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20.解放と離別
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人間、同じ行為なのに状況によって受けるダメージは違うらしい。
今までこの顔のせいで、女に間違われ変態や悪い奴らに狙われてきた。
しかし今回のことは、彼をこれ以上ないというほど傷付けた。
それはひとえに、恋をしていたからだろう。
好きな人にレイプ現場を目撃されて、平気でいられる奴なんていやしない。
「うぅぅ……もぅ最悪だ」
ほとほと自分のメンタルの弱さに嫌気がさして、ため息と弱音にまみれる。
さっきまで部屋にいたルベルには、死ぬほど心配されて謝られた。
あのプライド高く毒舌な青年が『僕が無神経だった』としょんぼりと頭を下げる。
こっちこそ申し訳ないやら。
でも、後ろで『こんな嫁も、超可愛くね!?』と不謹慎極まりないアホ……エトの顔が面白かった。
思わず苦笑いするくらいに。
(別に痛くない。痛くないのに)
―――窓際の、薔薇を見る。
たしか魔法で管理された花だった。切り花になっても、通常より寿命が長いのかもしれない。
「綺麗」
僕なんかと違って、と心で呟く。
すっかり汚れた事を嘆くのは、悲劇のヒロインぶってると思う。
男のくせに、とも。
「はぁ」
何十回目かのため息をついた途端、小気味の良いノックの音が聞こえた。
「私だけど、入ってもいいかなぁ」
穏やかな声。魔王だった。
もちろん、と声をかけ慌てて居住まいを正す。
大きな身体を屈めるように入ってきた、大男。魔王レクスだ。
この一族は、皆一様に背が高い。
もはや巨人なんじゃないのって感じがしなくもないが、巨人族でなく魔族である。
「もう起き上がって、大丈夫?」
ベッドに腰掛けて、魔王は彼に優しく問いかけた。
「はい」
ルベルの事を話すと、彼はうんうんと頷いて聞いている。
この柔和で整った顔を見ていると、つくづくこの一族は美形ぞろいなのだと思う。
印象的なのは、その瞳。
彼の場合は、黒真珠のような深い輝きがこちらを覗き込んでいる。
レガリアの瞳の色も、同じ色だったはず。少なくても出会った時はそうだった。
でも、あの時は……。
「テトラ」
「えっ、あ、すいません」
うっかりぼんやりしていたらしい。
慌てる彼に、魔王は『気にしないで』と肩にふれた。
「っ……!」
びくり、と震える。何かを恐れるように。
「ごめんなさい、僕……あの……」
「謝らないで。君はそれだけ傷ついたのだから」
「……」
「本当にすまなかったね」
なぜか、彼が謝る。
そして戸惑うテトラに眉を下げた。
「あのオーガ達の恨みを買ったのは、私の息子と私だ。君は巻き込まれた……これは私の責任だ。本当に申し訳ない」
「そんな、頭を上げて下さい」
深く頭を下げる。
思いもかけない謝罪に、慌てふためいた。むしろここまで良くしてくれた彼らに、憎しみを抱く訳もない。
「君は本当に優しい子だ。でもこうなった以上、君をここに置いておくのは適切ではない」
「え? それはどういう……」
「君を人間界に帰す」
「!?」
テトラは、驚きのあまり目を見開いた。
生贄という立場でここへ連れてこられた事もあり、もう戻れないとばかり。
「ミラ・カントール嬢達が、ここへ向かっている。仲間たちと共に、帰りなさい」
「な、なんで……」
突然の言葉に、狼狽えるばかりである。
それを穏やかな表情を崩すことなく、魔王は言う。
「君の安全の為だ。レガリアにも、しばらくこの城から出てもらうよ」
「えっ」
「あの時の残党がいてね。昨晩、さっそく城に侵入しようとした奴がいた」
「そんな」
「もちろん。すぐに返り討ち、処分したけど」
「……しょ、処分」
穏やかだった瞳に、わずかに影が差した。
その侵入者は、恐らく生きてはいないだろう。当たり前のことだけれど。
「まぁとにかく、しばらくは彼にも身を隠してもらわなきゃね。君にも家族にも……万が一、妻に手を出されたら正気じゃいられないから」
瞳の色が、変わる。
サッと赤く染まった、ルビーのような瞳には間違いなく狂気が宿っていた。
「レガリアは私に似て、ほんの少し暴走する癖があってねぇ。怖かったかい?」
「い、いえ……僕は」
あの時の彼を見た時。テトラは恐怖なんか感じなかった。
ただ。
「綺麗だ、なって……」
深紅がキラキラと光をうつして。吸い込まれるような、という陳腐な表現になってしまうけれど。
その怒気と殺気は血の香りとあいまって、まさに鬼のようだっただろう。
しかし彼の心には、その姿こそ美しくうつったのだ。
「そう。綺麗、か」
数度のまばたきで、魔王の瞳は元の黒に戻る。
少し考え込む素振りをして、彼は立ち上がった。
「もうわずかな時間だが……君は家族と同じくらい大切な存在だよ。知り合えてよかった」
「れ、レクスさん」
「恐らく明後日には、彼女達が迎えに来るだろう。レガリアは今日の夜にでも旅立つつもりらしい」
「そんな……」
「結局、愚息のわがままで君の人生を変えてしまって申し訳なかった」
そう言って、彼は部屋を出ていく。
テトラは二つの事実に呆然と、その大きな後ろ姿を見送った。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫
「ごめんっ、テトラ!」
勢いよく頭を下げたのは褐色の少年、ケルタ。
一緒に逃げていた彼らは、二手に別れた。そこで彼も一度は捕まった。
しかし追っ手の人数が少なかったのと、杖がなくても魔法が使えたのもあり何とか逃げ出したのだ。
「そんな、頭上げてよ」
なんで彼らは自分に謝るのか。感謝しこそすれ、なんの恨みもないのに。
こまったような気分で、彼をなだめる。
「ケルタでしょ、助けを呼んでくれたのは」
「あー、うん。でもその前にレガリア様が、オーガ共を殺してて……あ、ごめん」
「ううん。そっか、誰に聞いて来てくれたんだろ」
「多分、精霊達じゃないかな。あの森にもたくさんいるから」
彼らが人間に親切にする事は、めったにない。気まぐれで、そこまで情に厚い種族ではないのだ。
しかし精霊に好かれるテトラは別。
彼らは襲われている彼を、助けるために奔走した。
「もう大丈夫なの?」
「みんなすごく心配してくれるね。大丈夫だよ、ルベルにも治してもらったから」
腕やら足を動かして見せる。
その時、服の間からアザが見えたのだろう。彼がそっと視線を逸らしたのが分かった。
「テトラ……人間界に帰るんだってね」
ケルタの言葉に、頷く。平静を装っていたが、その瞳は揺れていた。
「寂しいな。もっと仲良くなりたかったのに」
「ありがとう、ケルタ」
大きな琥珀色の瞳が、悲しげに伏せられる。
「レガリア様の事は、いいの?」
「な、なんで、彼が、出てくる……のかな」
思い切り動揺した。
視線が落ち着きなく右往左往するし、分かりやすく吃っている。
「あはは、テトラってば。顔に出すぎ」
「な、なんの話」
「あーそこ、とぼけちゃう?」
顔を上げて、窓際を見やる。
「その花、すごく大切にしてたよね。水換えもして、自分で少し魔法もかけてたでしょ」
「ゔっ」
窓際の薔薇が、美しく咲き誇っているのはテトラ自身の世話もあった。
少し萎れてきたそれに、易しい回復魔法をかけてみたこともある。
「だって。は、初めて、だったから……」
「なにが?」
「……花、もらうの」
彼は、羞恥に顔を染めて応えた。
こんな情熱的な花をくれてドキドキしない者はいない、と言いたいらしい。
「ロマンチックだねぇ。彼のこと、好きなんでしょ?」
「す、すす、す!?」
「どうなの」
「ゔ……」
こくり、無言で首を縦に振った。
自覚してしまえばあっという間、好きなものは好きなのだ。
でも、だからこそ苦しいこともある。
「僕、汚れちゃったから」
あんな姿見られて。好きなんて、愛して欲しいなんて求める資格ないんじゃないか。
あの美しい人の隣に立つなんて。
深いため息をつく。
「二人とも、本当に不器用っていうかバカっていうか……乳臭いことやってんだねぇ」
「ち、乳!?」
そこは普通、青臭いでしょ。とかそんなツッコミも入れられない。
そんな彼をケルタは、距離をつめて見た。
「今夜には、お別れなんだよ? レガリア様がどこに旅立つのか、誰にも分からない。あの方は、たった一人で行き先も告げずに行くんだ。いいの? もう、永遠に出会うことはない。後悔しないって、自分に誓えるかい?」
「そ、それは」
後悔するに決まっている。
あの声が聞けない、大きくて優しい身体にそっと触れることも。わずかだけど交わした会話も、もう増えることは無い。
そう考えると、テトラはどうしようもなく胸が苦しくなる。
「どうしよう僕……」
彼に会いたい。会って、想いを伝えたい。
「でも、こんな身体じゃあ」
彼の心を囚えるのは、やはりこのアザがだった。
暴力と凌辱の証。
「テトラ、時間がない。もう日が落ちるよ。月が出る頃には、きっと行ってしまう」
「……」
胸を掻き抱き黙りこむ彼を、ケルタが覗き込んだ。
「後悔しないで」
「ケルタ……」
「もしレガリア様にフラれたら、オレのお嫁さんなってね」
「え、えぇっ!?」
「あははっ、嘘だよ。でも、本当に後悔はして欲しくないだけ」
自分だって、仲間達が迎えに来る。
そうすれば必然的に別れになるだろう。
少し前まで、彼女達とまた旅がしたいとずっと望んでいた。
同時に、また『使えない魔道士』として生きることにも臆してもいる。
逃げてばかりなのかもしれない。
(僕自身、どう生きるかブレブレなんだよな)
「深く考えたって、答えなんか出ないよ。人間は、よくそうやって考えこんじゃうよね。まぁ……賢い種族ほどそうなのかなぁ」
ケルタは困ったような顔で首をかしげた。
ドワーフは、人間やエルフ達より物事を自然に考え理解する。
それは言いようによっては本能的であり、短絡的。
『したいようにする』『しでかしてから考える』だ。
「結局。自分を救うのは、自身しかいないわけでさぁ。テトラが愛した人は、思う以上に優しい男だよ」
「……」
「まぁ。万が一、フラれたらオレがお嫁さんとして攫って行ってあげる……って、それしたら執事に殺されるな。あははっ!」
ケルタは肩をすくめて『ほら、よりどりみどりでしょ?』と朗らか笑った―――。
今までこの顔のせいで、女に間違われ変態や悪い奴らに狙われてきた。
しかし今回のことは、彼をこれ以上ないというほど傷付けた。
それはひとえに、恋をしていたからだろう。
好きな人にレイプ現場を目撃されて、平気でいられる奴なんていやしない。
「うぅぅ……もぅ最悪だ」
ほとほと自分のメンタルの弱さに嫌気がさして、ため息と弱音にまみれる。
さっきまで部屋にいたルベルには、死ぬほど心配されて謝られた。
あのプライド高く毒舌な青年が『僕が無神経だった』としょんぼりと頭を下げる。
こっちこそ申し訳ないやら。
でも、後ろで『こんな嫁も、超可愛くね!?』と不謹慎極まりないアホ……エトの顔が面白かった。
思わず苦笑いするくらいに。
(別に痛くない。痛くないのに)
―――窓際の、薔薇を見る。
たしか魔法で管理された花だった。切り花になっても、通常より寿命が長いのかもしれない。
「綺麗」
僕なんかと違って、と心で呟く。
すっかり汚れた事を嘆くのは、悲劇のヒロインぶってると思う。
男のくせに、とも。
「はぁ」
何十回目かのため息をついた途端、小気味の良いノックの音が聞こえた。
「私だけど、入ってもいいかなぁ」
穏やかな声。魔王だった。
もちろん、と声をかけ慌てて居住まいを正す。
大きな身体を屈めるように入ってきた、大男。魔王レクスだ。
この一族は、皆一様に背が高い。
もはや巨人なんじゃないのって感じがしなくもないが、巨人族でなく魔族である。
「もう起き上がって、大丈夫?」
ベッドに腰掛けて、魔王は彼に優しく問いかけた。
「はい」
ルベルの事を話すと、彼はうんうんと頷いて聞いている。
この柔和で整った顔を見ていると、つくづくこの一族は美形ぞろいなのだと思う。
印象的なのは、その瞳。
彼の場合は、黒真珠のような深い輝きがこちらを覗き込んでいる。
レガリアの瞳の色も、同じ色だったはず。少なくても出会った時はそうだった。
でも、あの時は……。
「テトラ」
「えっ、あ、すいません」
うっかりぼんやりしていたらしい。
慌てる彼に、魔王は『気にしないで』と肩にふれた。
「っ……!」
びくり、と震える。何かを恐れるように。
「ごめんなさい、僕……あの……」
「謝らないで。君はそれだけ傷ついたのだから」
「……」
「本当にすまなかったね」
なぜか、彼が謝る。
そして戸惑うテトラに眉を下げた。
「あのオーガ達の恨みを買ったのは、私の息子と私だ。君は巻き込まれた……これは私の責任だ。本当に申し訳ない」
「そんな、頭を上げて下さい」
深く頭を下げる。
思いもかけない謝罪に、慌てふためいた。むしろここまで良くしてくれた彼らに、憎しみを抱く訳もない。
「君は本当に優しい子だ。でもこうなった以上、君をここに置いておくのは適切ではない」
「え? それはどういう……」
「君を人間界に帰す」
「!?」
テトラは、驚きのあまり目を見開いた。
生贄という立場でここへ連れてこられた事もあり、もう戻れないとばかり。
「ミラ・カントール嬢達が、ここへ向かっている。仲間たちと共に、帰りなさい」
「な、なんで……」
突然の言葉に、狼狽えるばかりである。
それを穏やかな表情を崩すことなく、魔王は言う。
「君の安全の為だ。レガリアにも、しばらくこの城から出てもらうよ」
「えっ」
「あの時の残党がいてね。昨晩、さっそく城に侵入しようとした奴がいた」
「そんな」
「もちろん。すぐに返り討ち、処分したけど」
「……しょ、処分」
穏やかだった瞳に、わずかに影が差した。
その侵入者は、恐らく生きてはいないだろう。当たり前のことだけれど。
「まぁとにかく、しばらくは彼にも身を隠してもらわなきゃね。君にも家族にも……万が一、妻に手を出されたら正気じゃいられないから」
瞳の色が、変わる。
サッと赤く染まった、ルビーのような瞳には間違いなく狂気が宿っていた。
「レガリアは私に似て、ほんの少し暴走する癖があってねぇ。怖かったかい?」
「い、いえ……僕は」
あの時の彼を見た時。テトラは恐怖なんか感じなかった。
ただ。
「綺麗だ、なって……」
深紅がキラキラと光をうつして。吸い込まれるような、という陳腐な表現になってしまうけれど。
その怒気と殺気は血の香りとあいまって、まさに鬼のようだっただろう。
しかし彼の心には、その姿こそ美しくうつったのだ。
「そう。綺麗、か」
数度のまばたきで、魔王の瞳は元の黒に戻る。
少し考え込む素振りをして、彼は立ち上がった。
「もうわずかな時間だが……君は家族と同じくらい大切な存在だよ。知り合えてよかった」
「れ、レクスさん」
「恐らく明後日には、彼女達が迎えに来るだろう。レガリアは今日の夜にでも旅立つつもりらしい」
「そんな……」
「結局、愚息のわがままで君の人生を変えてしまって申し訳なかった」
そう言って、彼は部屋を出ていく。
テトラは二つの事実に呆然と、その大きな後ろ姿を見送った。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫
「ごめんっ、テトラ!」
勢いよく頭を下げたのは褐色の少年、ケルタ。
一緒に逃げていた彼らは、二手に別れた。そこで彼も一度は捕まった。
しかし追っ手の人数が少なかったのと、杖がなくても魔法が使えたのもあり何とか逃げ出したのだ。
「そんな、頭上げてよ」
なんで彼らは自分に謝るのか。感謝しこそすれ、なんの恨みもないのに。
こまったような気分で、彼をなだめる。
「ケルタでしょ、助けを呼んでくれたのは」
「あー、うん。でもその前にレガリア様が、オーガ共を殺してて……あ、ごめん」
「ううん。そっか、誰に聞いて来てくれたんだろ」
「多分、精霊達じゃないかな。あの森にもたくさんいるから」
彼らが人間に親切にする事は、めったにない。気まぐれで、そこまで情に厚い種族ではないのだ。
しかし精霊に好かれるテトラは別。
彼らは襲われている彼を、助けるために奔走した。
「もう大丈夫なの?」
「みんなすごく心配してくれるね。大丈夫だよ、ルベルにも治してもらったから」
腕やら足を動かして見せる。
その時、服の間からアザが見えたのだろう。彼がそっと視線を逸らしたのが分かった。
「テトラ……人間界に帰るんだってね」
ケルタの言葉に、頷く。平静を装っていたが、その瞳は揺れていた。
「寂しいな。もっと仲良くなりたかったのに」
「ありがとう、ケルタ」
大きな琥珀色の瞳が、悲しげに伏せられる。
「レガリア様の事は、いいの?」
「な、なんで、彼が、出てくる……のかな」
思い切り動揺した。
視線が落ち着きなく右往左往するし、分かりやすく吃っている。
「あはは、テトラってば。顔に出すぎ」
「な、なんの話」
「あーそこ、とぼけちゃう?」
顔を上げて、窓際を見やる。
「その花、すごく大切にしてたよね。水換えもして、自分で少し魔法もかけてたでしょ」
「ゔっ」
窓際の薔薇が、美しく咲き誇っているのはテトラ自身の世話もあった。
少し萎れてきたそれに、易しい回復魔法をかけてみたこともある。
「だって。は、初めて、だったから……」
「なにが?」
「……花、もらうの」
彼は、羞恥に顔を染めて応えた。
こんな情熱的な花をくれてドキドキしない者はいない、と言いたいらしい。
「ロマンチックだねぇ。彼のこと、好きなんでしょ?」
「す、すす、す!?」
「どうなの」
「ゔ……」
こくり、無言で首を縦に振った。
自覚してしまえばあっという間、好きなものは好きなのだ。
でも、だからこそ苦しいこともある。
「僕、汚れちゃったから」
あんな姿見られて。好きなんて、愛して欲しいなんて求める資格ないんじゃないか。
あの美しい人の隣に立つなんて。
深いため息をつく。
「二人とも、本当に不器用っていうかバカっていうか……乳臭いことやってんだねぇ」
「ち、乳!?」
そこは普通、青臭いでしょ。とかそんなツッコミも入れられない。
そんな彼をケルタは、距離をつめて見た。
「今夜には、お別れなんだよ? レガリア様がどこに旅立つのか、誰にも分からない。あの方は、たった一人で行き先も告げずに行くんだ。いいの? もう、永遠に出会うことはない。後悔しないって、自分に誓えるかい?」
「そ、それは」
後悔するに決まっている。
あの声が聞けない、大きくて優しい身体にそっと触れることも。わずかだけど交わした会話も、もう増えることは無い。
そう考えると、テトラはどうしようもなく胸が苦しくなる。
「どうしよう僕……」
彼に会いたい。会って、想いを伝えたい。
「でも、こんな身体じゃあ」
彼の心を囚えるのは、やはりこのアザがだった。
暴力と凌辱の証。
「テトラ、時間がない。もう日が落ちるよ。月が出る頃には、きっと行ってしまう」
「……」
胸を掻き抱き黙りこむ彼を、ケルタが覗き込んだ。
「後悔しないで」
「ケルタ……」
「もしレガリア様にフラれたら、オレのお嫁さんなってね」
「え、えぇっ!?」
「あははっ、嘘だよ。でも、本当に後悔はして欲しくないだけ」
自分だって、仲間達が迎えに来る。
そうすれば必然的に別れになるだろう。
少し前まで、彼女達とまた旅がしたいとずっと望んでいた。
同時に、また『使えない魔道士』として生きることにも臆してもいる。
逃げてばかりなのかもしれない。
(僕自身、どう生きるかブレブレなんだよな)
「深く考えたって、答えなんか出ないよ。人間は、よくそうやって考えこんじゃうよね。まぁ……賢い種族ほどそうなのかなぁ」
ケルタは困ったような顔で首をかしげた。
ドワーフは、人間やエルフ達より物事を自然に考え理解する。
それは言いようによっては本能的であり、短絡的。
『したいようにする』『しでかしてから考える』だ。
「結局。自分を救うのは、自身しかいないわけでさぁ。テトラが愛した人は、思う以上に優しい男だよ」
「……」
「まぁ。万が一、フラれたらオレがお嫁さんとして攫って行ってあげる……って、それしたら執事に殺されるな。あははっ!」
ケルタは肩をすくめて『ほら、よりどりみどりでしょ?』と朗らか笑った―――。
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