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絶体絶命とはまさにこのこと

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「ぁ……ひ、ぃ。や、やめ」

 縛られた手首よりも、脅すように歯を立てられ痕をつけられまくった肌よりも。なにより胸の痛みで悲鳴をあげた。

「やだ、やだ……助けて」

 発情期でないのがむしろ辛い。それでも身体は触られたら反応してしまうから。

「本当に悪い子だ。でも大丈夫、ちゃんとしつけてあげる」

 血の滲んだらしいオレの肩を舐めた男がつぶやく。

「もう離さないからね」

 目の奥が暗い笑顔にゾッとした。

 ――あっという間に囲まれて捕まって。それから広いベッドに叩きつけられるように押し倒された。

 数人がかりで縛られ、服のボタンを乱暴に引きちぎられる。

「知ってるかい?」

 白い歯を見せて笑う彼を呆然と見上げた。

「プレゼントのラッピングをこうやって豪快に破り捨てるのは、喜びを表すリアクションなんだって」
「な、なにを」
「君は僕のプレゼントだ。運命、という神様からの大切な」
「ひっ……」

 ゆっくり頬や脇腹を撫でられてゾクリとした。
 熱っぽい、でもどこかじっとりとした視線に恐怖だけがつのる。

「はじめて君を見た時、驚いた。本当に、本当に。ああ、会いたかった。ずっと探してたんだ。僕の運命の人」

 何度も何度も撫でて。嫌だと身をよじれば噛みつかれ傷口を舐められた。

 もう気が狂いそう。

「やめろ……やめてくれ。やだ……」

 いっそ殺してと懇願したくなるくらい追い詰められる。これからこいつがオレをどうしようっていうのかが分からない。

「やっぱりもう君を離したくない。番になろう。そしてずっと二人で生きていくんだ。あの時みたいに」

 あの時ってなんだよ。っていうか、彼がなにを言ってるのか全然分からない。
 もしかして錯乱してるのか? オレを誰かと勘違いしてる、とか。

「か、奏斗さん」

 掠れる喉を必死に叱咤して、ようやく口を開く。

「乱暴、しないで。オレ、子供が。お腹に、赤ちゃんが――」
「そんなモノいらないだろ」
「!」

 突然、彼が冷たく言い放った。その言葉通りかそれ以上、憎しみさえこもっていそうな目をしている。

「いらない。そんなモノ、処分してしまえ」
「なん、で……?」

 こいつ信じられない。自分の子だろ!? なんでそんな酷いこと言えるんだよ。

 より一層、得体の知れない恐ろしさとは別に激しい怒りと悲しみが込み上げる。

「僕は君だけが欲しい」

 そう言って撫で回される気色悪い手を激しく叩いて、唾でも吐きかけてやれたらどんなにスッキリするだろう。
 
「さあ運命を受け入れて」
「っ、ふざ……けんな!」

 声を振り絞って叫んだ。

「だまって聞いてりゃ、か、勝手なこと言いやがって!! この子はっ、お、オレの子は誰にも手出しさせねぇからな!」

 むき出しになった腹が心もとない。守ってやりたいのに。このクソ野郎から。
 この子はオレが、絶対に守らなきゃダメなのに。

 ――って、堕ろしたいと思ってたんじゃないか。すべてリセットしてなかった事にしたいって。
 悪阻だって辛いし、未来も明るい事なんてひとつも見えない。不安と後悔しかないはずなのに。

 なのになんで……なんでこんなに奪われたくなくて必死なんだ。
 自分の命より大切な宝物に思えて仕方なくて。それで、それで。

「なんで泣いてるの」
「へ?」
「なんで泣いてるって聞いてる」
「!」

 抑揚のない声に冷水浴びせられたかのような気分に。
 そして自分が泣いてることにも気が付いた。

「僕より大事なの? 『それ』は僕より大切なモノなの?」
「な、なにを……」
「どうして? どうして君はいつも僕を置いていくの。ずっと待っていてくれるって信じてたのに。迎えにいくって連絡だって入れたじゃないか」
「だから意味が――っ、ひぁ!?」

 突然、下に指をねじり込まれて声が出る。
 かすかに聞こえた水音に、その気がなくても濡れてしまうΩの身体が嫌になり死にたくなった。

「さわっ、んな、ぁ……あ、あぅっ!」
「うれしいなぁ。ほらこんなに潤って中がうねってる。僕を受け入れて感じてくれてるんだね」
「くっ」
 
 ンわけねーだろ、生理現象だ。自分を傷付けないように濡れるのに、感情は関係ない。
 現にオレはめちゃくちゃムカついてるし、嫌悪感の方が強い。

 こんな事。しかも自分の子をいらないなんて言う鬼畜野郎なんて、死んでも嫌だ。

 でも今のオレにできることなんて。

「っくぅ……ぅ、ぐ、んん……ぁ゙、あ゙ぁ、うぁ」
 
 必死で唇噛んで声をこらえる。でも浅ましく気持ちよくなり始めた身体は抑えが効かなくなりそうで。

「声を我慢しないで」
「や……だ、やめ、ろ゙」

 せめてもの抵抗でやつを睨みつける。
 絶対にこんな奴のいいようになるものか。Ωなめんな。

「愛してる、はじめて会った時から。ずっと」
「あ゙っ、あぅ、あ゙ぁっ」

 言葉とは裏腹に性急で乱暴に掻き乱してくる指に、悔しいことに感じ始めていた。

「や゙だ……や、っ、これ、やめ」
「もう欲しいの? ふふ、貪欲だね」
「んぁっ」

 抜く時も乱暴で。
 こんな独りよがりな行為にも気持ちよくなってしまう自分が情けなくて、また涙が出そう。

「君の身体、すごく綺麗だ。あの時みたいに」

 だからなんなんだよ。オレを一体誰と勘違いしてんだ。
 それがすごく不気味で意味わかんなくて怖くて。でも少しだけ悲しかった。

「愛してるよ、何度でも。どれだけ生まれ変わっても僕らは一緒だよ」
「そ、それだけは……っ」

 遼太郎も雅健もどこか連れていかれた。
 オレのせいだ、オレを病院から連れ出してくれたから。あの二人は無事なんだろうか。

 これから何をされるなんて考えたくもないのに理解してた。
 だからこそ必死で現実逃避したいのに、目の前の男はそんなオレを見下ろして笑う。

「ほら入っちゃうよ。僕のが、君の中に」
「やだぁっ、やめろぉ、やめてくれ……やだ……いれちゃ、やだ……ぁあぁぁ!」

 必死に抵抗してるのにがっしりと掴まれた腰。鈍い痛みと違和感で呻いた。

「あ゙、あぁっ、ぁ、ぁ」

 もうダメだ。また犯された。発情期でもない時のセックスってこんなに辛いなんて。
 
 ――もうやめてくれ。やめて。たのむから。

 ひどい、ひどすぎる。どうしてこんな事するんだ。
 涙が止まらない。怖くて苦しくて悔しくて。
 自分だけじゃなくてお腹の中の子にまで酷いことをされてる気分だった。 

「あ゙うっ、ああっ、ん゙、ぅ」
「っ……そうだ。もっともっと感じて。僕だけの運命、誰にもわたさない」

 うっとりと囁き続けるその目だけが妙にギラギラして、今まで優しげに見えてた口元の笑みも舌なめずりしてるみたいで恐ろしい。

 オレはひたすら息を詰めて唇を噛みながら、断続的にやってくる望まない快感を必死でやりすごそうとする。
 そうじゃないと、こんな状況なのに喘いでしまいそうだったから。
 それなのに。

「声、がまんしないで」

 とキスで口を塞がれた。

「んぅっ……ん゙ん、ぁふ……ぁ」

 キスしながらハメられたらおかしくなっちゃう。αの唾液が、フェロモンが、オレをダメにする。ガマンしなきゃ、こんなんで感じちゃいけないのに。

「すごく気持ちよさそうな顔してる」
「ひ……ぁ……あぁ」

 ようやく長いキスから解放されて、酸欠で回らない頭。
 でも次の瞬間。

「お゙っ!?」

 ゆっくり抜かれたと思ったら。湿った音とともに、また勢いよく突かれて声が上がる。

「んぉ゙っ、や゙、やらっ、それっ、やめ!」
「ああ。すごく良いよ。最高に気持ちいい」
「あ゙うっ、ひぃ、ああっ、は、はげし……たすけ、てぇっ」

 もう限界だ。このままだとイってしまう。
 ベッドのシーツを必死で蹴って逃げようとしてるのに、左足首を掴まれて高く上げられてはどうしようもない。

「っ、そろそろイくよ」
「!」

 こいつ中出しする気だ。
 それだけはやめて欲しい。これ以上、ひどいことされるなんて。

「中っ……やめて、おねがい、ああっ、あっ」

 いくら言っても笑うだけで聞き入れてもらえない。
 むしろよりいっそう強くなった動きに、泣きわめくしか出来ないのが辛い。

「好きだ、好きだよ……

 強く抱き締められて、熱に浮かされたように呼ばれた名前はまったく知らないものだった。





「――あ……ぁ……んんっ、あ゙っ、ひぃ゙、うぅっ……」

 何時間、経っただろう。
 揺すぶられ続けた身体はもう指ひとつ動かす事ができない。

 オレは人形みたいにぼんやり宙を見ながら、ただただ犯されていた。

「ユキ、愛してる。もう離さないから」

 知らない奴の名前を呼びながらオレをめちゃくちゃにレイプする、このイカレ野郎を蹴り上げる気力すら残ってない。
 縛られた腕の痛みだって麻痺しているから。

「あ……ぁ……」

 赤ちゃん、オレの、赤ちゃんは。

「ユキ。今度はちゃんと番になろう。あの時は周りに邪魔されたし、君も覚悟ができてなかっただけだしね。ねえ今度こそ。君は僕の運命の番だもんね」

 もう駄目になっちゃったかな。オレの、大事な、赤ちゃん。
 ごめんな、守れなくて。堕したいなんて言って。
 産んであげられるなら絶対に大切に育てるから……一人でもちゃんと、守るから。

「僕のために生まれ変わってきてくれて、ありがとう。ユキ」

 すべてが遅かった。
 なにもかも見たくなくて目を閉じた。涙がとめどなく溢れてくる。
 
 ――遼太郎。

 そばにいられなくても、お前の事を想うことは許されるだろうか。

 

 
 
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