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マッチ売りの母
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ずっとずっと彼女は機嫌が悪かった。
それは屋敷の誰しもが一目見てわかるくらいに。
「おいアンネ、なに不貞腐れてんだ」
「うるさいね。触るんじゃあないよ」
男の馴れ馴れしい手を叩きながら、売春婦は短くなったタバコを地面に落としそのままグリグリと靴底でグリグリと踏みにじる。
「くそっ、だまされた」
貧民街の底辺で生きてきた彼女であるが、一応人並みに我が子を想う気持ちはあった。
ただその思考が非常識であっただけで。
「それにしてもノアのやつ、なかなか上手くやったじゃねぇか」
元客であり、いまや金どころかタバコ代すらせびる情夫の男は下卑た笑みを浮かべる。それすらが腹立たしい。
「なにが上手くだよ! あの金持ちのクズ共っ、とんだペテン師!!」
アンネは白髪まじりの髪をかきむしる。
息子の後援者になりたい、と言ってきた時に鼻でせせら笑ったものだ。
どこの世界に貧民街の娼婦の子供、しかも幼子ですらない。
確かに容姿は悪くない。むしろ母である彼女と、もうどこで野垂れ死にしたか分からない実父に似て美しい部類に入るだろう。
「あの子にはアタシみたいになって欲しくなかった」
にぎった拳が震える。
「ちゃんと字も書けて、本も読めなきゃダメなのよ」
学がなければ今より良い暮らしは到底望めないだろう。男であればなおさら。
だから彼女は決意した。
「だけどあの子を手放す事になるなんて……」
貴族と名乗った男とその秘書の女はアンネに対し、丁寧な感謝と多額の金をわたしたのだ。
これは息子の未来の対価だ、といって。
「でもこんな大金であのガキが厄介払いできて良かったじゃねえか」
男の能天気な言葉に彼女はキッと睨みつける。
「アンタなんかにはわかんないだろうよッ、このろくでなし!!!」
この手でかけがえのない我が子を売ってしまった罪の意識にあえぐ。しかしもう遅い。
「許しておくれ……ノア……」
貧しく愚かで哀しい女。
滴る涙は、その薄汚れた頬を濡らした。
それは屋敷の誰しもが一目見てわかるくらいに。
「おいアンネ、なに不貞腐れてんだ」
「うるさいね。触るんじゃあないよ」
男の馴れ馴れしい手を叩きながら、売春婦は短くなったタバコを地面に落としそのままグリグリと靴底でグリグリと踏みにじる。
「くそっ、だまされた」
貧民街の底辺で生きてきた彼女であるが、一応人並みに我が子を想う気持ちはあった。
ただその思考が非常識であっただけで。
「それにしてもノアのやつ、なかなか上手くやったじゃねぇか」
元客であり、いまや金どころかタバコ代すらせびる情夫の男は下卑た笑みを浮かべる。それすらが腹立たしい。
「なにが上手くだよ! あの金持ちのクズ共っ、とんだペテン師!!」
アンネは白髪まじりの髪をかきむしる。
息子の後援者になりたい、と言ってきた時に鼻でせせら笑ったものだ。
どこの世界に貧民街の娼婦の子供、しかも幼子ですらない。
確かに容姿は悪くない。むしろ母である彼女と、もうどこで野垂れ死にしたか分からない実父に似て美しい部類に入るだろう。
「あの子にはアタシみたいになって欲しくなかった」
にぎった拳が震える。
「ちゃんと字も書けて、本も読めなきゃダメなのよ」
学がなければ今より良い暮らしは到底望めないだろう。男であればなおさら。
だから彼女は決意した。
「だけどあの子を手放す事になるなんて……」
貴族と名乗った男とその秘書の女はアンネに対し、丁寧な感謝と多額の金をわたしたのだ。
これは息子の未来の対価だ、といって。
「でもこんな大金であのガキが厄介払いできて良かったじゃねえか」
男の能天気な言葉に彼女はキッと睨みつける。
「アンタなんかにはわかんないだろうよッ、このろくでなし!!!」
この手でかけがえのない我が子を売ってしまった罪の意識にあえぐ。しかしもう遅い。
「許しておくれ……ノア……」
貧しく愚かで哀しい女。
滴る涙は、その薄汚れた頬を濡らした。
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