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助けに来たのはやぶ蛇でした1

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「というワケで、ぼくは魔王に……ってアレン、聞いてる?」
「っあ゙、き、聞ける゙かぁぁッ!!!」

 肉と肉のぶつかる音。
 粘着質な水音。苦しげな喘ぎ声。
 それらが響くのが、相変わらずの地下牢だった。

「もう、ちゃんと聞きなよ。ぼくが魔王になった経緯とか、前世のこととか」
「だからっ! 聞いて欲しいんなら……あぁっ、う、うごくなぁっ!!」

 ごりごりと抉るような抽挿で、脳を焼かれるような快感が苦しい。
 縛られ吊されてのスライム責めから、荒々しく押し倒された。
 それからは延々と肉棒での凌辱に、喘ぎが止まらない。
 なにしろ絶頂に達することがないのだ。
 先に掛けられた魔法のせいだろう。いくら前立腺を刺激されても射精おろか、メスイキすらできない。
 あと一歩というもどかしさに、気がおかしくなりそうだった。

「ねぇアレン」
「くぅっ、あぁっ、や、やめっ……お゙っぃ」
「ぼくは、ずっと、見ていたんだよ。ずっとずっと――」

 我慢するように息をつめながら、魔王ファシルは囁く。
 なんの事を言っているのか。
 そもそも断続的に与えられ続ける快楽に惚けながらだから、まったく内容が入ってこない。
 辛うじて理解したのは、彼もまた異世界転生者であること。
 そして最強のチート能力を持って、魔王になるべくしてなった男だと。

「お前は、覚えてないかもしれない、けど――」
「はぁぁっ、あ゙っ、あっあっ、ひぃっ」

 懸命に逃げようとする身体は、穿うがたれたそこを揺すられるだけで抵抗ができない。
 せめて一度くらいイかせてくれれば、と歯噛みする。しかし懇願なんて、絶対にしたくなかった。

「イかせて欲しいなら、そう言って」
「や……ぁっ、や、なこった……このっ、死にぞこな、いの……っ、変態が」

 喉元のどもとを晒して悶えてもなお、必死で見下ろした男を睨みつける。
 安易なAVやエロ漫画じゃないのだ。
 好きでもない男に、安易に♡付きで喘いで快楽堕ちなんてありえない。
 しかしそれも目尻に浮かんだ涙や震えた四肢で、無駄な抵抗にしか見えないが。

「アレンのこういうところ、すごく好きだなぁ」
「ゔっ!?」

 むしろファシルのほうが、目が♡になっている。
 これはマズい、と青ざめるその瞬間。

「っお゙ぁっ!?」
「ふふ、絶対にお前を手に入れるよ。誰にも渡さない。このまま、奥に中出しして子作りしちゃおう」
「まてまてまてぇぇっ、あ゙ぁァァァッ! そ、ソコだけはっ、やめっ、入んないからぁぁっ!!!」
「大丈夫、大丈夫」
「ンなわけあるかっ。は、腹がやぶれるぅぅぅっ!」

 さらに奥、つまりS状結腸まで犯そうと推し進めてくるのを必死で抵抗する。
 そこは吸血鬼で女装男子のルナに、散々いたぶられてから完全なる性感帯になってしまった。
 しかしそこで感じる快楽は、キモチイイとかそういう生易しいものじゃない。
 頭の中を強制的に蕩けさせてバカにしてしまう、言わば底なしの淫乱にされる場所。
 さすがに陥落させられるんじゃないか、と怯えてしまう。

「なんかあったらすぐに治してあげる。だって、ぼくは魔王だからね」
「治していらんから、離せぇぇっ!!!」
「ほら暴れないで」
「……んお゙ぉっ!? じぬぅっ、じんじゃぅぅっ」

 固く閉ざしていたはずのソコは、トントンと軽く叩くところからの絶妙な力加減で解れていく。
 入っちゃいけないとこに侵入される感覚に、泣きわめき叫ぶが許してもらえるワケもなく。
 それでもなお、イかせてもらえない状態はもはや生き地獄以外のなにものでも無かった。
 顔を涙と汗でぐにちゃぐちゃにして、射精せないから睾丸はガチガチに張り詰めている。
 
「ぜめ゙てっ、イかせてぇ゙ぇっ」
「あははっ! イかせて欲しいのかい?」
「ゔぅっ、はぁっ、ん゙ん゙っ」

 コクコクと必死にうなずいた。
 その間も、前立腺をえぐりながら奥を突かれて声にならない叫びをあげる。

「アレン」

 遂に白旗を上げれば、唇に触れる指。
 噛み締め過ぎて血が滲んでいる。
 まるで紅をぬったようだ、なんて恍惚とつぶやいているのだがアレンには聞こえていない。
 ただ腰をガクつかせ、嗚咽するだけ。プライドもなにもかも手放してしまうほどに、この行為は無慈悲なモノだったのだ。

「好きです。ぼくと――付き合ってください」

 行為に比べればその言葉、驚くほどに純朴であった。
 初恋の人に想いを打ち明けるような、緊張と神妙さにあふれたもの。
 アレンは思わずポカンと彼を見上げる。

「初恋は実らないって言うけど、ぼくは手に入れたい。お願い、付き合ってよ」
「き、君は……」
 
 泣きそうに見えた。
 初恋――。なんて似合わないシチュエーションだろう。

「は、初恋の相手、を……レイプ、すんのか……よ」
「だって。ずっと我慢してたんだもん」

 可愛こぶるんじゃない、と吐き捨ててやりたかった。
 でも喋っている間にも犯されるので、舌を出して感じ入ってしまう。

「ぅあ゙っ……く、クソガキがっ」
「もう子どもじゃないよ。明帆あきほ
「だから、なんで……んぅ……それを知って……っ」

 前世の名前なんて、誰も知らないハズだ。
 そもそも自分が異世界転生者であることすら、他人に話したこともないのに。
 ファシルの汗が、熱のこもった身体に伝う。
 熱い視線。内側からの燻り。
 もう焼けてしまいそう。
 どうでもいいからとりあえず魔法を解いてくれ、と泣き叫ぼうと口を開いた時だった。

「――気に入りませんね」

 底冷えするような低い声が、地下牢に静かに響く。

「!」
「チッ……」

 差した人影。アレンは驚愕し、ファシルは忌々しげに舌打ちした。
 艶やかな長い銀髪と尖った耳。端麗なその容姿。

「空気読め。夫婦の情事中だ」
「お言葉ですが。アレン・カントールの夫は童帝ビルガ様ですよ」
「ふん、へらず口は相変わらずだね」

 せせら笑ってみせながら、ファシルはアレンの身体をそっと離す。
 床に自分の上着を敷いて優しく横たえさせ、無表情な大臣の前に立ち塞がった。

「ぼくは魔王であり、国王だ。お前も知っているだろう」
「さぁて。どうでしたっけねぇ」

 飄々と返す彼に『コイツは変わんないな』なんて呑気なことを思う。
 冷静沈着に見えて、まぁまぁ感情的な男なのだ。

「どうあれ、今の貴方は魔王ファシルです。そんなことより、その下らない魔法を解きなさい。彼は私が連れて帰ります。なにせ、我が国の大切な花嫁ですからね」
「そんなことが出来ると思ってるのか。ぼく相手に」
「してみせますよ。これでも、実力派なので」

 目の前で、男たちが対峙する。

「ぼくを裏切るとは、いい度胸だな。シセロ」
「私は最初から貴方の味方でも、部下でもないですけど。勘違いはなはだしい」
「後悔するなよ」
「反省も後悔も無縁の人生送ってきたんで。なにせ、私は優秀ですから」

 自信満々に言い放つシセロに、ファシルが牙を剥く。
 額の角も相まって、まるで鬼の形相だ。

「絶対に渡さない。
「彼はアレン・カントールです。人違いはやめなさい」

 両者の纏う空気が、異質なモノへと変化する。
 杖や長ったらしい呪文詠唱なんて、彼らほどの魔力を持つ者達には必要ない。
 ただその力を自由自在に操るだけ。
 
「『火炎魔神エフリート』」

 最初に仕掛けたのはファシルだった。
 つぶやくように呼び出したそれは、文字通り火炎精霊の上位。恐ろしげな姿と破壊をつかさどることから、悪魔と恐れられてきた。
 火炎を背負った魔神をも呼び出す召喚魔法。さすが魔王というべきか。
 禍々しい炎火が渦を巻き、シセロに襲いかかる。

「骨まで焼き尽くしてやる」
「ハァ……これだからガキは」

 魔神の放った劫火ごうかに対し、大きくため息をつく。
 至極落ち着き払った仕草で空間に魔法陣を描くと、小さくつぶやいた。

「『イマー・ジョン水没せよ』」

 突如として出現したのは、宙に浮かんだ無数の水粒。
 それらがまるで時を止めたかのように、ピタリと停止する。
 その間も、怒涛どとうごとく猛火が迫った。

「!」

 冷たかったはずの石畳さえ熱された空気に、アレンは思わず顔を上げる。
 烈火に対し、あの水魔法はあまりにも脆弱だと思ったから。

「死ね。骨まで遺さず、な」
「――ああ、くだらない」

 パチン、と指を鳴らす音。
 すると。

「!?」
「確かにそれなりの召喚魔法ですがね。でも、火力が些か足りません」

 光を帯びた無窮むきゅうの水雫が、一斉に豪火に飛んでいく。
 まとわりつき、瞬時に爆ぜた。

「くっ」

 おびただしい水蒸気が上がる。
 恐ろしいほどの炎が、ちっぽけな水粒で魔神もろとも消滅したのだ。

「経験不足が否めませんな」

 シセロは、余裕綽々よゆうしゃくしゃくといった態度で微笑む。
 ファシルの顔が、悔しげに歪んだ。

「これで分かったでしょう。大人しく、彼を渡しなさい」
「うるさいっ、この卑怯者がァァァ!」

 ――その瞬間。

 時間を吹っ飛ばしたかのような、出来事。
 いまだ立ち上っていた水蒸気を切り裂いて、鋭い閃光せんこうがシセロの身体を切り裂いたのだ。

「っ、な……なに、が」
「殺してやる」

 何が起きたのか分からない、といった表情のシセロに冷たく浴びせられた言葉。
 それと同時に薄い唇と身体から、赤い血潮が吹き上がる。

「あ゙……ぐぅ、これ、は……一本取られました、ね……」

 力なく崩れ落ちた長身。
 銀髪が、流れ出た血の赤に染まった。

「ぼくを騙した罰だ。裏切り者め」
「シセロ! おいっ、シセロ!!」

 魔王が冷徹に言い放ち、アレンが叫ぶ。
 別に恋人とかじゃない。むしろ殺してやりたいとすら、思ったほどの男に。
 なぜか彼の胸には、深い絶望と悲しみに満たされた。
 シセロが、助けに来たと思ってしまったのかもしれない。
 ただ逃げた自分を、連れ戻しに来ただけなのに。

「あ……アレ、ン……」
「シセロ!? 」

 床に伏せながら名を呼ばれた。
 白い手が、這うようにこちらを向いている。

「見苦しいな」
「貴方、こそ。どう足掻いても、彼は貴方のモノには、ならない」

 振り絞った言葉。
 形勢逆転の魔王がせせら笑う。

「負け惜しみだ。ぼくは他のヤツらとは違う。
「遂に誇大妄想、ですか」
「……ほざくな」

 くっくっ、と喉奥で笑う声に苛立ちを隠さずファシルは血に濡れた切っ先を突きつけた。

「このぼくが、直々に首を落としてあげるよ」
「やめろッ。ファシル!!」
「アレン、動かないで」

 これはマズいと鉛のような身体を起こしたアレンに、低く鋭い言葉が浴びせられる。

「お前を傷付けたくない。それに。動けば仲間の……ミナナ、だっけ。彼女もこうなるよ」
「っ、あの娘は関係ないだろ!」
「あはは。そういう優しい所、好きだよ。でもね」

 こちらを振り返った表情は、まるで能面のようであった。
 大きく見開いた瞳は、漆黒の闇を孕んでいる。

「よそ見したら――殺すよ」
「!?」

 この場合の殺す、の対象はアレンでなく相手の事なのだろう。
 つまり他にうつつを抜かすことがあったら、そいつを間違いなく排除するということ。
 どこに出しても怖いメンヘラである。

「さて。お喋りはおしまい」

 ぐったりと動かなくなったシセロの首に、剣が突き付けられる。
 このまま、首をねてしまおうというのだろう。

「や、やめろ……やめてくれ……」

 目の前で人が死ぬ。それが怖い。
 今までたくさんの魔物を殺してきたのに、おかしな話だ。
 ひどい矛盾とエゴを感じながらも、アレンは弱々しくシセロに手を伸ばした。

「死ね」

 無情な声と共に、剣身が鈍い光を放つ――次の瞬間。

「!!!」

 首の後ろに激しい衝撃。
 アレンは思わず仰け反り、振り返る。

「ゔっ」

 すぐに目の前が真っ暗になった。
 落ちていく意識。床に叩きつけられるように気絶する彼の、途切れる思考の刹那。

(昏倒……魔法、か……)

 鮮やかな手際。
 二人の男たちに気を取られているうちに、後ろに回り込まれたらしい。
 完全に気を失ったアレンは聞いただろうか。
 その数秒後に起こった激しい爆発を――。

 


 
 


 




 
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