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高望み婚活男子
しおりを挟む※※※
小さな手をにぎる。
柔らかくてあったかくて。向けられる笑顔にこっちまで頬が緩む。
『瑠衣ちゃん』
こぼれそうに大きな目はよく見れば灰色。サラサラとした肩までのばした髪は明るいブラウンで。
『僕ね、瑠衣ちゃん好き』
抱っこしてやれば頬にちゅ、とキスしてくれる。
『だからね、僕が大きくなったら――』
※※※
「っ……!」
スマホのアラームが響く。
こう見えて目覚めは良い方だから、すぐに枕元に手をやった。
「あー」
特になんの意味もない声が漏れる。
それにしても懐かしい夢みた気がした。
「瑠衣ちゃん、かぁ」
あのあと微妙な距離感で一緒に帰ったけど、帰り際また。
『婚活やめろ』
と始まった。ハイハイと適当に流していたら調子に乗りやがって。
『高望み過ぎ』
『いくら希少で若いΩだからって売れ残るぞ』
『αなら誰でもいいのか』
『俺にしとけ』
とか説教とディスりめいてきた辺りで、オレの堪忍袋の緒はブチ切れる。
『だ・か・ら、オレは玉の輿に乗りたいんだよバーカ!』
と近所迷惑待ったなしで怒鳴った後に家のドアを力任せに閉めた。
「くそ、かっこ悪ぃ」
年下のしかも高校生相手になにムキになってんだ。
しかもそれから普通に妹の美紅にもうるさいって怒られるし。
「ああもう」
今日も今日とてバイトだし。
変わらない日常にうんざりしつつ、スマホを手にして起き上がる。
「……」
マッチングアプリの通知の数にまた気分が沈む。
まったく反応ないと凹むだろうけど、バカみたいに多すぎるのもまた面倒になるんだよな。
と、アプリ利用三日目にしての感想。
「うわぁ」
Ωってことと年齢でとりあえず反応してくれてる人達なんだろうな。
ちなみに写真は一部隠してるけど出してる。こうした方がマッチング率上がるって書いてあったし。
でもなぁ。
「これはないな」
メッセージ開くともう地獄。
当たり障りのないモノなら上等で、ほとんどがなんか目が滑りまくる長文で思考が止まりそうだ。
それでも頑張って目を通すと、あからさまな内容にどんどん気分が下降する。
……いやさ、Ωに対する見方ってこういうモノなんだって知ってたさ。
オレだって中学辺りで判明してから、何度も何度も思い知らされてきたし。
『Ωは産む性』
つまり孕まされる性ってこと。最初はこんなの知るかって悔しかった。
定期的にくる発情期に備えて面倒な抑制剤を飲まなきゃいけないし、首にだって――。
「お兄ちゃん、起きてる?」
ドアを叩く音で我に返った。でも返事をする前に。
「今日お兄ちゃんが朝ごはん当番だったでしょ!」
「あ……」
やべ、忘れてた。
うちは母子家庭で、しかも母さんの病気が半年前に発覚。それから手術入院やら治療やらで家事はオレと妹の美紅でなんとかやっている。
「もう! お弁当と朝ごはん作ったし、後片付けはしてよね」
「あ、うん。ごめんな」
ちゃんと埋め合わせしないとな。
素直に謝ると、美紅は少し眉を寄せた。
「お兄ちゃん大丈夫?」
「え」
「なんか顔死んでる」
「なんだそれ、ひでぇな」
死んでるってなんだ。
でもたしかにテンションはめちゃくちゃ低いな。
「明日の分、代わるから。すまん」
「いいよ。あのさ……お兄ちゃんバイトしんどい?」
「いや、全然」
掛け持ちしてるけど今のところはなんとかこなせてる。
まだまだ若いからな。
「ならいいけど」
美紅はあまり納得いかないような顔をしながらも、部屋を出ていった。
「あ、薬飲まねぇと」
三ヶ月に一度の発情期。これのせいでかなり厄介なことになる。
オレの場合はΩが分かってしばらくしてその兆候が出始めた。
抑制剤はもちろん保険適用だけども、グレードによっては安くない。オレは元々あまり効きにくい体質だからか、少し高めの薬を処方されている。
「……」
あと避妊薬も一緒に処方されてるから、定期的に飲まなきゃダメなんだよな。
「なんだかなぁ」
ピルケースとスマホ片手にぼやきながら、今日もオレの一日が始まる。
「そういや遼太郎、あいつとクラス別だっけ」
朝飯の皿を洗いながら美紅に訊ねる。
「え、遼太郎? あー、別だよ別。だって特進だもん、あそこは」
「へえ」
特進、つまり特別進学クラス。難関国立や私立大学に行くヤツらがウヨウヨいる。そもそもあの学校自体、公立の中で偏差値はかなり高い方だ。
その中での、って推して知るべし。
「さすがα様だなぁ」
「あれ、お兄ちゃんって遼太郎がαって知ってたの?」
「ん!? あ、ああ」
あんまりオレとあいつの付き合いがなくなってから数年だもんな。少し動揺しつつ、洗い物を終えて手を拭いていると。
「遼太郎、昔はあんなにお兄ちゃんにくっついていたのにね」
「あー? そうだっけ」
なぜかとぼけたが、実はしっかり覚えてる。
ほんと可愛かったんだよなぁ。
「今では見る影もないけどね」
肩をすくめる美紅に苦笑いして、冷めかけたコーヒーカップを手にしてテーブルへ。
「あ、そうそう」
そろそろ出かけるんだろう。居間にある鏡を覗き込んだまま。
「『瑠衣ちゃんをお嫁さんにするから』って、宣言された事あったっけな」
「ぶふっ!?」
やば、コーヒー少しふきかけた。ぬるくてほんとよかった。
慌ててティッシュ箱を引き寄せて拭く。
「ゴホッゴホッ……お、お嫁さんって」
「そろそろ時間。じゃ、行ってきまーす」
明るくリビングを出ようとした美紅がさらに一言。
「お母さんのとこ、今日あたしが行くから。服とかも持っていくし洗濯物よろしく」
「あ。うん」
入院中の母さんの見舞いも交代で行ってる。
全部を病院のレンタルですませるとバカみたいに金がかかるのと、やっぱり少しでも顔見せたいからっていうのもあってな。
それもあってバイトも入れるシフトも限られるし、美紅だって部活なんてしていられない。
その中でさらに婚活まで始めたもんだから、実際けっこうキツいかも。
「そろそろ行くか」
早朝バイト、入れてなくてよかった。なんか今日は朝からあんまり調子が良くない。
昨日のこともあるからかな。
「オレも……行ってきます」
テーブルに置かれた写真に向かってつぶやく。
母さんと美紅とオレ、そして。
「父さん」
優しく微笑む親父。
悪いことは重なるものだ。親父が死んでから、すぐに母さんが倒れた。
だからオレがしっかりしないと。
「よし」
今日も稼ぐ。でもそれだけじゃ足りない。
今は蓄えやら諸々のところで何とかなってるけど、そんなの長く続くわけがないからな。
しかもオレはΩだ。
社会的立場はβの妹より多分低い。これは半分自虐、半分諦め。
そんなオレがやるべきは婚活。高望みと言われようが、将来安泰のために自分を売り込んでなにが悪い。
婚活アプリの通知が増えたのを目の端で確認しながら、スマホをカバンに放り込んだ。
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