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やぶ蛇共に睨まれたカエルの奪還作戦3

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 歩けばそれだけ迷う。
 そんな場所がこの町にはある。

「本当にこっちナノ?」
「ハッハッハッ! 大丈夫、心配しないでついてきたまえ」
「クソ変態野郎の言うことなんて、100%信用できないヨ!!!」

 苦虫を噛み潰したような顔で、バニーガール姿の男を怒鳴りつけるのはミナナ。
 三人は町の裏通り、通称『地獄プルガドール
 ルィス (この地方の【光】という意味の古語)通りという名前が皮肉になるほど。ここは国一番の治安が悪い、貧民街なのである。
 表の華やかで賑わいのある街並みに比べ、どこか暗くジメジメとした光景。
 ガリガリに痩せた孤児やヤク中どもか、ジッと闇にひそむ。
 落書きや血痕すら、もはやなんの違和感も生まないのだ。
 そんなまさに地獄のような路地を、三人は歩いている。

「相変わらず腐った場所ネ」
「お前、知ってんのか」

 アレックスの問いに、ミナナが顔を歪めた。

「この町に来てすぐ、しばらく居たヨ」

 異国から、はるばるこの国へ。しかしすぐに身を落としたのは、わずかばかりの所持金を持ち逃げされたからだ。
 表通りは、商人の街。金のない者には、ゴミ以下の扱いが普通だった。
 しかも珍しい肌の色と、言葉すらロクに喋れなかったので仕事もない。
 文字通り、ここで野垂れ死にする寸前であった。

「ボスに拾われるまで、だったケドね」

 彼女がヘラに恩義を感じているのはその為である。
 
「アタシの生まれ故郷に『カリス』って言葉あるヨ。ボスはアタシの恩人ネ。だから一生ついて行きたい」
「そうか……」

 思い込みは激しいし、暴走癖もあり馬鹿力。華奢に見えるが大食らいで、自分を変態と罵るばかりのウルサイ小娘だ。
 しかしそんな彼女にも、辛い過去も見た光もある。
 しかも、この光という名の地獄で。
 奇妙なものだとアレックスは思った。

「ハッハッハッ! なんて感動的なんだ。涙が止まらないじゃあないか」
「その割にはめっちゃ笑ってる……ってドコからハンカチ出してるネ!!」

 相変わらずキャラ濃いわ、声はデカいわの空気クラッシャーのヘンリーに対してもはやドン引きなんてしない。
 大事なトコロから取り出したハンカチを片手に、嫌がる彼女に迫っている。
 さっきからこの手のやりとりを何度見た事か。

「どうでもいいが、一体ドコに向かってやがる」

 彼女、とは聞いたがそれが何者7日。どこにいるのかすら聞かされていない。
 そして先程から、この迷路のような裏路地を歩かされているのだ。

は非常に忙しくてね! この時期は王様達とのクリケットや、タルトの盗難裁判に出かけなければならないから」
「……不思議の国のアリスかよ」

 一度、前世の頃に読んだことがあった。絵本の方でなく、原作を。
 こう見えて、本を読むのが好きなのは前世も今世も変わらない。
 なんだか頭のおかしくなる物語だと思いながらも、読み切ってクラスの女の子達に『本を読む姿も素敵!』とモテたとかモテなかったとか。
 しかし、この男にとってはどうでもいいことだ。

「アリス、いやアリシア……アリー? ううん、違うな。エルシ? そう、エルシア? あー。しまった、また忘れてしまったよ。時計に書いておいたのに!」

 懐中時計の裏、おそらく名前が彫ってあったであろう場所にはペッタリと赤いペンキ。これでは何も分からない、と大きな耳を垂れて肩をすくめるマッチョ男。

「こいつ、ヤクでもやってんノカ? さっきから支離滅裂ヨ……」

 気味悪そうな彼女に同意だが、アレックスはふと何を思ったか。その時計をヘンリーから取り上げた。

「なっ、な゙に゙を゙ずる゙だぁ゙ぁぁ゙ぁッ!!!」

 一瞬で豹変し、飛びかかろうとしてくる彼をかわす。
 そして手の中のそれを素早くミナナに投げて寄越した。

「ぅえっ!? な、なんで渡すネ!」
「いいから持ってろ。そうだ、こっち向けろよ」

 こちらもワタワタする彼女に対し、アレックスは冷静に。見えるように掲げられた時計を、右手で殴りつけたのだ。

「あ゙ぁ゙ァァァッ!!!」

 バラバラに砕ける時計。
 男の絶望に満ちた叫び声。
 アレックスは何物にも動じなかった。

「ちょ、アレックス!?」
「うるせぇ。黙ってろ」

 出来るかどうか。正直、確信はない。しかし、それが自身の能力である。
 ――砕けたそれが地面にぶちまけられる前に、俊敏に繰り出されたのは左ストレート。

「あ!」

 みるみるうちに直されていく。
 まるで一昔前のビデオの逆再生のような、カクカクとした動きで。
 壊れたモノが、たちまち組み上がる。そしてカチッ! という一際大きな音を立てて落下。

「ゔおぉぉぉ゙ぉぉっ、時計ぃぃぃぃッ!!!」

 ヘンリーが這いつくばって、時計を受け止める。
 
「ちょ、何するネ! さすがのアタシも肝が冷えたヨ」
「うるせぇな。大丈夫だ、、だろ」

 そう目で示せば。小さいな金時計を持ち、座り込む彼の姿。
 茫然自失といった具合である。

「ホントにちゃんと直ったノカ!? あの変態男、ショックで固まっちゃってるヨ」
「知らんな」

 右手で殴っ手て壊したモノを左手で直す。
 それが女神から授かった能力。別にねだったワケじゃないし、言いつけられた魔王討伐もそうそうに諦めた。
 だがこの力だけは、何かと役に立つ。
 なぜなら、壊したモノをそのまま直すだけでは無いのだ。
 その時、既に壊れていた箇所も直る。
 一度殴って壊す必要があるが、それでも修理屋の真似事くらいなら出来た。
 下積み時代の小遣い稼ぎには、なんともちょうど良い能力だ。

「と、時計が……」

 うめくように声を絞り出したヘンリーの手元で。
 カチ、カチ、カチ――と、規則正しく鳴っている。
 さっきまでは聞こえなかった音だ。

「動゙い゙てるぅぅぅぅっ!!!」
 
 針も正確に時を刻み始めたのだろう。ヘンリーが、涙と鼻水でぐしゃぐしゃの顔を向けて叫んだ。
 
「ほらな」
「うへぇ~。相変わらず便利ネ」
「結構疲れるんだぜ」

 デカい男がわんわんと声を上げて泣く様を見ながら、アレックスが手の関節を曲げ伸ばしする。
 正直、あまり使いたくない力だった。修理なら職人にやらせておけばいいし、彼らの手の施しようがない物は寿命だと思って諦めるのも摂理なのだとも。
 だからこの能力は、よほどの事がなければあまり使わなかったのだが。

「おい、いつまで泣いてんだ。それ、お前の大切な物だろ」
「うぅっ……ぐすっ……そうで、す……時計、エルシア……じょ、ぉうさ、ま、が授けてくださった、大切な……」
「ん?」

 ――しゃくりあげながらも、と言った。
 そこにわずかに引っかかる。しかし、こうしてもいられないのが、現実。

「アレックス、まずいヨ」
「うむ」

 彼女が腰から銃を取り出し、硬い声を出す。
 路地の向こうから、ゆらりと揺れる影。
 しかもそれは一つや二つではない。

「5……いや、10ってとこネ」
「おい。アレなんだ」

 歩いてくるのは、一見すれば薄汚れた浮浪者だろう。
 しかしその足取りや様子がおかしい。彼らはこんな風に大勢で群れることは、滅多にない。
 足音さえそろえ、まるで戦場の兵士のようにまっすぐ向かってくる。

「まさか薬物中毒者か?」
「違うね。それより100倍やっかいなヤツらヨ」

 近付いてくるにつれて分かった。その異常さに。
 えた悪臭。布と呼ぶにもおこがましいほどの、ボロきれをまとった姿。
 そして、その肉体はわずかに欠損している。
 とどのつまり。

「……やれやれ。アンデッド、じゃねぇか」

 アレックスが、苦々しく呟いた刹那。
 屍人達は野犬のような唸り声をあげて、彼らの方へ猛スピードで突っ込んできた――。
 


 


 
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