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悪役令息が婚約破棄をするまで③
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「……ども。田中 歩夕、です」
耳に慣れない名を口にして平然と、まるでそれが至って当たり前かのように祖母の隣に座る歩夕と名乗るその人は。
「お、女の子?」
小柄でパッと見は十代に見える。長い髪は黒と緑のツートンカラー。メイクはいわゆる地雷系というやつだろうか。
ファッションもまさしくそれで、どこからどう見たって少女だった。
「歩夕、この前は話たわよね。彼が孫の皇大郎よ」
ニコニコと隣を詰めて座り直す祖母の姿は見たくなかった。
というか。
「お祖母様、この方は……?」
「あーしは純代の恋人だ」
ぶっきらぼうに答えたのは少女の方。上目遣いなのに媚びなど微塵もない。むしろ破睨みされている。
向こうも警戒している、といったところか。
「恋人って。君はまだ未成年だろう」
「あ? 違うし」
ふん、と鼻を鳴らされた。
なんだか田荘と似ていると思った。向こうはギャル、こっちは地雷系だが。
「歩夕はね、こうみえてこうちゃんと同じ歳なのよ」
「えっ!?」
ビックリして目を見張る。
すると彼女が眉間にシワを寄せた。
「そんな驚くことか」
「ごめん。でもな」
社会人としても通じるかどうか。やはり未成年に見えるのだが、と眺めていると。
「アンタこそ、いい加減乳離れしな」
「ち、乳……っ!?」
突然の言い草に目を白黒させる彼に、歩夕は肩肘ついてわざとらしいため息をついた。
「いい歳こいてお祖母様お祖母様って。言っとくけどこの人はアンタのお祖母様ってだけじゃない。あーしの恋人だし嫁なわけ」
「嫁って。まだ結婚してないじゃないか」
「そりゃあすぐにでもしたいよ。でも純代がアンタに紹介してからって聞かないんだもん」
今度はぶすっとして、そして純代の方を見た。
打って変わって甘えたような眼差しと口調である。
「ねぇ純代。もういいでしょ? あーし、すごくガマンしたんだ。結婚しよう? 家族になろうよ。あーしはもう純代がいないと生きていけないよ」
「あらまあ、歩夕ったら」
まんざらでもない。それどころか可愛くて仕方ない、でもちゃんと恋をした瞳の祖母を目の当たりにしてしまい皇大郎のショックは計り知れない。
――なんだよ、それ。
ずっと一緒にいたのは自分なのに。ほんの数ヶ月、それも悲しんで心配して。でも頑張ってきた、それなのに。
「僕は認めないからなっ、結婚なんて!」
ダンッ、とテーブルを叩く。カップが痛々しい音を立てるがお構い無しだ。
「こうちゃん」
「だいたい歳の差考えろよ! どうせその女はお祖母様の財産狙いとかだろ。だいたいアルファとベータの結婚なんて……っ」
純代はアルファだ。だからまだ御笠家で受け入れられた。
祖父と共にアルファの夫婦。反目し合うフェロモンで上手くいくはずがないと陰口を叩かれていたが、それでも互いを想い合いリスペクトし合う関係は皇大郎も素直に憧れていたのに。
「バースなんて関係ないわよ、こうちゃん」
「そんなはずないだろ! 関係ないならなんで僕は今、こんな状況なんだよ」
若きアルファだとチヤホヤされて期待されて。愛らしいオメガの恋人もいて最高の人生だった。
それがオメガになって一転したのだ。
軽んじられ虐められ、オメガの中でも男だからとか後天性だからと差別される。
この世に平等なんてないのは知っていた。おとぎ話さえ説かない性善説。
しかし自分の身にふりかかり、嫌というほど解らされたのだ。
なのにこの二人の幸せそうな顔はなんだ。
「僕は……僕……だって……」
「こうちゃん、辛い目に合わせたわね」
「お祖母様、のせいじゃ、ない」
また目頭がツンと痛む。情緒不安定なのはオメガだからだろうか。
ふと、オメガは子宮でモノを考える原始的な生き物だと揶揄して炎上した芸人だか俳優だかを頭のすみに思い出した。
「あー、アホくさ」
「歩夕!」
少女が大あくびをしてつぶやく。さすがに純代が窘めるが悪びれた様子もない。
「あーしね、これでも心配してたんだ。でも元気そうじゃん」
彼女は不格好で噛みグセのわかる指の爪先を、こちらに突きつけてくる。
「あんたの大事な家族、あーしがちゃんと幸せにするから」
別に家族の縁が切れるわけじゃない。むしろ新しい繋がりが出来るのだ。
そう言いたいらしい。
「っ、勝手な゙こと言いやがって……」
ぐずと鼻水をすすって皇大郎が睨み返す。
「当たり前だろ。お祖母様を泣かせたら僕が殴り込みに行ってやるからな」
「上等だよ、受けて立ってやる」
「いやそういう時は反省しろよ」
「あーしの辞書には『反省』という文字はないし」
「なんだその傍若無人な言い草」
決して素直にならない者同士の会話だ。
しかし純代の。
「歩夕ってば反省しないの? この前の――」
「ごめんっ、うそうそうそうそ! ちゃんと反省するから!! ね? だからもう手繋ぎ禁止はやめて!!」
「ふふ、分かってるわよ。貴女はちゃんと謝ることも反省もできる素敵な娘だわ」
「む……また子供扱いしてる」
「年下の恋人を甘やかすのも、歳の差恋愛の醍醐味らしいわよ」
ね、と皇大郎はウィンクされて何も言えなくなった。
本当に祖母には敵わない。アルファであろうがオメガ、ベータであろうが。
※※※
――ああもう、なんなんだ。
自宅のポストにあった無地の封筒はずいぶんと分厚く、ずっしりと重かった。
祖母達と別れスッキリしたような、それでいて疲れ果てたような気分で帰宅した彼に待っていたのはこの郵便物。
とはいっても直接投げ込まれたのだろう。
訝しみながらも慎重に開けたら何枚もの写真とともに、白い便箋の手紙が出てきた。
「なんだよこれ」
まずは写真。
主に二人の男女が写っている。楽しそうに仲睦まじい、恋人同士だろう。
背景は色んな景色だ。旅行中だろうと思うものから、近くの高級飲食店の店内であろうものまで。
すべて笑顔の自撮りと思しきもの。
「てか高貴ってこんな顔も出来るんだな」
婚約者の笑顔といえば嘲るような皮肉げなものしか記憶にない。
しかしこれは違う。
相手のことが愛しいと顔に描いてあるような、と言えば陳腐だろうか。
祖母とその若い恋人のことを思い出した。
想い想い合う二人の姿。
今の自分にはない関係性に深いため息が漏れる。
「はは、便箋も可愛いとか。さすが櫻子だなぁ」
かつての恋人。昔も手紙をもらったことがある。
その時は少し丸い小さな字でしたためられたラブレターに頬がゆるんだものだったが。
「これって牽制だよな」
婚約者の恋人からの挑発と言い換えてもいいかもしれない。
言葉こそ丁寧で可愛らしいが内容はすべて自分がいかに彼を愛していて、彼に愛されているかを切々とつづられている。
自分が邪魔者であるのはよく理解できた。
「……」
最後の一文に眉をきつく寄せる。
「くそっ!」
ふいに湧き上がる苛立ちに写真と手紙を封筒ごと床に叩きつけた。
そしてそのまま一度は脱いだ靴を履こうと踵を返す。
「バカにしやがって!!」
忌々しそうに呟いて唇を噛む。
感情を爆発させた理由はこの手紙だ。本当ならぐちゃぐちゃに破いてゴミ箱にでも捨ててしまいたい。
しかしそんなことよりもう一刻も早く逃げ出してしまいたかった。
『――貴方にも運命の人が現れますように』
その一文がたまらなく皇大郎を哀しませ怒らせたのだ。
耳に慣れない名を口にして平然と、まるでそれが至って当たり前かのように祖母の隣に座る歩夕と名乗るその人は。
「お、女の子?」
小柄でパッと見は十代に見える。長い髪は黒と緑のツートンカラー。メイクはいわゆる地雷系というやつだろうか。
ファッションもまさしくそれで、どこからどう見たって少女だった。
「歩夕、この前は話たわよね。彼が孫の皇大郎よ」
ニコニコと隣を詰めて座り直す祖母の姿は見たくなかった。
というか。
「お祖母様、この方は……?」
「あーしは純代の恋人だ」
ぶっきらぼうに答えたのは少女の方。上目遣いなのに媚びなど微塵もない。むしろ破睨みされている。
向こうも警戒している、といったところか。
「恋人って。君はまだ未成年だろう」
「あ? 違うし」
ふん、と鼻を鳴らされた。
なんだか田荘と似ていると思った。向こうはギャル、こっちは地雷系だが。
「歩夕はね、こうみえてこうちゃんと同じ歳なのよ」
「えっ!?」
ビックリして目を見張る。
すると彼女が眉間にシワを寄せた。
「そんな驚くことか」
「ごめん。でもな」
社会人としても通じるかどうか。やはり未成年に見えるのだが、と眺めていると。
「アンタこそ、いい加減乳離れしな」
「ち、乳……っ!?」
突然の言い草に目を白黒させる彼に、歩夕は肩肘ついてわざとらしいため息をついた。
「いい歳こいてお祖母様お祖母様って。言っとくけどこの人はアンタのお祖母様ってだけじゃない。あーしの恋人だし嫁なわけ」
「嫁って。まだ結婚してないじゃないか」
「そりゃあすぐにでもしたいよ。でも純代がアンタに紹介してからって聞かないんだもん」
今度はぶすっとして、そして純代の方を見た。
打って変わって甘えたような眼差しと口調である。
「ねぇ純代。もういいでしょ? あーし、すごくガマンしたんだ。結婚しよう? 家族になろうよ。あーしはもう純代がいないと生きていけないよ」
「あらまあ、歩夕ったら」
まんざらでもない。それどころか可愛くて仕方ない、でもちゃんと恋をした瞳の祖母を目の当たりにしてしまい皇大郎のショックは計り知れない。
――なんだよ、それ。
ずっと一緒にいたのは自分なのに。ほんの数ヶ月、それも悲しんで心配して。でも頑張ってきた、それなのに。
「僕は認めないからなっ、結婚なんて!」
ダンッ、とテーブルを叩く。カップが痛々しい音を立てるがお構い無しだ。
「こうちゃん」
「だいたい歳の差考えろよ! どうせその女はお祖母様の財産狙いとかだろ。だいたいアルファとベータの結婚なんて……っ」
純代はアルファだ。だからまだ御笠家で受け入れられた。
祖父と共にアルファの夫婦。反目し合うフェロモンで上手くいくはずがないと陰口を叩かれていたが、それでも互いを想い合いリスペクトし合う関係は皇大郎も素直に憧れていたのに。
「バースなんて関係ないわよ、こうちゃん」
「そんなはずないだろ! 関係ないならなんで僕は今、こんな状況なんだよ」
若きアルファだとチヤホヤされて期待されて。愛らしいオメガの恋人もいて最高の人生だった。
それがオメガになって一転したのだ。
軽んじられ虐められ、オメガの中でも男だからとか後天性だからと差別される。
この世に平等なんてないのは知っていた。おとぎ話さえ説かない性善説。
しかし自分の身にふりかかり、嫌というほど解らされたのだ。
なのにこの二人の幸せそうな顔はなんだ。
「僕は……僕……だって……」
「こうちゃん、辛い目に合わせたわね」
「お祖母様、のせいじゃ、ない」
また目頭がツンと痛む。情緒不安定なのはオメガだからだろうか。
ふと、オメガは子宮でモノを考える原始的な生き物だと揶揄して炎上した芸人だか俳優だかを頭のすみに思い出した。
「あー、アホくさ」
「歩夕!」
少女が大あくびをしてつぶやく。さすがに純代が窘めるが悪びれた様子もない。
「あーしね、これでも心配してたんだ。でも元気そうじゃん」
彼女は不格好で噛みグセのわかる指の爪先を、こちらに突きつけてくる。
「あんたの大事な家族、あーしがちゃんと幸せにするから」
別に家族の縁が切れるわけじゃない。むしろ新しい繋がりが出来るのだ。
そう言いたいらしい。
「っ、勝手な゙こと言いやがって……」
ぐずと鼻水をすすって皇大郎が睨み返す。
「当たり前だろ。お祖母様を泣かせたら僕が殴り込みに行ってやるからな」
「上等だよ、受けて立ってやる」
「いやそういう時は反省しろよ」
「あーしの辞書には『反省』という文字はないし」
「なんだその傍若無人な言い草」
決して素直にならない者同士の会話だ。
しかし純代の。
「歩夕ってば反省しないの? この前の――」
「ごめんっ、うそうそうそうそ! ちゃんと反省するから!! ね? だからもう手繋ぎ禁止はやめて!!」
「ふふ、分かってるわよ。貴女はちゃんと謝ることも反省もできる素敵な娘だわ」
「む……また子供扱いしてる」
「年下の恋人を甘やかすのも、歳の差恋愛の醍醐味らしいわよ」
ね、と皇大郎はウィンクされて何も言えなくなった。
本当に祖母には敵わない。アルファであろうがオメガ、ベータであろうが。
※※※
――ああもう、なんなんだ。
自宅のポストにあった無地の封筒はずいぶんと分厚く、ずっしりと重かった。
祖母達と別れスッキリしたような、それでいて疲れ果てたような気分で帰宅した彼に待っていたのはこの郵便物。
とはいっても直接投げ込まれたのだろう。
訝しみながらも慎重に開けたら何枚もの写真とともに、白い便箋の手紙が出てきた。
「なんだよこれ」
まずは写真。
主に二人の男女が写っている。楽しそうに仲睦まじい、恋人同士だろう。
背景は色んな景色だ。旅行中だろうと思うものから、近くの高級飲食店の店内であろうものまで。
すべて笑顔の自撮りと思しきもの。
「てか高貴ってこんな顔も出来るんだな」
婚約者の笑顔といえば嘲るような皮肉げなものしか記憶にない。
しかしこれは違う。
相手のことが愛しいと顔に描いてあるような、と言えば陳腐だろうか。
祖母とその若い恋人のことを思い出した。
想い想い合う二人の姿。
今の自分にはない関係性に深いため息が漏れる。
「はは、便箋も可愛いとか。さすが櫻子だなぁ」
かつての恋人。昔も手紙をもらったことがある。
その時は少し丸い小さな字でしたためられたラブレターに頬がゆるんだものだったが。
「これって牽制だよな」
婚約者の恋人からの挑発と言い換えてもいいかもしれない。
言葉こそ丁寧で可愛らしいが内容はすべて自分がいかに彼を愛していて、彼に愛されているかを切々とつづられている。
自分が邪魔者であるのはよく理解できた。
「……」
最後の一文に眉をきつく寄せる。
「くそっ!」
ふいに湧き上がる苛立ちに写真と手紙を封筒ごと床に叩きつけた。
そしてそのまま一度は脱いだ靴を履こうと踵を返す。
「バカにしやがって!!」
忌々しそうに呟いて唇を噛む。
感情を爆発させた理由はこの手紙だ。本当ならぐちゃぐちゃに破いてゴミ箱にでも捨ててしまいたい。
しかしそんなことよりもう一刻も早く逃げ出してしまいたかった。
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