ヘッポコ転生魔道士♂は魔王への生贄!?

田中 乃那加

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14.むっつり次男の憂鬱と鬱積

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「で? 勘違いされて仲良くしてる、と」

 女は片眉を上げて言い、男は無言で頷いて肯定する。

 ―――2人の男女。
 彼らは不思議な雰囲気の部屋で、向かい合って座っていた。
 壁からカーテン、家具の色までが全てが緑一色。濃淡や微妙に色合いは違うけれど、やはり目に鮮やかなグリーンだった。
 しかし『ここはジャングル?』なんていうツッコミは絶対にしてはいけない。

「アタシ、前から思ってたけどォ」

 女、ルパが唇をほんの少し尖らせた。その艶やかなそれも、翠色。
 この緑だらけの部屋は、彼女の自室だ。先述したツッコミなんぞ軽々しく入れた日には、彼女に後ろ回し蹴りを食らうこと必至だ。

「兄さんって、バカ? あ、ごめん。バカだよねー? てか、超ウケるんだけど」

 手入れの行き届いたネイルの先が、兄であるレガリアに突き付けられる。
 その色も当然のように緑。
 緑は彼女のラッキーカラーだ。

「……」
 
 彼はそこから視線を外し、ため息をついた。
 妹の言葉が心にグサグサと突き刺さる。
 身長2mを超えるこの身体のわりに、その気は小さく、彼は生きるのが下手くそな男であった。

 高身長(過ぎる気もするが)で美形。さらに魔王の息子という、異世界でこの上なく恵まれた人生。
 しかし彼自身それを重荷に思ったことはあれど、自慢したり鼻にかけることは無かった。出来なかったのだ、この男の不器用さでは。

「だいたい、初日から十日も放置ってのが有り得ないよね」
「花を贈った、が」
「花ァァァ? 」

 ルパは顔を歪め、片方の口角をつり上げて笑う。
 ……間違いなく責められている。浅はかな機嫌の取り方だと、揶揄されているのだ。
 それに気が付かないほど、彼は他人の感情に疎くない。
 むしろ敏感過ぎるくらいなのだ。

 彼は他人が自分に求める事や、抱く感情を読み取る事が出来た。
 別に魔法だとかエスパーだとか、そういう特別な能力ではない。ただ、その観察眼が異様に優れているだけ。
 その人物の口調や表情だけでなく、流れる汗や視線の動きなどの変化を観察していれば、変化は一目瞭然。
 これはレガリアの生まれ持った、能力とも言えなくはない。
 
 しかし他人が分かれば、自分が読まれるのを恐れる。
 表情を殺し、口数が少なくなっていったのはいつ頃だっただろうか。
 それでも周りは彼を放って置かない。
 擦り寄ってくる者達の目を、表情を、言葉のイントネーションを。ほんの少し観察するだけで彼は、いとも簡単に傷付いた。

 だから彼は、言葉の通じない魔物や魔獣。植物達相手の仕事を選んだ。
 彼らは本音を隠し、媚びへつらったりしない。時に、全力でこちらに敵意を向けてくる。その代わり、一度彼らの信頼を得るに足りる存在になれば、一遍の曇りもない瞳で見詰めてくれるのだ。
 
「兄さんって本当に不器用よね」

 言われなくても分かっていた。だからこそ、苦しんでいる。
 彼はようやく生きる道を見出したハズなのに、今度は恋愛という究極のコミュニケーションの壁にぶち当たった。
 この残念なイケメンは、世間的に童貞でコミュ障な陰キャ……人(魔族)は見かけに寄らないものである。

「ええっと、整理しましょ。まず、今の関係は?」
「友達、だな」
「例えば、どんな事してるワケ?」
「それは……」

 ポツリポツリ、と彼は言葉を零す。

 ―――あの美少年に恋をした彼は、まず何がなんでも彼を人間界に戻したくなかった。
 今思えば彼自身、謎の行動力であったが。父親である魔王に、懸命に懇願(周りからは威圧に見えたが)する。
 ようやく城に留めておいたが、今度はどうして良いか分からなかった。
 顔を合わせれば、喋る事も出来ないし逆に怖がらせてしまう。
 迷った末に、コッソリ花を贈ることにしたのだ。
 彼が昔見かけた文献に、薔薇ロサの花言葉の事が書いてあった。その文献を書庫をひっくり返して探し出し、読み漁った。

『君の為に』と差し出せれば、良かったのだろう。跪いて、微笑んで。
 ……いや。この男のキャラじゃない。
 それに、よしんばそんな事をしたらテトラに激怒されて終わりだ。彼は男なのだから。
 それで寄りにもよって、コッソリひっそり贈ったのだ。
 部屋の前に置いておく、という些かストーカー臭い方法で。
 それが彼の心象を悪くするとは予想外だった。

 コミュ障が恋をすると、大変なのである。
 
「……一緒に花を」
「また花。本当に好きねェ」

 テトラから愛らしい笑顔で『友達』なんて言われたもんで。
 それから一週間以上、彼らは毎日園庭で花々を見て過ごすようになった。

「っていうか。兄さん、ちゃんと喋れるんじゃないのよ」
「……ン」
「こらこら。無口キャラに戻んないの」

 彼は元来、返事は基本『ン』しか言わない。しかし恋をした彼は、変わった。
 妹から『せめてちゃんと喋れ、テメェの口は飾り物か!?』と恫喝……失礼、アドバイスを受けたのだ。
 これでも必死で、一言喋るだけでも次の瞬間『変な事を口走ったのでは?』と頭を掻きむしってゴロゴロ転がりたい気分に苛まれている。

 当然、夜はセルフ反省会。
 だいたい羞恥と後悔で、毎夜大爆死である。

「テトラとは、どんな話をしてるの?」
「ン、だいたい魔界の話だな。魔獣の話もする」

 最初こそ、彼が聞き役に回ることが多かった。しかし日が経つにつれて、互いに慣れてきたのだろう。
 レガリアが自身の研究である魔獣に関する話をするようになると、テトラが嬉嬉として聞いてくれた。
 それが愛しくて、ついつい頬が……。

「ちょ、ちょっと。兄さん顔っ、ありえないくらい緩んでるから! キャラ崩壊してるからッ!! イケメンが台無しだから!!!」
「……ン」

 確かに彼の顔は緩みっぱなしだ。
 ただでさえ一目惚れした男が、自分に微笑みかけてくれる。『凄い凄い』と披露した知識を賞賛してくれる。
 
「生きてて、良かった……もういつ死んでも良いかもしれん」
「いやいやいや、それは大袈裟過ぎ。てか、これからでしょーがよ」
「だが……」

 そこでシュン、と彼は肩を落とす。
 やはりこれは『友達として』なのだ。友達だから仲良くしてくれる。

「『友達』でなくなれば、彼は俺の事なんか……」

 恋煩いで完全にネガティブスイッチ入りまくっていた。
 カッコつけて自分の事を『私』呼びしたり、ややドヤ顔キメてみたり。色々と努力はしているのだが、まだまだ春は遠そうである。

「そんなに落ち込まないでよォ。最近、良い感じになってんでしょ?」

 盛大なため息を着きながらのルパの言葉に、彼は外の景色に視線を移す。
 小雨の降る朝。
 魔界は雨季。雨は降っては止んでを繰り返している。
 庭園を愛する人と共に散歩するには、些か具合が悪い季節。しかしテトラは雨を好み、振り出せば温室のガラス越しに雨粒を眺めるのだ。
 
「ルパ」
「何? 兄さん。むっつりスケベみたいな顔して、っていつもか」
「……彼は、妖精なんじゃないのだろうか」
「ハァ?」
 
 妹の『なんだコイツ』な視線も気にしない。
 
「可愛くて可憐で、美しい。アレはもう、人間じゃない。魔物でもない。だとしたら天使か? いや、母上と同じ生き物とは思えん。結論、妖精だ。分かるか?」
「……うん、分かんない。ぜーんぜん、分かんない」

 そして妹の言葉も聞こえないし、痛々しい視線も感じない。
 
 ―――彼は今、猛烈に恋をしていた。
 長い魔族として、初めての恋。だから多少の暴走も、仕方ないのである


■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫

「あ、レガリアさん!」
 
 キラキラした目で、彼の元に駆けていく青年。
 こちらからも駆け寄って、思い切り抱き締めたい。ハチミツ色の髪を撫でて、出来るならその良い匂いを間近で嗅ぎたい。
 そんな事を無表情で考える男。
 
 ―――会話中でも、妄想は無表情の下で大暴走中。

「今日の雨は強いですね。外に出たら濡れちゃうかなぁ」
「ン、そうだな(濡れたお前が見てみたい)」
「じゃあ今日は、部屋で本を読みましょうか! 僕の部屋、来ます?」
「ンンッ!? (やれやれ。男を部屋に誘うなんて大した小悪魔ちゃんだぜ)」
「あの……嫌ですか?」
「!!」

 愛らしい彼の表情が曇り、彼は慌てて首をふる。
 
「良かったぁ。じゃあ、後で来てくださいね。あ、それとオススメの本教えてください」
「ン……(ちくしょう、可愛すぎる。笑顔が眩しい。天に召されるレベル。本でも金塊でも、貢ぎたい)」
「僕、貴方の本のセンスが好きなんです」
「ンッ? (好き!? 好きって言ったか? 俺の事好きって。あぁぁぁもう無理、結婚したい。プロポーズしたい)」

 ……お分かり頂けただろうか。

 無表情の仮面の下で、荒れに荒れている。
 これでも筋肉系のイケメンなのだ。イケメンなのに、残念な男。
 テトラと笑顔で別れても、彼はその場に佇んでいた。

「ふぅ……(可愛い可愛い可愛い可愛い)」

 小さくため息をついて窓から外を眺めても、やはり頭の中は彼一色である。
 ほんの少しピンクな妄想もしてしまうのは、彼も男だから仕方ない。

「はぁ……(キスしたいキスしたいキスしたい)」

 口付けだって。

「ン……(押し倒したい押し倒したいぶち犯)」

 彼はどこに出しても恥ずかしい、むっつりスケベらしい。

「あ、兄貴? 鼻息荒くして、なにやってんの」

 恐る恐るといった様子で、声が掛けられる。

「ン」
 
 振り返れば、そこにドン引き顔している青年が一人。
 彼の弟、エトだった。

「兄貴? 大丈夫? なんかめっちゃキモかったけど……」
 
「ン(うるせぇ。お前にいわれたくねぇ。このクソ童貞)」

 内心の悪態も、弟には悟られることはない。なぜなら、完璧なポーカーフェイスだから。
 
「ま、大丈夫なら良いけどよぉ」

 エトは、タレ目気味の目をくしゃっとさせて屈託なく笑う。
 彼は魔王の三男で、最近嫁さんをもらって調子に乗りまくっている青年。

「あのさぁ。ルベル知らねぇ?」
「ン……(知るかボケ)」
「あー。知らねぇのね」

 ルベルとは、エトの嫁さん……男なので嫁と言うのが正しいのかは分からないが。
 エトは首を傾げ、自分の頭をかきながら言った。

「アイツとケンカしちまってよぉ。話し合おうって言ったら、逃げられちまったんだよぉ」
「ン(興味ないな)」
「別に俺は悪くねぇけどね? それでもやっぱり、こーゆー時は男の俺が折れて……って。あ、アイツも男か! ハハハッ」
「ン(知らん。どうでもいい)」
でもしよーかなーって」
「ン……(自慢するな。リア充爆発しろ)」

 兄の心、弟知らず。
 エトは一人で喋り、一人で大笑いして気が済んだらしい。

「じゃ、アイツ見かけたら『旦那の所に帰れ』って言っといてよ。アイツ、兄貴の言う言葉なら素直に聞くし……ムカつくけど」
「……ン(今のムカついているのは、俺の方だがな)」

 弟の惚気を一方的に聞かされて、彼はそっと拳を握りしめた―――。


 



 







 



 

 



 
 
 
 
 
 
 
 
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