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お飾り婚約者は窓際族

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 皇大郎はスーツの下で汗をかいた。
 今日はどちらかというと涼しい日のはずなのに。

「……今日からお世話になります、御笠です」

 こじんまりとした部署がどよめくのも当たり前だ。
 なんせあの御笠家の子息がこんな窓際部署である庶務第三課に配属されてくるなんて。

 数日前から噂は風のように社内を駆け抜けた。
 
 一体どんなワケありなんだと噂が噂を呼び続けた結果。

『なんとあの貴島の婚約者が、社会勉強と称して腰掛けでうちの部署にやってくる』

 という情報が回ってきた。

 しかしこれは半分間違っている。
 別に好き好んでこの状況になった訳ではないのだ。

 あの暴力沙汰で見合いは中止。バタバタと慌ただしい解散となった。
 だから当然、話は流れたのかと思いきや。

 ――まさか本当に婚約までしてしまうとは。

 なにを気に入ったのかあれよあれよという間に婚約者となってしまった。
 むしろ断ろうかと思ったが、そんなことをしたらどうなるか分かってるよね? と先手を打った脅しがきたから諦めることに。

 見合い相手の顔を殴りつけるような奴と婚約しようだなんておかしいと頭をひねりながら、皇大郎はめでたく (?)高貴の婚約者となった。

「御笠君の席はね、あそこですから。ハイ、あとは田荘たどころさんよろしく」
「えぇ~っ、アタシですかぁ!?」

 部長と名乗った男はもうすぐ壮年に差し掛かろうばかりの冴えない男で、彼に指名された田荘というギャルメイクの女子社員は嫌そうな顔を隠さず声をあげる。

「ハイ、田荘さん。君は先輩なんでね、色々と教えてあげてください」
「えぇぇ~? うーん、仕方ないなぁ」

 あからさまな態度。そりゃあなかなか怖気付く存在だろう。
 なんせ若社長の婚約者が新人社員として目の前にいるのだから。

『先方はお前をとある会社で一定期間働かせたいと言っている』

 もちろん労働条件は正規のものだという付け加えもどうでも良くなるほど、皇大郎は驚いた。

 その会社は貴島グループがもつ会社のひとつで、現在は高貴が社長をしている。
 まだ若い彼がひとつの会社を任されているというのは、跡取りとしての期待がうかがえる。

 ――っていうかどんな嫌がらせだよ。まさかはじめての就職がこんな形になるなんて。

 縁故採用でしかも強制的。そしてこの空気。
 ひかえめに言って地獄でしかない。

さん?」
「え、御笠みかさです」
「あっそ」

 大して興味なさげに肩をすくめると彼女は顎でデスクを示す。

「そこ座ってよ」
「あ、はい」

 部長がそそくさと立ち去ると、田荘は大きなため息をついてこちらをやぶ睨みしてきた。

「あんたにとっては社長夫人のヒマつぶしでする仕事でしょうけどぉ、ウチら派遣と違って一応社員サンなんだからちゃんとやってよね?」
「べ、別に僕はヒマつぶしだなんて」

 言われたとおり椅子に座りながらも、突然叱られて戸惑う。
 しかしやはり取り付く島もない様子で彼女は鼻を鳴らした。

「ま、どーせここは窓際も窓際。島流しの最終地点だから。でもだからってあたしらをナメたら承知しないからね」
「だからそういうワケじゃ……」
「返事は?」
「は、はい……」

 明るい髪色や派手なメイクもあいまってか、すごく圧の強い女である。

 思わず大人しく口をつぐんだ皇大郎に、今度は小さく舌打ちをして。

「んじゃ、ついて来て」

 と立ち上がった。

「はい!」

 さっそく仕事を教えてくれるのだろうか。
 緊張しつつも立ち上がりついていく。

 その姿を周囲は物珍しそうに、そしてチラチラと意味ありげに目配せや囁きを交わし合いながら眺めていた。




「あの田荘さん」
「田荘先輩と呼びな、
「お、おじょ……?」

 おおよそ社会人とは思えぬギャルにバカにされているらしい。
 やはり腹も立ったがグッとこらえて我慢する。

 ――腫れ物扱いよりよっぽどマシかも。

 現に部長達だけでなく、他部署でさえ彼を見て見ぬ振りをしながらもヒソヒソしたり含み笑いしているのだ。
 居心地悪いどころの話では無い。

「あんたオメガでしょ。だからまずトイレの場所教えるし」
「え?」

 突然なんの事だと首を傾げる皇大郎を、彼女は鼻で笑う。

「この会社にオメガはほとんどいないの。だから普通の男性用のところに行ってなんかされて泣いても誰も助けてくれないわけ」
「あ……」

 オメガはその特徴から、性的に扱われやすい。むしろそれを望んでいるとさえ思っている者も男女関係なくいるのだ。
 
 オメガが被害者の性被害は多い。中には泣き寝入りする者や、下手すれば監禁や殺害され可視化されないケース。
 もっとも酷いのは勝手にうなじを噛まれて番にされて、搾取される事例である。

 オメガが複数人いる施設や会社であればら彼ら専用のトイレを設置しているところもあるのだろうが。まだまだ意識の浸透すらしおらず、不便を強いられている。

「なに、怖気付いちゃった? さすが箱入り」
「……違います」

 煽られて言い返す。元々は気丈でプライドの高い、アルファにありがちな性格だったのだ。

 それにあの見合いで高貴を殴ってから、すり減りがちだった自己肯定感と反骨精神が復活しつつあった。
 
 ――アルファがなんだ。僕は絶対に屈しないぞ。

 大人しくあの暴君のような性悪アルファの妻になんておさまってやるものか。せいぜい利用出来るだけ利用して、いっそのこと向こうから婚約破棄するように仕向けてやろうと思った。

「はやく仕事も教えてください。田荘先輩」

 まずはこの会社でなんとかやっていかなければならない。
 
 きっとこれはあの男からの嫌がらせなのだ。
 オメガに殴られた事が余程腹に据えかねたのだろう。これは元アルファとして多少は理解できるのだが、それもこれも自業自得。

 見合い相手に突然襲いかかるなんて非常識通り越して犯罪だ。

「……ふーん」

 田荘は顔を顰めつつ、口角をほんのわずか上げた。
 
 

 




 


 
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