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オメガの子は③
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皇大郎が婚約破棄して家出して、二ヶ月が経つ。
「朱音ちゃん。そろそろ起きないと」
「ん~っ、無理ぃ。まだ寝るぅ」
朝、朱音の寝室にて。起こしに行くとベッドの上で豪快に腹を出してむにゃむにゃしている少女の姿が。
「ほらもう起きて。朝ごはん、食べる時間なくなっちゃうけど」
「えっ、それも無理!」
そう叫んで飛び起きるとエプロン姿の彼に。
「今朝も可愛いね、たろくん」
とその頬にチュッとキスをした。
「あ、朱音ちゃん! そういうことはやめなさいってば」
「うへへ。ウブな反応も可愛いのぅ~」
ここの所、ほぼ毎朝このやり取りをしている。
あれから皇大郎は大西家に世話になっていた。
といっても一時的な居候で、早急に仕事と住む場所を見つけて独り立ち (?)しようと思っているのだが。
「うーん。やっぱりさ、たろくんの卵焼きはホント美味しいんだよねぇ」
「いつもありがとう、今朝はほうれん草入れてみたんだ」
「なにこの嫁、最高なんだけど」
小学生に言われるのは微妙な気分だが、褒められるのは素直に嬉しい。
家事と簡単な仕事の手伝いをさせてもらうようになって、大西親子は口をそろえて。
『もうずっとウチの子になりなよ、朱音の弟 (!)として』
『専業主婦としてアタシのお嫁さんになってよ』
という熱い申し出に感謝 (ちなみに求婚と弟の話は丁寧にお断りしたが)しつつ、やはりこのままでは良くないと漠然と思っている。
「味噌汁は健二さんのだからね」
「お、今日は豆腐とワカメ? あ!」
この娘はどうやら年齢のわりには食べ物の好みが渋く、感覚も大人びているらしい。
「赤だし味噌汁じゃん~! テンション上がる」
「朝から賑やかなのは良いけど、遅刻するよ」
「ゲッ!?」
そう釘を刺すと朱音は来ているパジャマを放り出すように脱ぎ捨てて、バタバタと慌てて洗面台に走っていく。
「たろくん髪結んで!」
「はいはい」
食事をさせながら、いつものように彼女の髪に櫛を入れていく。
――なんだかんだいって楽しい生活なんだけれども。
祖母のおかげか良家の子息のわりには、いや人並み以上には家事ができる。元々、器用だし能力スキルは高いのだ。
「今日は編み込みして」
「この前のやつでいいかい?」
「うん!」
朱音の髪型も喜ぶもので、ついつい凝ってしまう。
今日はかの有名なアニメ映画の人気キャラクターをイメージした編み込みをしたところ、凄くはしゃいでいたのだ。
「あ、そういえば。友達のアツキたちがね、今度うちに来たいって」
「僕はいいけど、健二さんにちゃんと言っておかなきゃダメだよ」
「あー……うん」
すこしの間と煮え切らない返事を少し怪訝に思ったけれど、彼女がまたすぐ。
「あ~っ、やっぱりこの卵焼き美味しい!」
と嬉しそうな声をあげるもので、あえて何も言わなかった。
――親子のことに他人が口を出すのは違うだろうし。
そういうことを言えば二人は泣きべそかいて抱きついてくるだろう。いつもこうなのだ。
日に日に家族として受け入れられている感覚には喜んでいるが、果たして二人にとっでこれでいいのかと自問自答している。
「そろそろ時間だよ」
「あーもう、朝って忙しくてイヤになっちゃう」
「朱音ちゃんがもう少し早く起きたら余裕あるんだけどね」
「えー?」
彼女がランドセルを背負いドアを背に、ニコッと笑う。
「だってたろくんが起こしに来てくれるから」
まるで本気で口説くような目と声で、まるで笑えない。もちろんこちらはときめく事などないのだが。
「さぁて~、今日もカマしてきますか。ってことで行ってきまぁす!」
などと次の瞬間には能天気な様子でドアを開けて駆けて行った。
迎えにきたであろう友達数人と一緒にはしゃぎながら走っていくのが見えた。
――子どもは元気だなぁ。
開け放たれた外の光景を見ながら、ぼんやりとそんなことを考えていると朱音を含む子供たちの中の一人がこっちを見た。
ツンツンとした髪型の、気の強そうな目をした男の子だ。
数秒こっちを見たかと思えば。
「!」
べーっと舌を出してきた。
そしてすぐに振り返って行ってしまった。
「アツキ、待てよー!」
他の子達がそう言って慌てて追いかけることから、彼がアツキ君らしい。
――えぇ……?
少し戸惑ったが。
「反抗期かな」
とすぐに今日やるべき家事の方に頭を切り替えることにした。
夜職は昼夜逆転しがちだとは聞いていたが。
「健二さんはまだ寝てるか……」
皇大郎がここに来る前はなんとか起き出して送り出したり、どうしても無理な時は朱音一人で準備して行っていたらしい。
だから彼には常々。
『親としても本当に感謝してるんだよ』
と言われている。
『年齢以上にしっかりしてる部分があるけど、それが心配でさ』
大人びた少女の心を想う真っ当な親をみるとのは少し胸にくるものがある。
――お父様お母様は元気だろうか。
今風に言えば完全なる毒親だった。そもそもロクに愛情をかけられた記憶もない。
物心ついたころには一緒に暮らすことも少なく、使用人という名のたくさんの大人に囲まれて生活していた。
だからオメガになってあんな扱いをされてもまだ傷は浅かったかもしれない。
元々、他人に毛が生えたレベルの関係性しかなかったのだから。
しかし彼らを見ていて、親子について考えることが増えた。
同時に自分の両親に対して色々と割り切ってきたつもりの部分も、否応なしに突きつけられてきたのだ。
「えっと、あとは……」
今は近くの商店街で買い物中である。
昨今、大型スーパーばかり出来て商店街なんかが廃れて潰れて行く中。ここはまだ商店街に店や人が溢れていた。
こういうところもかなり新鮮で最初は戸惑ったが、持ち前のコミュ力の高さと器用さでやってこれたわけだが。
「お、皇大郎じゃん」
うしろから声をかけられ振り返る。
「涼介さん」
髪色を鮮やかな赤にした彼が、屈託のない笑顔で右手を軽く上げていた。
「買い物か」
「うん。でももうほとんど終わったんだけど」
彼にもまたよく世話になっている。
そもそも涼介がいなければ今のように温かな生活ができていたか疑問だし、そもそもタチの悪いアルファどもに人生めちゃくちゃにされていたかもしれない。
「涼介さんも買い物?」
「いいや、オレはこれ」
彼が手にした紙の束を掲げて見せる。
それは赤と黄色を基調とした文字と大きく写された猫の写真付きのポスター。
「三神衣料品店のとこのデカラマちゃん探しててな」
「で、デカ……?」
「デカラマ、な。可愛いだろ、一昨日から帰ってこないって依頼が入ったんだよ」
猫だけではなくペットから人まで。失せ物から運び屋、修理屋のみならずなんでもやりますが謳い文句の便利屋をしているのが涼介だ。
元々、町の電気屋だった家業を継いだ時に仕事の幅を広げた結果らしい。
今もそれなりに舞い込む依頼に駆け回っているというわけだ。
「忙しそうだね」
「おかげさんでな」
皇大郎の背中をバンバンと叩きながら、彼が顔を覗き込んでくる。
「お前も元気そうだしな」
「おかげさまでね」
ちなみに平然とした顔をしているが内心はわりとドキドキしていたりする。
――ち、近……。
涼介はいつもそうなのだ。
コミュ力高くて、どんな相手でもすぐに懐に入って仲良くなれる陽キャであるのはここ二ヶ月で十分理解したのだが。
「病院、ちゃんと行ってんのな」
首筋に鼻を寄せながら言うのは正直やめて欲しい、とはなかなか言い出せない皇大郎である。
というのも。
「あ、うん。ちゃんと抑制剤もらってるから」
「そうみたいだな。お前の匂いしかしない」
「僕の……?」
嗅覚に優れた、というより敏感な彼は他人の匂いを顔より細かく認識しているフシがあった。
「オレお前の匂いも好きだからなぁ」
「ちょっ、涼介さん!」
他意はないのはわかっている。そして皇大郎自身、彼に対してほのかではあるが恋心を抱いていることも。
――ちゃんと薬も飲んでるのになぁ。
最初はオメガだからだと思っていた。
健二にすぐ指摘されたのが、抑制剤が合っていないのではないかということ。
以前からちゃんと診察を受けずに薬を受け取るだけだったのを、彼の紹介で別の病院に通うことで体質変化にも対応した投薬の量や種類を判断してもらうことにした。
最初こそ抵抗があったものの、自分の身体に向き合う大切さは学んだ。
三ヶ月に一度の発情期はともかく常にフェロモンを撒き散らすことは無くなり、体調不良や情緒も安定してきたのは実感している。
「なあ皇大郎」
肩に手を回されてさらに近づく距離。
いくら病院で新しい薬を処方されても、この気持ちが萎むことはなかった。
鍛え上げられたかのような筋肉質な肉体に不意に胸が高鳴るし、そのフレンドリー過ぎる距離感にも心臓がどうにかなってしまいそうで。
しかしこれらにはなんの下心もない。
なぜなら涼介が恋をしている相手が別にいるのだから。
「健二って、家にいるかな」
そっと耳打ちする彼の声は愛に溢れている、と皇大郎は思った。
「あ、別に大した用事じゃねぇよ? このポスターを店に張ってほしいのと、うちの母ちゃんが里芋やってくれって渡してきたもんでな。ほら、親戚が畑してるから」
やや早口で言うものだから嫌でもわかってしまう。
「今は多分、町内会長のところかも。昼までには戻ってくるって」
「むむ……まーたあの助平爺さんのところかよ。油断も隙もねぇな。ちょっくら行ってくる!」
「はいはい、行ってあげてください。健二さんも嫌そうな顔で出かけたから」
「だよな! ったくしゃーねーなぁ」
そう言いつつも涼介の顔は満面の笑みだ。
赤髪頭をガシガシかきながら。
「んじゃ他に土産でも持っていくかー!」
と底抜けに明るく行ってしまった。
「……あーあ」
――やっぱりさっさと仕事と住む場所探さなきゃなぁ。
別に離れたいわけでもないが、やはりいつまでも迷惑かけたくないという気持ちは捨てられないのだ。
皇大郎の小さなため息は賑やかな商店街に紛れて消えた。
「朱音ちゃん。そろそろ起きないと」
「ん~っ、無理ぃ。まだ寝るぅ」
朝、朱音の寝室にて。起こしに行くとベッドの上で豪快に腹を出してむにゃむにゃしている少女の姿が。
「ほらもう起きて。朝ごはん、食べる時間なくなっちゃうけど」
「えっ、それも無理!」
そう叫んで飛び起きるとエプロン姿の彼に。
「今朝も可愛いね、たろくん」
とその頬にチュッとキスをした。
「あ、朱音ちゃん! そういうことはやめなさいってば」
「うへへ。ウブな反応も可愛いのぅ~」
ここの所、ほぼ毎朝このやり取りをしている。
あれから皇大郎は大西家に世話になっていた。
といっても一時的な居候で、早急に仕事と住む場所を見つけて独り立ち (?)しようと思っているのだが。
「うーん。やっぱりさ、たろくんの卵焼きはホント美味しいんだよねぇ」
「いつもありがとう、今朝はほうれん草入れてみたんだ」
「なにこの嫁、最高なんだけど」
小学生に言われるのは微妙な気分だが、褒められるのは素直に嬉しい。
家事と簡単な仕事の手伝いをさせてもらうようになって、大西親子は口をそろえて。
『もうずっとウチの子になりなよ、朱音の弟 (!)として』
『専業主婦としてアタシのお嫁さんになってよ』
という熱い申し出に感謝 (ちなみに求婚と弟の話は丁寧にお断りしたが)しつつ、やはりこのままでは良くないと漠然と思っている。
「味噌汁は健二さんのだからね」
「お、今日は豆腐とワカメ? あ!」
この娘はどうやら年齢のわりには食べ物の好みが渋く、感覚も大人びているらしい。
「赤だし味噌汁じゃん~! テンション上がる」
「朝から賑やかなのは良いけど、遅刻するよ」
「ゲッ!?」
そう釘を刺すと朱音は来ているパジャマを放り出すように脱ぎ捨てて、バタバタと慌てて洗面台に走っていく。
「たろくん髪結んで!」
「はいはい」
食事をさせながら、いつものように彼女の髪に櫛を入れていく。
――なんだかんだいって楽しい生活なんだけれども。
祖母のおかげか良家の子息のわりには、いや人並み以上には家事ができる。元々、器用だし能力スキルは高いのだ。
「今日は編み込みして」
「この前のやつでいいかい?」
「うん!」
朱音の髪型も喜ぶもので、ついつい凝ってしまう。
今日はかの有名なアニメ映画の人気キャラクターをイメージした編み込みをしたところ、凄くはしゃいでいたのだ。
「あ、そういえば。友達のアツキたちがね、今度うちに来たいって」
「僕はいいけど、健二さんにちゃんと言っておかなきゃダメだよ」
「あー……うん」
すこしの間と煮え切らない返事を少し怪訝に思ったけれど、彼女がまたすぐ。
「あ~っ、やっぱりこの卵焼き美味しい!」
と嬉しそうな声をあげるもので、あえて何も言わなかった。
――親子のことに他人が口を出すのは違うだろうし。
そういうことを言えば二人は泣きべそかいて抱きついてくるだろう。いつもこうなのだ。
日に日に家族として受け入れられている感覚には喜んでいるが、果たして二人にとっでこれでいいのかと自問自答している。
「そろそろ時間だよ」
「あーもう、朝って忙しくてイヤになっちゃう」
「朱音ちゃんがもう少し早く起きたら余裕あるんだけどね」
「えー?」
彼女がランドセルを背負いドアを背に、ニコッと笑う。
「だってたろくんが起こしに来てくれるから」
まるで本気で口説くような目と声で、まるで笑えない。もちろんこちらはときめく事などないのだが。
「さぁて~、今日もカマしてきますか。ってことで行ってきまぁす!」
などと次の瞬間には能天気な様子でドアを開けて駆けて行った。
迎えにきたであろう友達数人と一緒にはしゃぎながら走っていくのが見えた。
――子どもは元気だなぁ。
開け放たれた外の光景を見ながら、ぼんやりとそんなことを考えていると朱音を含む子供たちの中の一人がこっちを見た。
ツンツンとした髪型の、気の強そうな目をした男の子だ。
数秒こっちを見たかと思えば。
「!」
べーっと舌を出してきた。
そしてすぐに振り返って行ってしまった。
「アツキ、待てよー!」
他の子達がそう言って慌てて追いかけることから、彼がアツキ君らしい。
――えぇ……?
少し戸惑ったが。
「反抗期かな」
とすぐに今日やるべき家事の方に頭を切り替えることにした。
夜職は昼夜逆転しがちだとは聞いていたが。
「健二さんはまだ寝てるか……」
皇大郎がここに来る前はなんとか起き出して送り出したり、どうしても無理な時は朱音一人で準備して行っていたらしい。
だから彼には常々。
『親としても本当に感謝してるんだよ』
と言われている。
『年齢以上にしっかりしてる部分があるけど、それが心配でさ』
大人びた少女の心を想う真っ当な親をみるとのは少し胸にくるものがある。
――お父様お母様は元気だろうか。
今風に言えば完全なる毒親だった。そもそもロクに愛情をかけられた記憶もない。
物心ついたころには一緒に暮らすことも少なく、使用人という名のたくさんの大人に囲まれて生活していた。
だからオメガになってあんな扱いをされてもまだ傷は浅かったかもしれない。
元々、他人に毛が生えたレベルの関係性しかなかったのだから。
しかし彼らを見ていて、親子について考えることが増えた。
同時に自分の両親に対して色々と割り切ってきたつもりの部分も、否応なしに突きつけられてきたのだ。
「えっと、あとは……」
今は近くの商店街で買い物中である。
昨今、大型スーパーばかり出来て商店街なんかが廃れて潰れて行く中。ここはまだ商店街に店や人が溢れていた。
こういうところもかなり新鮮で最初は戸惑ったが、持ち前のコミュ力の高さと器用さでやってこれたわけだが。
「お、皇大郎じゃん」
うしろから声をかけられ振り返る。
「涼介さん」
髪色を鮮やかな赤にした彼が、屈託のない笑顔で右手を軽く上げていた。
「買い物か」
「うん。でももうほとんど終わったんだけど」
彼にもまたよく世話になっている。
そもそも涼介がいなければ今のように温かな生活ができていたか疑問だし、そもそもタチの悪いアルファどもに人生めちゃくちゃにされていたかもしれない。
「涼介さんも買い物?」
「いいや、オレはこれ」
彼が手にした紙の束を掲げて見せる。
それは赤と黄色を基調とした文字と大きく写された猫の写真付きのポスター。
「三神衣料品店のとこのデカラマちゃん探しててな」
「で、デカ……?」
「デカラマ、な。可愛いだろ、一昨日から帰ってこないって依頼が入ったんだよ」
猫だけではなくペットから人まで。失せ物から運び屋、修理屋のみならずなんでもやりますが謳い文句の便利屋をしているのが涼介だ。
元々、町の電気屋だった家業を継いだ時に仕事の幅を広げた結果らしい。
今もそれなりに舞い込む依頼に駆け回っているというわけだ。
「忙しそうだね」
「おかげさんでな」
皇大郎の背中をバンバンと叩きながら、彼が顔を覗き込んでくる。
「お前も元気そうだしな」
「おかげさまでね」
ちなみに平然とした顔をしているが内心はわりとドキドキしていたりする。
――ち、近……。
涼介はいつもそうなのだ。
コミュ力高くて、どんな相手でもすぐに懐に入って仲良くなれる陽キャであるのはここ二ヶ月で十分理解したのだが。
「病院、ちゃんと行ってんのな」
首筋に鼻を寄せながら言うのは正直やめて欲しい、とはなかなか言い出せない皇大郎である。
というのも。
「あ、うん。ちゃんと抑制剤もらってるから」
「そうみたいだな。お前の匂いしかしない」
「僕の……?」
嗅覚に優れた、というより敏感な彼は他人の匂いを顔より細かく認識しているフシがあった。
「オレお前の匂いも好きだからなぁ」
「ちょっ、涼介さん!」
他意はないのはわかっている。そして皇大郎自身、彼に対してほのかではあるが恋心を抱いていることも。
――ちゃんと薬も飲んでるのになぁ。
最初はオメガだからだと思っていた。
健二にすぐ指摘されたのが、抑制剤が合っていないのではないかということ。
以前からちゃんと診察を受けずに薬を受け取るだけだったのを、彼の紹介で別の病院に通うことで体質変化にも対応した投薬の量や種類を判断してもらうことにした。
最初こそ抵抗があったものの、自分の身体に向き合う大切さは学んだ。
三ヶ月に一度の発情期はともかく常にフェロモンを撒き散らすことは無くなり、体調不良や情緒も安定してきたのは実感している。
「なあ皇大郎」
肩に手を回されてさらに近づく距離。
いくら病院で新しい薬を処方されても、この気持ちが萎むことはなかった。
鍛え上げられたかのような筋肉質な肉体に不意に胸が高鳴るし、そのフレンドリー過ぎる距離感にも心臓がどうにかなってしまいそうで。
しかしこれらにはなんの下心もない。
なぜなら涼介が恋をしている相手が別にいるのだから。
「健二って、家にいるかな」
そっと耳打ちする彼の声は愛に溢れている、と皇大郎は思った。
「あ、別に大した用事じゃねぇよ? このポスターを店に張ってほしいのと、うちの母ちゃんが里芋やってくれって渡してきたもんでな。ほら、親戚が畑してるから」
やや早口で言うものだから嫌でもわかってしまう。
「今は多分、町内会長のところかも。昼までには戻ってくるって」
「むむ……まーたあの助平爺さんのところかよ。油断も隙もねぇな。ちょっくら行ってくる!」
「はいはい、行ってあげてください。健二さんも嫌そうな顔で出かけたから」
「だよな! ったくしゃーねーなぁ」
そう言いつつも涼介の顔は満面の笑みだ。
赤髪頭をガシガシかきながら。
「んじゃ他に土産でも持っていくかー!」
と底抜けに明るく行ってしまった。
「……あーあ」
――やっぱりさっさと仕事と住む場所探さなきゃなぁ。
別に離れたいわけでもないが、やはりいつまでも迷惑かけたくないという気持ちは捨てられないのだ。
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