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3.少年の表情はくるくる変わる
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俺はガキが苦手だ。嫌いでは無い。
「……」
その中でも特に苦手なガキが待ち合わせ場所にやってきたその姿は、1ヶ月前とそうそう変わらない。まぁ変わる訳がないが。
―――『会いたい』のメッセージの後は苦労した。
断っても断っても引き下がらねぇ。
埒が明かなくなって電話したのも間違いだった。
『会ってくれなきゃこっちから会いに行くからな!』
何故かすごく偉そうに宣言された俺の心情を察してくれ。
押し問答を続ける気もなくなる。
『もうお前みたいなお嬢ちゃん、買ってやらんぞ』
そう言えば怒るか不貞腐れるかで諦めると思ったのだが。
『お金も何も要らないから。友達でしょ!?』
『いつお前と俺が友達になったんだ』
『……』
『なんだ』
『ぐすっ……ぅ……っ』
『待て待て待てッ、泣くんじゃねぇ!』
俺はガキに泣かれるのが一番困るんだ。
ガラにもなく大慌てで宥めたら最後。
『じゃ、明後日12時に駅前広場でね。遼太郎』
そう言って一方的に電話が切れた。
つまり、俺は高校生のガキにまんまと言いくるめられたって訳だ。
しかもさり気なく呼び捨てしやがった。
「遼太郎」
「ン……?」
顔合わせて突然ジロジロ見てたのを咎められるのかと一瞬身構えるが。
「僕、なんか変かな?」
眉を下げて俺の手を取り、更にはあざとく小首まで傾げるものだから……俺の方が面食らってしまう。
「い、いや。そんな事はない、が」
辛うじて表情を変えず視線を逸らしたのは、本当に変だった訳じゃない。
むしろその……こんな可愛かっただろうか。
前回は俺の機嫌も最悪で蓮の事も碌に見ていなかったせいか、そこまで思わなかった。
しかし改めて見るとそこらの女より可憐だ、というのは俺がゲイだからそう思うのかも知れない。
見上げた瞳も、髪と同じで少しばかり色素が薄いらしく。吸い込まれそうだ、と内心独りごちた。
極めつけに手を握られ上目遣いでジッ見つめられると、こちらがなんとも居心地悪い気分になる。
―――数秒の沈黙。それを破ったのは、蓮の不貞腐れた声だった。
「……そんな嫌な顔しなくたって良いじゃん」
「ん?」
別に嫌な顔をしたつもりはないが。昔から無表情だの怒ってるのなんのって、誤解されるのは慣れている。
というか、先程までの殊勝な態度は何処へ行ったのか。
声どおり、膨れっ面の生意気なクソガキが俺の手をパッと離して舌を突き出した。
「デリカシー無いの、おじさん!」
「お前」
演技だったと言うわけか。なるほどな、自分の秀でた部分をよく知った上でのぶりっ子(この表現、今の若者分かるだろうか)だと。
「大人を揶揄うんじゃねぇぜ。また痛い目見たいのかよ」
「うっ」
少し怯んだということは、あの日の事はこいつにとって多少の痛手になったらしいとの事だ。
まぁ痛い目……というより気持ちいい目、だが。
「つまんねぇ事言ってんな。おい、行くところはあるのか?」
「えっ、えぇっと」
彼が言い淀んだ瞬間。
くぅ、と小さく腹の虫が彼の腹から鳴った。
思わず互いに顔を見合わせる。
「……」
「ふふっ」
吹き出したのは蓮だ。
「あーもう、お腹すいちゃった! 行こ。遼太郎、奢ってよね」
「お前なぁ」
くるくると目まぐるしく変わる機嫌と表情は、まるで年頃の少女のようだと俺は思った。
俺だって今じゃすっかりゲイを自認しているが、こいつ位の時はそれなりに足掻いて女と付き合ってみたりしたもんだからな。
それでも男と女ってのは決定的に違う。
「ほら、行くよ! おじさんっ」
「うるせぇ、ガキ」
散歩をねだる犬みたいにグイグイと俺の腕を掴んで引っ張るこの、喋らねぇと可愛い男を俺は奇妙な気分で見つめていた。
……まぁ、友達だしな。
決して疚しい感情じゃねぇ、と自分に言い訳しながら俺は蓮と連れ立って歩き出した。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■
「お前……よく食うな」
「ん、そう?」
フライドポテトを頬張りながら、蓮は首を傾げる。
某ファストフード店にて。
彼が『ここがいい』と頑として譲らなかったが、俺位の年頃になると正直キツい。
でもまぁたまには良いだろう。
「それ、三つ目だろうが」
「だって僕ポテト好きだもん」
最初は普通にセット頼んでいたのに、気がつけば追加で買いに行かされていた。
俺はパシリかよ、と文句が出なかっただけでも感謝して欲しいくらいだ。
「ジャガイモだけじゃなくて、芋系全般好きなんだよねぇ。ポテトサラダも好きだし焼き芋も……ヤバい、お腹すいてきちゃった」
「今食ってる最中だろうが……」
なんなんだこの子は。見た目に反して食いしん坊キャラか。
「お前、いつもこんなに食ってんのか」
「ん? いつもより少ないけど」
「……」
食ったものは何処へ行くのか。こんなに華奢なのに大食いとは。
「フードファイター目指してたりするのか」
「目指してない。よく言われるけど」
「だろうな」
そう言いつつ、もぐもぐと頬張る姿はまるで小動物だ。頬袋膨らませて、まぁ可愛いと思えなくもない。
「ゆっくり食え。ほら、口元についてんぞ」
「え? うん……あっ、遼太郎にもおすそ分け! はい、あーん」
「!?」
彼はフライドポテトの一本を摘んでこちらに差し出す。
目の前に突き出されたその一本に俺は年甲斐も無く動揺した。
……『あーん』って、俺に食えと!? いや、別に食うのは良いけど。っていうかお裾分けって! 俺が買いに行ったんだぞ。
なんていうツッコミが頭の中を巡る。
「遼太郎、早く」
「ン゙……おぅ」
まぁ友達だもんな。それくらいするか。こいつらガキの世代は……って俺はした覚えねぇが。
戸惑いつつも口を開けて、差し出されたソレにかぶりついて全て口におさめる。
摘んでいた彼の指にも唇が触れた気がしたが、特に反応はなかったので安心した。
また変態だのなんだの騒がれちゃたまらんからな。
「美味しい?」
「うむ」
まぁ久しぶりではあるが、安定の味だな。
最近めっきり食べなくなっていたが、別に嫌いなわけじゃねぇ。普通に美味い。
「はい、あーん」
「!?」
さらに差し出してくる。
また口を開けろということだろうか。
「いや、もう」
「もう一本。あーん、は?」
「やれやれ……」
大人しく口を開ければ、今度は放り込まれた。
そして咀嚼してすぐ、再び差し出されるループ。
「あーん」
「もういい」
「はい、あーん」
「……」
「あーん、は?」
これでかなり食わされた。
軽い胸焼けと、フライドポテトというのはホットコーヒーにあんまり合わねぇと思う。
「美味しかったぁ。姉ちゃんと来る時は、いつもお腹いっぱい食べられないから」
「予算的な問題だな」
「そ。僕ってよく食べるのかなぁ?」
あんだけ食ってもそれか。本当に自覚ない大食いらしい。
まぁある意味ギャップ、と言えなくもないが。
とりあえず腹を満たしたのか、先程よりは機嫌の良くなったらしい彼がおもむろに立ち上がる。
「んじゃ、ちょっと買い物付き合ってよ!」
「はァ?」
「ほら早く!」
またも腕やら服を引っ張る。
この様がまるで幼児と変わらん。慌ててゴミを捨てたり片付ける俺は保護者か兄貴にでも見えるんじゃねぇかと思う。
「お前なぁ!」
「ねぇまだ? 行くよ!」
俺はクソ生意気なガキに腕を引かれるような形で、店をあとにした。
周囲の視線だとか、今の俺たちは何者に見えるのかとか……考えたくもねぇ。
―――店を出てどんどん歩き出す蓮に、俺は行き先を聞いた。
すると、ふと足を止めて。
「プレゼント、買いたいんだけど。何買ったら良いか分かんないんだよね」
と俯いた。
「プレゼント? 家族か」
そう聞くと彼は首を横にふる。
「友達とか」
「ううん」
そこでようやく顔を上げて、彼の色素の薄い双眸がこちらをまっすぐ見据えた。
人通りの多い繁華街のはずなのに、それらの喧騒が一瞬ただけ遠くなる。
そして次に蓮の発した言葉が強く耳にこびり付いた。
「好きな人、かな」
「そうか」
……好きな人、か。
何故か胸の奥が妙な感じがして、気取られぬよう短く息を吐き出す。
俺は何か期待していたのか。いや、そんな筈はない。むしろ迷惑だっただろう。こんなガキ以上にガキっぽい、訳わかんねぇ奴に絡まれて。
「そいつ、どんな奴だ」
駄目だ、聞く必要ない。
そう俺の心が叫ぶ。
単なる好奇心なのか、話題作りなのか。いや、もっと何か別のモノか。
「すごく……意地悪な人」
再び歩き出した蓮は小さなため息と共に言った。
「社会人でね。大人で、顔もスタイルもすごく良いのに。どこか残念っていうか……あと、何故か僕には怖い顔するんだ。あとすごく鈍いし、頭良さそうなのにバカだし。すごく変態だし、鈍いし」
「おいおい、それ本当に好きなのかよ」
特に後半、すごくディスってるじゃねぇか。
でも彼は眉を下げて微笑む。
「うん。大好き! 初めて会った時から、ね……きっと彼は覚えてないと思うけど」
「ちょっと待て。彼って……男か」
するとなんて事ない感じで、蓮はすんなり頷いた。
「そうだけど」
「そ、そうか」
尚更複雑だな。しかし、するとなにか。こいつ、好きな人がいるのに……。
「お前、その状況でよく俺に『自分を買え』なんて言えたな」
少なくても片思いの相手がいる奴の台詞じゃねぇ気がするぞ。
彼は少し膨れて見せた。
「だって。……遼太郎に似てたんだもん」
「似てた? そいつが、か」
「うん。雰囲気、とか……で、脈ナシっぽいからつい」
好きな奴にフラれた訳でもねぇのに、脈ナシっぽいから似てる男に身売りか。
「お前、めちゃくちゃだぜ」
「それは遼太郎が鈍いから理解出来ないんでしょ!」
「あのなぁ……」
若い子ってそうなのか?
いや違うな、こいつがイカレてるだけだ。
ふぅっ、と吐いた吐息が少し白くて。彼の白い肌の、鼻の頭が少し赤くなっている。
「だから最初で最後プレゼントして、んでもし勇気があったら告白して……当たって砕けてみようかな、って」
……一瞬、こいつの顔が泣いているように見えた。でも多分見間違いだ。よく見たら笑ってたから。
でも、それはまるで困ったような笑顔だった。
「ふん、まぁいい。そいつ、社会人なんだろ? 選ぶの手伝ってやるよ」
妙に苦々しいきぶんだが仕方ない。
別に俺は子供が苦手なだけで、嫌いじゃないんだ。
それくらいの事、手助けしてやっても良いだろう。
「ほんと!?」
「あぁ」
ぱぁぁっと表情明るくしてこちらを見上げてくる可愛い顔に、俺は一抹の罪悪感を覚えて内心首を傾げた―――。
「……」
その中でも特に苦手なガキが待ち合わせ場所にやってきたその姿は、1ヶ月前とそうそう変わらない。まぁ変わる訳がないが。
―――『会いたい』のメッセージの後は苦労した。
断っても断っても引き下がらねぇ。
埒が明かなくなって電話したのも間違いだった。
『会ってくれなきゃこっちから会いに行くからな!』
何故かすごく偉そうに宣言された俺の心情を察してくれ。
押し問答を続ける気もなくなる。
『もうお前みたいなお嬢ちゃん、買ってやらんぞ』
そう言えば怒るか不貞腐れるかで諦めると思ったのだが。
『お金も何も要らないから。友達でしょ!?』
『いつお前と俺が友達になったんだ』
『……』
『なんだ』
『ぐすっ……ぅ……っ』
『待て待て待てッ、泣くんじゃねぇ!』
俺はガキに泣かれるのが一番困るんだ。
ガラにもなく大慌てで宥めたら最後。
『じゃ、明後日12時に駅前広場でね。遼太郎』
そう言って一方的に電話が切れた。
つまり、俺は高校生のガキにまんまと言いくるめられたって訳だ。
しかもさり気なく呼び捨てしやがった。
「遼太郎」
「ン……?」
顔合わせて突然ジロジロ見てたのを咎められるのかと一瞬身構えるが。
「僕、なんか変かな?」
眉を下げて俺の手を取り、更にはあざとく小首まで傾げるものだから……俺の方が面食らってしまう。
「い、いや。そんな事はない、が」
辛うじて表情を変えず視線を逸らしたのは、本当に変だった訳じゃない。
むしろその……こんな可愛かっただろうか。
前回は俺の機嫌も最悪で蓮の事も碌に見ていなかったせいか、そこまで思わなかった。
しかし改めて見るとそこらの女より可憐だ、というのは俺がゲイだからそう思うのかも知れない。
見上げた瞳も、髪と同じで少しばかり色素が薄いらしく。吸い込まれそうだ、と内心独りごちた。
極めつけに手を握られ上目遣いでジッ見つめられると、こちらがなんとも居心地悪い気分になる。
―――数秒の沈黙。それを破ったのは、蓮の不貞腐れた声だった。
「……そんな嫌な顔しなくたって良いじゃん」
「ん?」
別に嫌な顔をしたつもりはないが。昔から無表情だの怒ってるのなんのって、誤解されるのは慣れている。
というか、先程までの殊勝な態度は何処へ行ったのか。
声どおり、膨れっ面の生意気なクソガキが俺の手をパッと離して舌を突き出した。
「デリカシー無いの、おじさん!」
「お前」
演技だったと言うわけか。なるほどな、自分の秀でた部分をよく知った上でのぶりっ子(この表現、今の若者分かるだろうか)だと。
「大人を揶揄うんじゃねぇぜ。また痛い目見たいのかよ」
「うっ」
少し怯んだということは、あの日の事はこいつにとって多少の痛手になったらしいとの事だ。
まぁ痛い目……というより気持ちいい目、だが。
「つまんねぇ事言ってんな。おい、行くところはあるのか?」
「えっ、えぇっと」
彼が言い淀んだ瞬間。
くぅ、と小さく腹の虫が彼の腹から鳴った。
思わず互いに顔を見合わせる。
「……」
「ふふっ」
吹き出したのは蓮だ。
「あーもう、お腹すいちゃった! 行こ。遼太郎、奢ってよね」
「お前なぁ」
くるくると目まぐるしく変わる機嫌と表情は、まるで年頃の少女のようだと俺は思った。
俺だって今じゃすっかりゲイを自認しているが、こいつ位の時はそれなりに足掻いて女と付き合ってみたりしたもんだからな。
それでも男と女ってのは決定的に違う。
「ほら、行くよ! おじさんっ」
「うるせぇ、ガキ」
散歩をねだる犬みたいにグイグイと俺の腕を掴んで引っ張るこの、喋らねぇと可愛い男を俺は奇妙な気分で見つめていた。
……まぁ、友達だしな。
決して疚しい感情じゃねぇ、と自分に言い訳しながら俺は蓮と連れ立って歩き出した。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■
「お前……よく食うな」
「ん、そう?」
フライドポテトを頬張りながら、蓮は首を傾げる。
某ファストフード店にて。
彼が『ここがいい』と頑として譲らなかったが、俺位の年頃になると正直キツい。
でもまぁたまには良いだろう。
「それ、三つ目だろうが」
「だって僕ポテト好きだもん」
最初は普通にセット頼んでいたのに、気がつけば追加で買いに行かされていた。
俺はパシリかよ、と文句が出なかっただけでも感謝して欲しいくらいだ。
「ジャガイモだけじゃなくて、芋系全般好きなんだよねぇ。ポテトサラダも好きだし焼き芋も……ヤバい、お腹すいてきちゃった」
「今食ってる最中だろうが……」
なんなんだこの子は。見た目に反して食いしん坊キャラか。
「お前、いつもこんなに食ってんのか」
「ん? いつもより少ないけど」
「……」
食ったものは何処へ行くのか。こんなに華奢なのに大食いとは。
「フードファイター目指してたりするのか」
「目指してない。よく言われるけど」
「だろうな」
そう言いつつ、もぐもぐと頬張る姿はまるで小動物だ。頬袋膨らませて、まぁ可愛いと思えなくもない。
「ゆっくり食え。ほら、口元についてんぞ」
「え? うん……あっ、遼太郎にもおすそ分け! はい、あーん」
「!?」
彼はフライドポテトの一本を摘んでこちらに差し出す。
目の前に突き出されたその一本に俺は年甲斐も無く動揺した。
……『あーん』って、俺に食えと!? いや、別に食うのは良いけど。っていうかお裾分けって! 俺が買いに行ったんだぞ。
なんていうツッコミが頭の中を巡る。
「遼太郎、早く」
「ン゙……おぅ」
まぁ友達だもんな。それくらいするか。こいつらガキの世代は……って俺はした覚えねぇが。
戸惑いつつも口を開けて、差し出されたソレにかぶりついて全て口におさめる。
摘んでいた彼の指にも唇が触れた気がしたが、特に反応はなかったので安心した。
また変態だのなんだの騒がれちゃたまらんからな。
「美味しい?」
「うむ」
まぁ久しぶりではあるが、安定の味だな。
最近めっきり食べなくなっていたが、別に嫌いなわけじゃねぇ。普通に美味い。
「はい、あーん」
「!?」
さらに差し出してくる。
また口を開けろということだろうか。
「いや、もう」
「もう一本。あーん、は?」
「やれやれ……」
大人しく口を開ければ、今度は放り込まれた。
そして咀嚼してすぐ、再び差し出されるループ。
「あーん」
「もういい」
「はい、あーん」
「……」
「あーん、は?」
これでかなり食わされた。
軽い胸焼けと、フライドポテトというのはホットコーヒーにあんまり合わねぇと思う。
「美味しかったぁ。姉ちゃんと来る時は、いつもお腹いっぱい食べられないから」
「予算的な問題だな」
「そ。僕ってよく食べるのかなぁ?」
あんだけ食ってもそれか。本当に自覚ない大食いらしい。
まぁある意味ギャップ、と言えなくもないが。
とりあえず腹を満たしたのか、先程よりは機嫌の良くなったらしい彼がおもむろに立ち上がる。
「んじゃ、ちょっと買い物付き合ってよ!」
「はァ?」
「ほら早く!」
またも腕やら服を引っ張る。
この様がまるで幼児と変わらん。慌ててゴミを捨てたり片付ける俺は保護者か兄貴にでも見えるんじゃねぇかと思う。
「お前なぁ!」
「ねぇまだ? 行くよ!」
俺はクソ生意気なガキに腕を引かれるような形で、店をあとにした。
周囲の視線だとか、今の俺たちは何者に見えるのかとか……考えたくもねぇ。
―――店を出てどんどん歩き出す蓮に、俺は行き先を聞いた。
すると、ふと足を止めて。
「プレゼント、買いたいんだけど。何買ったら良いか分かんないんだよね」
と俯いた。
「プレゼント? 家族か」
そう聞くと彼は首を横にふる。
「友達とか」
「ううん」
そこでようやく顔を上げて、彼の色素の薄い双眸がこちらをまっすぐ見据えた。
人通りの多い繁華街のはずなのに、それらの喧騒が一瞬ただけ遠くなる。
そして次に蓮の発した言葉が強く耳にこびり付いた。
「好きな人、かな」
「そうか」
……好きな人、か。
何故か胸の奥が妙な感じがして、気取られぬよう短く息を吐き出す。
俺は何か期待していたのか。いや、そんな筈はない。むしろ迷惑だっただろう。こんなガキ以上にガキっぽい、訳わかんねぇ奴に絡まれて。
「そいつ、どんな奴だ」
駄目だ、聞く必要ない。
そう俺の心が叫ぶ。
単なる好奇心なのか、話題作りなのか。いや、もっと何か別のモノか。
「すごく……意地悪な人」
再び歩き出した蓮は小さなため息と共に言った。
「社会人でね。大人で、顔もスタイルもすごく良いのに。どこか残念っていうか……あと、何故か僕には怖い顔するんだ。あとすごく鈍いし、頭良さそうなのにバカだし。すごく変態だし、鈍いし」
「おいおい、それ本当に好きなのかよ」
特に後半、すごくディスってるじゃねぇか。
でも彼は眉を下げて微笑む。
「うん。大好き! 初めて会った時から、ね……きっと彼は覚えてないと思うけど」
「ちょっと待て。彼って……男か」
するとなんて事ない感じで、蓮はすんなり頷いた。
「そうだけど」
「そ、そうか」
尚更複雑だな。しかし、するとなにか。こいつ、好きな人がいるのに……。
「お前、その状況でよく俺に『自分を買え』なんて言えたな」
少なくても片思いの相手がいる奴の台詞じゃねぇ気がするぞ。
彼は少し膨れて見せた。
「だって。……遼太郎に似てたんだもん」
「似てた? そいつが、か」
「うん。雰囲気、とか……で、脈ナシっぽいからつい」
好きな奴にフラれた訳でもねぇのに、脈ナシっぽいから似てる男に身売りか。
「お前、めちゃくちゃだぜ」
「それは遼太郎が鈍いから理解出来ないんでしょ!」
「あのなぁ……」
若い子ってそうなのか?
いや違うな、こいつがイカレてるだけだ。
ふぅっ、と吐いた吐息が少し白くて。彼の白い肌の、鼻の頭が少し赤くなっている。
「だから最初で最後プレゼントして、んでもし勇気があったら告白して……当たって砕けてみようかな、って」
……一瞬、こいつの顔が泣いているように見えた。でも多分見間違いだ。よく見たら笑ってたから。
でも、それはまるで困ったような笑顔だった。
「ふん、まぁいい。そいつ、社会人なんだろ? 選ぶの手伝ってやるよ」
妙に苦々しいきぶんだが仕方ない。
別に俺は子供が苦手なだけで、嫌いじゃないんだ。
それくらいの事、手助けしてやっても良いだろう。
「ほんと!?」
「あぁ」
ぱぁぁっと表情明るくしてこちらを見上げてくる可愛い顔に、俺は一抹の罪悪感を覚えて内心首を傾げた―――。
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