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悪人運の尽き
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それが悪いことだって知ったのは、初めてとっ捕まった時だった。
『バカねえ、泰雅は』
母さん (なんて呼びたくもないクソ女)は俺が駄菓子屋で散々叱られて帰って来たのを横目で見て、そうせせら笑ったものだ。
『今度はちゃんとやるのよ』
それから一気に鬼の形相になって。
『アタシに迷惑かけたら殺すから』
と吐き捨てるんだった。
「っ……あ、すいません」
人混み、一斉に歩き出せばぶつかりもするだろう。肩に軽い衝撃を感じ反射的に睨みつければ、引きつった小さな謝罪。
間違っても睨み返されることはない。
赤く染めた髪に180の身長、母親譲りの目つきの悪さで俺に喧嘩を売るバカはそう多くない。
「チッ」
素早い奴だ。もう少しとろかったら、そこらで慰謝料でもせびってやれたのに。
朝が弱いってのもあって少しぼんやりしていた自分に少しイラついた。
よく見てなかったが、痩せて貧相な大学生っぽかったし。少し小突いてやれば小銭くらいは出ただろうに。
「くそ」
なんかむしゃくしゃしてきた。
最近、上手くいかないことばかりだ。セフレにしてた女に彼氏出来たとかで振られるわ、財布を落とすわ。まあその財布も他人のだから問題ないけどな。
女にだって一人は二人くらい減っても他に声かけりゃいい。
些細なことだ、些細なことなんだけども。
「いたっ!?」
なにかが背中に勢いよくぶつかってきたと同時に、小さく声が上がる。
「あ?」
「すいません!」
振り返って睨みつけると、俺より頭一つほど低い背の男。スーツを着ていて、見るからにサラリーマンっぽい。年齢は俺と変わらないか、少し上か?
なんだかヘラヘラしてムカつく顔で頭を下げている。
「あはは、ほんとすいませんねぇ。僕って朝がめちゃくちゃ弱くてぇ、ぼーっとしちゃって」
なんだコイツ、聞いてもいないことをペラペラと。そしてこともあろうに。
「あ、お兄さんって僕とそう変わらないですよねぇ? うわぁ、すごいイイ身体してるなぁ。もしかして鍛えてる? 腹筋もバキバキなのかな?」
「っ、てめぇ触んな!」
無遠慮にも手を伸ばしてきやがった。しかも笑いながら。
さすがにドン引きで手を叩いたら。
「ごめんね、つい」
「ンだよ。気持ち悪ぃな」
あっさりと引き下がった男に怒鳴りつける。なんかほんとイラつく顔してやがるな。
今すぐぶちのめしてやろうか、この野郎。だが視界の端にチラリと入った交番の建物。
ここでは面倒事を起こすべきじゃないってのはわかる。だから拳をギュッと握りしめて。
「チッ……死ね」
捨て台詞を吐くだけで見逃してやることにした。
男はやっぱりニヤけた顔で小さく頭を下げて行く。
「くそが」
一発くらい殴ってもよかったかもしれない、なんて思いながら俺はその場を後にした。
※※※
そんなことがあったのは数日前。
今度は駅前で信号待ちしていた時だった。
「……」
混んでるもんで人と人の距離が近い。目の前のやつのズボンに目が止まった。
後ろのポケットに長財布が無造作に突っ込まれていたからだ。
――バカじゃん、こいつ。
正直そう思った。
盗ってくれっていってるくらいの不用心さだ。ちょっと手を伸ばせばいける。
抜き取られた感覚でわかる? いやいや、だってこの状況だぞ。信号ももうすぐ青になる。
そうすりゃ、何食わぬ顔で逃げることだってわけないだろうよ。
ほんっと、長財布をそこに入れてる奴って頭を弱いんじゃねぇの。防犯意識ってもんが、って俺が言えた義理じゃねえか。
「……」
あと数秒、呼吸を整える。タイミングは大事で、相手や周りが歩き出した瞬間が狙い目なんだ。
この瞬間がいつもたまらない、万引きするときもだ。スリルとか緊張感ってやつなのか、頭ん中をそのアドレナリン? そういうのがドバドバ溢れて自然と息が荒くなりがちになる。
必死に気を落ち着けて、自分をなだめるしかない。
死ぬか生きるかみたいな思考じゃダメだ。ごく自然に、ごく当たり前にやり遂げなきゃいけない。
自分にそう言い聞かせながら、俺は手を伸ばす。
「っ、いた」
身体をさりげなく当てる。これは衝撃と財布をスられた感覚を相殺するためだ。んでもって振り返った時には財布と共に俺は消えてるってわけだ。
「バーカ」
なんにも気づかずのんびり足を踏み出している奴を内心で嘲笑いながら、俺は足早に横断歩道を渡りきった。
『バカねえ、泰雅は』
母さん (なんて呼びたくもないクソ女)は俺が駄菓子屋で散々叱られて帰って来たのを横目で見て、そうせせら笑ったものだ。
『今度はちゃんとやるのよ』
それから一気に鬼の形相になって。
『アタシに迷惑かけたら殺すから』
と吐き捨てるんだった。
「っ……あ、すいません」
人混み、一斉に歩き出せばぶつかりもするだろう。肩に軽い衝撃を感じ反射的に睨みつければ、引きつった小さな謝罪。
間違っても睨み返されることはない。
赤く染めた髪に180の身長、母親譲りの目つきの悪さで俺に喧嘩を売るバカはそう多くない。
「チッ」
素早い奴だ。もう少しとろかったら、そこらで慰謝料でもせびってやれたのに。
朝が弱いってのもあって少しぼんやりしていた自分に少しイラついた。
よく見てなかったが、痩せて貧相な大学生っぽかったし。少し小突いてやれば小銭くらいは出ただろうに。
「くそ」
なんかむしゃくしゃしてきた。
最近、上手くいかないことばかりだ。セフレにしてた女に彼氏出来たとかで振られるわ、財布を落とすわ。まあその財布も他人のだから問題ないけどな。
女にだって一人は二人くらい減っても他に声かけりゃいい。
些細なことだ、些細なことなんだけども。
「いたっ!?」
なにかが背中に勢いよくぶつかってきたと同時に、小さく声が上がる。
「あ?」
「すいません!」
振り返って睨みつけると、俺より頭一つほど低い背の男。スーツを着ていて、見るからにサラリーマンっぽい。年齢は俺と変わらないか、少し上か?
なんだかヘラヘラしてムカつく顔で頭を下げている。
「あはは、ほんとすいませんねぇ。僕って朝がめちゃくちゃ弱くてぇ、ぼーっとしちゃって」
なんだコイツ、聞いてもいないことをペラペラと。そしてこともあろうに。
「あ、お兄さんって僕とそう変わらないですよねぇ? うわぁ、すごいイイ身体してるなぁ。もしかして鍛えてる? 腹筋もバキバキなのかな?」
「っ、てめぇ触んな!」
無遠慮にも手を伸ばしてきやがった。しかも笑いながら。
さすがにドン引きで手を叩いたら。
「ごめんね、つい」
「ンだよ。気持ち悪ぃな」
あっさりと引き下がった男に怒鳴りつける。なんかほんとイラつく顔してやがるな。
今すぐぶちのめしてやろうか、この野郎。だが視界の端にチラリと入った交番の建物。
ここでは面倒事を起こすべきじゃないってのはわかる。だから拳をギュッと握りしめて。
「チッ……死ね」
捨て台詞を吐くだけで見逃してやることにした。
男はやっぱりニヤけた顔で小さく頭を下げて行く。
「くそが」
一発くらい殴ってもよかったかもしれない、なんて思いながら俺はその場を後にした。
※※※
そんなことがあったのは数日前。
今度は駅前で信号待ちしていた時だった。
「……」
混んでるもんで人と人の距離が近い。目の前のやつのズボンに目が止まった。
後ろのポケットに長財布が無造作に突っ込まれていたからだ。
――バカじゃん、こいつ。
正直そう思った。
盗ってくれっていってるくらいの不用心さだ。ちょっと手を伸ばせばいける。
抜き取られた感覚でわかる? いやいや、だってこの状況だぞ。信号ももうすぐ青になる。
そうすりゃ、何食わぬ顔で逃げることだってわけないだろうよ。
ほんっと、長財布をそこに入れてる奴って頭を弱いんじゃねぇの。防犯意識ってもんが、って俺が言えた義理じゃねえか。
「……」
あと数秒、呼吸を整える。タイミングは大事で、相手や周りが歩き出した瞬間が狙い目なんだ。
この瞬間がいつもたまらない、万引きするときもだ。スリルとか緊張感ってやつなのか、頭ん中をそのアドレナリン? そういうのがドバドバ溢れて自然と息が荒くなりがちになる。
必死に気を落ち着けて、自分をなだめるしかない。
死ぬか生きるかみたいな思考じゃダメだ。ごく自然に、ごく当たり前にやり遂げなきゃいけない。
自分にそう言い聞かせながら、俺は手を伸ばす。
「っ、いた」
身体をさりげなく当てる。これは衝撃と財布をスられた感覚を相殺するためだ。んでもって振り返った時には財布と共に俺は消えてるってわけだ。
「バーカ」
なんにも気づかずのんびり足を踏み出している奴を内心で嘲笑いながら、俺は足早に横断歩道を渡りきった。
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