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この世の絶望で朝食を
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冷たく硬いフローリングの上で目覚める。
辛うじて敷いてあった薄手のマットレスも処分してしまったからだ。
辺りには高めのアルコール度数で有名なチューハイ缶が空っぽで転がっていた。
「くそ、頭痛ぇ」
そう独りごちる朝。
完全なる二日酔いである。
「うぅ」
床を這いずりながら叶芽はうめき声をあげた。
良くあることではあるが、だからといって平気なわけでも慣れたわけでもない。安価な現実逃避の末路とはこんなものだ。
「腹も減ったし」
置物みたいな小型冷蔵庫にはろくなものが入っていないのは分かりきっている。
近所のコンビニに行った時でさえ、カゴをチューハイ缶のみで満たしたのだ。
「だりぃ」
やっぱり生きていてもいいことはない。むしろ苦しむだけではないかと毎秒自覚する。
「……縄、買いに行こ」
あと薬。と薄っぺらい財布をポケットにねじ込んだ時。
「叶芽おはよう!」
ノブが壊れたせいで内側から押すだけで開くドアから光が刺した。
「あ?」
「うわっ、顔色最悪だぞ。やっぱり心細かったんだろう。大丈夫か」
遠慮もへったくれもなく入ってきたのは光雄だ。今朝は青いタンクトップ姿である。
「ちょっ、な、なに」
「相変わらずさっぱりして綺麗な部屋だな」
「だからなに!?」
あれだけキツく追い出したはずの男が、爽やかな笑顔で部屋に入ってくるのだ。
慌てて押し戻そうとするが。
「おい、氷みたいに冷たいじゃないか」
「!」
「風邪でもひいたんじゃないだろうな」
「お、おま……っ」
手をにぎられさすられて思わず声が上擦る。
「離せっ、バカ!」
昨日顔合わせただけの男、しかも自分がドア破壊した部屋の住人の部屋になんの抵抗もなく入ってくる神経。そしてこともあろうに手に触れてくる距離感。
「声、掠れてるな。飴も買ってくれば良かったか」
そこで目の前に差し出されたのはコンビニ袋。
「俺が朝は米食うって決めてるからな」
中を見るとペットボトルのお茶と、おにぎりがいくつも入っている。
「選んでいいぞ」
「……あ?」
何言ってんだこいつ、という言葉が頭の中をぐるぐる回った。
「えっと御影君、だっけ」
「光雄と呼んでくれ」
「ま、いいけど。お前なんなの」
「ん?」
勝手に他人の部屋に上がり込む男を睨みつける。
「他人の家壊して挙句にこれって」
「いや、だからお詫びの差し入れだよ」
「はあ?」
「昨日も思ってたんだけど、叶芽って細すぎ。ちゃんと食ってないだろ」
「食って……」
男なら散々食わされてきたが? なんて下ネタ言えるメンタルは持ち合わせていない。
だから黙って聞いていた。
「顔色も悪いし、今にも死んじまいそうだったから」
そりゃそうだろう死のうとしてたんだから。
なんて口に出すことももちろんしない。
ただジッと光雄を観察していた。
――ああ、なるほどね。
「お前もそっちかよ」
「えっ」
大きく息を吸う。つまりそういうことだ、と結論づけた。
「痩せた身体はエロくない?」
「!?」
グッと踏み込み距離を詰めると、光雄が眉をひそめる。
「身体はめちゃくちゃ僕のタイプかも」
「お、おい」
指先でタンクトップの上から腹筋をなぞる。
「お詫びは身体で、ってか。面白いこと考えるよな」
――それともどうせならタダでヤラせろってことか。
どちらでも結果は同じこと。
「でも僕はネコ専だからさァ。君のそれぶち込んでくれたら、詫びとして受け取ってやるよ」
「ネコ? それ? ぶちこ……??」
腹の下をまさぐりながら上目遣いで微笑むと、光雄はなぜかキョトンとした顔をした。
「俺はどちらかというと犬派だなぁ」
「そういうことじゃない!」
とぼけた反応に叶芽は衝撃を受ける。
「まさかお前、ノンケか」
だったらいくら線が細くても男である自分に欲情するなんてありえないだろう、と自問自答しつつの質問だ。しかし。
「ノンケってなんだ? 毛ならあるだろ、さすがにまだハゲないと思うが」
「え……」
まるで話が通じない。
「じゃあ何のためにここに来た」
「だから朝飯一緒に食おうと思って」
「はぁぁ!?」
もしかして本当に、純粋にそのつもりしかないとしたら。
叶芽には思いもよらない発想だった。
「そっかあ、あんたは猫派か。でも猫も可愛いと思うぞ」
「いや違くて」
まだ勘違いしてる光雄に掛ける言葉が見つからない。
「ん? でも猫専って言ったよな。まさか……」
――あ、ようやく気づいたか馬鹿め。
「猫カフェ店員なのか」
――気づいてなかった!
「だから……」
もう我慢ならなくて口を開いた瞬間。ぐぅぅ、という間の抜けた音が響いた。
「~~~っ!!!」
「腹減ったよな。食おう」
そう微笑みかけられてまた反論しようとするが、やはり空腹には勝てないもので。
「……ツナマヨ」
「ん?」
「ツナマヨはあるかって聞いてんだよ、バカ!」
叶芽が悔し紛れに怒鳴りつけるも。
「もちろんだ」
となぜか嬉しそうな光雄であった。
辛うじて敷いてあった薄手のマットレスも処分してしまったからだ。
辺りには高めのアルコール度数で有名なチューハイ缶が空っぽで転がっていた。
「くそ、頭痛ぇ」
そう独りごちる朝。
完全なる二日酔いである。
「うぅ」
床を這いずりながら叶芽はうめき声をあげた。
良くあることではあるが、だからといって平気なわけでも慣れたわけでもない。安価な現実逃避の末路とはこんなものだ。
「腹も減ったし」
置物みたいな小型冷蔵庫にはろくなものが入っていないのは分かりきっている。
近所のコンビニに行った時でさえ、カゴをチューハイ缶のみで満たしたのだ。
「だりぃ」
やっぱり生きていてもいいことはない。むしろ苦しむだけではないかと毎秒自覚する。
「……縄、買いに行こ」
あと薬。と薄っぺらい財布をポケットにねじ込んだ時。
「叶芽おはよう!」
ノブが壊れたせいで内側から押すだけで開くドアから光が刺した。
「あ?」
「うわっ、顔色最悪だぞ。やっぱり心細かったんだろう。大丈夫か」
遠慮もへったくれもなく入ってきたのは光雄だ。今朝は青いタンクトップ姿である。
「ちょっ、な、なに」
「相変わらずさっぱりして綺麗な部屋だな」
「だからなに!?」
あれだけキツく追い出したはずの男が、爽やかな笑顔で部屋に入ってくるのだ。
慌てて押し戻そうとするが。
「おい、氷みたいに冷たいじゃないか」
「!」
「風邪でもひいたんじゃないだろうな」
「お、おま……っ」
手をにぎられさすられて思わず声が上擦る。
「離せっ、バカ!」
昨日顔合わせただけの男、しかも自分がドア破壊した部屋の住人の部屋になんの抵抗もなく入ってくる神経。そしてこともあろうに手に触れてくる距離感。
「声、掠れてるな。飴も買ってくれば良かったか」
そこで目の前に差し出されたのはコンビニ袋。
「俺が朝は米食うって決めてるからな」
中を見るとペットボトルのお茶と、おにぎりがいくつも入っている。
「選んでいいぞ」
「……あ?」
何言ってんだこいつ、という言葉が頭の中をぐるぐる回った。
「えっと御影君、だっけ」
「光雄と呼んでくれ」
「ま、いいけど。お前なんなの」
「ん?」
勝手に他人の部屋に上がり込む男を睨みつける。
「他人の家壊して挙句にこれって」
「いや、だからお詫びの差し入れだよ」
「はあ?」
「昨日も思ってたんだけど、叶芽って細すぎ。ちゃんと食ってないだろ」
「食って……」
男なら散々食わされてきたが? なんて下ネタ言えるメンタルは持ち合わせていない。
だから黙って聞いていた。
「顔色も悪いし、今にも死んじまいそうだったから」
そりゃそうだろう死のうとしてたんだから。
なんて口に出すことももちろんしない。
ただジッと光雄を観察していた。
――ああ、なるほどね。
「お前もそっちかよ」
「えっ」
大きく息を吸う。つまりそういうことだ、と結論づけた。
「痩せた身体はエロくない?」
「!?」
グッと踏み込み距離を詰めると、光雄が眉をひそめる。
「身体はめちゃくちゃ僕のタイプかも」
「お、おい」
指先でタンクトップの上から腹筋をなぞる。
「お詫びは身体で、ってか。面白いこと考えるよな」
――それともどうせならタダでヤラせろってことか。
どちらでも結果は同じこと。
「でも僕はネコ専だからさァ。君のそれぶち込んでくれたら、詫びとして受け取ってやるよ」
「ネコ? それ? ぶちこ……??」
腹の下をまさぐりながら上目遣いで微笑むと、光雄はなぜかキョトンとした顔をした。
「俺はどちらかというと犬派だなぁ」
「そういうことじゃない!」
とぼけた反応に叶芽は衝撃を受ける。
「まさかお前、ノンケか」
だったらいくら線が細くても男である自分に欲情するなんてありえないだろう、と自問自答しつつの質問だ。しかし。
「ノンケってなんだ? 毛ならあるだろ、さすがにまだハゲないと思うが」
「え……」
まるで話が通じない。
「じゃあ何のためにここに来た」
「だから朝飯一緒に食おうと思って」
「はぁぁ!?」
もしかして本当に、純粋にそのつもりしかないとしたら。
叶芽には思いもよらない発想だった。
「そっかあ、あんたは猫派か。でも猫も可愛いと思うぞ」
「いや違くて」
まだ勘違いしてる光雄に掛ける言葉が見つからない。
「ん? でも猫専って言ったよな。まさか……」
――あ、ようやく気づいたか馬鹿め。
「猫カフェ店員なのか」
――気づいてなかった!
「だから……」
もう我慢ならなくて口を開いた瞬間。ぐぅぅ、という間の抜けた音が響いた。
「~~~っ!!!」
「腹減ったよな。食おう」
そう微笑みかけられてまた反論しようとするが、やはり空腹には勝てないもので。
「……ツナマヨ」
「ん?」
「ツナマヨはあるかって聞いてんだよ、バカ!」
叶芽が悔し紛れに怒鳴りつけるも。
「もちろんだ」
となぜか嬉しそうな光雄であった。
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