Courtship

田中 乃那加

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11.少年は恋に萌える

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 肩を抱かれ、乱暴に頭を撫で回されるのはまるで犬にするみたいだった。 
 そこになんの色気も恋愛感情もないだろう。
 でも確かにこの肌に体温や少し硬いような筋肉の感触を感じて、嬉しくないわけが無いよね。
 ……僕はこっそり回された手にキスをした。

「あ。美味しい」

 このスイーツサンドイッチ、ホイップクリームとチョコムースの相性抜群。
 そっちの煎茶とホワイトチョコのパイも香ばしさと甘みのバランスが最高だし。
 定番の肉まんもホッとするし、おにぎりも安定の味だよね。
 なんでコンビニおにぎりってこうもクセになっちゃうのかなぁ。

「美味そうに食うなぁ」

 もぐもぐと口を動かしながら頭の中は美味しいという感情に支配されていた僕に、遼太郎は呆れたような。でも笑った声を掛けた。

「だって美味しいもん」

 食べてみたかった新商品いっぱいだし。コスパの関係上、あまり買い食い出来ないから。
 そんな事を考えながら、差し出された適度に暖かいお茶の入ったマグカップを受け取る。

「そうか。でも喉に詰まらせんなよ」
「もうっ、正月に餅詰まらせる年寄りじゃないんだから」

 心配してるのか、馬鹿にしてるのか彼の場合分かんない。

「幼児だって餅は注意だ」
「幼児じゃないッ!」
「ふっ……似たもんじゃねぇか」

 あ、笑った。
 すぐに向こう向いてしまったけど、一瞬だけ笑ってくれたのに気が付く。
 なんていうか、すごく。

「可愛い」
「あ?」
「えっ、あ、な、なんでもない!」

 ……ヤバい、ヤバい。うっかり心の声が出ちゃった。
 だってすごく可愛かったんだもん。あんな綺麗な顔なのに強面で、無表情ばっかりなのに笑ったら可愛いなんてギャップ萌え。 
 しかも少し照れたのか。うっすら耳元赤い気がする!
 なんなんだよ、この可愛い生き物!!

「ね、ねぇ。これすごく美味しいよ」

 チョコ菓子一つ手に持って差し出してみた。
 どちらかというとビターで、甘さ控えめだから彼も気に入りそうだと思って。
 
「ん? ……あぁ、どうも」
「!?」

 た、食べたァァァ!! しかも手ずから食べてくれた!! まるで従順で美しい獣みたい。
 この前も確かフライドポテト食べてくれたけど、その時はすごく嫌そうな顔してた。でも今のはすごく自然に、普通に食べてくれた!
 あぁ飼いたい……それが無理ならせめて、もうこのまま逞しい胸に、胸筋豊かな雄っぱいに飛び込んじゃいたい。
 小さく頷きながら口を動かす彼をチラチラと見ながら、僕は内心鼻血が出る想いだった。
 でもそれと同時に、胸は苦くて少し痛い。
 何故ならいつの間にか彼と僕の距離が少し離れていて、やっぱり彼は僕の目を見てくれないから。
 脈ナシって改めて告げられてるみたいで、浮かれそうだった心がシュンと萎んでしまう。
 
「おい。蓮」
「う、うん?」

 思考の中で浮いたり沈んだりしていると、ふと声を掛けられる。
 顔を向けると、何かが僕の口元に触れた。

「口に付いてるぜ。ふん、やっぱり幼児じゃねぇか」

 さっき食べた菓子パンのホイップクリームが僕の唇に付いていたらしい。指で拭ってくれた後、こともあろうに彼は。

「!?」

 ……舐めた。
 
 こ、これって。

「間接キス!!」
「は、はぁぁぁ!?」

 僕は彼を押し倒さんばかりに抱きついた。そして叫んだ。

「遼太郎! 僕にキスしてっ、間接じゃなくて直接なやつ!!」
 「な、何言ってやがる」
 
 振りほどこうとする彼に必死にしがみつく。
 もう僕の理性が持たない! 色々うだうだ考えて悩んでたのが、一変にどうでも良くなった。
 今までもこうしてきたじゃないか。片想いの人を尾行して。
 そしたらなんか変な人に声掛けられて。

 ―――そう、あの時僕に声を掛けてくれたのが大五郎さんだ。
 そりゃ勿論、最初はすごく胡散臭く思えて警戒したよ。でも不思議な事に、話をしていくとそんな気持ちも次第に薄れていった。
 これがいわゆるってやつなのかもしれない。どんどん信用したくなって、僕は彼のアドバイスに耳を貸したんだ。
 そして教えてくれた。尾行の仕方とか、男がグッと来そうとか言う仕草とか。
 あと今日あの郵便ポストの場所も教えてくれたのは大五郎さんだ。
 あんまり慌ててたから尾行はバレちゃったけど、彼のおかげで沢山遼太郎のこと知れた。
 まぁ元奥さんの事は初めて知ったけど……いきなり泣いて飛び出してきちゃった。梨花さんと蓮次君を吃驚させちゃっただろうな。
 勿論、遼太郎も。

「遼太郎、一回でいいから! 」
 
 ……それで諦めるから。
 一生懸命しがみつく僕の腕を引き離そうとするする姿に胸がズキズキ痛む。
 そんなに嫌がらなくていいじゃん。ゲイだかバイだか分かんないけど、一度は触れてくれたじゃないか。
 どうせ気まぐれだと分かってるし、少し怖かったけど実は嬉しかったんだよ。
 また鼻の奥がツンとして、目元がじわりと濡れる感覚。あぁ嫌だな、また面倒臭いって思われる。嫌われて疎まれちゃう……そんなの嫌なのに。

「蓮、あのな」
「お願い……僕……」

 祈るように呟く。
 とうに零してしまった涙は頬を伝わず、ポタリとに膝を濡らした。
 彼の手に力が入り、逆に僕の手からは力が抜ける。

「蓮。駄目だぜ」
「……」
「ヤケになるんじゃねぇ。そういうのは好きな奴に言え。な?」
「……」

 え。今なんて言った?
 僕の思考が数秒停止する。彼の思惑がよく分からなかったから。
 スキナヤツって誰? 好きな奴、好きな……僕の……まさか。

「りょ、遼太郎。あのさ」
「蓮、分かるだろ?」

 彼の僕よりずっと綺麗な色の瞳がこちらを真っ直ぐ見つめている。まるで聞き分けのない子供を辛抱強く諭しているような。
 睨みつけているわけじゃないけど、すごく強い目だ。
 でもその奥に確実に感じる優しい色。あぁやっぱりカッコイイな……じゃなくて。

「ええっとぉ、ちょっと待って……うん、ちょっと確認させて」
「?」
「僕のって?」
「??」

 あぁキョトンとしないで。すごく可愛いから!
 なんなの。ドーベルマンみたいな猟犬なのにあざといくらい可愛い、そんな感じ。
 ……まさか全然わかってないのかな、この人。
 僕は少し息を整えると、その目力に負けないように彼を見上げた。

「僕の好きな人はね。すごくイケメンでかっこよくて。でも意地悪で鈍感で変態で……頭が良いのに馬鹿で鈍感で」
「おいおいおい、本当に好きなのかよ。しかも鈍感二回も言ったぞ」

 苦笑いする遼太郎は、まだ気付いてくれない。
 そうだよね、気付くわけないか。最初に言っちゃったもんね。
『好きな人に似てるから』って。
 ……それにしても鈍すぎない? それとも自覚ないのかな。自分が意地悪で鈍すぎるって。
  
「だって本当に鈍感なんだもん」

 僕は今度こそ目を逸らす事なく、しっかり見据えた。
 同じ諦めるなら、ちゃんと伝えてからにしよう。僕だって男だ。今度こそ、自分の気持ちと彼の言葉に向き合わなきゃ駄目なんだ。
 梨花さんだって言ってただろう。
『その恋に誇りを持て』って。僕は自分が男を好きになった事に動揺したけど、今向き合うべきは彼だ。
 僕は目の前の彼に恋をした、その事だけを今は見つめていたい。

「僕、遼太郎の事……」

 僕は口の中の唾を飲み込むと、震える言葉を吐き出した―――。
 
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