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脳筋男と女装男子と暴走娘のミッション4
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幼い横顔。
しかしそこには既に出来つつある、強い眼差しが手元の羊皮紙に向かっている。
今どきこんな紙を使うのは、古い教本だ。その証拠に、ペンを走らせているのは現在流通している植物から作られた紙のノートである。
「アレッサさん」
「ん、見せて」
先生と呼ばせないのは、そう呼ばれたくないから。
そしていつしかアレンは、あの不自然な裏声や女言葉をやめた。
立場さえ忘れれば、彼らはなかなか良い教師と生徒になっている。
こんな状況も二週間続けば、当たり前なのかもしれない。人間は、環境に慣れるのだ。
「君はなかなか聡明な子だな」
たまにはそうやって褒めてやる。
すると頬を染めてはにかむ少年が見れるものだから、アレンも悪い気はしない。
純粋な尊敬と敬愛。
今までの男たちには無かったモノだ。
「あのアレッサ、さん」
「それやめなさい」
「え?」
「さん、は言いにくいだろ」
「え。でも――」
「ぼk……いや、私も聞きにくい」
「そ、それじゃあ」
恐る恐る、彼は口を開く。
「……アレッサ」
震えの滲む声。
アレンはわざとらしく首をかしげて答えた。
「なぁに?」
途端、サッと顔に朱がはしる。
彼は顔を手でおおってうめき声をあげてしまった。
「ず、ズルいよ……」
「はァ? なんのことだ」
名前を呼ばれて応えただけだ。
少し可愛こぶった仕草をしたが、それもジョークのつもりだった。
「ズルい。大人ってズルい」
「なんだよ、意味分かんない」
そう言いながら、その耳は真っ赤だ。どうやら照れているらしい。
おおよそ、年上のお姉さん (実際は女装男であるが)にドギマギしているというところか。
アレンは、少しおかしくなった。
これは小悪魔系の女の子が、男を手玉にとる気持ちが分かったといったところか。
同時に自分の立場も忘れ、この大人しげな少年を愛しく思い始めていた。
そんなことを考えていると、彼の声がふいに小さくなったのに気がつく。
「アレッサ、は。なんでそんなに――ぼくに優しいの……?」
おおったままの顔面では表情は見えない。
ただ絞り出すような声色に、単なる照れや恥じらいだけじゃないモノを感じる。
「別に優しくしてるつもりはないよ」
二人きりの時の態度だって、使用人としては最低だ。
エミリアの包み込むような笑顔もしてやったことは無いし、ハグもない。
トーマスのような恭しさも、もちろん。他の使用人達の方が、よほど彼を大切にしているだろう。
「違うんだ。違う……みんなとは違う。アレッサは、とても優しいんだ」
「ルイ?」
絞り出すような声に、てっきり泣いているかと思う。
だから思わず肩にふれた。
「ルイ、大丈夫か」
「アレッサ……」
「どうした」
小さな手が触れる。
アレンの左手の薬指を、そっと握りしめてきたのだ。
「ぼく――」
震えた声がすがるように言葉をつむぎかけた、その時。
軽やかなノックと共に、ドアが開く。
「あら、お勉強のおじゃまだったかしら」
入ってきたのはエミリア。
相変わらずの明るく、それでいて優しい笑みを浮かべている。
「あ、いえ」
「エミリア。ぼく、すごく優秀な生徒だってアレッサ先生に褒められたんだ」
少し動揺する彼に対し、ルイはサッと顔を上げて無邪気な表情で誇らしげに話した。
まるで先ほどの雰囲気は一切感じさせない。
むしろアレンのほうが、肩透かしを食らったような気分になった。
「まあすごい! それにしても坊ちゃん、とても嬉しそうですわねえ」
「もちろん。だって彼女もまた、とても優秀な先生だもの」
はにかんで、でも得意げに話す姿はいつもの少年。
きっとエミリアもなんの疑問も持つまい。
昔は乳母でもあったという彼女は彼のあの様子を目にしたらきっと、死ぬほど心配するだろう。
下手したらこの家庭教師がなにかしたのか、と疑うかもしれない。
だからこの状況に、ホッと胸を撫で下ろした。
だが同時に、強烈な違和感も感じていた。
そんなアレンをよそに、彼らは楽しげに話をしている。
それはいつものシャイで、ひかえめだが子どもらしく笑うルイ。それを愛しそうに見つめて優しく抱きしめるエミリア。
まるで母子のようなやりとり。それを愛想笑いで見ながら、内心にうずまく複雑な感情に頭を痛めていた。
「――アレッサ先生」
「ん!? あっ、ああ」
……少しぼんやりしてしまったのだろうか。
ルイの声にハッと我にかえる。
「大丈夫?」
心配そうな瞳が四つ。こちらを見ていた。
「あらまあ! 少し顔色が良くないみたいだわ」
エミリアが、ぺたぺたと顔を触ってくる。
「さっきも上の空だったし……ぼく、心配です」
「大丈夫ですよ、坊ちゃん。お二人とも、ご心配おかけしてごめんなさいね。少し、ぼんやりしてしまっただけですわ」
自分の様子を気遣ってくれる彼ら。その優しさは、ありがたかった。
「本当に?」
「ええ、ありがとうございます。坊ちゃんは、大変お優しいですね」
少しかがんで、彼に視線を合わせる。
するとみるみるうちに、熟れたてのトマトのように真っ赤になった少年は照れくさそうに『だって……』とそっぽをむいた。
「あらあら坊ちゃんってば」
そんな彼を、微笑ましく眺めるエミリアと視線が合う。
「アレッサ先生のこと、よほどお気に召したのね」
「そ、そんな」
「ふふっ。光栄ですわ」
慌てた様子のルイに、思わず笑みがこぼれる。
なんと微笑ましく、穏やかな光景であろうか。
一方、大人たちの言葉にからかわれたと思ったのか。彼はぷぅとふくれっ面をしてみせる。
それもまた愛らしい。
とても平和で、同時にどこか奇妙な時間。
――彼自身も、気が付いていない。
この不自然で歪な現象に。
※※※
「アンタ、最近少し変ネ」
「ん? なにが」
鏡に向かって生返事で応えた。
化粧水を手にのばし、まんべんなく顔にぬる。
夜は化粧を落として洗顔。それから念入りにケアするのが日課だ。
この前、仲良くなったメイド達から良い化粧品を教えてもらった。さっそく試してみると、確かに価格の割に使い勝手も良くて気に入っている。
「それヨ、それ!」
「はァ?」
ビシィッ!!! と指を突きつけられても、ピンと来ない。
それどころか、やれやれとため息をつく始末。
「意味わかんない事言わないでよ。私は忙しいの。貴女もあんまり夜更かししちゃダメよ。お肌に悪いんだから」
「アレン、いつから女になったネ!」
「……え?」
ここへ来て二週間。
なぜか急激にのびた髪のおかげで、女性用のウィッグは要らなくなった。
メイクも基礎化粧も、服も。そして仕草や口調さえ、女性そのものになっている。
今もナイトドレスを着て小さく首を傾げている様子は、うら若き乙女だ。
「胸だって、必死で寄せて上げてしてるの知ってるんだからナ!」
「キャッ!? な、なにすんの」
「ぬぁ~にが『キャッ』だ! カマトトぶんのもいい加減にするヨ」
「ちょ、何言ってんのか分かんない……」
突然胸を鷲掴みにされたからか、涙目になる。
驚くべきことにほんの数週間で、彼は心まで女性になりつつあった。
最初は小さな変化。
面倒がっていた家庭教師の仕事を熱心にするようになり、ルイとは授業以外の時間も過ごすようになった。
そうこうするうちに、使用人たちとも打ち解ける。特に女性の友人が増えて、彼女たちとキャッキャウフフと恋バナや女子トークに花を咲かせるようになった。
女子力もみるみるうちに上がり、今では無理に隠す必要もないくらいに『女』であった。
「目ぇ覚ますヨ! こんな状態じゃ、あのガキを暗殺できないネ。任務失敗しちまうヨ!?」
「暗殺……? 任務……?」
「ハァァァァ!? それすら忘れちまったのか! このウスラボケがァァァァッ!!!」
「あ、アリス。痛いっ、乱暴しないでぇ」
か弱い悲鳴をあげて身をひるがえして逃げる。
「アレン!」
「私の名前はアレッサよ。トーマスも言ってたでしょ。坊ちゃんをお守りしなきゃ」
「……」
初日の夜。
老執事はこう言った。
『何者かが、ルイを誘拐しようと狙っている』
だからボディガードを探していたのである。
それを聞きつけたヘラが、良い者達を紹介すると話をつけたのが始まりだ。
彼女は世間体やルイの気持ちをくんで、家庭教師というカモフラージュを提案した。
しかし何故か、彼らは暗殺しろと命じられている。
……一体どういうことか。その応えを確認することは叶わなかった。
二人からあの女上司に連絡を取ることは出来ない。
十五目となる明日、アレックスを伝言係として寄越すという話になっているのだ。
「明日、アレックスに会うネ。そうすれば、そのボケた頭も、少しはなんとかなるヨ」
「アレッ、クス?」
あれっくす――とその名を口の中で転がす。
何度も何度も。
知っているようで知らない。知らないようで、知ってる……?
妙な響きの名前。
しかし頭の中に霧だかモヤだかが掛かってしまったように、その姿かたちはぼんやりしている。
「私……そんな男の方なんて知らないわ」
「オーマイガッ! なんてこったい!!」
頭を抱えて叫ぶミナナを不思議そうに眺める。
今日の妹は、なんだか様子がおかしい。
『エミリアかトーマスにでも相談しようか』と心配して、思い悩み始めた時だった。
「アレッサ~、起きてるぅ?」
軽くドアが叩かれ、そっと開く。
覗いていたのは三人の少女。
まだ十代の彼女達は、そっと部屋に入ってきた。
「こんな遅くにごめんなさい。ちょっと相談したくって……」
「まぁ! どうしたのアイラ」
泣き出しそうな顔で切り出したのは、皿洗いメイドのアイラ。
副執事のジョンをめぐって、年上メイドと三角関係の真っ最中である。
あとの二人はその仲良し。おおよそ恋愛相談、と言ったところだろうか。
「彼ってばね。今日、待ち合わせ場所に来てくれなかった……あたし、もうおしまいだわ! あの人に振り向いてもらえなかったら、死んでしまう。こんなに胸が苦しくて、張り裂けそうなんだもの」
「それは可哀想に」
少女は泣きべそかきながら、アレンにすがりつく。
それを優しく抱きしめながら彼女達に愛について説く姿は、まさに頼れるお姉様だ。
「うわぁぁん。アレッサお姉さまぁぁぁっ」
「ひぐっ、ひぐっ」
「うふふ~♡ お姉様ってば、すっごくイイ匂いすりゅぅぅぅぅ」
なぜかアイラ以外の娘も泣いている。そしてもう一人にいたっては、普通にハァハァと変態チックだ。
なのにアレンは嫌な顔ひとつせず、話をきいてやっている。
そんな大騒ぎを横目で眺めていたミナナが、大きく天を仰ぎため息をついた。
「……だめだこりゃ」
しかしそこには既に出来つつある、強い眼差しが手元の羊皮紙に向かっている。
今どきこんな紙を使うのは、古い教本だ。その証拠に、ペンを走らせているのは現在流通している植物から作られた紙のノートである。
「アレッサさん」
「ん、見せて」
先生と呼ばせないのは、そう呼ばれたくないから。
そしていつしかアレンは、あの不自然な裏声や女言葉をやめた。
立場さえ忘れれば、彼らはなかなか良い教師と生徒になっている。
こんな状況も二週間続けば、当たり前なのかもしれない。人間は、環境に慣れるのだ。
「君はなかなか聡明な子だな」
たまにはそうやって褒めてやる。
すると頬を染めてはにかむ少年が見れるものだから、アレンも悪い気はしない。
純粋な尊敬と敬愛。
今までの男たちには無かったモノだ。
「あのアレッサ、さん」
「それやめなさい」
「え?」
「さん、は言いにくいだろ」
「え。でも――」
「ぼk……いや、私も聞きにくい」
「そ、それじゃあ」
恐る恐る、彼は口を開く。
「……アレッサ」
震えの滲む声。
アレンはわざとらしく首をかしげて答えた。
「なぁに?」
途端、サッと顔に朱がはしる。
彼は顔を手でおおってうめき声をあげてしまった。
「ず、ズルいよ……」
「はァ? なんのことだ」
名前を呼ばれて応えただけだ。
少し可愛こぶった仕草をしたが、それもジョークのつもりだった。
「ズルい。大人ってズルい」
「なんだよ、意味分かんない」
そう言いながら、その耳は真っ赤だ。どうやら照れているらしい。
おおよそ、年上のお姉さん (実際は女装男であるが)にドギマギしているというところか。
アレンは、少しおかしくなった。
これは小悪魔系の女の子が、男を手玉にとる気持ちが分かったといったところか。
同時に自分の立場も忘れ、この大人しげな少年を愛しく思い始めていた。
そんなことを考えていると、彼の声がふいに小さくなったのに気がつく。
「アレッサ、は。なんでそんなに――ぼくに優しいの……?」
おおったままの顔面では表情は見えない。
ただ絞り出すような声色に、単なる照れや恥じらいだけじゃないモノを感じる。
「別に優しくしてるつもりはないよ」
二人きりの時の態度だって、使用人としては最低だ。
エミリアの包み込むような笑顔もしてやったことは無いし、ハグもない。
トーマスのような恭しさも、もちろん。他の使用人達の方が、よほど彼を大切にしているだろう。
「違うんだ。違う……みんなとは違う。アレッサは、とても優しいんだ」
「ルイ?」
絞り出すような声に、てっきり泣いているかと思う。
だから思わず肩にふれた。
「ルイ、大丈夫か」
「アレッサ……」
「どうした」
小さな手が触れる。
アレンの左手の薬指を、そっと握りしめてきたのだ。
「ぼく――」
震えた声がすがるように言葉をつむぎかけた、その時。
軽やかなノックと共に、ドアが開く。
「あら、お勉強のおじゃまだったかしら」
入ってきたのはエミリア。
相変わらずの明るく、それでいて優しい笑みを浮かべている。
「あ、いえ」
「エミリア。ぼく、すごく優秀な生徒だってアレッサ先生に褒められたんだ」
少し動揺する彼に対し、ルイはサッと顔を上げて無邪気な表情で誇らしげに話した。
まるで先ほどの雰囲気は一切感じさせない。
むしろアレンのほうが、肩透かしを食らったような気分になった。
「まあすごい! それにしても坊ちゃん、とても嬉しそうですわねえ」
「もちろん。だって彼女もまた、とても優秀な先生だもの」
はにかんで、でも得意げに話す姿はいつもの少年。
きっとエミリアもなんの疑問も持つまい。
昔は乳母でもあったという彼女は彼のあの様子を目にしたらきっと、死ぬほど心配するだろう。
下手したらこの家庭教師がなにかしたのか、と疑うかもしれない。
だからこの状況に、ホッと胸を撫で下ろした。
だが同時に、強烈な違和感も感じていた。
そんなアレンをよそに、彼らは楽しげに話をしている。
それはいつものシャイで、ひかえめだが子どもらしく笑うルイ。それを愛しそうに見つめて優しく抱きしめるエミリア。
まるで母子のようなやりとり。それを愛想笑いで見ながら、内心にうずまく複雑な感情に頭を痛めていた。
「――アレッサ先生」
「ん!? あっ、ああ」
……少しぼんやりしてしまったのだろうか。
ルイの声にハッと我にかえる。
「大丈夫?」
心配そうな瞳が四つ。こちらを見ていた。
「あらまあ! 少し顔色が良くないみたいだわ」
エミリアが、ぺたぺたと顔を触ってくる。
「さっきも上の空だったし……ぼく、心配です」
「大丈夫ですよ、坊ちゃん。お二人とも、ご心配おかけしてごめんなさいね。少し、ぼんやりしてしまっただけですわ」
自分の様子を気遣ってくれる彼ら。その優しさは、ありがたかった。
「本当に?」
「ええ、ありがとうございます。坊ちゃんは、大変お優しいですね」
少しかがんで、彼に視線を合わせる。
するとみるみるうちに、熟れたてのトマトのように真っ赤になった少年は照れくさそうに『だって……』とそっぽをむいた。
「あらあら坊ちゃんってば」
そんな彼を、微笑ましく眺めるエミリアと視線が合う。
「アレッサ先生のこと、よほどお気に召したのね」
「そ、そんな」
「ふふっ。光栄ですわ」
慌てた様子のルイに、思わず笑みがこぼれる。
なんと微笑ましく、穏やかな光景であろうか。
一方、大人たちの言葉にからかわれたと思ったのか。彼はぷぅとふくれっ面をしてみせる。
それもまた愛らしい。
とても平和で、同時にどこか奇妙な時間。
――彼自身も、気が付いていない。
この不自然で歪な現象に。
※※※
「アンタ、最近少し変ネ」
「ん? なにが」
鏡に向かって生返事で応えた。
化粧水を手にのばし、まんべんなく顔にぬる。
夜は化粧を落として洗顔。それから念入りにケアするのが日課だ。
この前、仲良くなったメイド達から良い化粧品を教えてもらった。さっそく試してみると、確かに価格の割に使い勝手も良くて気に入っている。
「それヨ、それ!」
「はァ?」
ビシィッ!!! と指を突きつけられても、ピンと来ない。
それどころか、やれやれとため息をつく始末。
「意味わかんない事言わないでよ。私は忙しいの。貴女もあんまり夜更かししちゃダメよ。お肌に悪いんだから」
「アレン、いつから女になったネ!」
「……え?」
ここへ来て二週間。
なぜか急激にのびた髪のおかげで、女性用のウィッグは要らなくなった。
メイクも基礎化粧も、服も。そして仕草や口調さえ、女性そのものになっている。
今もナイトドレスを着て小さく首を傾げている様子は、うら若き乙女だ。
「胸だって、必死で寄せて上げてしてるの知ってるんだからナ!」
「キャッ!? な、なにすんの」
「ぬぁ~にが『キャッ』だ! カマトトぶんのもいい加減にするヨ」
「ちょ、何言ってんのか分かんない……」
突然胸を鷲掴みにされたからか、涙目になる。
驚くべきことにほんの数週間で、彼は心まで女性になりつつあった。
最初は小さな変化。
面倒がっていた家庭教師の仕事を熱心にするようになり、ルイとは授業以外の時間も過ごすようになった。
そうこうするうちに、使用人たちとも打ち解ける。特に女性の友人が増えて、彼女たちとキャッキャウフフと恋バナや女子トークに花を咲かせるようになった。
女子力もみるみるうちに上がり、今では無理に隠す必要もないくらいに『女』であった。
「目ぇ覚ますヨ! こんな状態じゃ、あのガキを暗殺できないネ。任務失敗しちまうヨ!?」
「暗殺……? 任務……?」
「ハァァァァ!? それすら忘れちまったのか! このウスラボケがァァァァッ!!!」
「あ、アリス。痛いっ、乱暴しないでぇ」
か弱い悲鳴をあげて身をひるがえして逃げる。
「アレン!」
「私の名前はアレッサよ。トーマスも言ってたでしょ。坊ちゃんをお守りしなきゃ」
「……」
初日の夜。
老執事はこう言った。
『何者かが、ルイを誘拐しようと狙っている』
だからボディガードを探していたのである。
それを聞きつけたヘラが、良い者達を紹介すると話をつけたのが始まりだ。
彼女は世間体やルイの気持ちをくんで、家庭教師というカモフラージュを提案した。
しかし何故か、彼らは暗殺しろと命じられている。
……一体どういうことか。その応えを確認することは叶わなかった。
二人からあの女上司に連絡を取ることは出来ない。
十五目となる明日、アレックスを伝言係として寄越すという話になっているのだ。
「明日、アレックスに会うネ。そうすれば、そのボケた頭も、少しはなんとかなるヨ」
「アレッ、クス?」
あれっくす――とその名を口の中で転がす。
何度も何度も。
知っているようで知らない。知らないようで、知ってる……?
妙な響きの名前。
しかし頭の中に霧だかモヤだかが掛かってしまったように、その姿かたちはぼんやりしている。
「私……そんな男の方なんて知らないわ」
「オーマイガッ! なんてこったい!!」
頭を抱えて叫ぶミナナを不思議そうに眺める。
今日の妹は、なんだか様子がおかしい。
『エミリアかトーマスにでも相談しようか』と心配して、思い悩み始めた時だった。
「アレッサ~、起きてるぅ?」
軽くドアが叩かれ、そっと開く。
覗いていたのは三人の少女。
まだ十代の彼女達は、そっと部屋に入ってきた。
「こんな遅くにごめんなさい。ちょっと相談したくって……」
「まぁ! どうしたのアイラ」
泣き出しそうな顔で切り出したのは、皿洗いメイドのアイラ。
副執事のジョンをめぐって、年上メイドと三角関係の真っ最中である。
あとの二人はその仲良し。おおよそ恋愛相談、と言ったところだろうか。
「彼ってばね。今日、待ち合わせ場所に来てくれなかった……あたし、もうおしまいだわ! あの人に振り向いてもらえなかったら、死んでしまう。こんなに胸が苦しくて、張り裂けそうなんだもの」
「それは可哀想に」
少女は泣きべそかきながら、アレンにすがりつく。
それを優しく抱きしめながら彼女達に愛について説く姿は、まさに頼れるお姉様だ。
「うわぁぁん。アレッサお姉さまぁぁぁっ」
「ひぐっ、ひぐっ」
「うふふ~♡ お姉様ってば、すっごくイイ匂いすりゅぅぅぅぅ」
なぜかアイラ以外の娘も泣いている。そしてもう一人にいたっては、普通にハァハァと変態チックだ。
なのにアレンは嫌な顔ひとつせず、話をきいてやっている。
そんな大騒ぎを横目で眺めていたミナナが、大きく天を仰ぎため息をついた。
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