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地雷系男子の地雷原
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差し出された手をとった瞬間から地獄は始まっていた――。
『父さん達に言ったらどうなるかわかってるよね』
最初はただのじゃれ合い。
はじめましての握手からハイタッチ、頭をなでられるなど。
『叶芽は本当に可愛いな』
三つ歳上の兄、廉太郎はなにかと彼を可愛がった。
勉強を教えてやろうと弟の部屋にいる時間も長く、休日であっても常に一緒にいたがるほどに。
両親はお互いがステップファミリー、つまり再婚同士の家庭であることから息子たちの距離が近いことにとても喜んだのだが。
『叶芽、ずっとオレが面倒みてやるよ』
それが廉太郎の口癖。
しかし忘れられない。家族になって二年後、十二歳の誕生日に彼に襲われたことを。
『っ、やめて、やだ!』
身長も体格も自分より上の同性にのしかかられる恐怖。必死に抵抗する彼に笑いながら廉太郎は言う。
『あの時の写真をみせてあげようか』
その数日前、睡眠薬を盛られ眠り込んだ所を撮られた。
しかも服は脱がされた全裸の状態で、兄の性器を咥えているかのような写真。
他にも裸で寄り添うものもあり、見れば必ず兄弟の肉体関係を匂わすものだった。
嘘だ、こんなものニセモノだと泣きわめいても。
『これを父さん達が見たらどう思うだろうな?』
と囁かれてはそれ以上なにもいえない。
それからは多くのハメ撮りや動画を脅し材料に、叶芽が高校卒業するまで関係を続けさせられる。
『叶芽は本当に可愛いね』
『っ、く……ぁ、あ゙ぅ、も、やめ』
両親が夫婦水入らずで旅行に出かけた時、学校を休まされて昼夜問わず抱かれることもあった。
『しぬ゙っ、も……しん゙じゃ……っう』
少しでも嫌がれば縛られ玩具で徹底的に躾られた。何度も許して離して、と泣いて懇願しても終わらない快楽地獄に心が壊れてしまいそうになる。
『可愛い、オレの叶芽』
その異常な執着は日常生活にも影を落とす。
『叶芽にはオレがいればいいんだよ』
その一言で友人付き合いも制限され、恋人をつくるなんてもってのほか。
しかし自分は同級生のカノジョを家に平気で連れてきてセックスをした後に。
『やっぱり叶芽の方が可愛いね』
などとのたまいながら弟を抱くという鬼畜ぶり。
『オレのこと愛してるよね、だって兄弟だもんな』
そう囁きながら人形のような少年の身体を穢す。
――助けて。逃げたい、ここから、すべてから逃げ出してしまいたい。
誰にも相談どころか口に出すことすら出来ない秘め事に、幼い心は黒く曇り塗りつぶされていく。
そんな日々を変えたかった、それだけのこと。
※※※
いつになく悪い目覚めに、叶芽はこめかみを押さえながら起き上がる。
「チッ」
脈を打つかのように痛む頭。酸素を思い切り取り込む気にもならない、どんよりとした気分に舌打ちした。
「クソが」
嫌な夢をみた。
実家にいる時の中学生の頃が一番ひどい過去。
両親が共働きで忙しかったせいもあって、兄弟は家で二人きりの時間が長かった。
殺したいくらい憎む以上に恐怖と、自分に対する嫌悪が強い。
幼いうちに塗り替えられた性癖とセクシャリティ。兄の性的虐待から逃れたはずなのに、気づけば年上の支配的な男に惚れ込んでしまった。
――いや違うな。
愛して欲しかったのだ、ただひたすらまっすぐ愛を欲しただけ。
だからこそ気まぐれに与えられる飴のごとき甘い言葉に沈み込んだ。
いくら酷いことを言われてもされても、その手を離せなかった。
「うぅ」
枕元に転がっている箱に手を伸ばす。それは鎮痛剤、ではなく咳止め薬。
震える手ですべて出してまとめて口に放り込み、ペットボトルの水とともに飲み下す。
「っ、はぁ」
すぐに効くというわけでもない。マットレスの上に転がり天井を見上げる。
――ああもう、やだ。
市販薬で得られる浮遊感を知ったのは最近のこと。
それまで薬といえば違法で、手に入れるにも一般人には手が出ないルートと値段のものだとばかり思っていた。
それが偶然目にしたSNS。少年少女たちが市販薬を買い漁りそれを貪って、恍惚とする光景をみたことからだ。
最初は恐る恐るで量も大したことなかったせいか、多少気分が高揚する程度だった。
だがそれも慣れと惰性。
ただただ現実逃避をするために、咳も出ないのに咳止め薬を買いにいく。
店員に不審な顔をされないよう、いくつかの店を回った。
金の無駄だろうし、なにより健康面に良いわけがない。
辞めようと思う前にここまで来てしまったのだ。
「……ぅ゙」
しばらくすると吐き気が込み上げてくる。
とはいえ我慢出来ないほどじゃなく、毛布をかぶってやり過ごしていると。
「っ、はぁ……ぁ、あー……」
視界がぐらりと揺れる。その瞬間、その症状が現れた。
「あぁぁあ、あー、あぁぅ、はぁ」
奇妙な酩酊感とともに身体が軽くなったように感じた。
どこからともなく音楽や人の声のようなものが聞こえてきて、叶芽は身体をゆっくり起こす。
その間もぐわんぐわんという耳鳴りと、重力など無くなってしまったかのような浮遊感とで座るのもやっとだ。
「うあー、すごい、指、指増えてゆ?」
幻覚症状もあるのだろう。支離滅裂なことをつぶやいたり、時折クスクス笑ったり。
表情はゆるんで幸福感に浸っているように見えなくもない。
「あははっ、ははっ、あー、うん、ふふふ、」
しまいには声をあげて笑い始めた。
さらにはフラつくのか、立とうとしては座り込み。また立とうとしては座り込み、を繰り返して、とうとう大の字に寝転がってしまった。
「あははっ、ははっ、んー、たのしー、うん、指? 指輪ほしーなぁ」
独り言だろう。ブツブツと言っては幻覚に笑う。
それはもう異常な光景だった。
――ふわふわするの、きもちいい。
山積みになった嫌なことからすべて逃げてしまいたい。痛いのも苦しいのも、すべてまとめて消えてしまえたらいい。
しかしそんな都合の良い現実など、どこにもないのだ。
だからほんの少しだけ夢をみたい。解放される時間があってもいいではないか。
酒に酔うより刹那的で酩酊できる。きっと身体にも心にも良くないのだろう。それでもやめられないのは、欲しいものが手に入らないから。
「えへへ、あはは……すき、すきだよぉ……」
何も無い宙にむかって手を伸ばす。天井すら届きそうにもない。
大きく見開いた目からはとめどなく涙が溢れてくる。
「んー。いっちゃ、やだ」
手をヒラヒラさせながら、むずがる赤子のような叶芽の瞳にはどんな幻覚がうつっているのか。
彼が大きく息を吐いたときだ。
玄関のインターホンが鳴った。控えめに間を空けて二度、その後は数回。しかし彼は立ち上がることはおろか、起き上がることもできない。
それどころか聞こえているのかいないのか、相変わらず焦点の合わない目でぼんやり一点を見つめるだけだ。
「……叶芽?」
軋みながらドアが開いた。
その音と声は思いのほか殺風景な部屋に響く。
「やっぱりいるんだろ。いくら部屋にいても鍵くらいは――って、寝てるのか?」
玄関から足音が近づいてくる。しかし当の本人は未だ、咳止め薬の大量摂取オーバードーズに浸りきっている。
「叶芽!? おい!」
駆け寄り慌てた様子の青年に、彼の揺れた瞳はようやく正気を取り戻していく。
いや本当は少し前から薬が抜けてきていた。
この市販薬を使ったオーバードーズは効く時間が (もちろん服用分量によるが)比較的短いのが特徴なのだ。
とはいっても数十分はいわゆるパキッた状態なので、反応も恐ろしく悪い。
「大丈夫か!?」
「…………んぅ。あー、光雄か」
抱き起こされてはじめて来訪者を知る。
「きゅ、救急車呼ぶから!」
「あぁ? いらない」
「そんなワケにはいかないだろっ、今すぐに――」
「いらないってば。もうすぐ終わるし」
「何言ってんだ。身体もこんなに冷えて」
毛布に包まれる。
その感覚で、急激に酩酊感が薄れていく。それどころか気分のよい浮遊感まで失われ、重力で身体が沈み込む気さえした。
「う……っ、と、とにかく救急車とか、いいから」
「でも」
「く、薬、薬飲んだだけ」
「薬!? もしかしてこれか!」
散乱する空き箱のひとつを手に取った光雄は、目を見開く。
「お前……」
「もういいから、大丈夫」
――呆れてもバカにしてもいいから、さっさとどっか行ってくれ。
メンヘラ、イカれてる、かまってちゃん。どれでも好きに言えばいい、とにかく放っておいて欲しかった。
「大丈夫なもんか。オーバードーズなんてもう金輪際させないからなッ!!」
「うぐっ!?」
そう叫んだ光雄に、叶芽は思い切り抱きしめられて咳き込む。しかしその後の言葉に絶句した。
「今日からこの部屋に住む! そしてその生活を叩き直してやる!!」
「…………は?」
なんの冗談だと言い返そうにも、彼の目がマジ過ぎて言葉が継げなくなる。
「もう二度と、そんな気が起こらないよう更生させる」
「ちょ、ま、待て。そんなこと……」
はじめて見た鬼の形相の隣人に、叶芽は震えていた。
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