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楠木家の末路①

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 見合いの席で、高貴の機嫌が超下降したのは皇大郎が『こうちゃん』の事を忘れていなかったから。

 ――俺のことは忘れたクセに。

 憎かった。誰がお前をオメガメスにしたのか思い知らせたかった。
 
 だから頬を張られた時も悪態をつき続けた。
 でも婚約には漕ぎ着けた。
 
「お義兄にいさん」

 媚びた笑み。
 世の中で一番嫌いなタイプだが、利用だけはしたい男が目の前にいる。

「気が早いな、お前も」
「まあまあ。でも本当にあいつでいいんですか」  

 御笠 恭二という男は肩をすくめた。

「純正オメガの方が良いでしょうに。ま、オレには好都合ですがね。これで御笠家は安泰だ」
「……そんなもん関係ない」
「ダメだなぁ。貴方も高島家の跡取りなんだから、広い視点を持たなきゃ」

 この男、小賢しく口が回る厄介なタイプのペテン師だ。

 目の上のタンコブだった兄がオメガに堕ちて、さらに政略結婚として御笠家繁栄の養分となるのが嬉しくて仕方ないようで。
 
 ちなみに彼らは高校からの先輩後輩である。

「兄とはどうですか」
「どうって……ちゃんとメッセージのやり取りはしている」
「へぇ! あのタカキさんがねぇ」
「その名前で呼ぶのやめろ、俺は高 高貴こうきだ」
「あ、改名したんだっけ」

 人を食ったようなこの青年はまだ大学生だというのに、まるで老獪のようである。ただ野心は人一倍で、虎視眈々と目的のためなら他人の人生すら踏みにじるのを厭わないところが彼との共通点だろう。

「ちゃんとつなぎ止めておいてくださいね。あいつはオメガになっても生意気でいけませんから」
「別にバースなんて関係ないだろう、お前の兄貴だぞ」
「おや、意外だ。てっきりオメガを毛嫌いしているかと思ったのに」

 高貴はオメガをそばに置くのを良しとしなかった。
 家柄と学歴とルックス、おまけにアルファというオメガのみならずベータも放っておかないハイスペックであるのに関わらずだ。

 ベータの女性もだが特にオメガは男女共に近づかせない。
 性処理として相手をさせることもなかった。

「彼だけだ」

 ほとんどつぶやくように言うと恭二は心底驚いたように。

「マジかよ」

 と吐き捨てた。

「よほど趣味が悪いとみえる。ま、それについてはとやかく言いませんがね。とにかくちゃんと連絡はとってくださいね。オメガってやつは男も女も浅ましい生き物なんで」
「毎朝やりとりしているから心配ない。ただたまに彼から食事の誘いがあるが、そういう時に限って仕事が入る……」

 眉間にシワをよせてため息をついた。
 
 高島家の跡取りとして若くしてすでに会社をいくつもまかされている。
 他業種との繋がりも大切なので会食や会議、社長自ら営業に回ることもあった。

 若いからこそ疎かにできぬ、と血反吐を吐いてやってきた努力である。

「皇大郎があからさまにガッカリした様子なのが見ていてとても可愛らしい」
「……うげぇ」
 
 本心なのであろう、しかし冷徹で傍若無人と陰口される男とは思えぬ。
 恭二も驚きとゲンナリ感で呻くほどで。

「お義兄さんの新たな一面だな。めちゃくちゃ気色悪いけど」
「ずいぶん失礼なやつだな」
「いえいえ、親愛のジョークってやつですよ」

 そう、つまり放置したつもりは微塵もなかった。
 むしろ結婚に内心少し浮かれてさえいたのだ。
 
 婚約者を自分の会社で雇用したのも自らの働いてるカッコイイ姿(?) をドヤ顔で見せつけたかったのと、単純に監視下において眺めていたかっただけである。

 ちなみに見守っているつもりの顔は持ち前の性格の極悪さで、冷たいスン顔になっている。
 ひねくれた人間は表情筋までひねくれるのかもしれない。

 さらに言えばスタンプひとつでコミュニケーションをとったつもりになるのもたいがいである。

 高貴には恋人がいた事がない。それだけでなく彼を監禁するまで童貞だったのだ。
 誘いを断った後のアフターフォローもできぬ朴念仁。むしろ言動が乱暴なのは男らしくてカッコイイと思ってすらいる万年厨二病の痛々しい男。

「浮気も今だけは……って忠告しようと思ったが余計なお節介なようですね」
「浮気なんかしない。あいつがしても許さないが」
「おお怖い」

 ここだけみるとたいそう愛妻家 (婚約者だが)に見えるが、しかし傍から見れば放置と暴言暴行の極悪人なのを忘れてはいけない。

 しかも罪を犯した意識さえないのだから救いようがなかった。

「ま、逃げられないよう上手くやってくださいよ。お義兄さん」
「だから気が早いと言ってるだろう」

 そう言いつつ、挙式のあとはまとまった休みをとるために仕事に明け暮れていたりする。
 これだけとってみれば本当に愛情深い男である。

 してきたことですべて帳消しになっているが、本人は気づいていない。




 ※※※

 を知った瞬間、再びあの感覚に襲われた。

 ――許さない。

 まず社内にばら撒かれた根も葉もない噂話。

「楠木 櫻子とかいうクソ女を呼び出せ……いや、やはり良い。どうせあいつの足元にも及ばない下卑たブスだ、顔も見たくない」

 だから眉間に青筋を立てながらも淡々と処分を下した。
 
「楠木家か」

 部屋にぶちまけられた写真を見た時、それが上手くつくられた合成であることはすぐに理解できた。

 しかしなぜそれが合成だとわかったのか。

 すべてが楠木 櫻子の虚言であり、でっち上げだからだ。

「ふざけやがって」

 写真をゴミ箱に突っ込んだ。触りたくもない、汚らわしい。
 
 怒りに目頭が熱くなり、ふと脳内で。

『また泣いてる、本当に君ってやつは泣き虫なんだから』

 と幼い頃の彼が少し呆れた笑顔で、ハンカチで涙を拭いてくれる妄想でなんとか精神崩壊を食い止める。

 ――やはり家ごと潰すか。

 高貴は目尻に涙を浮かべつつ、嗜虐的な笑みを浮かべた。
 

 
 

 
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