ヘッポコ転生魔道士♂は魔王への生贄!?

田中 乃那加

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12.へっぽこな生贄と黒い執事

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「まったく、あのアホが……っ」

 息を荒げて怒る執事の背中を追いながら、彼は『案外この人も面白いなぁ』と内心呟く。
 すると、ピタリと足が止まった。
 うっかり彼にぶつからぬよう、足を踏み止める。 

「なんですか」
「え゙っ、べ、別に」

(し、思考読まれた!? まさかなぁ。でも)

「キミね……勘違いしないで下さいよ」

 愛想笑いと言葉を濁したテトラに、アルカムは釘を刺すように振り返った。
 冷たい間が空く。
 彼は思わず首を竦めて、眉を下げた。怒られる前兆の気がしたからだ。
 
 でも、そこに降ってきたのは意外な言葉だった。

「……わたし、そんなドSでもハードプレイ好きでもありませんから」
「え?」
「優しく出来ますよ、ちゃんとね」
「えっ、あ、ええっ!?」

 てっきり『お前なんて眼中にない』とか『自惚れるな』的なことを言われるかと思ったのに。
 彼の表情や声は、予想したよりずっと甘い。
 そして、それはそれでかなり戸惑う。

「あ、アルカムさんっ!?」
「テトラ。いい子だから、早く部屋に行きませんか」
「ちょっ、ま、待って……」
「待てませんよ」

 気がつけば、手を取られていて。絡め取られるように歩き出していた。
 肩を抱かれ、腰を引き寄せられて。
 まるで恋人同士のような、密着度だ。

 ―――そして、ある部屋の前を足早に通りかかった時。
 思わず足を止めた。

『っあ゙ぁ、ん゙、っ……』

 部屋の中から、くぐもった声。まるですすり泣くような。いや、端的に言えば喘ぎ声。男の悲鳴混じりの嬌声が、ひっきりなしに聞こえてくるではないか。

「ひぇぇッ!? あ、アルカムさんっ、今の……」
「チッ、まだヤってましたか」

 焦って声を上げたテトラと、苛々と舌打ち混じりで独りごちたアルカム。
 2人がちょうど前にいる部屋。そこから声が聞こえてくるらしい。

「こ、これ、なんなんですか?」
「あ゙? 聞いて分かりませんか。盛り上がりの最中なんでしょう。ったく、昼間っから」
「あのぉ……まさか、ここの人達が」
「そうです。ケルタが言ってた、魔王のご子息のエト様とその奥様です」
「へ、へぇぇぇ……」

 魔王の三人目の息子。エトとその妻、ルベルの寝室である。
 昼夜問わずセックスの最中で、ケルタが『凄かった』とこぼす惨状が、ここにあるのだろう。
 よくよく聞けば、責め立てるような男の声も聞こえる。
 さらにテトラにとって、驚くべき事実。
 
「あの、もしかして。もしかしてですけど……あれ両方、男?」
「そうですけど、何か」
「や、やっぱりぃぃぃ!?」

(ホモなの!? 魔王の息子って。いや魔王も、だっけ……ええっとアレは違うんだっけ!?)

 もうテトラの頭の中はパニックである。
 するとあの部屋は、男同士でセックスしまくってエラいことになってる部屋という事だ。

『ゔぁっ、も、やめっ、死ぬっ、死ぬからぁぁっ』
『ハイハイ、大丈夫大丈夫。俺達案外、頑丈だから』
『き、君の心配っ、なんて……して、な……ああぁぁぁっ!!』

 組み伏せられて、もう止めてと泣きわめく声と適当にいなす声。
 その温度が凄い。そして時折、ジャラジャラと金属音がする。
 鎖による拘束もされているらしい。

(な、なんか凄い……確かに、凄い)

 何が、とはナニであるが。凄いとしか言葉が出なかった。
 男同士の濡れ場だというのに、テトラの鼓動が痛いほど高鳴っているのは何故だろうか。

「おや。顔が赤いですけど、風邪ですか?」
「っ、そんなこと……」

 相変わらず密着するアルカムが、彼にそっと囁く。
 慌てて俯くがその首筋から耳から。全て色付いていることに、彼自身気が付いていない。

「もしかして。になっちゃいましたか」
「ななな、何を言ってんですか! ぼ、僕はホモじゃないッ」
「……そうですか」

 ヒヤリと気温が下がるような、冷たい声。
 弾かれように、顔を上げると。

「ふふっ、このエロガキ」
「痛!」

 額を軽くデコピンされたらしい。
 口元に笑みを宿したアルカムが、彼をじっと見つめていた。
 それが、見たこともないような表情。

(子供、みたい)

 まさにイタズラ成功した悪童のような。すました表情のいつもの彼とは、真逆の反応である。
 それは、きっとこの男を知った者なら誰でも『熱でもあるのか?』と心配するような、まさに鬼の撹乱かくらんを疑う事態。

「ほら早く行きますよ……耳は塞いで」
「はっ、はい!」

 ふと頭に浮かんだ言葉を、胸にし舞い込む。
 そして彼は、さっきより少しだけ近くを歩き出した。
 
 
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□

 自室(として与えられた)は、それなりに広い。
 やはり品の良い物の揃ったこの空間で、テトラはやっぱりため息をついていた。

「あ゙あ゙ぁぁ……もうなんで僕って、いつもこんなんなんだろう」

 いつか、馴染みだった酒場でついていたため息と同じ種類のものである。
 パーティ20回目の、あの時。

(自分に嫌気がさしてきた)

 あれから、少し調

 ―――執事や他の使用人達に、仕事をさせて欲しいと頼みに行ったのだ。
 結果は、言わずもがな……惨敗である。
 失敗に継ぐ失敗。
 
 例を上げれば、まず食器洗いを任された時。20枚を一気にドミノ崩し的に割った。
 悲鳴と共に粉々になっていく陶器達を愕然と眺めた数秒後には、ブチ切れた洗い場係スカラリーメイドに追い出される。

 さらには、干して乾いた洗濯物を何故か窓の外にぶちまけた。
 当然、全て洗い直しの乾かし直し。
 やはりブチ切れた洗濯係ランドリーメイドのペンナが、怒りに震えていた。
 しかも彼女、かの有名な魔物ゴーゴンの血を引いているもんで、危うく石にされかける。
 
 ……あとはもう、数えるのも思い出すのも苦行の失敗の連続。
 とうとう『お前さんにできる仕事はないみたいだね』と、やんわり言われてしまったのだ。

「うぅぅ、ここでもかぁ」

 これはやはり彼のテンパり癖によるものだ。
 ポンポンと指示を受けると、他が疎かになる。すると、とんでもない失敗を繰り広げてしまう。
 魔法も、家事も同じ。

「これじゃあダメだよね……」

 先程から独り呟きながら眺めているのは、薔薇の花束の生けてある花瓶である。
 乳白色を基調に、洗練された金細工が施された物。一目見て、上質なものと分かる程だ。
 これは執事アルカムが、彼に貸したもの。

『これなら頑丈ですから。キミみたいな人でも、簡単に壊れやしませんよ』

 そう言って自室まで持ってきてくれた。

『でも、壊したらタダじゃおきませんけど』

 なんて、サディストな笑みを浮かべて彼をビビらせたが。

(これじゃあ、生贄以下だよ……)

 だいたい、自分がなんの為にここにいるのか分からない。
 魔王の息子レガリアが、自分をここに留めているのは聞いたが。それでも本人は、初日以降一度も顔を出してこない。
 
(もう僕に飽きたってことなのかな)

 それはそれでモヤモヤするが、そうならすぐに解放してくれないだろうか。
 
(人間界ならそこそこ生きて……いけるかなぁ)

 またパーティを探す? 見つかる気がしない。
 ミラ達は? 一度、抜けた自分をもう一度迎え入れてくれるだろうか。
 これまでも何度もありえない失敗をして、パーティを危機に晒した自分を。

「っ、ぐす……っ……ぅ」
 
 ぐるぐる考えていると、鼻の奥がツンとしてきた。目頭が熱くなって、気が付けば頬が濡れている。
 ……彼は自分の無力さに、泣く。

 何度も何度もため息はついた。でも、泣いたことなんて数える程もない。
 何故なら、いつもは慰めてくれる者達精霊達がいたから。
 
 大丈夫、好きよ、諦めないで。と、彼らは囁いてくれる。
 炎精霊サラマンダーは、冷えきった身体を温めてくれた。草精霊スプライト風精霊シルフ等は、お喋りで萎んだ心を癒してくれた。
 他にも、彼らは多くの慰めをテトラに与えていたのだ。

 ……それが、今はいない。
 しゃくりあげて泣く彼は、酷く孤独だった。
 
 ―――その時。ドアがノックされる。
 慌てて涙を拭って、少し掠れた声で『はい』と返す。

「入ってもよろしいか」

 その声を聞いて数秒迷って『どうぞ』と応えた。

「失礼します」

 入ってきたのは、長身。綺麗に伸びた背筋に、凛とした空気を纏っている。
 執事アルカムは、部屋の隅で棒立ちになっている彼の前に立った。

「テトラ」
「……はい」

 絶対に怒られる、と拳を握り俯いた。そうしていなければ、また泣いてしまいそうだったから。
 
「キミ……」

(怒られる)

 ため息を含んだ声。下を向いた彼から見ることは出来ないが、その顔は険しい表情をしているのだろう。
『無駄飯喰らい』とか『もう生贄らしく、ジッとしとけ』とか。あとは『今すぐここから出ていけ』か。

 しかしアルカムの口からは、それら全てとは違う言葉が飛び出してきた。

「頼みたい事があります。良いですか?」
「……へ?」

 彼は、なんとも間抜けな顔をしていた。
 仕方ない。だって、こんな自分に仕事を任せてくれるなんて夢にも思ってなかったから。

「も、も、もしかしてっ、仕事ですか!?」
「そうですけど。何か」

 凄い勢いで顔を上げると、いつものすまし顔の執事がいた。
 しかし、テトラは気がついただろうか。その口端が、わずかに弧を描いていたことに……。

「あ、ありがとうございます! 僕っ、頑張ります!」
 「そんな力む事じゃありませんよ……でも」

 アルカムは、ゆっくり頷くと言葉を次ぐ。

「とても大切なお仕事、ですね」

 ―――その瞬間。テトラは彼に釘付けになった。
 ようやく、その表情が柔らかく微笑んでいるのに気がついたからである。



 

 

 
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