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やぶ蛇共に睨まれたカエルの奪還作戦1

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 大男が腕を組んで立っている。
 その表情は一見無表情に見える。しかし内心、憤怒の炎が燃えたぎってた。

「……許さねぇ」
「ぬぁにカッコつけてる、って壁に大穴開いてるぅぅぅぅっ!?」

 アレックスとミナナが立っているのは、辺鄙な土地に立てられた大きな屋敷の前。
 そこはもぬけの殻で、つい数時間まで人が出入りしていたとは思えないほどの静けさである。

「あーあ。何やってるヨ。またボスに叱られるネ」
「ンなもん放っておけ。俺は今、猛烈にブチ切れている」
「そんなの見たら分かるヨ。単細胞ゴリラ」

 隣でつかれたため息も悪態も、お構い無し。
 『どんなモノでも砕く』という拳を握り、アレックスは傷跡の走る顔を歪めた。
 
 ――最初は『エアリクルムの裏の顔』と名高い女、ヘラからの命令。
 この屋敷の実態を調査し、その上で子息の少年を暗殺せよとのことであった。
 子どもを殺す仕事。なんて物騒なと眉をひそめたのはアレックスだけではない。
 アレンだって納得できないと声をあげたのだが。

「で。実際そのご子息ってヤツは、国王だったのか」

 正しく言えば時期国王。
 没した前国王から王位を引き継ぐ王子。ビルガが、その少年の正体の可能性があるとヘラは言った。

「それどころじゃあないヨ。あのガキは、とんでもないやつヨ。そもそもこの屋敷自体も色々とで――」

 肩をすくめ、ミナナが語る。


※※※

 元々この建物は、ある貴族の別荘地として建てられたものだった。
 時が過ぎ。打ち捨てられ、朽ち果てる寸前の廃屋だったのが数ヶ月前。
 それが突然。
 元の美しく綺麗な立たずまいになり、人の気配がするようになった。
 さらに気が付けば、敷地内に人が出入りし始めた。
 ……使用人達や屋敷の子息。
 なぜか主人やその奥方だけは、その一切の姿を見た者がいない。
 多くの大人たちに囲まれて暮らす、少年貴族。
 それが一夜にして魔法のように現れた、となれば近くの村の者達は不審に思わないはずがない。
 しかし出入りする使用人の一人と話をしようにも、誰一人としてマトモに話をしない。
 まるでソコに誰もいないように振る舞い、ボーッと素通りしていくのだ。
 食料の買い付け等の生活必需品は、どうしているのだろう。
 庭師もいない庭は、鮮やかに花が咲き乱れる。
 奇妙な豪邸。
 人々は得体が知れない、とある噂を立てた。

『童帝ビルガを極秘に隠しておくための、屋敷ではないか』と。
 元々が、謎に包まれた王位継承である。
 前国王に子どもがいた、なんてことすら知る者はいなかった。
 生涯独身を貫き、王子おろかお后さえ居ないとされていたのだ。
 それが王の死後、ひょっこりと現れたのがこの少年。
 当然、国民は戸惑った。
 陰謀論がそこらかしこに蔓延まんえんするのも当然のこと。
 それは伝説の勇者であるアレン・カントールが、魔王を倒したすぐ後であること。そしてその異例の発表をしたのが、黒魔法使いと疑惑の多いシセロ大臣であったことからだ。
 正式なる戴冠式たいかんしきまで、その姿を表すことは無い少年王は王城にはいない。
 人々は飛び交うガセネタや噂話を前に、真実に飢えていた。
 


※※※

「この屋敷の執事は『ルイ様が何者かに狙われている』と言って、ワタシたちに用心棒を頼んできたネ」
「ふむ」

 思えばおかしい話だ。
 実際はどうあれ、見た目としたらか弱い女性二人。
 しかも家庭教師として訪れた彼女達に、なんて。

「今思えばあの執事、ワタシたちの正体知ってたネ」

 悔しげにミナナが唇を噛む。
 彼女達が少年暗殺を企ていると知っての、敢えての反応を探る為の虚言だったのか。

「ここの使用人達は、すべからく操られていただけかもしれねぇぜ」

 そもそも、人間かどうか怪しい。
 一夜にして綺麗になった屋敷と同じく、魔法で使役されたである可能性。
 あとは適当に集められた人間が洗脳されたか。

「だとしても、アタシをコケにした罪は重いヨ。アレンも洗脳しやがって」

 ミナナの言う通り。
 彼もすっかり洗脳されていた。それは、記憶を改竄かいざんするタイプの魔法。
 ただの魔法使いが使うにしては、あまりにも多くの魔力と素質を要するものだろう。
 そもそもそんな魔法が存在する事すら、二人は今まで知らなかった。
 ただこの世界において、不可解なことは大抵タチの悪い黒魔法のせいだ。

「アイツ、完全に自分が女だって思い込んでたネ」

 ああ気持ち悪い。とおどけ半分で震えてみせる彼女をよそに、アレックスは真顔で言い放つ。

「アレン男でも女でも魅力的だからな。どっちでも正解だぜ。むしろあの女装姿は悪くなかった。もちろん男の格好もエロい。どうあっても美人で可愛くてエロい、オレの嫁だ。良いだろう、お前にはやらんぞ」
「そーゆー話をしてるんじゃないヨ! このアホンダラ野郎。100ぺんくらい死ね!!!」

 相変わらず頭のネジが弾け飛んでいる。
 前世も含め。恋愛なんてモノに興味のなかった男が出会ってしまった初恋。
 それが魔王を倒した勇者であろうが、国王の花嫁であろうが。国をあげて追われている、お尋ね者であろうが。
 そんな事はどうでもいい。
 ただ惚れた奴とゴールインする、それだけだ。
 そのため任務中連絡がとれないばかりか、最終的にさらわれてしまったことに苛立ちが止まらなかった。
 なんなら全てをぶん殴りぶち壊し、一刻も早く取り返したい。
 表情の乏しいと言われがちだが、そのコメカミには青筋が浮いている。
 今にも屋敷ごと粉砕してしまいそうだ。

「で。アレンを連れていったクソ野郎はドコにいる」

 ガキであろうが許せん、ぶち〇してやる――そう呟いた時であった。

「あらま。えらく物騒な顔をして」

 後ろから飛んできた声。振り返らずとも分かる。
 火柱のようなファッションに身を包む。
 エアリクルムの裏の顔、裏社会を牛耳る女王。
 この街に暮らし、彼女を知らぬ者は皆無とも言われている。
 そんなヘラが大きな鳥の羽をあしらった扇子を手に、崩れかかった屋敷の前に現れた。
 
「ボス!」
「ミナナ、報告はあとだよ。まずは、これからの事を考えなくてはねェ」

 長い睫毛をまたたかせ、流し目でアレックスを見上げる瞳はやはり朱が交じっている。
 彼は小さく鼻を鳴らした。

「少し顔を貸しな。アレックス」
「ボス! 彼は悪くないヨ」

 ミナナが慌てたように声をあげる。
 てっきり彼が上司に叱責を受けると思ったのだろう。
 ふ……と口元を緩ませて、裏社会の女王は微笑んだ。
 そして穏やかに首を振る。

「これは商談さ。そうだろう、アレックス?」

 意味ありげな視線。
 彼は無言で、うっそりとうなずいた。
 
「ふふ、そうこなくちゃねェ」

 満足そうに笑みを作っているであろう口元。鳥人種 (獣人の亜種である)の羽を多く使ったであろう、高価な羽根扇子はねせんすで隠されている。
 彼は富にも裏社会にも、なんなら他人の罪にもそこまで興味はない。
 だから今まで、彼女の客になりたいと思わなかった。
 たまに、当たり障りのない仕事を手伝うくらい。
 言ってみれば元バイト先の程度である。

「……オレ相手に、ぼったくるんじゃねぇぜ」
「なにをいうのさ。むしろで、うけたまわってあげるよ」
「ふん。どうだかな」

 それでもやはり、この女に頭を下げねばならないのだろう。
 そうなければ、コネも知識もない自分には愛しい人の居場所を探す術はない。
 
(やれやれ、対価は何を求められるか)

 仕事は早くレベルも高い。しかし報酬もまた恐ろしく高い――それが、この世界の常識。
 アレックスはそっとため息をつくと、歩き出す。
 惚れた者の為なら、どんな犠牲も厭わない。
 それが自らも知らない、この男の本質であった。
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