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一難去ってまた一難?
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「おい。大丈夫か?」
――聞いたのは、低い声。
バリトンボイス、と言えばいいか。少し訛りがあるそれと共に、控えめに肩を揺すられ思わずうめく。
「慌てるな。ゆっくり、目を開けな」
すると心地よい声色に誘われるように、アレンは目を開けた。
「んんっ」
「頭、クラクラしねぇか? 吐き気や痛みは?」
「だ、だい、じょうぶ……かも」
「そうかそうか」
目覚めてすぐの質問にぼんやり応えると、目の前で何度もうなずく男が一人。
筋骨隆々、屈強な若者だった。
顔には頬に縦に傷跡が特徴の。しかし、たいそう美形である。
彫りが深く、整った顔立ち。浅黒い肌も健康的で、前述した傷跡さえ魅力的になるほどだ。
そんな男が、先程からジッこちらを覗き込むように見ている。
「ええっと、どなたさん?」
「アレックスだ。近隣のいくつかの国や町でフィットネスクラブを経営している」
「ふぃ、フィットネス?」
「ここで言うところの、剣士養成所にあたるな。まぁオレのところは、健康や体力増強を目的とした健全な会員制ヘルスクラブだぜ」
「へ、へるす?」
ますます訳が分からない。
だいたい異世界にそんな施設があるなんて聞いたことがなかった。
しかしそれはアレンが魔王討伐で奔走していた為、知らなかっただけらしい。
この男が始めたこの事業は、驚くべきスピードで成功。
今では他の国や町でいくつも店舗を持つ、超有名なスポーツクラブへと成長したのだ。
そして村に一人はいる、腹のたるみ切ったモブ村人達を劇的ビフォーアフターし続けている。
「オレのことはどうでもいい」
男は、強すぎる眼力でさらに見据えてきた。
「……テメェ、名前はなんだ」
「えっ」
「名前だ。まさか、オレだけに名乗らせるつもりか?」
「あ、すいません」
慌てて自分の名を口にする。
「アレン・カントール。まさか、あの勇者か」
「僕のこと、知ってるんですか?」
「知ってるもなにも有名だぜ。魔王を倒した、イケメン勇者様ってよ」
確かに有名人ではあるだろう。
長く、暗黒時代を強いてきた魔王を打ち倒した伝説の勇者なのだから。
しかし今の状態を考えれば、それも懐かしすぎる話だ。喜びきれず、アレンは曖昧な笑みを浮かべた。
「――だが。人の噂とはアテにならねぇもんだな」
「!」
アレンは動揺し、仰け反る。
突然岩のような大きな手で、首根っこを捕まえてきたのだ。
「こんな華奢なヤローだとは」
「くっ、なにをする!」
ビックリして、その手を叩き怒鳴りつければ。
「おぅ。威勢の良いじゃねぇか」
「クソ野郎ッ、離せ!!」
今度は手首を掴まれ、上に引き上げられる。
いくら叫んでも暴れても、まるで子どもと大人のようだ。易々と両手をまとめて戒められ、押し倒された。
「こんな細腕で、本当に魔王を倒したのかよ」
「お、お前っ、何が言いたい!」
「腰だってこんなに――」
「さ、触んな」
「おいおい。震えてんのか。生娘みてぇだな」
「さっきから言わせておけば……っ」
片手で手を押さえられ、もう片手で身体をまさぐられる。
その触り方は露骨に性的なそれで、快楽に浸され続けた身体はアッサリ反応しそうになってしまう。
「顔だって。たいそうべっぴんさんだ」
「!?」
ちゅ、と軽い音を立てて唇が触れた。
――頬に。
「な、な、なにを……っ」
「決めたぜ」
キスされた頬を押さえることも出来ず、ワナワナと震える。
対するアレックスの顔は、ニヤリと不敵に歪んだ。
「お前を、嫁にする。よろしくな」
「は、ハァァァッ!?」
突拍子もないことだった。
いきなり目の前に現れた男に名乗ったら、押し倒されてからのセクハラでプロポーズ (?) されるなんて。
「っ、意味がわからん」
「オレにも、そこんとこ分からねぇ」
混乱して叫べば、支離滅裂な返しをされる。
そしてウットリした瞳を向けて、平然と言ってのけたのだ。
「廃墟になってた教会でお前が、変態に犯されてる時にグッときちまってよ。ぶん殴って連れ出したが良いが、やはりオレの好み、どストライクらしい。さっきから心臓の音がうるさくて仕方ねぇんだ。どうしてくれんだ、おい」
「知らないよ! 僕にどうしろと言うんだっ」
突然ヤクザにイチャモン付けられた一般人みたく、顔面蒼白。
ゴリマッチョ系の大男が、グイグイ迫ってくるのだ。怖くないハズがない。
「だから責任とって、オレと添い遂げてくれ」
「お、重いッ……初対面でバカみたいに重過ぎる」
「運命を感じた」
「僕は一ミリも感じてない。てか、変なとこ触んなッ!!」
「愛してる。今から隣国で結婚しよう。大丈夫、神父の前で永遠の愛を誓うだけだぜ」
「それが重いって言ってんだ!!!」
顔や身体を撫で回す手を振り払う術さえなく、怒鳴りつける。
それでも全く表情を変えず、この男はバカみたいに『結婚しろ』と迫る。
ニュータイプのゴリラ系変態、とアレンは心密かに命名した。
「なんせお前は有名人だからな。伝説の勇者でありながら、国王の花嫁か……まぁ事情は分からんが、オレが攫っていくのに知る必要はねぇな」
「なに自己完結してんだっ、このゴリラ! ていうか、知ってんなら尚更やめとけ。僕を取り戻しに、腹黒魔法使いが追いかけてくるぞ」
シセロなら血なまこになって、アレンを奪還しようとするだろう。
ああ見えて、実は頭に血が上ると過激なのだと知っている。
事実、彼に武器を振るったとしてステラを数日間『生首』状態で過ごさせるというお仕置きがされていた。
本人は笑っていたが、見たものは恐怖のさらし首である。
「オレの心配をしてくれているのか」
「あ、あぁ。もちろん。なんせ命の恩人だからな」
吸血鬼で女装少年のルナをぶん殴って、連れ出してくれたのは確かに助かった。
あのままでは、本当に彼の子を孕まされるか。性玩具として一生を終えるか。
最悪、両方の可能性もあったから。
――とはいえ、アレンは別にこの美形ゴリラ男を信用したわけではない。
むしろこのまま適当に言い訳し別れ、一人で国外逃亡でもしてしまいたかった。
結局のところ、彼はどの男のモノになるのも嫌なのだ。
「オレの嫁は、なんて優しいんだ」
「ハァ?」
「決めたぜ。やはりオレはお前を、絶対に守る」
「ちょっ……」
「大丈夫だ。オレには女神の加護がついている」
「!!!」
「そうと決まれば、まずは初夜から始めようぜ」
「しょ……!?」
ロクに言葉を発しないうちに、アレックスは彼を抱き上げた。
というより、荷物のように軽々と抱えあげたのだが。
「おいッ、離せ!」
「エスコートするぜ」
「人を物みたいに担ぎあげてんじゃない!」
「軽いな。ちゃんと食ってるか? オレはもう少しムッチリしたタイプも好きなんだが」
「君の好みなんて知るかッ!!!」
「安心しろ。どんなお前も、愛してる」
「僕は愛してないっ、男なんて大っ嫌いだ」
「ああ、俺も男に恋をしたのは初めてだな。これは運命だ」
「違う。こんな運命あってたまるか」
「さぁ行こう。オレの花嫁よ」
「……人の話を聞けぇぇぇっ!!!」
森の奥で、叫び声がこだまする。
――聞いたのは、低い声。
バリトンボイス、と言えばいいか。少し訛りがあるそれと共に、控えめに肩を揺すられ思わずうめく。
「慌てるな。ゆっくり、目を開けな」
すると心地よい声色に誘われるように、アレンは目を開けた。
「んんっ」
「頭、クラクラしねぇか? 吐き気や痛みは?」
「だ、だい、じょうぶ……かも」
「そうかそうか」
目覚めてすぐの質問にぼんやり応えると、目の前で何度もうなずく男が一人。
筋骨隆々、屈強な若者だった。
顔には頬に縦に傷跡が特徴の。しかし、たいそう美形である。
彫りが深く、整った顔立ち。浅黒い肌も健康的で、前述した傷跡さえ魅力的になるほどだ。
そんな男が、先程からジッこちらを覗き込むように見ている。
「ええっと、どなたさん?」
「アレックスだ。近隣のいくつかの国や町でフィットネスクラブを経営している」
「ふぃ、フィットネス?」
「ここで言うところの、剣士養成所にあたるな。まぁオレのところは、健康や体力増強を目的とした健全な会員制ヘルスクラブだぜ」
「へ、へるす?」
ますます訳が分からない。
だいたい異世界にそんな施設があるなんて聞いたことがなかった。
しかしそれはアレンが魔王討伐で奔走していた為、知らなかっただけらしい。
この男が始めたこの事業は、驚くべきスピードで成功。
今では他の国や町でいくつも店舗を持つ、超有名なスポーツクラブへと成長したのだ。
そして村に一人はいる、腹のたるみ切ったモブ村人達を劇的ビフォーアフターし続けている。
「オレのことはどうでもいい」
男は、強すぎる眼力でさらに見据えてきた。
「……テメェ、名前はなんだ」
「えっ」
「名前だ。まさか、オレだけに名乗らせるつもりか?」
「あ、すいません」
慌てて自分の名を口にする。
「アレン・カントール。まさか、あの勇者か」
「僕のこと、知ってるんですか?」
「知ってるもなにも有名だぜ。魔王を倒した、イケメン勇者様ってよ」
確かに有名人ではあるだろう。
長く、暗黒時代を強いてきた魔王を打ち倒した伝説の勇者なのだから。
しかし今の状態を考えれば、それも懐かしすぎる話だ。喜びきれず、アレンは曖昧な笑みを浮かべた。
「――だが。人の噂とはアテにならねぇもんだな」
「!」
アレンは動揺し、仰け反る。
突然岩のような大きな手で、首根っこを捕まえてきたのだ。
「こんな華奢なヤローだとは」
「くっ、なにをする!」
ビックリして、その手を叩き怒鳴りつければ。
「おぅ。威勢の良いじゃねぇか」
「クソ野郎ッ、離せ!!」
今度は手首を掴まれ、上に引き上げられる。
いくら叫んでも暴れても、まるで子どもと大人のようだ。易々と両手をまとめて戒められ、押し倒された。
「こんな細腕で、本当に魔王を倒したのかよ」
「お、お前っ、何が言いたい!」
「腰だってこんなに――」
「さ、触んな」
「おいおい。震えてんのか。生娘みてぇだな」
「さっきから言わせておけば……っ」
片手で手を押さえられ、もう片手で身体をまさぐられる。
その触り方は露骨に性的なそれで、快楽に浸され続けた身体はアッサリ反応しそうになってしまう。
「顔だって。たいそうべっぴんさんだ」
「!?」
ちゅ、と軽い音を立てて唇が触れた。
――頬に。
「な、な、なにを……っ」
「決めたぜ」
キスされた頬を押さえることも出来ず、ワナワナと震える。
対するアレックスの顔は、ニヤリと不敵に歪んだ。
「お前を、嫁にする。よろしくな」
「は、ハァァァッ!?」
突拍子もないことだった。
いきなり目の前に現れた男に名乗ったら、押し倒されてからのセクハラでプロポーズ (?) されるなんて。
「っ、意味がわからん」
「オレにも、そこんとこ分からねぇ」
混乱して叫べば、支離滅裂な返しをされる。
そしてウットリした瞳を向けて、平然と言ってのけたのだ。
「廃墟になってた教会でお前が、変態に犯されてる時にグッときちまってよ。ぶん殴って連れ出したが良いが、やはりオレの好み、どストライクらしい。さっきから心臓の音がうるさくて仕方ねぇんだ。どうしてくれんだ、おい」
「知らないよ! 僕にどうしろと言うんだっ」
突然ヤクザにイチャモン付けられた一般人みたく、顔面蒼白。
ゴリマッチョ系の大男が、グイグイ迫ってくるのだ。怖くないハズがない。
「だから責任とって、オレと添い遂げてくれ」
「お、重いッ……初対面でバカみたいに重過ぎる」
「運命を感じた」
「僕は一ミリも感じてない。てか、変なとこ触んなッ!!」
「愛してる。今から隣国で結婚しよう。大丈夫、神父の前で永遠の愛を誓うだけだぜ」
「それが重いって言ってんだ!!!」
顔や身体を撫で回す手を振り払う術さえなく、怒鳴りつける。
それでも全く表情を変えず、この男はバカみたいに『結婚しろ』と迫る。
ニュータイプのゴリラ系変態、とアレンは心密かに命名した。
「なんせお前は有名人だからな。伝説の勇者でありながら、国王の花嫁か……まぁ事情は分からんが、オレが攫っていくのに知る必要はねぇな」
「なに自己完結してんだっ、このゴリラ! ていうか、知ってんなら尚更やめとけ。僕を取り戻しに、腹黒魔法使いが追いかけてくるぞ」
シセロなら血なまこになって、アレンを奪還しようとするだろう。
ああ見えて、実は頭に血が上ると過激なのだと知っている。
事実、彼に武器を振るったとしてステラを数日間『生首』状態で過ごさせるというお仕置きがされていた。
本人は笑っていたが、見たものは恐怖のさらし首である。
「オレの心配をしてくれているのか」
「あ、あぁ。もちろん。なんせ命の恩人だからな」
吸血鬼で女装少年のルナをぶん殴って、連れ出してくれたのは確かに助かった。
あのままでは、本当に彼の子を孕まされるか。性玩具として一生を終えるか。
最悪、両方の可能性もあったから。
――とはいえ、アレンは別にこの美形ゴリラ男を信用したわけではない。
むしろこのまま適当に言い訳し別れ、一人で国外逃亡でもしてしまいたかった。
結局のところ、彼はどの男のモノになるのも嫌なのだ。
「オレの嫁は、なんて優しいんだ」
「ハァ?」
「決めたぜ。やはりオレはお前を、絶対に守る」
「ちょっ……」
「大丈夫だ。オレには女神の加護がついている」
「!!!」
「そうと決まれば、まずは初夜から始めようぜ」
「しょ……!?」
ロクに言葉を発しないうちに、アレックスは彼を抱き上げた。
というより、荷物のように軽々と抱えあげたのだが。
「おいッ、離せ!」
「エスコートするぜ」
「人を物みたいに担ぎあげてんじゃない!」
「軽いな。ちゃんと食ってるか? オレはもう少しムッチリしたタイプも好きなんだが」
「君の好みなんて知るかッ!!!」
「安心しろ。どんなお前も、愛してる」
「僕は愛してないっ、男なんて大っ嫌いだ」
「ああ、俺も男に恋をしたのは初めてだな。これは運命だ」
「違う。こんな運命あってたまるか」
「さぁ行こう。オレの花嫁よ」
「……人の話を聞けぇぇぇっ!!!」
森の奥で、叫び声がこだまする。
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