地雷系男子は恋をしない

田中 乃那加

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筋肉男子は純粋培養

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 腹が満ちれば次は何を欲するか。

「……なにしてんの」
「え、見張り」

 事も無げに答える光雄に、叶芽は眉をひそめた。

「いや帰れよ!」
 
 朝食の差し入れと称して一緒におにぎりを食べたのはついさっき。
 とりあえず落ち着いた、と腹をさすりながらぼんやりと考える。

 ――薬と酒でも買いに行こうかな。

 あと縄もと脳内メモに書き込む。
 うっかり腹を満たしてしまったが、もう長く生きているつもりなどないのだから。

 だからこそ、この男が玄関で仁王立ちしてる意味が分からなかった。

「だいたい見張りってなに、まさか僕を監禁しようってか」

 そういや丸一日ホテルで監禁された事もあった、と遠い目で回想する。
 ゲイ向けマッチングアプリにて売春相手と交渉するのは元カレ。叶芽は待ち合わせ場所として指定されたホテルに無理やり向かわされるのが常だった。

 そこで待っていたのはSMルームでの監禁調教だったわけだが。
 最低な思い出のひとつに、大きくため息をついた。

「やっぱりその気だったか」
「最初からそのつもりではあったぞ」
「あっそ」

 幻滅したとは口にこそ出さない。自身が勝手に期待しただけだからだ。
 
「しょせん男だよな、お前も僕も」

 そう言いながら服に手をかけ、勢いよく脱いで床に叩きつける。

「おい、なにしてんだ!?」

 光雄の方が慌てふためき散らした服をかき集めるがお構い無しに、あっという間に全裸になって白い肌を余すことなく晒した。

「もしかして色気たっぷりなストリップがご所望だった? でもあいにくそんなサービスはしてないから」

 事実。彼がとった客の中でそんな情緒のある者はおらず、大多数が獲物を貪る獣のような抱き方をしたものだ。

「こら、はしたないぞ」
「はしたない? だったら光雄もたいがい――」
「風呂なら脱衣所で脱げ」

 嫌味のひとつでも言ってやろうとするが、彼の予想外の言葉にポカンとする。

「湯船に湯をためてきてやるから。少し待ってろよ」
「え?」
「せっかちなのは分かるが、風邪ひいてしまう。ほら、これ」

 部屋のすみに丸めこまれていた毛布を頭からバサッとかけられる。

「うわっ!」
「いい子にしてろよ」
「!?!?!?」

 毛布の上からぽんぽん、と頭をなでて風呂場に消えて行った。
 
「…………え?」

 叶芽はまったくもって理解出来ない。

 これではまるで本当に下心なく食事の差し入れや、ドアが壊れてるから防犯を考えての見張り (これもかなり風変わりな提案ではあるが )をしようとしただけ。

 つまり百パーセントの詫びや善意の気持ちということ。

 ――なんなんだあの男は!?!?

 搾取しかされてこなかった半生。叶芽は毛布の中で混乱して頭を抱える。

 本当に異性愛者ノンケだとして、それならただの隣人にする言動だろうか。結局、とことんお人好しだという結論に達するしかなかった。

「変な奴」

 なんのメリットもないのに。そしてまた考える。
 これも死ぬ前のわずかな暇つぶしとしては面白いかもしれない。よしんば見込み違いでも今となれば諦めもつく。

 ――あの時とは違う。

 叶芽は学生時代の苦い思い出に奥歯を噛み締めた。
 最初はなから劣情を向けられるより、そうだと後に思い知らされる方が辛い。

「風呂わいたぞ」

 過去に顔をしかめていた叶芽の上から声が。
 かぶってた毛布から覗くと、すぐ目の前に光雄の顔があって思わず悲鳴をあげそうになった。

「!!!」
「どうした。寝てたか」
「か、顔が近い!」
「?」

 いちいち距離感がおかしい男に驚かされっぱなしだ。
    
「もういい!」

 なにか悔しくなり叶芽は風呂場に飛び込む。

 ――好きなタイプの顔じゃなくて良かった。

 だが身体は好みである。
 うっかりまた欲求を自覚する前に、シャワーをひねった。
 さっさと身体と髪を洗い湯船に浸かる。

「ふぅ」

 浴槽の湯に浸かるのは久しぶりかもしれない。いつもはシャワーだけですませていた。
 ちなみに売春で呼び出されたホテルの風呂を利用することもある。
 かなり激しいプレイを要求された後、相手も罪悪感を覚えたのか猫なで声での一緒に入浴は気まずいものであった。

「あー……どうしよ」

 今のままでは自殺ができない。というのは光雄の存在だ。
 さすがに隣人が易々と入ってくる部屋で首吊りなんて難しい。

 ――ドアと鍵、いつ直るんだっけ。

 幸い大家が迅速な対応を約束してくれたが、それでも業者が来るのは明日らしい。
 
「ま、いいかぁ」

 それまではこの茶番に付き合ってやってもいいかもしれない。
 そう思いながら湯船のなかで息を深く吐く。

「あー」

 全身が温まる。こんなに身体を伸ばしたのは久しぶりだった。

「さてと」

 あまり長湯もしたくない叶芽はゆっくりと立ち上がり、湯船を出る。

「うわ、ひどいな」

 洗い場の鏡に己の裸体がうつる。さっきは気づかなかったが、ひどく痩せていた。
 しかも数日前のセックスでつけられた鬱血痕が色を失いつつも白い肌に残っていて、むしろ汚らしく見える。

 ――そりゃ抱く気にはならんわな。

 などと妙な納得をしながら風呂場を後にした。

「おい、お前も入れよ」
「へ?」

 相変わらずなぜか仁王立ちしている光雄に向かって言う。

「風呂。バスタオルは置いてあるから」
「いいのか」
「かまわないよ。っていうか沸かしたのはお前だから。早く入ってこい」
「だが着替えがなくてな」

 なるほど、と思ったが叶芽はすぐに。

「取ってこい、隣だろ」

 しかし光雄は煮え切らない。

「しかしそれでは見張りが……」
「さっきから見張りってなんだ」
「物騒だからだ。都会は田舎と違って、ちゃんと鍵掛けないとすぐ強盗や空き巣や幽霊が押し入ってくるんだろ」
「はぁ?」

 そんなワケあるかと一蹴する叶芽に、彼は首を振って。

「田舎の婆ちゃんも爺ちゃんも、従兄弟の兄ちゃんも言ってたぞ。だから上京したら気いつけろって」

 ここはどこの国のスラム街か、しかし本人はいたって真面目顔である。

「少なくとも幽霊には鍵もドアも効かないんじゃないの」
「だがしかし……」

 おおよそからかわれたか、田舎から都会に出てきた孫を心配しての言葉だろう。
 
「いいから行けよ。悪いけど汗臭い男と一緒にいられるほど、僕の鼻は鈍感じゃないんだけど?」
「!」

 光雄は汗臭いと言われてサッと顔を赤らめる。

「そ、そうか。じゃあすぐに戻ってくるから!」
「はいはい、追い炊きしとく」
「すぐにだからな!!!」
「わかったっつーの」

 シッシッ、と追い払う仕草をしながらもなぜか嬉しそうに全力ダッシュで部屋を出ていく姿を見ながら。

 ――純粋培養のバカだな。

 なんて内心つぶやく。
 きっと家族に愛されて大事にされて送り出されたのだ。嫉妬すらわかない。

「……」

 壁が薄いせいか、ドタドタとうるさい足音がこっちにまで響いて聞こえる。
 
「あ、転んだ」

 ドタンッ! と何かにけつまずいたらしい。
 
「やっぱりバカだ」

 髪を拭きながら、叶芽は思わずふきだした。
 

 
 




 




 

  

 


 
 
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