上 下
23 / 32

悪役アルファは壊れた運命の輪をまわす

しおりを挟む
 少年は孤独だった。
 
 母親が死んでから、父は彼に微塵も興味を持たなかった。

 広い屋敷に与えられたのは物ばかり。
 当然、使用人たちに世話こそされていたが愛情というものを知らずに育った。

 その結果、足りないモノを埋めるように過食に走る。
 醜く超え太ったオドオドして泣き虫の金持ちボンボンの出来上がりであった。

 そんな卑屈で陰険な少年に転機が訪れた。

『お前、鼻血出てるぞ』

 そう言って差し出されたハンカチは綺麗にアイロンがけされ良い匂いがする。

 ――こいつ、欲しい。

 瞬間的にそう思った。思わずその白魚のような手を掴むと。

『なんだ握手か? そのハンカチはやるよ。僕はたくさん持っているから』

 そう言ってハンカチの持ち主は綺麗な顔で笑った。
 ハンカチより良い匂いがした。

『あ、あぁあ……うん、んん』

 吃るのは昔からのクセだったがこれ程恥ずかしかったことは無く、顔が赤らみ目頭が熱くなった。

『泣き虫だなぁ。男が鼻血くらいで泣くなよ』

 そう言ってまた微笑むハンカチの持ち主。
 少しクセのある髪は伸ばせばきっと可愛らしい巻き毛になるだろう。大きな目はクソ生意気な従姉妹の持っている人形よりキラキラしていて可愛らしい。

『名前は?』

 そう問われうつむきつつ答える。

『こ、高貴たかき……俺の、名前』
『僕は皇大郎、また会えるといいな』
『ッ、うううう、うん!』
『あはは、じゃあな泣き虫』

 吃音もバカにしなかった。畏れも侮蔑もなく、対等に笑いかけてくれたのだ。

 ――俺のだ。

 昔から欲しがるものを欲しがるだけ与えられてきた。
 しかしそこではじめて欲しがっても手に入らぬモノを知ってしまった。

『お前、。こうちゃんと僕、将来結婚するんだ』

 こうちゃん――それは彼の一つ下の弟。
 自分と違って美少女と見まごうばかりの可憐な少年であった。
 父は母の忘れ形見とばかりに彼を慈しんだ。
 父だけでは無い。太った醜い兄ではなく、可愛らしい人形のような弟を皆愛するのだ。

 高貴たかきはその日、一晩中泣いた。
 泣いて泣いて、まん丸の顔を真っ赤にして。
 食欲も湧かなかった。
 
 はじめて一目惚れをしてものの数分で失恋したのだ。しかも彼もまた皆が愛する弟を愛してしまった。

 ――俺のものなのに!

 欲しいモノは駄々をこねれば全部与えられてきた。
 高級なお菓子も玩具も。しかしすべて楽しむのはたった一人。
 弟は父の膝で絵本を読んでもらうのに、彼だけの子供部屋で膝を抱えてテレビを眺める。
 
 甘えたかった。
 微笑みかけてくれるだけで良かったのに。

 肝心なモノを与えられずに少年は恋をしたのだ。

 ――ああそうか。

 取り返せばいい。





 ※※※

 愛されなかった少年は大きくなった。
 太って醜かった身体は背が伸びて、肉に埋もれていた顔もすっきりと精悍なものとなった。

「父さん。俺、改名しようと思うんです」

 少年、もとい青年は言った。

「とはいっても読み方だけを。高貴たかきから高貴こうきに変えたいんです」

 こうちゃん、と呼ばれ皆から愛された弟はもういない。
 弟がいなくなってから父親はようやく残された兄の方に目を向ける気になったらしい。

 さらに彼はもうあの時の少年ではない。
 血のにじむような努力をしてきたのだ。それもひとえに運命と決めた初恋を成就させるために。

 ――会ったら何を話そうか。

 立派になったと褒めてくれるかもしれない。それともまたしょうがないな、とハンカチを貸してくれるかも。

「たろくん、かぁ」

 あの結婚の約束を覚えているといいのだが。

「俺が……こうちゃんだよ、皇大郎」

 鏡の中の青年は歪んだ笑みを浮かべた。




 ――ああどうして。

 身体中の血液が凍りついたあと、一気に沸騰したような感覚。
 目の前が黒く塗りつぶされたかと思えば、一気に赤く染まる。

 大切にしていた初恋。名前さえ変えれば、美しかった弟に成り代われば手に入れられると思った。
 
 そのために彼を……。

 気づけば監禁していた。
 何度も何度も嬲りいたぶって、犯し尽くした。

 嫌だ嫌だと言われるたびに身体中に噛み跡をつけてやったし、痛いと泣き叫ばれるたびに興奮もした。

 綺麗だがかれにとって忌々しい記憶を全部穢して壊したい。忘れろ、俺だけを見ろと何度も囁き続ける。

 太っていてワガママで性格の歪んだ醜い少年は青年の中で癇癪を起こす。

 ビッチングというものを見聞きしたのはずっとあとの事だ。
 たしかに色んな興奮剤を使った。あと皇大郎のアルファのフェロモンを抑えるためのものも大量に。

 そして極めつけはうなじにも噛み付いた。オメガと違って痕はすぐに消えてしまうと思うと悔しくて、何度も何とも。

 ――バースなんて関係ない。だって運命なんだから。

 奪った運命は廻る。壊れた人間たちを乗せて。

「皇大郎、俺を愛して」

 そうつぶやいてまた噛み付いた。






 
 





 



 


 
 

 
 


 


 


 
 
しおりを挟む
感想 19

あなたにおすすめの小説

初心者オメガは執着アルファの腕のなか

深嶋
BL
自分がベータであることを信じて疑わずに生きてきた圭人は、見知らぬアルファに声をかけられたことがきっかけとなり、二次性の再検査をすることに。その結果、自身が本当はオメガであったと知り、愕然とする。 オメガだと判明したことで否応なく変化していく日常に圭人は戸惑い、悩み、葛藤する日々。そんな圭人の前に、「運命の番」を自称するアルファの男が再び現れて……。 オメガとして未成熟な大学生の圭人と、圭人を番にしたい社会人アルファの男が、ゆっくりと愛を深めていきます。 穏やかさに滲む執着愛。望まぬ幸運に恵まれた主人公が、悩みながらも運命の出会いに向き合っていくお話です。本編、攻め編ともに完結済。

【完結】幼馴染から離れたい。

June
BL
隣に立つのは運命の番なんだ。 βの谷口優希にはαである幼馴染の伊賀崎朔がいる。だが、ある日の出来事をきっかけに、幼馴染以上に大切な存在だったのだと気づいてしまう。 番外編 伊賀崎朔視点もあります。 (12月:改正版) 読んでくださった読者の皆様、たくさんの❤️ありがとうございます😭

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

【完】僕の弟と僕の護衛騎士は、赤い糸で繋がっている

たまとら
BL
赤い糸が見えるキリルは、自分には糸が無いのでやさぐれ気味です

侯爵令息は婚約者の王太子を弟に奪われました。

克全
BL
「カクヨム」と「小説家になろう」にも投稿しています。

婚約者に会いに行ったらば

龍の御寮さん
BL
王都で暮らす婚約者レオンのもとへと会いに行ったミシェル。 そこで見たのは、レオンをお父さんと呼ぶ子供と仲良さそうに並ぶ女性の姿。 ショックでその場を逃げ出したミシェルは―― 何とか弁解しようするレオンとなぜか記憶を失ったミシェル。 そこには何やら事件も絡んできて? 傷つけられたミシェルが幸せになるまでのお話です。

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

嘘つきの婚約破棄計画

はなげ
BL
好きな人がいるのに受との婚約を命じられた攻(騎士)×攻めにずっと片思いしている受(悪息) 攻が好きな人と結婚できるように婚約破棄しようと奮闘する受の話です。

処理中です...