地雷系男子は恋をしない

田中 乃那加

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虚無すぎて草

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「元々少し傷んでたからねぇ」

 修理業者が帰ったあと、大家の柳井 久子やない ひさこはそう言って微笑んだ。
 
 このアパートは彼女の父親が遺した土地に建てたものだ。幸い立地が悪くなかったせいか、人もそこそこ入っている。しかし建物いうのは管理する人間とともに老いていくものだ。

「それにしたって気をつけてね」
「すんません……」

 光雄がぺこりと頭を下げた。

「ま、いいわ。ちゃんと直ったし。それにしても御影君は真面目ね」

 普通、隣人の部屋のドア修理に一緒に立ち会うなんてしないだろう。
 叶芽の面倒なのを隠さない。

「僕はいらないって言ったんですけど」

 という一言に光雄が言い返す。

「そんなわけにいくか。俺がしでかしたことだ。見届ける責任があるぞ」
「ないわ、そんなん」

 彼にツッコミ入れつつ、この場の居心地の悪さに辟易していた。

 叶芽は久子のことが苦手である。一度、元カレといるのを目撃されて。

『ねぇあなたってホモなの』
『あの男、あなたよりずっと年上でしょう? 』
『変なトラブル起こさないでね。何かあったらこちらも対処しますからね』

 と後から無遠慮に問いただされたことがあるからだ。
 年齢からして同性愛者に免疫がなかったとしても、あの口調と苦々しい顔は忘れ難い。

「そういえば御影君、あなた大学生よね」
「あ、はい」
「恋人はいる?」
「いえ、そんなヒマもなくて」
「あらそう。じゃあウチの孫娘なんてどう」
「え?」

 人の玄関先でなにを話し始めるんだろうと叶芽はウンザリする。

「あ、いや、俺は……」
「短大生なんだけどね。若い子同士で話し合うんじゃないかしら」
「ええっと」
「今度下の階に引っ越してくるのよ、その時にでも紹介するわね」

 久子のマシンガントークにたじろいでいる光雄は助けを求めるように叶芽の方を見る。
 しかしそんな視線もものともせず。

「じゃあ用事がありますから、僕はこれで」
「叶芽!」
「君も学校行かなくていいの」

 それだけ言い残して二人の前でドアを閉めた。

 ――くだらない。

 男は女とくっついて当たり前、なんてのは今さらナンセンスだとしても。

「ここでするなっての」

 チラリと寄越された彼女の視線の意味なんて考えたくもない。
 大きめな舌打ちをしながら殺風景な部屋に座り込んだ。

「どうすっかなぁ」

 家賃も振り込んだしドアも直った。あと思い残すことはないかと考えてみる。

「うん、ないな」

 あっさりキッパリとしたものである。
 隣人の乱入から始まって、ここ二日ほどは少し気が晴れた気はしていた。
 しかしその先と言われるとどうも未来が見えないのだ。
 
 残されたのは恋人に捨てられて職歴もまともにない、バイトかウリでしか生計立てられないフリーターくずれの二十三歳のゲイ。
 
「あぁもう、どう足掻いても地獄じゃん」

 昔やったゲームのキャッチコピーが口から飛び出すくらいのハードモード人生。それ以上に。

「まともな恋愛してみたかったなぁ」

 はじめて付き合ったのがあのクズ元彼氏。二十歳で出会って三年も費やして現在に至るわけで。

 ――例えば年上で塩顔イケメンで。

 身体は引き締まって体格良かったらなおよし、などと理想なタイプを夢想し始める。
 実際はそんな男に言い寄られる事なんてないのだが。
 
「虚無だな、うん」

 一気にバカらしくなって寝転がる。

「寝よっと」

 昨晩はあまりよく眠れなかったのだ。なんせ横で寝袋に入って転がってる光雄の存在感たるや。
 決してタイプじゃない男に手を出すことなんてしたくないが、やはり緊張はする。
 
 これがもっと前から知り合った男友達であれば違うのだろうか。

 ――友達なら面白そうだな、あいつ。

 それともゲイである引け目で親しくなれないか。
 少なくとも学生時代はそうだった。

 バレれば間違いなく警戒される。別にゲイであっても誰でも良いってわけでもない。しかしノンケの男としては自分も狙われるかもしれないと怖がるのだ。

 結局隠しきることが出来たが、そのリスクを肌で感じていたからこそ人付き合いそのものを極力回避してきたわけだが。

「……」

 目を閉じる。
 気疲れと現実逃避もあってか、少しずつ意識が落ちていく。
 
 ――あ、鍵かけてないや。

 せっかく修理したのに、という心残りと。もういいやという怠惰と。
 うつらうつらしている間に完全に眠りに入ってしまった。

 すうすうと寝息を立てる叶芽。そんな中、部屋のドアが小さな軋みとともに開く。

「……」
 
 逆光で黒く大きな人影がゆっくりと入ってきた。
 

 

 

 
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