしきりの仕置を加えた後に魔法で記憶を封じたのかもしれない。
 とにかく確かなのは、この女装少年にあの日前後の記憶がない事である。

「ふぅん」

 いつもなら顔を見るなり。

『アレン様ぁ、今日はどの足を切断しますかぁ☆』

 なんてチェーンソーか刺股さすまた片手に、猟奇的な質問をぶつけてくるものだが。今朝はどおりで静かなわけだ、と息をつく。

「アレン様。今朝は、わたしがお身体を洗わせて頂きます」
「え゙っ……ええっと」

 思わず表情が引きつった。
 ルナは覚えてないだろうが、こちらは吸血されるわレイプされるわで散々な目にあったのだ。
 おいそれと裸体を晒すのも躊躇われた。

「あ、あの。僕は自分で――」
「……アレン様」
「!!!」

 ペロリ、と彼が舌なめずりしている。
 赤い舌の合間から小さく見えたのは、鋭い犬歯。やはり吸血鬼だ。
 そして先程から、チラチラと視線が首元や下半身を行ったり来たりしている。
 よくよく見れば、その息は微かに荒い。砂漠で飢えと乾きに悩まされた旅人が、極上のレストラン付きのオアシスに出会った時の顔だ。

「わたしに任せてください♡」
「……」

 ゾクゥッ――っと背筋が粟立つ。
 
(これダメだ。絶対ヤられる!!)

 記憶はなくとも (そもそもそれすら信用ならないのだが)その血の味は覚えられている。
 だとすれば、もう目の前の少年は人喰いに味をしめたクマみたいなものなのだ。
 さらに言うなら、そのメイド服の下では身体に似合わないサイズのイチモツが勃起している。
 幸いアレンからは見えないが、目にしていたら脱兎のごとく逃げ出していただろう。

「ア・レ・ン・さ・ま♡」
「~~~ッ!!!」

(ひ、ヒィィィッ!!)

 やおらに手を掴まれて、声にならない悲鳴をあげる。
 ハァハァしている。目が熱に浮かされたように♡だ。
 貞操と生命そのものの危機に、顔を引きらせたその時だった。

「ハイハイ。今日は俺の役目だから」
「に、ニア!」

 スッと横から入ってきたのは、家庭教師 (?)の少年である。 
 珍しくその表情は強ばっている。

「でもっ。わたしが……」
「ルナ――」

 そのあと唱えた小さな単語。それは呪文というより、異国の言葉のようだった。
 禍々しい発音に、ビクリと固まるメイド。

「分かったね? ルナ」
「は、はい……ニア、さま……」

 目は虚ろ。
 口元は、ダラリと緩んでいる。

「じゃああっち行けヴァヴィア

 異国のスラングだろうか。
 舌打ちと共に吐き出された言葉にも、なんの反応を示すことなく。ルナは無機質な一礼をして、下がって行く。

「ニア……?」
「これでよし、と。ごめんね、アレン」

 恐る恐る声をかければ、しかめっ面していた彼は一変して微笑む。
 ルナの記憶を封じたのは、どうやらシセロでないらしい。
 ニアが魔法を使えるのは知らなかったが、その腕前の凄さはヒシヒシと感じていた。
 なんせ人の思考や記憶などを操作する魔法は、おいそれと使えるモノではない。
 それこそ魔王や、シセロのような強大な魔力の持ち主に限られるのだ。

「あれれぇ? もしかして俺に惚れ直しちゃったかな」
「なんでそうなる」
「だって今の状況、俺が王子様ってやつじゃん。変態吸血鬼野郎から、お姫様を助けた王子様」
「僕は姫じゃないし、君は単なるクソガキだろ」
「ひどいなぁ。でもそういうトコが良いよね、アレンはさ」

 飄々と笑う。
 なぜか年下なのに、えらく悟ったような表情だ。
 ムッとするが、同時に少し不気味にもなる。

「じゃ、行こっか」
「……ハァ? どこに」

 肩に置かれた手を叩くと、彼は大げさに肩をすくめてみせた。

「やれやれ! 俺のお姫様は忘れっぽいのかなぁ」
「だからその『お姫様』ってのをやめろ」

 自分は女ではない。
 従って、女扱いされるのは非常に我慢ならなかった。
 ここまできてもなお、アレンは自分の男としてのプライドが捨てきれないらしい。
 その頑なな態度がなおのこと、彼らの征服欲と支配力を煽るのだが。それを知る由もない。

「僕は知ってんだからな。国王なんてのは存在しないし、僕も花嫁ではない。これ以上、君たちの好き勝手にはさせないぞ」
「ふぅん。シセロったら、もうバラしちゃったんだ~」

 動揺することもなく、ニアがうなずいた。

「そうだね。確かにビルガっていう少年はいないよ。この国のどこを探してもね」
「……」
「でもこの国には今、王が必要なのは分かるでしょ」

 国民たちは不安に思っていることだろう。
 国を統べるべき、王が不在。
 王とは、なにも実権だけのものであらず。象徴としての意義もあるのだ。
 特に前国王のカリスマ性は、異常とも言えた。
 もちろん、それだけの功績こうせきと実力があったわけだが。
 彼は国民にとって、伝説であった。幼い子どもでも知っている、伝説の英雄ヒーロー
 しかし、その英雄が死んだ。
 たいそう高齢であったので、老衰ろうすいであろう。
 そして人々の最大の心配事は、その後継者であった。
 出来れば血を継いだ者。
 そうでなくても、その高潔な意志を継いだ者。

「それが死にぞこなった魔王でもいいんだ。結局のところ、
「そ、それはどういう……」

 小さく弧を描く唇。
 無邪気であるはずの年頃の少年は、皮肉げに笑う。

「まだ魔王は生きている。つまりアレンが終わったと思っていた戦いは、まだ終わっていないんだよ」
「……」
「『魔王ぼくはすぐにでも、アレンを迎えに来るだろう――麗しき、花嫁として』」
「!!!」

 ニアの声に、別の声が重なる。
 その響に思わず立って飛び退いた。

「き、君は!」
「『美しい君。ぼくの愛しい人』」

 いつもなら血色の良い肌から血の気が引き、黒目がちの瞳はぽっかりと空いた空洞のようだ。

「『アレン。愛している。ぼくだけの花嫁――』」
「い゙!?」

 やおらに手を掴まれた。万力のような強い締め上げに、悲鳴をあげて振りほどこうとする。
 しかし子どとは思えぬ力だ。
 痛みさえ感じて低くうめく。

「やめっ……はな、せ……」
「『このままさらってしまおうか』」
「おい、ニア! 目を覚ませっ」
「『このまま――』」
「だっ、だれか……だれかっ……!!」

 少年は機械仕掛けの人形ように、ぎこちなく首を傾げてみせた。
 それがいっそうの恐怖と狂気を演出していたのだろう。
 必死で手を振りほどこうともがく。しかし、ビクともしない。

「『ア、レ、ン、あ、い、して、る』」
「来るな……来るなっ……!」
 
 なぜこんなに恐怖を感じるのか。
 自分でも分からない。
 しかし次第に身体の力は入らなくなり、無様に震えるしかなくなる。

「ニア……ニア……」

(頼む、目を覚ましてくれ)

 大声で叫べばシセロや、メイドたち。他の者に聞こえるだろうか。
 しかしなぜか、大声おろか。まともに喋ることすら出来なくなってた。

(あぁ、もう)

 気が付けば小さな腕に抱かれている。

「『花嫁よ』」

 取り憑かれた少年の色のない唇がそっとアレン額にキスを落とした――瞬間。

「……横恋慕とは、いけませんわね」

 部屋の入口に差した人影と、凛とした声が響いた。

 

 


 
 

 
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

ある少年の体調不良について

雨水林檎
BL
皆に好かれるいつもにこやかな少年新島陽(にいじまはる)と幼馴染で親友の薬師寺優巳(やくしじまさみ)。高校に入学してしばらく陽は風邪をひいたことをきっかけにひどく体調を崩して行く……。 BLもしくはブロマンス小説。 体調不良描写があります。

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

平凡ハイスペックのマイペース少年!〜王道学園風〜

ミクリ21
BL
竜城 梓という平凡な見た目のハイスペック高校生の話です。 王道学園物が元ネタで、とにかくコメディに走る物語を心掛けています! ※作者の遊び心を詰め込んだ作品になります。 ※現在連載中止中で、途中までしかないです。

処理中です...