2 / 19
βの親友をもつΩ
しおりを挟む
春眠暁を覚えず、という言葉がある。しかし陸斗は春に限ったことじゃないと思う。
「ふぁぁ」
「大きなアクビして。夜更かしでもした?」
「……幸介」
教室の席の隣。
穏やかに微笑むのは、親友の茶九 幸介だ。
穏やかを絵に書いたような少年で、丸メガネをかけた顔をいつもほころばせている。
「あんまり寝れてないだけ」
「心配事? よくないね、それ」
「あー……」
国の政策対象に選ばれた時からだった。
先の不安は常になかったと言ったらウソになる。両親や周りの言葉にも傷付いてきた。
『Ωは早く良いαを見つけて番になりなさない』
この番制度であるが、実際には婚姻とは異なる。
決定的にちがうのが一夫一妻ではないことだ。言ってみれば、優秀なαであれば何人でもΩを番として手元に置いておくことは可能。もちろん申請は必要だが、中には無申請の者も多い。
そしてΩは性質上、一人のαしか受け入れる事が出来ないのだ。
なんとアンフェアな状況であろう。
番の解除も出来るには出来るが、一度誰かの番になったΩは発情期が重くなる傾向がある。
フリーでいれば、より強い発情に苦しむΩ達は次のαを探すハメになるのだ。
それを『α狂いのあさましいΩ』だ、なんて侮蔑の声をかける者もいる。
(それならいっそ、死ぬまでひとりでいてやる)
男も女も、αともβとも性的な関係をつながない人生を決意していた。
それは彼にとって意地であり、唯一の抗う術なのである。
「ああ、あのαか。陸斗も大変だね」
「そうなんだよなぁ」
幸介と一緒にいるとホッとする自分がいた。
なぜなら彼がβであるということと、αを必要以上に持ち上げない。あと陸斗に、αと番うことを強制しないから。
むしろ生涯ひとりを貫かんとする彼を尊重し、応援すらしてくれる。
「抑制剤、ちゃんと飲んだ? そろそろだよね」
「……ああ」
憂鬱な時期が始まる。
3ヶ月に一度、というがまだ年齢的にも未成熟で不安定だ。
三ヶ月が二ヶ月になったり、逆に半年以上こなかったりと。そして予想外の時期に来てしまえば確実にトラブルになる。
一般的に処方される抑制剤は、効くまでに時間がかかるのだ。
慌てて飲んでも、次の瞬間には集団レイプされて地獄の苦しみと屈辱を味わう事例も多数ある。
陸斗は一年前に初めての発情期がきてから、まだそんなことはないけれど。それも細心の注意を払ってきたからと、今までが幸運なだけかもしれない。
「職員室に書類提出しに行かなきゃな」
「なんか顔色悪いよ? ボクが代わりに出しに行ってあげようか」
保健室に行きなよ、とやんわり勧めてくれる親友の優しさ心にしみる。
やはり持つべきものはβの友人だ、と思った。
(他のΩでも合わないやつは合わないからな)
同族嫌悪もあるのだろう。あとは同じ性だからこその、価値観の違いが許せない場合。
単純にΩ自体が少ないというのもある。
「大丈夫だ。ありがと、幸介」
とはいえ確かに体調はあまり良くない。早退してしまおうと、カバンを片手に立ち上がった。
「本当に大丈夫? やっぱり少し心配だよ」
「いや、いい」
ここで甘えてしまいたくない。陸斗は無理に笑いながら、手を振る。
しかし親友の表情のくもりは晴れない。
「じゃあ、職員室までついていくよ。ボクも、先生に用事があるんだ」
「うん。ありがと」
どうあってもこの優しい彼は、友人を放っておけないらしい。
陸斗は素直にうなずくと幸介と教室を出る。
「陸斗は、さ」
人通りの多い廊下を歩きながら、遠慮がちに彼が口を開いた。
「なんだよ」
「あのα……大嶌って奴のこと、どう思ってるのかな」
「え?」
ビックリして見れば、困ったような表情の彼と目が合う。
「いや、番になっちゃうのかなって」
「まさか! 幸介も知ってるだろ!? 僕のこと――」
「もちろん、知ってるよ。お兄さんのことも。でも、正直少し心配だよ」
「もしかして、君……」
(幸介も僕にみんなと同じことを言うのか?)
耳をふさいでしまいたかった。
彼だけは、自分の味方でいて欲しかったのに。
しかし静かに首を横に振った彼。
「ちがうよ。ボクは君に、君らしくいて欲しいだけさ」
そして肩をすくめた。
「ここは法治国家だけど。いや、だからこそ。ちゃんと人権は認められるべきなんだ」
「……」
「君が生きたいように生きる、それこそがボクの望みさ」
「幸介……」
「だからね。きっちり拒絶してもいいと思う」
(やっぱり)
目頭が知らず知らずのうちに熱くなる。
やはり彼は自分の親友だ。信用に値する、優し少年だと嬉しくなったのだ。
「り、陸斗!?」
急にポロポロと涙をこぼし始めた彼に、幸介は慌てたように声をあげた。
「ボク、なんか悪いことを言って――」
「ちがう。ちがうんだ……」
溢れる涙を手の甲で拭いながら、必死で言葉をつむごうとする。
突然、歓喜の涙が止まらなくなるなんて。これはやはり、発情期が近いからだ。ホルモンバランスが崩れがちになり、情緒不安定になりがちなのはよくあることだった。
それを抑えるためにも、抑制剤は飲まなければならない。
「ありがとう、幸介」
「どういたしまして」
誰一人として分かってくれなかった自分を、こうして理解し受け入れようとしてくれる者がいる。
「ほら、泣かないの。やっぱり保健室行く?」
「……ううん、大丈夫」
背中を優しくさすってくれる手が、とてもあたたかい。制服越しでもわかるその熱に、陸斗は安堵の息をつく。
「そっか。じゃあ行こ」
「うん」
周りでは怪訝そうに、中にはヒソヒソと何かを囁きあう声があったが。彼にはそんなモノなど聞こえていない。
ただ、つかの間の満たされた感情。同時に、ずくりと疼き始めた身体の芯には知らないフリをした――。
「ふぁぁ」
「大きなアクビして。夜更かしでもした?」
「……幸介」
教室の席の隣。
穏やかに微笑むのは、親友の茶九 幸介だ。
穏やかを絵に書いたような少年で、丸メガネをかけた顔をいつもほころばせている。
「あんまり寝れてないだけ」
「心配事? よくないね、それ」
「あー……」
国の政策対象に選ばれた時からだった。
先の不安は常になかったと言ったらウソになる。両親や周りの言葉にも傷付いてきた。
『Ωは早く良いαを見つけて番になりなさない』
この番制度であるが、実際には婚姻とは異なる。
決定的にちがうのが一夫一妻ではないことだ。言ってみれば、優秀なαであれば何人でもΩを番として手元に置いておくことは可能。もちろん申請は必要だが、中には無申請の者も多い。
そしてΩは性質上、一人のαしか受け入れる事が出来ないのだ。
なんとアンフェアな状況であろう。
番の解除も出来るには出来るが、一度誰かの番になったΩは発情期が重くなる傾向がある。
フリーでいれば、より強い発情に苦しむΩ達は次のαを探すハメになるのだ。
それを『α狂いのあさましいΩ』だ、なんて侮蔑の声をかける者もいる。
(それならいっそ、死ぬまでひとりでいてやる)
男も女も、αともβとも性的な関係をつながない人生を決意していた。
それは彼にとって意地であり、唯一の抗う術なのである。
「ああ、あのαか。陸斗も大変だね」
「そうなんだよなぁ」
幸介と一緒にいるとホッとする自分がいた。
なぜなら彼がβであるということと、αを必要以上に持ち上げない。あと陸斗に、αと番うことを強制しないから。
むしろ生涯ひとりを貫かんとする彼を尊重し、応援すらしてくれる。
「抑制剤、ちゃんと飲んだ? そろそろだよね」
「……ああ」
憂鬱な時期が始まる。
3ヶ月に一度、というがまだ年齢的にも未成熟で不安定だ。
三ヶ月が二ヶ月になったり、逆に半年以上こなかったりと。そして予想外の時期に来てしまえば確実にトラブルになる。
一般的に処方される抑制剤は、効くまでに時間がかかるのだ。
慌てて飲んでも、次の瞬間には集団レイプされて地獄の苦しみと屈辱を味わう事例も多数ある。
陸斗は一年前に初めての発情期がきてから、まだそんなことはないけれど。それも細心の注意を払ってきたからと、今までが幸運なだけかもしれない。
「職員室に書類提出しに行かなきゃな」
「なんか顔色悪いよ? ボクが代わりに出しに行ってあげようか」
保健室に行きなよ、とやんわり勧めてくれる親友の優しさ心にしみる。
やはり持つべきものはβの友人だ、と思った。
(他のΩでも合わないやつは合わないからな)
同族嫌悪もあるのだろう。あとは同じ性だからこその、価値観の違いが許せない場合。
単純にΩ自体が少ないというのもある。
「大丈夫だ。ありがと、幸介」
とはいえ確かに体調はあまり良くない。早退してしまおうと、カバンを片手に立ち上がった。
「本当に大丈夫? やっぱり少し心配だよ」
「いや、いい」
ここで甘えてしまいたくない。陸斗は無理に笑いながら、手を振る。
しかし親友の表情のくもりは晴れない。
「じゃあ、職員室までついていくよ。ボクも、先生に用事があるんだ」
「うん。ありがと」
どうあってもこの優しい彼は、友人を放っておけないらしい。
陸斗は素直にうなずくと幸介と教室を出る。
「陸斗は、さ」
人通りの多い廊下を歩きながら、遠慮がちに彼が口を開いた。
「なんだよ」
「あのα……大嶌って奴のこと、どう思ってるのかな」
「え?」
ビックリして見れば、困ったような表情の彼と目が合う。
「いや、番になっちゃうのかなって」
「まさか! 幸介も知ってるだろ!? 僕のこと――」
「もちろん、知ってるよ。お兄さんのことも。でも、正直少し心配だよ」
「もしかして、君……」
(幸介も僕にみんなと同じことを言うのか?)
耳をふさいでしまいたかった。
彼だけは、自分の味方でいて欲しかったのに。
しかし静かに首を横に振った彼。
「ちがうよ。ボクは君に、君らしくいて欲しいだけさ」
そして肩をすくめた。
「ここは法治国家だけど。いや、だからこそ。ちゃんと人権は認められるべきなんだ」
「……」
「君が生きたいように生きる、それこそがボクの望みさ」
「幸介……」
「だからね。きっちり拒絶してもいいと思う」
(やっぱり)
目頭が知らず知らずのうちに熱くなる。
やはり彼は自分の親友だ。信用に値する、優し少年だと嬉しくなったのだ。
「り、陸斗!?」
急にポロポロと涙をこぼし始めた彼に、幸介は慌てたように声をあげた。
「ボク、なんか悪いことを言って――」
「ちがう。ちがうんだ……」
溢れる涙を手の甲で拭いながら、必死で言葉をつむごうとする。
突然、歓喜の涙が止まらなくなるなんて。これはやはり、発情期が近いからだ。ホルモンバランスが崩れがちになり、情緒不安定になりがちなのはよくあることだった。
それを抑えるためにも、抑制剤は飲まなければならない。
「ありがとう、幸介」
「どういたしまして」
誰一人として分かってくれなかった自分を、こうして理解し受け入れようとしてくれる者がいる。
「ほら、泣かないの。やっぱり保健室行く?」
「……ううん、大丈夫」
背中を優しくさすってくれる手が、とてもあたたかい。制服越しでもわかるその熱に、陸斗は安堵の息をつく。
「そっか。じゃあ行こ」
「うん」
周りでは怪訝そうに、中にはヒソヒソと何かを囁きあう声があったが。彼にはそんなモノなど聞こえていない。
ただ、つかの間の満たされた感情。同時に、ずくりと疼き始めた身体の芯には知らないフリをした――。
0
お気に入りに追加
64
あなたにおすすめの小説

アルファな俺が最推しを救う話〜どうして俺が受けなんだ?!〜
車不
BL
5歳の誕生日に階段から落ちて頭を打った主人公は、自身がオメガバースの世界を舞台にしたBLゲームに転生したことに気づく。「よりにもよってレオンハルトに転生なんて…悪役じゃねぇか!!待てよ、もしかしたらゲームで死んだ最推しの異母兄を助けられるかもしれない…」これは第二の性により人々の人生や生活が左右される世界に疑問を持った主人公が、最推しの死を阻止するために奮闘する物語である。

エンシェントリリー
斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
短期間で新しい古代魔術をいくつも発表しているオメガがいる。名はリリー。本名ではない。顔も第一性も年齢も本名も全て不明。分かっているのはオメガの保護施設に入っていることと、二年前に突然現れたことだけ。このリリーという名さえも今代のリリーが施設を出れば他のオメガに与えられる。そのため、リリーの中でも特に古代魔法を解き明かす天才である今代のリリーを『エンシェントリリー』と特別な名前で呼ぶようになった。

Ωの不幸は蜜の味
grotta
BL
俺はΩだけどαとつがいになることが出来ない。うなじに火傷を負ってフェロモン受容機能が損なわれたから噛まれてもつがいになれないのだ――。
Ωの川西望はこれまで不幸な恋ばかりしてきた。
そんな自分でも良いと言ってくれた相手と結婚することになるも、直前で婚約は破棄される。
何もかも諦めかけた時、望に同居を持ちかけてきたのはマンションのオーナーである北条雪哉だった。
6千文字程度のショートショート。
思いついてダダっと書いたので設定ゆるいです。
噛痕に思う
阿沙🌷
BL
αのイオに執着されているβのキバは最近、思うことがある。じゃれ合っているとイオが噛み付いてくるのだ。痛む傷跡にどことなく関係もギクシャクしてくる。そんななか、彼の悪癖の理由を知って――。
✿オメガバースもの掌編二本作。
(『ride』は2021年3月28日に追加します)

上手に啼いて
紺色橙
BL
■聡は10歳の初めての発情期の際、大輝に噛まれ番となった。それ以来関係を継続しているが、愛ではなく都合と情で続いている現状はそろそろ終わりが見えていた。
■注意*独自オメガバース設定。■『それは愛か本能か』と同じ世界設定です。関係は一切なし。


嘘の日の言葉を信じてはいけない
斯波良久@出来損ないΩの猫獣人発売中
BL
嘘の日--それは一年に一度だけユイさんに会える日。ユイさんは毎年僕を選んでくれるけど、毎回首筋を噛んでもらえずに施設に返される。それでも去り際に彼が「来年も選ぶから」と言ってくれるからその言葉を信じてまた一年待ち続ける。待ったところで選ばれる保証はどこにもない。オメガは相手を選べない。アルファに選んでもらうしかない。今年もモニター越しにユイさんの姿を見つけ、選んで欲しい気持ちでアピールをするけれど……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる