出来損ないのα‬と不機嫌なΩ(仮)

田中 乃那加

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βの親友をもつΩ

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 春眠暁を覚えず、という言葉がある。しかし陸斗は春に限ったことじゃないと思う。

「ふぁぁ」
「大きなアクビして。夜更かしでもした?」
「……幸介」

 教室の席の隣。
 穏やかに微笑むのは、親友の茶九 幸介さく こうすけだ。
 穏やかを絵に書いたような少年で、丸メガネをかけた顔をいつもほころばせている。

「あんまり寝れてないだけ」
「心配事? よくないね、それ」
「あー……」

 国の政策対象に選ばれた時からだった。
 先の不安は常になかったと言ったらウソになる。両親や周りの言葉にも傷付いてきた。

『Ωは早く良い‪α‬を見つけて番になりなさない』

 この番制度であるが、実際には婚姻とは異なる。
 決定的にちがうのが一夫一妻ではないことだ。言ってみれば、優秀な‪α‬であれば何人でもΩを番として手元に置いておくことは可能。もちろん申請は必要だが、中には無申請の者も多い。
 そしてΩは性質上、一人の‪α‬しか受け入れる事が出来ないのだ。
 なんとアンフェアな状況であろう。
 番の解除も出来るには出来るが、一度誰かの番になったΩは発情期が重くなる傾向がある。
 フリーでいれば、より強い発情に苦しむΩ達は次の‪α‬を探すハメになるのだ。
 それを『‪α‬狂いのあさましいΩ』だ、なんて侮蔑の声をかける者もいる。

(それならいっそ、死ぬまでひとりでいてやる)

 男も女も、‪α‬ともβとも性的な関係をつながない人生を決意していた。
 それは彼にとって意地であり、唯一の抗う術なのである。
 
「ああ、あの‪α‬か。陸斗も大変だね」
「そうなんだよなぁ」

 幸介と一緒にいるとホッとする自分がいた。
 なぜなら彼がβであるということと、‪α‬を必要以上に持ち上げない。あと陸斗に、‪α‬と番うことを強制しないから。
 むしろ生涯ひとりを貫かんとする彼を尊重し、応援すらしてくれる。

「抑制剤、ちゃんと飲んだ? そろそろだよね」
「……ああ」

 憂鬱な時期が始まる。
 3ヶ月に一度、というがまだ年齢的にも未成熟で不安定だ。
 三ヶ月が二ヶ月になったり、逆に半年以上こなかったりと。そして予想外の時期に来てしまえば確実にトラブルになる。
 一般的に処方される抑制剤は、効くまでに時間がかかるのだ。
 慌てて飲んでも、次の瞬間には集団レイプされて地獄の苦しみと屈辱を味わう事例も多数ある。
 陸斗は一年前に初めての発情期がきてから、まだそんなことはないけれど。それも細心の注意を払ってきたからと、今までが幸運なだけかもしれない。

「職員室に書類提出しに行かなきゃな」
「なんか顔色悪いよ? ボクが代わりに出しに行ってあげようか」
 
 保健室に行きなよ、とやんわり勧めてくれる親友の優しさ心にしみる。
 やはり持つべきものはβの友人だ、と思った。

(他のΩでも合わないやつは合わないからな)

 同族嫌悪もあるのだろう。あとは同じ性だからこその、価値観の違いが許せない場合。
 単純にΩ自体が少ないというのもある。

「大丈夫だ。ありがと、幸介」

 とはいえ確かに体調はあまり良くない。早退してしまおうと、カバンを片手に立ち上がった。

「本当に大丈夫? やっぱり少し心配だよ」
「いや、いい」

 ここで甘えてしまいたくない。陸斗は無理に笑いながら、手を振る。
 しかし親友の表情のくもりは晴れない。

「じゃあ、職員室までついていくよ。ボクも、先生に用事があるんだ」
「うん。ありがと」

 どうあってもこの優しい彼は、友人を放っておけないらしい。
 陸斗は素直にうなずくと幸介と教室を出る。

「陸斗は、さ」

 人通りの多い廊下を歩きながら、遠慮がちに彼が口を開いた。

「なんだよ」
「あの‪α‬……大嶌って奴のこと、どう思ってるのかな」
「え?」

 ビックリして見れば、困ったような表情の彼と目が合う。

「いや、番になっちゃうのかなって」
「まさか! 幸介も知ってるだろ!? 僕のこと――」
「もちろん、知ってるよ。お兄さんのことも。でも、正直少し心配だよ」
「もしかして、君……」

(幸介も僕にみんなと同じことを言うのか?)

 耳をふさいでしまいたかった。
 彼だけは、自分の味方でいて欲しかったのに。
 しかし静かに首を横に振った彼。

「ちがうよ。ボクは君に、君らしくいて欲しいだけさ」

 そして肩をすくめた。

「ここは法治国家だけど。いや、だからこそ。ちゃんと人権は認められるべきなんだ」
「……」
「君が生きたいように生きる、それこそがボクの望みさ」
「幸介……」
「だからね。きっちり拒絶してもいいと思う」

(やっぱり)

 目頭が知らず知らずのうちに熱くなる。
 やはり彼は自分の親友だ。信用に値する、優し少年だと嬉しくなったのだ。

「り、陸斗!?」

 急にポロポロと涙をこぼし始めた彼に、幸介は慌てたように声をあげた。

「ボク、なんか悪いことを言って――」
「ちがう。ちがうんだ……」

 溢れる涙を手の甲で拭いながら、必死で言葉をつむごうとする。
 突然、歓喜の涙が止まらなくなるなんて。これはやはり、発情期が近いからだ。ホルモンバランスが崩れがちになり、情緒不安定になりがちなのはよくあることだった。
 それを抑えるためにも、抑制剤は飲まなければならない。

「ありがとう、幸介」
「どういたしまして」

 誰一人として分かってくれなかった自分を、こうして理解し受け入れようとしてくれる者がいる。

「ほら、泣かないの。やっぱり保健室行く?」
「……ううん、大丈夫」

 背中を優しくさすってくれる手が、とてもあたたかい。制服越しでもわかるその熱に、陸斗は安堵の息をつく。

「そっか。じゃあ行こ」
「うん」

 周りでは怪訝そうに、中にはヒソヒソと何かを囁きあう声があったが。彼にはそんなモノなど聞こえていない。
 ただ、つかの間の満たされた感情。同時に、ずくりと疼き始めた身体の芯には知らないフリをした――。
 
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