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悪役アルファは壊れた運命の輪をまわす
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少年は孤独だった。
母親が死んでから、父は彼に微塵も興味を持たなかった。
広い屋敷に与えられたのは物ばかり。
当然、使用人たちに世話こそされていたが愛情というものを知らずに育った。
その結果、足りないモノを埋めるように過食に走る。
醜く超え太ったオドオドして泣き虫の金持ちボンボンの出来上がりであった。
そんな卑屈で陰険な少年に転機が訪れた。
『お前、鼻血出てるぞ』
そう言って差し出されたハンカチは綺麗にアイロンがけされ良い匂いがする。
――こいつ、欲しい。
瞬間的にそう思った。思わずその白魚のような手を掴むと。
『なんだ握手か? そのハンカチはやるよ。僕はたくさん持っているから』
そう言ってハンカチの持ち主は綺麗な顔で笑った。
ハンカチより良い匂いがした。
『あ、あぁあ……うん、んん』
吃るのは昔からのクセだったがこれ程恥ずかしかったことは無く、顔が赤らみ目頭が熱くなった。
『泣き虫だなぁ。男が鼻血くらいで泣くなよ』
そう言ってまた微笑むハンカチの持ち主。
少しクセのある髪は伸ばせばきっと可愛らしい巻き毛になるだろう。大きな目はクソ生意気な従姉妹の持っている人形よりキラキラしていて可愛らしい。
『名前は?』
そう問われうつむきつつ答える。
『こ、高貴……俺の、名前』
『僕は皇大郎、また会えるといいな』
『ッ、うううう、うん!』
『あはは、じゃあな泣き虫』
吃音もバカにしなかった。畏れも侮蔑もなく、対等に笑いかけてくれたのだ。
――俺のだ。
昔から欲しがるものを欲しがるだけ与えられてきた。
しかしそこではじめて欲しがっても手に入らぬモノを知ってしまった。
『お前、こうちゃんの兄ちゃんだよな。こうちゃんと僕、将来結婚するんだ』
こうちゃん――それは彼の一つ下の弟。
自分と違って美少女と見まごうばかりの可憐な少年であった。
父は母の忘れ形見とばかりに彼を慈しんだ。
父だけでは無い。太った醜い兄ではなく、可愛らしい人形のような弟を皆愛するのだ。
高貴はその日、一晩中泣いた。
泣いて泣いて、まん丸の顔を真っ赤にして。
食欲も湧かなかった。
はじめて一目惚れをしてものの数分で失恋したのだ。しかも彼もまた皆が愛する弟を愛してしまった。
――俺のものなのに!
欲しいモノは駄々をこねれば全部与えられてきた。
高級なお菓子も玩具も。しかしすべて楽しむのはたった一人。
弟は父の膝で絵本を読んでもらうのに、彼だけの子供部屋で膝を抱えてテレビを眺める。
甘えたかった。
微笑みかけてくれるだけで良かったのに。
肝心なモノを与えられずに少年は恋をしたのだ。
――ああそうか。
取り返せばいい。
※※※
愛されなかった少年は大きくなった。
太って醜かった身体は背が伸びて、肉に埋もれていた顔もすっきりと精悍なものとなった。
「父さん。俺、改名しようと思うんです」
少年、もとい青年は言った。
「とはいっても読み方だけを。高貴から高貴に変えたいんです」
こうちゃん、と呼ばれ皆から愛された弟はもういない。
弟がいなくなってから父親はようやく残された兄の方に目を向ける気になったらしい。
さらに彼はもうあの時の少年ではない。
血のにじむような努力をしてきたのだ。それもひとえに運命と決めた初恋を成就させるために。
――会ったら何を話そうか。
立派になったと褒めてくれるかもしれない。それともまたしょうがないな、とハンカチを貸してくれるかも。
「たろくん、かぁ」
あの結婚の約束を覚えているといいのだが。
「俺が……こうちゃんだよ、皇大郎」
鏡の中の青年は歪んだ笑みを浮かべた。
――ああどうして。
身体中の血液が凍りついたあと、一気に沸騰したような感覚。
目の前が黒く塗りつぶされたかと思えば、一気に赤く染まる。
大切にしていた初恋。名前さえ変えれば、美しかった弟に成り代われば手に入れられると思った。
そのために彼を……。
気づけば監禁していた。
何度も何度も嬲りいたぶって、犯し尽くした。
嫌だ嫌だと言われるたびに身体中に噛み跡をつけてやったし、痛いと泣き叫ばれるたびに興奮もした。
綺麗だがかれにとって忌々しい記憶を全部穢して壊したい。忘れろ、俺だけを見ろと何度も囁き続ける。
太っていてワガママで性格の歪んだ醜い少年は青年の中で癇癪を起こす。
ビッチングというものを見聞きしたのはずっとあとの事だ。
たしかに色んな興奮剤を使った。あと皇大郎のアルファのフェロモンを抑えるためのものも大量に。
そして極めつけはうなじにも噛み付いた。オメガと違って痕はすぐに消えてしまうと思うと悔しくて、何度も何とも。
――バースなんて関係ない。だって運命なんだから。
奪った運命は廻る。壊れた人間たちを乗せて。
「皇大郎、俺を愛して」
そうつぶやいてまた噛み付いた。
母親が死んでから、父は彼に微塵も興味を持たなかった。
広い屋敷に与えられたのは物ばかり。
当然、使用人たちに世話こそされていたが愛情というものを知らずに育った。
その結果、足りないモノを埋めるように過食に走る。
醜く超え太ったオドオドして泣き虫の金持ちボンボンの出来上がりであった。
そんな卑屈で陰険な少年に転機が訪れた。
『お前、鼻血出てるぞ』
そう言って差し出されたハンカチは綺麗にアイロンがけされ良い匂いがする。
――こいつ、欲しい。
瞬間的にそう思った。思わずその白魚のような手を掴むと。
『なんだ握手か? そのハンカチはやるよ。僕はたくさん持っているから』
そう言ってハンカチの持ち主は綺麗な顔で笑った。
ハンカチより良い匂いがした。
『あ、あぁあ……うん、んん』
吃るのは昔からのクセだったがこれ程恥ずかしかったことは無く、顔が赤らみ目頭が熱くなった。
『泣き虫だなぁ。男が鼻血くらいで泣くなよ』
そう言ってまた微笑むハンカチの持ち主。
少しクセのある髪は伸ばせばきっと可愛らしい巻き毛になるだろう。大きな目はクソ生意気な従姉妹の持っている人形よりキラキラしていて可愛らしい。
『名前は?』
そう問われうつむきつつ答える。
『こ、高貴……俺の、名前』
『僕は皇大郎、また会えるといいな』
『ッ、うううう、うん!』
『あはは、じゃあな泣き虫』
吃音もバカにしなかった。畏れも侮蔑もなく、対等に笑いかけてくれたのだ。
――俺のだ。
昔から欲しがるものを欲しがるだけ与えられてきた。
しかしそこではじめて欲しがっても手に入らぬモノを知ってしまった。
『お前、こうちゃんの兄ちゃんだよな。こうちゃんと僕、将来結婚するんだ』
こうちゃん――それは彼の一つ下の弟。
自分と違って美少女と見まごうばかりの可憐な少年であった。
父は母の忘れ形見とばかりに彼を慈しんだ。
父だけでは無い。太った醜い兄ではなく、可愛らしい人形のような弟を皆愛するのだ。
高貴はその日、一晩中泣いた。
泣いて泣いて、まん丸の顔を真っ赤にして。
食欲も湧かなかった。
はじめて一目惚れをしてものの数分で失恋したのだ。しかも彼もまた皆が愛する弟を愛してしまった。
――俺のものなのに!
欲しいモノは駄々をこねれば全部与えられてきた。
高級なお菓子も玩具も。しかしすべて楽しむのはたった一人。
弟は父の膝で絵本を読んでもらうのに、彼だけの子供部屋で膝を抱えてテレビを眺める。
甘えたかった。
微笑みかけてくれるだけで良かったのに。
肝心なモノを与えられずに少年は恋をしたのだ。
――ああそうか。
取り返せばいい。
※※※
愛されなかった少年は大きくなった。
太って醜かった身体は背が伸びて、肉に埋もれていた顔もすっきりと精悍なものとなった。
「父さん。俺、改名しようと思うんです」
少年、もとい青年は言った。
「とはいっても読み方だけを。高貴から高貴に変えたいんです」
こうちゃん、と呼ばれ皆から愛された弟はもういない。
弟がいなくなってから父親はようやく残された兄の方に目を向ける気になったらしい。
さらに彼はもうあの時の少年ではない。
血のにじむような努力をしてきたのだ。それもひとえに運命と決めた初恋を成就させるために。
――会ったら何を話そうか。
立派になったと褒めてくれるかもしれない。それともまたしょうがないな、とハンカチを貸してくれるかも。
「たろくん、かぁ」
あの結婚の約束を覚えているといいのだが。
「俺が……こうちゃんだよ、皇大郎」
鏡の中の青年は歪んだ笑みを浮かべた。
――ああどうして。
身体中の血液が凍りついたあと、一気に沸騰したような感覚。
目の前が黒く塗りつぶされたかと思えば、一気に赤く染まる。
大切にしていた初恋。名前さえ変えれば、美しかった弟に成り代われば手に入れられると思った。
そのために彼を……。
気づけば監禁していた。
何度も何度も嬲りいたぶって、犯し尽くした。
嫌だ嫌だと言われるたびに身体中に噛み跡をつけてやったし、痛いと泣き叫ばれるたびに興奮もした。
綺麗だがかれにとって忌々しい記憶を全部穢して壊したい。忘れろ、俺だけを見ろと何度も囁き続ける。
太っていてワガママで性格の歪んだ醜い少年は青年の中で癇癪を起こす。
ビッチングというものを見聞きしたのはずっとあとの事だ。
たしかに色んな興奮剤を使った。あと皇大郎のアルファのフェロモンを抑えるためのものも大量に。
そして極めつけはうなじにも噛み付いた。オメガと違って痕はすぐに消えてしまうと思うと悔しくて、何度も何とも。
――バースなんて関係ない。だって運命なんだから。
奪った運命は廻る。壊れた人間たちを乗せて。
「皇大郎、俺を愛して」
そうつぶやいてまた噛み付いた。
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