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決別と決意と

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「……んで、二人まとめてオレんとこに家出してきたってワケか」
「僕は違います」

 涼介はどこか面白がる顔でいるのを、皇大郎はムッとして言い返す。

「朱音ちゃんが帰りたがらないから。涼介さんのところで保護してもらおうと」
「皇大郎はどうすんの」
「僕は――」

 あの家を出るつもりだった。幸い、荷物なんてほとんどない。

 泣き疲れて眠ってしまった朱音を客間に寝かせた後、涼介はコーヒーの注がれたカップを二つテーブルに置いた。
 
「まさかアイツらに何も言わず出ていくつもりじゃないだろうな」

 呆れたように言われたが当たり前である。
 なんせ突然、自宅に小学生を伴って押しかけたのだ。追い返すことなく、すんなり入れてくれただけでも親切というものだ。

「今度こそ朱音のやつ、グレちまうぞ。それに健二だって」
「そうですかね」

 皇大郎は湯気の立つコーヒーにそっと息を吹きかける。

「意外と、はいサヨナラって忘れちゃうかも。それに僕がいると二人に迷惑かけますから」

 なぜ恭二があの街にいたのかは分からないが、偶然ではないのは確かだろう。
 
「弟は、僕に対する嫌がらせ行為が趣味なんです」

 幼い頃から苦手な虫を背中に入れたり、持ち物を片っ端からイタズラしたり隠したり盗んだり。学校で妙な噂をばらまかれたこともあった。

「そもそも嫌われてる理由もよく分からなくて」

 一度、あまりにも不思議で訊ねてみたことがある。
 すると恭二は切れ長の目を一瞬だけ見開いて。

『兄さんはオレの人生における恥部だから』

 なんて意味の分からない事を言われて終わった。
 ちなみにその日の夜、財布から札を全部抜かれていたというとんでもないオマケつきである。
 
「ああいうのをサイコパスっていうのかなぁ」

 身内にヤバいやつがいるなんて思いたくないけれど、他人を社会的に抹殺して心の底から嬉しそうに笑う弟を目の前で見ていれば自然とそんな結論に達してしまう。

 きっと健二のこともある事ない事言って、洗脳に近い説得をしたのだ。
 
 戻ればどんな目に遭うか分からない。だったら逃げるしかない。たった一人、知らない土地にでも行こうか。

「ふうん。で、今回もその弟にいいようにヤられるワケね」
「その言い方、イヤだなぁ」
「でも本当のことじゃん」

 脅されて婚約させられて、やっと逃げ出したのにまたその存在に怯えて逃げ出す。

「それでいいのかよ、皇大郎の人生」

 いいわけがない。しかし。

「一人でどう戦えっていうんだ」

 逃げ出すのも勇気を振り絞ったのに。
 本当に挫けた時は逃げ出すことすら出来なかった。それを一念発起したのだ。
 
「お前ね。オレの商売を忘れちゃいないか」
「商売?」
「ペット探しから人探し、喧嘩の代行、あとは退職代行、ええっと……とにかくありとあらゆる事をやってやるってこと」
「それって」

 涼介の逞しい腕が伸びてくる。
 くしゃくしゃとまるで犬を褒めるかのように頭を撫でて、ニッと笑った。

「お代は、今度メシでも付き合ってくれたらいい」
「でも!」
「これでもお前のことはんだぜ」
「弟……」

 胸がしめつけられるように痛んだ。
 仄かな恋愛感情が悲鳴をあげている。嫉妬なんてしない。

 きっと彼が本当に気がかりなのは健二のことだ。 
 それが嫌というほど分かっているから、だからこの優しさに縋ってしまおうと思った。

 ――今くらい良いよね。

「涼介さん」

 いまだに髪を撫でる指に、自分のそれを絡めてみる。

「僕も一晩だけ泊めてくれませんか」

 ガラにもない気分になった。目の前の男を誘惑したい、そんな気分に。
 
「っ、おい」

 ひくりと鼻を鳴らして涼介が立ち上がった。
 彼の鋭い嗅覚はとらえたのだろう。

 ずっと来るのなかった発情期の訪れを。

「なんか……身体……あつ、い」

 急激に上がる熱と共にたまらない疼きが襲ってくる。

「発情期か」
「なん、で……薬……のんでる、のに」
 
 それは純正のオメガで尚且つきちんとホルモンバランスが整っている、または番のいるオメガの場合である。

 一般的には番を作れば、その相手以外しかフェロモンに反応しなくなる。しかし皇大郎はそうではない。

 適切な治療を受けてかなり安定したとはいえ、体調やストレスなどで簡単に調子を崩すことなんてあるのだ。

「ご、ごめんな、さい……っ、僕、もう出て……」
「こんな状態で外に出せるかよ! ちょっ、落ち着けって」

 慌てて立ち上がろうとすると抱き寄せられた。
 
「ひゃぁっ!?」

 好きな人に触れられた、というだけで変な声が出てしまう。しかしすぐに顔を真っ赤にして。

「ちがっ……も、もうかえりますっ、薬、のまないと……!」
「薬飲んだって治んねぇだろ、それ」
「で、でも、僕……」

 このままではダメだ。抱いて欲しいとすがってしまう。
 
 ――今夜くらい。
 
 彼は優しいから応じてくれるかもしれない。しかしそんなつけ込むようなこと。

 ぐるぐるとそんな思考が回り、頭のみならず意識まで怪しくなってくる。

「たしかに良い匂いなんだよなぁ、これ。」

 ――え、好き (とは言ってない) 僕のことが?

「なあ苦しいんだろ」

 ――苦しい。抱いてほしい。抱いて。

「皇大郎」

 ――もっと名前呼んで。

「何して欲しい? 言ってみな」

 ――なにって……。

「やばいぞ、息が荒い。もしや気道確保した方がいいのか」

 ――気道確保? つまりそれってキス?? 

 低くて甘い声に脳みその芯まで蕩けてしまいそうで、あらぬ連想までしてしまう始末。

「脈もはやいな」

 ――ドキドキしてる、もうダメ。

 強制的に起こされる発情期とは違い、肉欲のみならず感情的に溺れていく。
 
「涼介……さん……僕……」
「ったく仕方ねぇなぁ」

 彼がなにやら思案した顔をしてやおらに腰を引き寄せた、その時だった。

「っ、ちょっと待ったあァァァッ!」

 部屋のドアが激しい音を立てる。

 そこには汗だくで息を荒らげ震える男と、それを必死でとどめようとする男女一人ずつの計三人が。

「へ?」
「おーお、お前らようやく来たかぁ!」

 どこかホッとした様子で皇大郎からパッと離れる涼介。

「いつまで経っても来ねぇんだもん、焦ったぜ」
「……ったい、ヤだ」
「おいおい。もしかしてお前泣いてるのかよ」
「ぜっだい゙ッ、や゙だ!!!」

 汗だく男はなんと泣いてるらしい。
 皇大郎は唖然とした。身体の熱も忘れるくらい、驚愕とパニックでフリーズしてしまったのだ。

 ――なんで彼がこんなところに? なんで? え、泣いて……え??? いや、なんで!?

「そろそろ幕引きなんじゃねぇのかよ、なあ」

 涼介が、唇を血が出るほど噛み締め泣く男に声をかけた。

「言わねぇと分かんねぇぞ、

 

  



 ※次から攻め視点となります。ご容赦ください。

 

 
 

 
 
 
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