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5.恋と思考の落とし所
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何故かいつもより早く目が覚めるのは、休日朝。
寝室を後にして、すっかり冷えた身体を温めるのは雑に入れたインスタントコーヒー。
「苦ぃ……」
一口すすって呟く。
やっぱりブラックコーヒーって口に合わない。味覚がきっとガキだからって認めたくなくて頑張って飲みきるけど、顔を顰めた僕を姉貴が『牛乳入れたら?』ってパックを差し出してくる。
「要らない。飲めるから」
「それにしては嫌な顔して飲むじゃないのよ」
「別に……」
ちょっと苦いだけだし。
黙り込んだ僕に、姉貴は何かを探るような目をして覗き込んでくる。
「ふーん。大人ぶりたい年頃なのかしらねぇ」
その言葉を無視して、テレビのリモコンを乱暴に掴んだ。
忙しなく回して、ニュース番組ばかりだなと結局最初のチャンネルに戻る。
……だって、遼太郎はコーヒーに何も入れないもんな。
これは大人ぶりたいんだろうか。年上の友達に対する憧れ?
答えなんか出ないし出したくない。
「蓮、父さんと母さん明日帰ってくるって」
そうだ二人とも昨日から旅行中。
両親仲良しで、僕が高校に入った頃からこうやって二人で出かける事が増えた。
「へぇ……お土産買ってくるかな」
読まない新聞を向こう側に押しやろうとして、ふと気が変わってまた引き寄せる。
「そりゃそうでしょ。また妙な物買ってくるわよ」
「だろうね」
変な民芸品とか、今どきこんなのあるのっていうペナントとか。
それでも嬉しそうに渡してくると、こっちもありがとうって受け取るしかないよね。
それでも仲睦まじい両親と、気がキツくて時に突拍子もない事を言い出す姉貴と……まぁこの黒田家は幸せな家庭なんだろう。
「あら、新聞読むの?」
「たまには、ね」
これは何となく。それに最初に目を通すのはテレビ欄だ。
「なんだか急に大人っぽくなったわね」
「高校生に言うことじゃないだろ……」
身体はいつまで経っても痩せっぽっち。でも背は伸びたし、気持ち的にはちゃんとした男だ。
……と、思ってたけど。
「あ」
姉貴が小さな声を上げてテレビに釘付けになる。
好きなアイドルだか役者だかが画面に写って嬉しそうだ。
イケメンだかなんだか知らないけど、僕には正直よく分からない。
顔だってスタイルだって、彼の方がよっぽど……。
「あ」
今度の声は僕だ。
芸能ニュースからスポーツの話題に変わったのか、何となく目に付いた選手を見つめる。
逞しい身体が競技に打ち込む様は見ていてなんとも言えない気分になった。
「あれ、あんたこの選手好きなの?」
「!?」
のんびりと横からかけられた言って声に肩を震わせれば、姉貴の方も驚いた顔をしてすぐに『ビビりすぎ』と笑った。
でも言えなかった。
僕が今、胸をときめかせたのは芸能ニュースで映った同じ年頃のアイドルでも妖艶とも言える美しい女優でもない。
……筋骨隆々な男の身体だ。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□
僕があの日痴漢にあった時、助けてくれた人に恋をした。
……なんて至極簡単に言ったけど、そりゃもう葛藤も悩みも散々したもんだ。
僕は男だし、だいたい相手がどこの誰かだって知らない。血迷って休日の昼間にあの辺りをうろついたりもしたけど、結局もう会えない。
何度も忘れようと思ったさ。所詮吊り橋効果みたいなもので、女装した僕を助けてくれた男に一瞬だけ錯覚しただけだって。
でもやっぱり思い出すのは、痴漢に好き勝手触られたことへの怒りや屈辱より、あの大きな手とか綺麗な顔だとか。
もっとこの体温感じていたいって感情だった。
……ずっと普通の男だって思ってたのに。
好きな女の子が出来て、告白するかされるかして付き合って。小さな手をドキドキしながら握ったり。そしていずれは柔らかい身体を抱きしめる、って。
でもこの恋を抱えている限り、そんな未来は来そうにないんだ。
親にも友達にも……勿論姉貴にも相談出来なかった。
ただ、なかなか死んでくれないこの悲しい恋心の首を締めるように生きていかないといかないのか、と絶望した時……。
―――それは偶然。
いつもと違う駅。その日は学校をサボった。
平日の昼間っていう僕にとっては非日常感の強い時間に、降りたことのない駅で降りる。
もう少し時間を潰してから家に帰ろうと思っていたから。
そしたら、見てしまった。
会いたくて堪らなかった姿。遠目だったけど間違いない。思わず走りよろうとした僕は、寸でのところで足を止めた。
……待ち合わせだったらしい。向こうからやってきた若い男の顔はもう覚えていない。
慣れたように連れ立って歩く二人。その雰囲気に何やらひっかかりを感じて、僕はそっと後を尾けた。
そのあとの事のショックは、忘れたくても忘れられないだろう。
二人が入って行ったのはホテル。しかもその……ラブの付くホテルで。
高校生で、しかも制服着てる僕が立ち入る訳にはいかない場所なのはさすがに分かる。
でもあの二人が、いや性格には彼の事が気になるし……そんな事で挙動不審な僕に声をかけたのが。
『君、なにしてんの? 高校生でしょ、学校は?』
彼とそう変わらないくらいの年齢であろう、男だった。
男は矢継ぎ早に質問しながら、逃げ出そうとする僕の腕を痛いほど強く掴んで―――。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□
「……蓮?」
「えっ」
考えに耽っていたら、テーブルに置いたコーヒーはすっかり冷めてしまっていた。
怪訝そうな姉貴の顔。
「最近ちょっと、いいえ随分おかしいわよ……何かあったの?」
「なにもないよ」
繕う暇も余裕もなく震える語尾。これじゃあ何かありましたって言ってるものだ。
「蓮」
「……」
問いただされるだろうか。昔から白黒はっきり付けたがる姉貴だ。強く言われて詰られるかも。
でもまさか男を好きになり軽くストーカー行為に手を染め、更にとんでもない事を言い出してホテルに連れ込まれ(これは僕が悪い)たなんて。
俯く僕の耳に、大きなため息が聞こえた。
「……コーヒー、入れ直すね」
そう言って目の前のカップが持っていかれる。
「姉ちゃん……」
その後ろ姿にそっと呟いた。
『ごめん』って―――。
寝室を後にして、すっかり冷えた身体を温めるのは雑に入れたインスタントコーヒー。
「苦ぃ……」
一口すすって呟く。
やっぱりブラックコーヒーって口に合わない。味覚がきっとガキだからって認めたくなくて頑張って飲みきるけど、顔を顰めた僕を姉貴が『牛乳入れたら?』ってパックを差し出してくる。
「要らない。飲めるから」
「それにしては嫌な顔して飲むじゃないのよ」
「別に……」
ちょっと苦いだけだし。
黙り込んだ僕に、姉貴は何かを探るような目をして覗き込んでくる。
「ふーん。大人ぶりたい年頃なのかしらねぇ」
その言葉を無視して、テレビのリモコンを乱暴に掴んだ。
忙しなく回して、ニュース番組ばかりだなと結局最初のチャンネルに戻る。
……だって、遼太郎はコーヒーに何も入れないもんな。
これは大人ぶりたいんだろうか。年上の友達に対する憧れ?
答えなんか出ないし出したくない。
「蓮、父さんと母さん明日帰ってくるって」
そうだ二人とも昨日から旅行中。
両親仲良しで、僕が高校に入った頃からこうやって二人で出かける事が増えた。
「へぇ……お土産買ってくるかな」
読まない新聞を向こう側に押しやろうとして、ふと気が変わってまた引き寄せる。
「そりゃそうでしょ。また妙な物買ってくるわよ」
「だろうね」
変な民芸品とか、今どきこんなのあるのっていうペナントとか。
それでも嬉しそうに渡してくると、こっちもありがとうって受け取るしかないよね。
それでも仲睦まじい両親と、気がキツくて時に突拍子もない事を言い出す姉貴と……まぁこの黒田家は幸せな家庭なんだろう。
「あら、新聞読むの?」
「たまには、ね」
これは何となく。それに最初に目を通すのはテレビ欄だ。
「なんだか急に大人っぽくなったわね」
「高校生に言うことじゃないだろ……」
身体はいつまで経っても痩せっぽっち。でも背は伸びたし、気持ち的にはちゃんとした男だ。
……と、思ってたけど。
「あ」
姉貴が小さな声を上げてテレビに釘付けになる。
好きなアイドルだか役者だかが画面に写って嬉しそうだ。
イケメンだかなんだか知らないけど、僕には正直よく分からない。
顔だってスタイルだって、彼の方がよっぽど……。
「あ」
今度の声は僕だ。
芸能ニュースからスポーツの話題に変わったのか、何となく目に付いた選手を見つめる。
逞しい身体が競技に打ち込む様は見ていてなんとも言えない気分になった。
「あれ、あんたこの選手好きなの?」
「!?」
のんびりと横からかけられた言って声に肩を震わせれば、姉貴の方も驚いた顔をしてすぐに『ビビりすぎ』と笑った。
でも言えなかった。
僕が今、胸をときめかせたのは芸能ニュースで映った同じ年頃のアイドルでも妖艶とも言える美しい女優でもない。
……筋骨隆々な男の身体だ。
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僕があの日痴漢にあった時、助けてくれた人に恋をした。
……なんて至極簡単に言ったけど、そりゃもう葛藤も悩みも散々したもんだ。
僕は男だし、だいたい相手がどこの誰かだって知らない。血迷って休日の昼間にあの辺りをうろついたりもしたけど、結局もう会えない。
何度も忘れようと思ったさ。所詮吊り橋効果みたいなもので、女装した僕を助けてくれた男に一瞬だけ錯覚しただけだって。
でもやっぱり思い出すのは、痴漢に好き勝手触られたことへの怒りや屈辱より、あの大きな手とか綺麗な顔だとか。
もっとこの体温感じていたいって感情だった。
……ずっと普通の男だって思ってたのに。
好きな女の子が出来て、告白するかされるかして付き合って。小さな手をドキドキしながら握ったり。そしていずれは柔らかい身体を抱きしめる、って。
でもこの恋を抱えている限り、そんな未来は来そうにないんだ。
親にも友達にも……勿論姉貴にも相談出来なかった。
ただ、なかなか死んでくれないこの悲しい恋心の首を締めるように生きていかないといかないのか、と絶望した時……。
―――それは偶然。
いつもと違う駅。その日は学校をサボった。
平日の昼間っていう僕にとっては非日常感の強い時間に、降りたことのない駅で降りる。
もう少し時間を潰してから家に帰ろうと思っていたから。
そしたら、見てしまった。
会いたくて堪らなかった姿。遠目だったけど間違いない。思わず走りよろうとした僕は、寸でのところで足を止めた。
……待ち合わせだったらしい。向こうからやってきた若い男の顔はもう覚えていない。
慣れたように連れ立って歩く二人。その雰囲気に何やらひっかかりを感じて、僕はそっと後を尾けた。
そのあとの事のショックは、忘れたくても忘れられないだろう。
二人が入って行ったのはホテル。しかもその……ラブの付くホテルで。
高校生で、しかも制服着てる僕が立ち入る訳にはいかない場所なのはさすがに分かる。
でもあの二人が、いや性格には彼の事が気になるし……そんな事で挙動不審な僕に声をかけたのが。
『君、なにしてんの? 高校生でしょ、学校は?』
彼とそう変わらないくらいの年齢であろう、男だった。
男は矢継ぎ早に質問しながら、逃げ出そうとする僕の腕を痛いほど強く掴んで―――。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□
「……蓮?」
「えっ」
考えに耽っていたら、テーブルに置いたコーヒーはすっかり冷めてしまっていた。
怪訝そうな姉貴の顔。
「最近ちょっと、いいえ随分おかしいわよ……何かあったの?」
「なにもないよ」
繕う暇も余裕もなく震える語尾。これじゃあ何かありましたって言ってるものだ。
「蓮」
「……」
問いただされるだろうか。昔から白黒はっきり付けたがる姉貴だ。強く言われて詰られるかも。
でもまさか男を好きになり軽くストーカー行為に手を染め、更にとんでもない事を言い出してホテルに連れ込まれ(これは僕が悪い)たなんて。
俯く僕の耳に、大きなため息が聞こえた。
「……コーヒー、入れ直すね」
そう言って目の前のカップが持っていかれる。
「姉ちゃん……」
その後ろ姿にそっと呟いた。
『ごめん』って―――。
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