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恋煩いは全年齢対象①
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「たろくんはどう思う?」
唐突な質問に皇大郎は首を傾げる。
ちなみに相手は宿題に奮闘中の朱音だ。
「宿題の計算ドリル、こんなにためて苦しんでる現状について?」
「ちがーう! いやため込んでるけど!」
洗濯物をたたみながら口を尖らせる彼女を見る。
「今週末までに提出しないと、親を呼び出すなんて酷い脅しだよぉ」
「そこまで放置したのも問題だけどね」
「たろくんってば辛辣ぅ」
おどけているので、多分まだ余裕なのだろう。
元々勉強が苦手と言いつつも頭が良くないわけではない。むしろその逆で、一を知れば百どころか百万は余裕で理解するような天才少女の気がある。
この勉強嫌いアピールも単なる格好だという面もあるが。
「だってこんなの、鉛筆すり減らして書くのがもう重労働っていうかぁ。あー、手が疲れるぅ」
テストが満点でも宿題は面倒臭い。しかも彼女には友人が多く、しょっちゅう家に呼び出しがかかるのだ。
今も。
「あ、やば」
インターホンの音にうなだれてた顔をあげる。
皇大郎はため息をついた。
「……また遊ぶ約束してきたんだね?」
「ちがうの! ちょっと相談されたの。人助けってやつだよ」
この娘は常日頃からクラスの友達数人とで、いわゆる厄介事を解決してきているらしい。
とはいってもしょせんは子供の世界。
「隣のクラスで飼ってる亀にイタズラされることがあって、その犯人を見つけなきゃいけないの」
「そりゃあ大変だ」
「甲羅がカラフルに塗られてたんだから!」
「へぇ」
赤や黄色、青色に染められた亀を想像ふるに確かにショッキングなのかもしれない。
「それにいつも三組のコウスケの給食のカレーに肉が全然入ってないという謎も……」
「それはたまたまだし、給食当番にお願いした方が早いよ」
「あとは……」
「朱音ちゃん」
洗濯物をたたむ手を止めて彼女を見据える。
「ちゃんとお友達に事情説明した方がいいんじゃないかな」
「はーい」
声こそしょぼんとしているが、その目はなぜか笑っていて。
「なんかたろくんってば世話焼き女房みたいだね」
「せっ……!?」
「なんかすっごく愛を感じたヨ」
「こら!」
「あははっ、冗談だってばぁ」
いつものやりとりだ。
とはいっても別に本当に軽んじているわけではなくて、むしろ叱られることを喜んでいるところもあると健二は言っていた。
『ボクがあんまり子供との時間がとれなかったからかもね。賢くて如才無いから、外で怒られる事なんてほとんどなくて。あの子にとって叱られるのは自分を愛してくれる特別なことなんだなって』
彼とてシングルマザーとして、極力娘に向き合おうと努力してきたはずだ。しかし人間の身体は一人分だし、時間だって平等に二十四時間なわけだから。
「はいはーいっと」
ひょいひょいと雑に置かれたランドセルを飛び越えながら、玄関に駆けて行った。
「子どもも大変なんだな……」
自分の時はどうだっただろう。
確かにやることはやまのようにあった。家庭教師をつけられたのはもちろんのこと、何年も先の勉強は当たり前で習い事も一通りやったのを思い出した。
放課後に友達と遊ぶ、なんて発想すらあまりなくて。
「まったく。またこんなに散らかして」
まるで親のようにお小言のひとつが出てくる自分に苦笑いだ。
――こんな生活が続けば……。
ふと無意識にそこまで考えかけてハッとする。
こんな呑気にしていられない。自分は二人を守らなければならないのだ。
それは二日前、ひとつの封筒が届いたことから。
中身は長い長い手紙。なんせ便箋十枚にわたっている。
しかもうっかり中身を流し読みすれば、どうやらラブレターらしい。
らしいというのは、その字と文章がヘタクソ過ぎてほとんどマトモに読めないのだ。
『ちょっと見せて』
健二に横からひょいっと取られて数秒。彼は苦々しい顔で。
『キモいから処分しよ』
とクシャクシャに丸めてゴミ箱に入れてしまった。
あれからなにも言わなかったが、どうやら健二にはストーカーがいるのだと思った。
その理由としては、彼なたまに向こう側の電柱の影に視線を向けては。
『チッ、だから近いって言ってんだろ。バカが』
などと独り言で悪態をついていたり。
『特にボクが仕事に行ってる時間は外に出ないでね』
となぜか夜の外出を禁じられたり。彼には身に覚えが多々あるようだ。
美人だし水商売ならそういうこともあるのだろう。
だからいっその事、ちゃんと警察に行こうと説得したのだが。
『大丈夫、大丈夫。絶対にキミや娘に危害とか加えられたりはしないから。ただちょっとキモいだけ』
なんて笑い飛ばされて終わった。
だが皇大郎は心配で仕方なかったのだ。
ふと破り捨てられた手紙の切れ端に自分の名前らしき (とにかく字が下手すぎて判別しにくい)を見たので、そこも気がかりだった。
そして昨日。
『あのそこの貴方』
家の前で不審な声の掛けられ方をしたのに、思わず立ち止まってしまった。
見れば黒いスーツの男。まるで就活面接にでも行くのかと思うほどで、しかしそれにしては雰囲気がおかしい。
その男は皇大郎に。
『貴方はあの家の方ですか』
『誰かと同棲されてますか』
『ご結婚の予定は』
ずいぶん気味の悪い質問を立て続けにされて一瞬言葉を失った。
そこで彼は閃いたのだ。
――こいつが健二さんに付きまとってる奴だ。
と。
しかしそうなれば慎重にならなくては。
なんとか距離を取りつつ、なんの事か分からないとはぐらかし続けた。
そうこうしていると偶然通りかかった八百屋の奥さんが声をかけて、怪しい男は走り去って行った。
今朝、やはり警察に相談した方がといったのだがやはり健二は首を縦に振らなかった。
――もしあの不審者が健二さんのストーカーだとして。
自分と同棲しているのを知られているのはかなり良くないんじゃないか。
彼はああいったが、朱音が友達と遊びに行くことおろか通学も心配だった。思わずゴミ捨てついでと内心で言い訳しながら、登校を見守ったのは秘密だ。
「僕がアルファだったら……いや」
オメガだとしても男であるのは変わらない。むしろちゃんと病院受診して抑制剤も飲んでいるのだから、そこは卑屈になる必要はないんじゃなかろうか。
「でもなぁ」
「ねーねー、たろくん」
突然後ろからした声に、飛び上がらんばかりに驚いた。
「っ、あ、朱音ちゃん。いたんだね」
「すごく驚くじゃん。どしたの」
「い、いや。大丈夫だよ」
別にやましいことを考えていた訳じゃない。確かにストーカーのことは子どもである彼女に伝えるのは良くないだろうと、なにも言わないでいるけど。
ドッドッと鳴る心臓を押さえながら、皇大郎は引きつった笑顔をつくる。
「ふーん? ま、いいや。あのさ、アタシちょっと……」
「外出はダメだからね!?」
「え、なんで」
反射的に言ってしまって後悔。また怪訝そうな顔をする朱音にどもりながら口を開く。
「い、いや、まだ宿題終わってないでしょ? だからね」
「うん。それでうちに友達呼んで一緒にやってもいいかなって」
「へ? ああ、うん! いいと思うよ。じゃあお菓子と飲み物用意しとくね!」
焦り半分、安心半分で慌てて立ち上がる。
「お友達はいつ来るのかな」
「えっとね、今から!」
元気な返事に首をかしげる。
「今から?」
「この前言ってたでしょ、アツキがうちに来たがってるって」
「アツキってあの……」
いつも見かけるとこちらを睨みつけてから、ベーっと舌を出してくるツンツン頭の少年のことだ。
――あの子かぁ。
少し苦手だが朱音の友達である。
邪険にするわけにもいかないだろう。
「いいよ、連れておいで」
そう言って微笑んだ。
唐突な質問に皇大郎は首を傾げる。
ちなみに相手は宿題に奮闘中の朱音だ。
「宿題の計算ドリル、こんなにためて苦しんでる現状について?」
「ちがーう! いやため込んでるけど!」
洗濯物をたたみながら口を尖らせる彼女を見る。
「今週末までに提出しないと、親を呼び出すなんて酷い脅しだよぉ」
「そこまで放置したのも問題だけどね」
「たろくんってば辛辣ぅ」
おどけているので、多分まだ余裕なのだろう。
元々勉強が苦手と言いつつも頭が良くないわけではない。むしろその逆で、一を知れば百どころか百万は余裕で理解するような天才少女の気がある。
この勉強嫌いアピールも単なる格好だという面もあるが。
「だってこんなの、鉛筆すり減らして書くのがもう重労働っていうかぁ。あー、手が疲れるぅ」
テストが満点でも宿題は面倒臭い。しかも彼女には友人が多く、しょっちゅう家に呼び出しがかかるのだ。
今も。
「あ、やば」
インターホンの音にうなだれてた顔をあげる。
皇大郎はため息をついた。
「……また遊ぶ約束してきたんだね?」
「ちがうの! ちょっと相談されたの。人助けってやつだよ」
この娘は常日頃からクラスの友達数人とで、いわゆる厄介事を解決してきているらしい。
とはいってもしょせんは子供の世界。
「隣のクラスで飼ってる亀にイタズラされることがあって、その犯人を見つけなきゃいけないの」
「そりゃあ大変だ」
「甲羅がカラフルに塗られてたんだから!」
「へぇ」
赤や黄色、青色に染められた亀を想像ふるに確かにショッキングなのかもしれない。
「それにいつも三組のコウスケの給食のカレーに肉が全然入ってないという謎も……」
「それはたまたまだし、給食当番にお願いした方が早いよ」
「あとは……」
「朱音ちゃん」
洗濯物をたたむ手を止めて彼女を見据える。
「ちゃんとお友達に事情説明した方がいいんじゃないかな」
「はーい」
声こそしょぼんとしているが、その目はなぜか笑っていて。
「なんかたろくんってば世話焼き女房みたいだね」
「せっ……!?」
「なんかすっごく愛を感じたヨ」
「こら!」
「あははっ、冗談だってばぁ」
いつものやりとりだ。
とはいっても別に本当に軽んじているわけではなくて、むしろ叱られることを喜んでいるところもあると健二は言っていた。
『ボクがあんまり子供との時間がとれなかったからかもね。賢くて如才無いから、外で怒られる事なんてほとんどなくて。あの子にとって叱られるのは自分を愛してくれる特別なことなんだなって』
彼とてシングルマザーとして、極力娘に向き合おうと努力してきたはずだ。しかし人間の身体は一人分だし、時間だって平等に二十四時間なわけだから。
「はいはーいっと」
ひょいひょいと雑に置かれたランドセルを飛び越えながら、玄関に駆けて行った。
「子どもも大変なんだな……」
自分の時はどうだっただろう。
確かにやることはやまのようにあった。家庭教師をつけられたのはもちろんのこと、何年も先の勉強は当たり前で習い事も一通りやったのを思い出した。
放課後に友達と遊ぶ、なんて発想すらあまりなくて。
「まったく。またこんなに散らかして」
まるで親のようにお小言のひとつが出てくる自分に苦笑いだ。
――こんな生活が続けば……。
ふと無意識にそこまで考えかけてハッとする。
こんな呑気にしていられない。自分は二人を守らなければならないのだ。
それは二日前、ひとつの封筒が届いたことから。
中身は長い長い手紙。なんせ便箋十枚にわたっている。
しかもうっかり中身を流し読みすれば、どうやらラブレターらしい。
らしいというのは、その字と文章がヘタクソ過ぎてほとんどマトモに読めないのだ。
『ちょっと見せて』
健二に横からひょいっと取られて数秒。彼は苦々しい顔で。
『キモいから処分しよ』
とクシャクシャに丸めてゴミ箱に入れてしまった。
あれからなにも言わなかったが、どうやら健二にはストーカーがいるのだと思った。
その理由としては、彼なたまに向こう側の電柱の影に視線を向けては。
『チッ、だから近いって言ってんだろ。バカが』
などと独り言で悪態をついていたり。
『特にボクが仕事に行ってる時間は外に出ないでね』
となぜか夜の外出を禁じられたり。彼には身に覚えが多々あるようだ。
美人だし水商売ならそういうこともあるのだろう。
だからいっその事、ちゃんと警察に行こうと説得したのだが。
『大丈夫、大丈夫。絶対にキミや娘に危害とか加えられたりはしないから。ただちょっとキモいだけ』
なんて笑い飛ばされて終わった。
だが皇大郎は心配で仕方なかったのだ。
ふと破り捨てられた手紙の切れ端に自分の名前らしき (とにかく字が下手すぎて判別しにくい)を見たので、そこも気がかりだった。
そして昨日。
『あのそこの貴方』
家の前で不審な声の掛けられ方をしたのに、思わず立ち止まってしまった。
見れば黒いスーツの男。まるで就活面接にでも行くのかと思うほどで、しかしそれにしては雰囲気がおかしい。
その男は皇大郎に。
『貴方はあの家の方ですか』
『誰かと同棲されてますか』
『ご結婚の予定は』
ずいぶん気味の悪い質問を立て続けにされて一瞬言葉を失った。
そこで彼は閃いたのだ。
――こいつが健二さんに付きまとってる奴だ。
と。
しかしそうなれば慎重にならなくては。
なんとか距離を取りつつ、なんの事か分からないとはぐらかし続けた。
そうこうしていると偶然通りかかった八百屋の奥さんが声をかけて、怪しい男は走り去って行った。
今朝、やはり警察に相談した方がといったのだがやはり健二は首を縦に振らなかった。
――もしあの不審者が健二さんのストーカーだとして。
自分と同棲しているのを知られているのはかなり良くないんじゃないか。
彼はああいったが、朱音が友達と遊びに行くことおろか通学も心配だった。思わずゴミ捨てついでと内心で言い訳しながら、登校を見守ったのは秘密だ。
「僕がアルファだったら……いや」
オメガだとしても男であるのは変わらない。むしろちゃんと病院受診して抑制剤も飲んでいるのだから、そこは卑屈になる必要はないんじゃなかろうか。
「でもなぁ」
「ねーねー、たろくん」
突然後ろからした声に、飛び上がらんばかりに驚いた。
「っ、あ、朱音ちゃん。いたんだね」
「すごく驚くじゃん。どしたの」
「い、いや。大丈夫だよ」
別にやましいことを考えていた訳じゃない。確かにストーカーのことは子どもである彼女に伝えるのは良くないだろうと、なにも言わないでいるけど。
ドッドッと鳴る心臓を押さえながら、皇大郎は引きつった笑顔をつくる。
「ふーん? ま、いいや。あのさ、アタシちょっと……」
「外出はダメだからね!?」
「え、なんで」
反射的に言ってしまって後悔。また怪訝そうな顔をする朱音にどもりながら口を開く。
「い、いや、まだ宿題終わってないでしょ? だからね」
「うん。それでうちに友達呼んで一緒にやってもいいかなって」
「へ? ああ、うん! いいと思うよ。じゃあお菓子と飲み物用意しとくね!」
焦り半分、安心半分で慌てて立ち上がる。
「お友達はいつ来るのかな」
「えっとね、今から!」
元気な返事に首をかしげる。
「今から?」
「この前言ってたでしょ、アツキがうちに来たがってるって」
「アツキってあの……」
いつも見かけるとこちらを睨みつけてから、ベーっと舌を出してくるツンツン頭の少年のことだ。
――あの子かぁ。
少し苦手だが朱音の友達である。
邪険にするわけにもいかないだろう。
「いいよ、連れておいで」
そう言って微笑んだ。
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