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お飾り婚約者は元アルファ

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 親に反抗して必死で就職活動はした。しかし希望とはどんどん真逆の方向にいく。

「~~~っ!」

 ここが老舗高級料亭の一室で、かつ両親に連れられての見合いの席じゃなければ。頭を抱えて、うーうー呻いていたところだ。
 しかし辛うじて抑える彼の耳に、顔も覚えていない親戚だか親の知り合いだかの仲人夫婦の声が届く。

「本日はお日柄もよく」

 大安吉日というのが古来から日本の風習なのは知っている。しかしそれすらすべての事に腹が立つ。
 
「こちらの方はご存知の通り御笠家のご子息、皇大郎さんです。彼は――」

 長々とした紹介は格式張っていて、聞いているだけでも疲れてしまう。うっかり欠伸あくびでもしてしまわないか注意しつつ、内心ため息を吐いていた。

「……」

 目の前にいるのも男でこちらも男。しかしアルファとオメガという真反対の性。
 
 ――全然覚えてませんって顔だな。

 こちらをチラリとも見やしない見合い相手に内心落胆が隠せない。
 とはいえこれは受けなければならない話だった。

 祖母のためにも。




 純代が倒れたのは1ヶ月前のことだ。
 幸い、近くに彼や家政婦がいたことですぐに救急車を呼ぶことができたがそこではじめて心臓に持病があることを聞かされた。

『血圧もここの所高かったので心配はしていたんですが』

 主治医だという女医は穏やかそうな眉を下げた。

『少し気になるところもあるので検査入院を進めてたのです。でもお孫さんといたいからと』

 そこで思わず唇を噛んだ。
 大切な人をここまで心配させていた不甲斐なさに。
 オメガになって大学も中退、就職活動も失敗続きで病みそうだった自分を精神的に支えてくれたのは彼女だった。
 血の繋がりなんて関係ない。彼女こそ最愛の家族だ。

 ――僕のせいだ。

 孫の行く末を案じていないわけが無い。自分を責める彼の元に、再び家族から連絡が来る。

『兄さん、元気そうじゃないか』

 今度は一つ下の弟だった。現在は大学生でゆくゆくは父の跡を継ぐのだろう。もちろんアルファで、昔からなにかと皇大郎に張り合ってくるようか素振りはあった。

のことは気の毒にねぇ』

 自分の祖母と認めていないのは明白だ。しかし次の言葉で思わずスマホを叩きつけそうになる。

『そろそろ施設にでも入ってもらわないと。もちろんこっちで手配しておくよ、一応あの人も戸籍上は御笠家の人間だからね』

 まだそんな時期じゃないだろ、と怒鳴りつけると彼はせせら笑う。

『嫌だなぁ、感情的になっちゃって。やっぱりオメガってのはフェロモンでモノを考える生き物なんだ』

 とんだバース差別主義者だ。オメガは知能も低く、孕むことでしか存在意義を見いだせない無能だと昔から公言してはばからなかった。
 
 一方で自分たちアルファは人類の頂点であり至高。よって社会的弱者であるオメガに種付けをして優秀な遺伝子を継がせてやるのも強者アルファとしての情けだと言い。

 皇大郎がビッチングした時も。

『兄さんにオレの子を産ませてやってもいいよ?』

 などと屈辱を味あわされたものだ。
 そんな性悪な弟が連絡してくるのは悪い知らせしかない。

『お父様達があの人を施設にいれようってさ。ほらいまだに会社の株を大量に握ってるじゃないか。あの人も強欲だよね。でもあれをすべて取り上げる算段がついたとか』

 なんて恐ろしい話だろう。
 歳をとっても自分のことだけでなく子会社の経営までこなし、各種取引先とも親交のある敏腕女社長から全てを奪おうなんて。

 しかしやりかねないのだ、あの両親なら。
 冷酷で、手段のためには他者を踏みつけるのもいとわない。優生思想で傲慢な一族。

『もしかして怒ってる? オレはむしろ親切をしてやろうと思って連絡したんだよ。兄さんが次の縁談を断らないと約束したら、お父様を説得してやってもいい』

 つまり祖母を施設送りにされたくなければ縁談を受けろということ。やはり一族の面汚しとしてのオメガはさっさと御笠家を出ていけということらしい。

 出ていくだけなら喜んで行くが、政略結婚もセットとなると絶望してしまう。
 
 ――これもお祖母様のため。

 きっと純代は喜ばない、それは分かっている。しかしこれ以上、大切な人を苛むことはしたくなかったのだ。

 だからこの場にいる。



「えー、この方もご存知の通り貴島家のご子息の」

 今度は相手の紹介らしい。
 
 しかし相手は相変わらずまるで興味が無いという様子で真正面を見ていた。

 ――あぁ帰りたい。

 帰ってふて寝したい。オメガになってから特に体力も衰えたのか、一ヶ月のうち調子の良くない日が大半となった。

 発情期とまではいかなくても身体が怠く体温が高めで頭痛もする。そんな日が多々あるのだ。
 
 なんとも不便な身体だろう。

「……おい、ひとつ聞いていいか」

 ずっと黙ってスン顔していた男が急に声を発した。
 その場にいた者たちは驚き戸惑い、口上を邪魔された仲人は眉をひそめつつ。

「どうぞ」

 と一言。
 すると見合い相手、貴島家の跡取り息子で長男の貴島きじま 高貴こうきという青年はこちらを真っ直ぐ見据えて口を開いた。

「もちろん隠し子なんていないよな」
「か、かくし……?」

 こんな場で出るとは思わなかった単語に目を白黒させる一同。しかし高貴は平然と。

「オメガだろ。知らないうちに托卵されたらたまらないからな」

 身辺調査はしましたので、という仲人のこれまたなんともな返答に高貴は肩をすくめる。

「それだってアテにはならない。第一、こいつがビッチングされた元アルファだということを報告しなかったのは過失か故意か? どちらにせよ無能だとしか言いようがないな」
「な、な、な……」

 嘲笑にまみれた罵詈雑言に、仲人夫婦は顔色を真っ青にして口をパクパクさせた。しかし彼の口撃は止まらない。

「それに見合い場所だと連れてこられたのがこんなチンケな料亭場所だとはな。もっと良い場所があっただろう。いくらなんでも馬鹿にし過ぎだ」
「君っ、失礼にもほどがあるぞ!」

 さすがに激怒して怒鳴りつけてくるが、高貴のみならずその両親も特に動揺することもなく。

「皇大郎さん、でしたね。質問の回答がまだ頂けていませんわ」

 そう口火を切ったのは彼の母親、貴島 千鶴であった。

「こちらとしましても後で発覚しても困りますもの。今、正直におっしゃっていただいた方がよろしいと思いますのよ」
「ご心配して頂かなくても、ちゃんとしておりますから」

 イヤミたっぷりで切り返したのが皇大郎の母親である。
 二人はまるで腹の底を探るように (顔こそ笑顔だが)睨み合う。そこではじめて。

「まあまあ、こういうのはお互い信頼ですからな」
「そうだぞ。うちと御笠さんとの仲だ。お前もつまらないことにこだわるのをやめなさい」

 割って入ったのが双方の父親達。ここも言葉とは裏腹に目元のまったく笑っていない笑顔でうなずきあっている。
 
 ――ああもう本当に帰りたい。

 地獄のような空気に皇大郎の胃がキリキリと痛む。

 そっと腹をおさえて周りに気付かれないように息を吐くと。

「少し二人にしてくれ」

 よく通る声に全員が顔を上げる。

「あとはお若い二人でってやつだ。空気読めよ」

 そう言うと高貴は盛大な舌打ちをした。




「で。隠し子いんの、いないの」
「…………あ?」

 あれから嵐のような展開であれよあれよという間に二人きりにされた。
 しかも急遽とったこじんまりとした個室も決して安いわけではない。
 ここだって一応、政治家や経営者たちが会食をするような高級料亭だから。それなりの値段とサービスが存在するはずなのだが。

「オメガは信用できないからな」

 そう言っていきなりタバコを取り出し火をつける無礼な男。
 皇大郎もさすがに腹が立ち、彼を睨みつけた。

「っふ、ざけんな!」

 顔を改めてマジマジと見てしまい慌てて目をそらす。
 顔は、良い。むしろそこらのイケメン俳優やアイドルなんかが裸足で逃げ出すんじゃないかってくらいの美形だ。さすがアルファ様と言うべきか。まさに容姿端麗アルファ様というイメージを地でいっている。

 あとやはりオメガにとってアルファの放つフェロモンは刺激が強過ぎた。
 だから一瞬でも言葉に詰まった皇大郎を見て彼は笑う。

「やっぱりオメガなんだな。ちゃんとで分かる」

 オメガ臭いと嘲笑う顔を引っぱたいてやりたいと思った。いや手が出なかっただけ理性が働いたというべきか。

 とにかくこちらを見下げ、愚弄することしか頭にない下衆野郎。
 そんな相手の元に嫁がないといけないのはとんだ苦痛だが、それでも一縷の望みがある。

「こ、高貴……さん僕と以前顔を合わせたのとあります、よね」
「はァ? もしかして口説いてんのか」

 怪訝そうな顔からまたニヤリと嫌な笑みを返された。

「もしかして」

 ――ああ虫唾が走る。

 こんなに綺麗な顔なのに。ほのかに香ったフェロモンに支配欲を刺激されたアルファの表情かおだ。

 ――やっぱり変わってしまった。

 もちろん顔はあのまま端正に育ったのだろうが、性格があまりにも傲慢すぎる。

「覚えてないなら、いいです」

 ――じゃない。

 幼い頃のほんの数時間の記憶だ。覚えている方が珍しいのかもしれない。
 
 目をそらし眉をひそめる皇大郎の隣に、いつの間にか真正面にいたはずの彼が座ってきた。

「なあ、オメガってアルファに酔うんだろ」
「……かもしれませんね」

 ――酔ってるのはお前だろ、馬鹿アルファ。

「一回さ、相性みた方がいいと思うんだよなァ」
「あ、相性?」

 頬に自分のものではない、大きな手が触れてビクリと肩を揺らす。

「処女ぶるなよ。どうせ男を咥えるのが好きなんだろ、オメガだし」
「そんなわけないだろ!」
「ムキになるところがなかなか
「い、いい加減に……っ!!」

 するりとスーツの上から下腹を撫でられ、思わずひゅっと喉の奥から吐息が漏れた。

「味見させろよ」
「やめろっ、ここをどこだと思ってんだ!」

 のしかかってくる身体を必死で押し返しながら小声で怒鳴りつける。

「ご両親もいるだろうがっ、離れろ」
「聞かせとけばいい。早くも孫が見れるって期待するかもな」
「なにをバカな事を」
「オメガなんだから喜べよ。優秀なアルファの種を注いでもらえることをさ」
「っ、だれが喜ぶか。このクソ野郎!!」

 とことん嫌な人種だ。アルファとはこんな生き物だったのだろうか、とすれば自分もそうだった?
 
 腸が煮えくり返るとはこの事でここまで馬鹿にされるとは思いもしなかった。
 
「お前なんて大嫌いだ!」

 大声で叫んでその頬を殴りつけた、拳で。

「ぐぁ゙っ!?」

 低く呻いて崩れ落ちる男と、物音か叫び声で慌てて飛び込んできた両親達の喧騒を聞きつつ。

 ――あ、終わった。

 どこか他人事のように呟いた。

 







 
 

 






 
 




 




 
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