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恋煩いは全年齢対象②
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これほど気まずい空気はなかった。
「……」
――え、なんだこの子。
「……」
――なんでこんなに睨んでくるんだ。
「……」
己を睨みつける少年との一対一の時間。
何故こんなことになったかというと。
「あ、朱音たちはどこまで行ったんだかなぁ」
「……」
「えっと、アツキ君だっけ?」
「……」
「ええっとぉ」
家に来たのは三人。女子が二人と男子が一人、それが彼だ。
家に入る時はきちんと挨拶もしていたし靴も揃えていた。
一人の女子が丁寧にも菓子の手土産を持参するくらいだったのだ。
しかし。
『ごめん! 今、亀の水槽に仕掛けた罠が作動したって。ちょっくら犯人の顔を拝んでくる!!』
となぜか朱音ふくめて女子三人が家を飛び出してしまったのだ。
――ったく、宿題から逃げたな。
そこは後で健二にゲンコツ落としてもらうとして。
なぜかその場に残ったのはアツキという少年だった。
「アツキ君はいつも朱音と仲良くしてくれてるんだよね?」
「……」
「どうかなぁ。あの子、とても元気だけど少し元気過ぎるっていうか――」
「さっきから朱音の事ばっかりじゃん」
「へ?」
ようやく言葉を発したかと思いきや、ぶすっとした一言。
そこから堰を切ったように。
「あんた朱音のなんなんだよ」
「え?」
「父ちゃんじゃ、ないよな」
「ん?」
「あいつの母ちゃんの彼氏?」
「ん、いや……」
「てかあんたは恋人いんの」
「うっ」
「便利屋のおっさんと仲良いけどまさか違うよな?」
「おっさんって……」
「答えろよ、あんた恋人いんの? 好きなタイプは? あとスリーサイズと好きな食べ物」
「ちょっと!」
無表情で矢継ぎ早に聞いてくる。しかもテーブルは挟んでいるものの、圧がすごい。
皇大郎は思わず待ったをかけた。
「あ、あのね。質問の意味が……恋人は確かにいないし、ええっと好きな食べ物は……うん、カレーかな! スリーサイズは秘密、ってなんで知りたがるんだよ」
「そっか」
少年は特に笑うわけでもなくいつの間にか取り出したメモ帳に書き込んでいる。その間もずっと無表情だ。
一体なにがしたいのか分からない。
「あのさ、もしかして朱音ちゃんのことが好きなのかな」
「……は?」
なにも考えず思いついたことを口にすると、案外驚いたような声が返ってきた。
これはひょっとしてひょっとするかもと思い質問を重ねてみる。
「もしかしてこれ、親に根回し的な事なんだったら心配しなくていいよ。僕はあの子の親じゃないけどあの子の素敵な所はたくさん知ってる。もちろんあの子の親のもね。大丈夫、真摯に向き合えばきっとどんな形でも応えてくれ――」
「全然、ちがう」
「え?」
吐き捨てるような、怒りを我慢するような声。
見れば、少年は無表情のまま震えてその目にはうっすら雫が滲んでいて。
「えっ、ご、ごめ……どうしたの!?」
「オレはあんたが好きだから。好きなタイプも答えてくれないし、朱音朱音って」
「ええっ!?」
――この子、僕のこと好きだったのか!
あれだけ睨まれたし舌も出されたけど、もしかしてあれは愛情表現? とても分かりづらい。
とはいえまだ子ども。ぽろぽろと涙を流して泣くアツキという少年の隣に慌てていく。
「ご、ごめんっ、そんなつもりはなくて。いや全然気づかなかったなぁ」
「……好きなタイプ」
「へ?」
「好きなタイプ聞いてない」
「あ、ああ、うん? ええっとぉ」
――そんなこと言われても。
いっそ正直に言ってしまおうか。好きなタイプは派手髪イケメンで筋肉質なお兄さんだと。
しかしそんなことすれば確実に大泣きだ。
というか幼い恋心を傷つけたくない。ただその一心で。
「す、好きなタイプね……えっと、やっぱりカッコイイ人、かな」
「カッコイイ?」
「そう。勉強頑張っていて出来ないことも努力するような。あと不器用でも優しくて。僕のことを傷つけない人、かなぁ」
最後は少し悲しい気分になりながらそう言って微笑んだ。
すると涙を拭うことも忘れた様子の少年は。
「……そうか、オレだな」
とぎこちなく笑顔を浮かべた。
普段あまり笑うのが得意でないのかもしれない。それはとても不器用で、でも優しい笑顔だった。
「オレ、まだ自分がガキなのは知ってる。でもすぐ成長するから。子どもの成長は早いってうちの母ちゃんも言ってるし」
「うん?」
まあそれはだいたい少し別の意味なのだが。しかしここで訂正するのも違うだろう。
だからうなずいておいた。
「あんた、名前教えて」
「皇大郎だよ。朱音ちゃんにはたろくんって」
「じゃあ皇大郎って呼ぶ」
「え?」
彼は少し頬を膨らませた。
「朱里はライバルだ。ライバルと同じ呼び方なんてしねぇ」
「なるほど?」
そういうものか。というかライバルになるのかと皇大郎ははじめて知った。
考えれば確かにそうか。好きな男と一緒に暮らしているから。
「オレが成長してデカくなったら迎えに行くから」
「アツキ君が?」
「うん。あんたはオレのお嫁さんだからな」
「お、およ……?」
なんか急激に話が進んでしまっている。
そこでようやく彼に待ったをかけた。
「ちょ、ちょっと待って。さすがにそういう訳にはいかないよ」
「なんで」
「なんでって……」
好きな人はいるが望みの薄い片思いだ。一生打ち明けるつもりは無い。
それに今は生きていくだけで精一杯で、惚れた腫れたをしている場合ではない。そもそも。
「小学生相手だと僕が捕まっちゃうかな」
「!」
彼は考えていなかったという様子で目を見開き驚く。
「そうか……オレ……やっぱり」
「ごめんね? それに僕は君の気持ちに応えられな――」
「じゃあやっぱり待ってて!」
「へ?」
叫ぶように言った。
「オレが大人になって、それでも皇大郎が惚れてくれなかったら諦めるから」
「えぇっと……」
――普通は逆なんじゃないかな。君が大きくなっても僕のことを好きだったら、的な。
と思いつつ、なんだか切ないような眩しいような気分になった。
きっとこの少年も、今という煌めいた時間が永遠に続くと思い込んでいるのだ。
現実はそう甘くないのに。
『……本当に君は泣き虫だね』
ふと脳裏に響くのは、声変わり前の自分の声だ。
『……大人になったら僕が絶対に迎えに行くから』
『……そしたら笑ってくれる?』
高貴はなんと返してくれただろう。
――もう関係ないか。
皇大郎は目の前の少年に向かって口を開いた。
「……」
――え、なんだこの子。
「……」
――なんでこんなに睨んでくるんだ。
「……」
己を睨みつける少年との一対一の時間。
何故こんなことになったかというと。
「あ、朱音たちはどこまで行ったんだかなぁ」
「……」
「えっと、アツキ君だっけ?」
「……」
「ええっとぉ」
家に来たのは三人。女子が二人と男子が一人、それが彼だ。
家に入る時はきちんと挨拶もしていたし靴も揃えていた。
一人の女子が丁寧にも菓子の手土産を持参するくらいだったのだ。
しかし。
『ごめん! 今、亀の水槽に仕掛けた罠が作動したって。ちょっくら犯人の顔を拝んでくる!!』
となぜか朱音ふくめて女子三人が家を飛び出してしまったのだ。
――ったく、宿題から逃げたな。
そこは後で健二にゲンコツ落としてもらうとして。
なぜかその場に残ったのはアツキという少年だった。
「アツキ君はいつも朱音と仲良くしてくれてるんだよね?」
「……」
「どうかなぁ。あの子、とても元気だけど少し元気過ぎるっていうか――」
「さっきから朱音の事ばっかりじゃん」
「へ?」
ようやく言葉を発したかと思いきや、ぶすっとした一言。
そこから堰を切ったように。
「あんた朱音のなんなんだよ」
「え?」
「父ちゃんじゃ、ないよな」
「ん?」
「あいつの母ちゃんの彼氏?」
「ん、いや……」
「てかあんたは恋人いんの」
「うっ」
「便利屋のおっさんと仲良いけどまさか違うよな?」
「おっさんって……」
「答えろよ、あんた恋人いんの? 好きなタイプは? あとスリーサイズと好きな食べ物」
「ちょっと!」
無表情で矢継ぎ早に聞いてくる。しかもテーブルは挟んでいるものの、圧がすごい。
皇大郎は思わず待ったをかけた。
「あ、あのね。質問の意味が……恋人は確かにいないし、ええっと好きな食べ物は……うん、カレーかな! スリーサイズは秘密、ってなんで知りたがるんだよ」
「そっか」
少年は特に笑うわけでもなくいつの間にか取り出したメモ帳に書き込んでいる。その間もずっと無表情だ。
一体なにがしたいのか分からない。
「あのさ、もしかして朱音ちゃんのことが好きなのかな」
「……は?」
なにも考えず思いついたことを口にすると、案外驚いたような声が返ってきた。
これはひょっとしてひょっとするかもと思い質問を重ねてみる。
「もしかしてこれ、親に根回し的な事なんだったら心配しなくていいよ。僕はあの子の親じゃないけどあの子の素敵な所はたくさん知ってる。もちろんあの子の親のもね。大丈夫、真摯に向き合えばきっとどんな形でも応えてくれ――」
「全然、ちがう」
「え?」
吐き捨てるような、怒りを我慢するような声。
見れば、少年は無表情のまま震えてその目にはうっすら雫が滲んでいて。
「えっ、ご、ごめ……どうしたの!?」
「オレはあんたが好きだから。好きなタイプも答えてくれないし、朱音朱音って」
「ええっ!?」
――この子、僕のこと好きだったのか!
あれだけ睨まれたし舌も出されたけど、もしかしてあれは愛情表現? とても分かりづらい。
とはいえまだ子ども。ぽろぽろと涙を流して泣くアツキという少年の隣に慌てていく。
「ご、ごめんっ、そんなつもりはなくて。いや全然気づかなかったなぁ」
「……好きなタイプ」
「へ?」
「好きなタイプ聞いてない」
「あ、ああ、うん? ええっとぉ」
――そんなこと言われても。
いっそ正直に言ってしまおうか。好きなタイプは派手髪イケメンで筋肉質なお兄さんだと。
しかしそんなことすれば確実に大泣きだ。
というか幼い恋心を傷つけたくない。ただその一心で。
「す、好きなタイプね……えっと、やっぱりカッコイイ人、かな」
「カッコイイ?」
「そう。勉強頑張っていて出来ないことも努力するような。あと不器用でも優しくて。僕のことを傷つけない人、かなぁ」
最後は少し悲しい気分になりながらそう言って微笑んだ。
すると涙を拭うことも忘れた様子の少年は。
「……そうか、オレだな」
とぎこちなく笑顔を浮かべた。
普段あまり笑うのが得意でないのかもしれない。それはとても不器用で、でも優しい笑顔だった。
「オレ、まだ自分がガキなのは知ってる。でもすぐ成長するから。子どもの成長は早いってうちの母ちゃんも言ってるし」
「うん?」
まあそれはだいたい少し別の意味なのだが。しかしここで訂正するのも違うだろう。
だからうなずいておいた。
「あんた、名前教えて」
「皇大郎だよ。朱音ちゃんにはたろくんって」
「じゃあ皇大郎って呼ぶ」
「え?」
彼は少し頬を膨らませた。
「朱里はライバルだ。ライバルと同じ呼び方なんてしねぇ」
「なるほど?」
そういうものか。というかライバルになるのかと皇大郎ははじめて知った。
考えれば確かにそうか。好きな男と一緒に暮らしているから。
「オレが成長してデカくなったら迎えに行くから」
「アツキ君が?」
「うん。あんたはオレのお嫁さんだからな」
「お、およ……?」
なんか急激に話が進んでしまっている。
そこでようやく彼に待ったをかけた。
「ちょ、ちょっと待って。さすがにそういう訳にはいかないよ」
「なんで」
「なんでって……」
好きな人はいるが望みの薄い片思いだ。一生打ち明けるつもりは無い。
それに今は生きていくだけで精一杯で、惚れた腫れたをしている場合ではない。そもそも。
「小学生相手だと僕が捕まっちゃうかな」
「!」
彼は考えていなかったという様子で目を見開き驚く。
「そうか……オレ……やっぱり」
「ごめんね? それに僕は君の気持ちに応えられな――」
「じゃあやっぱり待ってて!」
「へ?」
叫ぶように言った。
「オレが大人になって、それでも皇大郎が惚れてくれなかったら諦めるから」
「えぇっと……」
――普通は逆なんじゃないかな。君が大きくなっても僕のことを好きだったら、的な。
と思いつつ、なんだか切ないような眩しいような気分になった。
きっとこの少年も、今という煌めいた時間が永遠に続くと思い込んでいるのだ。
現実はそう甘くないのに。
『……本当に君は泣き虫だね』
ふと脳裏に響くのは、声変わり前の自分の声だ。
『……大人になったら僕が絶対に迎えに行くから』
『……そしたら笑ってくれる?』
高貴はなんと返してくれただろう。
――もう関係ないか。
皇大郎は目の前の少年に向かって口を開いた。
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