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10.ギャップ萌えは異世界に存在するか
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「あの……よく状況が、分かんないんですけど」
テーブルを挟んで座る彼は、ハチミツ色の頭を振って言った。
「あらあら」
ほんの少し眉を下げ、相槌を打つのが家事妖精のフェナである。
―――魔王の息子と娘が、慌ただしく出ていった後。彼はまた一人取り残されていた。
そこへお茶のお代わりを、と彼女がやってきたのだ。
「レガリア様は、何も仰られなかったのですか」
「何をです?」
フェナの言葉に、テトラは首を傾げる。
首を捻るのはもう何度目だろう。
そろそろ首がもげそうだなぁ、なんて頭の片隅で考えていた。
「あの方、少々シャイな御方ですものね」
「シャイっていうか、沈黙が多すぎて怖いっていうか」
「うふふ」
「笑い事じゃ……」
可笑しそうに口元を抑えて笑う彼女に、テトラは一瞬頬を膨らませる。
「あ、ごめんなさい……雇い主の息子さんを」
「いえいえ。良いんですよ。あの方は誤解されやすいのです。本当は優しい方ですの……まぁ今回ばかりは、初めての事ですが」
「?」
「レガリア様はテトラ様のことを気に入って、お父上である魔王陛下に直談判したのですよ。『あの子欲しい』って」
「ほ、欲しいって……」
花いちもんめじゃないんだから、なんて呆れるが。多少合点もいく。道理で、あんだけガン見してきたわけだ。
「魔王陛下も『息子が初めて一目惚れした』って乗り気でいらっしゃって」
それで、ミラに取引を持ちかけたのだ。
『生贄』という言葉を使ったのは、もう人間界に帰すつもりがなかったから。
「どちらにせよ、僕にはとんでもない話ですよ」
……どうせ拒否権ないんだし。
彼は、大きくため息をついた。
「魔族に愛された方々は、だいたい最初はそんな反応されるのですわ」
「他にも居たんですか?」
「えぇ」
そこで、フェナは嬉しそうに頬を染めると。
『すぐに会えますよ』と微笑んだ。
(つまり僕は、あの男の気まぐれで……)
そう思うと、恐ろしさより苛立ちが湧いてくる。
人の人生、なんだと思ってんだ。魔王の息子だか何だか知らないけど、自分は男だしホモじゃない。
「でも僕、男ですし……」
「あら! そんな事関係ないですわ」
「え?」
まさか魔族ってホモなの? 雌雄同体的な?
と少し慌てながら、彼女の言葉を待つ。
「愛に性別なんて、ね」
「えぇぇ……」
そりゃ正論だし、綺麗事だとも言える。でも彼はやっぱり、自分を取引だの生贄だのと称して連れてくる、そのくせ一言も喋らない事情説明しない男は御免だった。
「僕、あの人が好きになれそうにありません」
いっそ餌にでもしてくれないだろうか。
そしたら運が良ければ、またどっかで転生出来るだろうし。
今度こそ、マトモな人生送りたい。いや、もう人間じゃなくて羊とか。植物も良いなぁ。
……なんて思考を飛ばしていると。
「あらまぁ。これは前途多難ですわねぇ」
なんて困ったように笑っている。
(前途多難って。僕はゴールインするつもり、ないんだけどなぁ)
それとも無理矢理にでも、組み伏せるだろうか。
今までの男達のように。
テトラはその容姿が災いしてか、都会に出てからその手のトラブルが多い。
襲われずとも『女みたいなツラしやがって』だとか『身体で仕事取ってこい』だの罵詈雑言ぶつけられたこともある。
中にはそれ目当てで、彼をパーティに引き入れる奴もいた。
「もうウンザリなんです。男なのに、男に嫌悪感持つのは」
彼はため息と共に言葉を漏らす。
前世でも、女顔だとか言われて痴漢に遭うのは日常茶飯事だった。
でも相談すれば『男』として返される。
(どーせ、ナヨナヨしてる僕が悪いんでしょ)
彼が言われた事のある言葉だ。
前世で、勇気を出して大人に打ち明けたに受けた台詞。
それから今世に至るまで、彼は自身で抵抗するしかないと一念発起した。
彼にとって、それが魔法である。
剣術は才能が無くて早々に挫折したが、魔法は違った。元々精霊に好かれるのもあり、潜在的魔力や素質は充分だったのだ。
「ハァァ」
ここへ来て、何十回目になるか分からないため息を吐きながら、彼は入れ直された紅茶を飲む。
今度は少し甘い香り。南の地方に咲く花を思わせる、華やかな香気。
口に含めば、スッキリとした後味に彼は心癒された。
「あ、美味し……」
「あら。お口に合いまして?」
「えぇ、初めて飲みました」
フェナは、一つ頷くと答える。
「レガリア様のお土産ですわ」
「え?」
「あの方は、魔獣学者でしてね。魔界だけでなく人間界の各国を巡って、研究や採取をされているのです」
「そうなんですか」
彼は、とても意外に思った。
なんせあの体躯だ。決してバカには見えないが、かと言って学者様には見受けられなかったのだ。
「優しい方でしてね。この前も傷付いた一角獣を介抱されてましたわ。何日もかけて」
「へぇ……」
あの無表情で何考えているか分からない外見からは、イマイチ想像出来ず。
「でも小動物や精霊達には怯えられた。と、この前もションボリされてましたの」
「なるほど」
「あぁ見えて、可愛いモノが大層お好きですすのよ」
ふとテトラは、あの無骨な大男が生き物に怖がられて肩を落とす光景を思い描いてみる。
「ふっ……あー。なんかすごく想像つくかも」
「でしょう?」
思わず吹き出した彼に、フェナも小さく笑う。
「テトラ様。それがギャップ萌えってやつですわよ」
「ぎゃ、ギャップ萌え?」
言葉は分かる。というか、魔界でその言葉を聞くとは思わなかった。思わず聞き返すと、彼女は今度は強く頷く。
「今『キュン♡』と、きませんでした?」
「は……?」
拳をキュッ、と握って。フェナはその可憐で愛らしい容姿を、どこか興奮させて語る。
「不器用で寡黙な美丈夫が、ふと見せる……いや魅せる愛らしさ! 尊くありませんこと?」
「えっ? えっ? 」
「気になるあの子の痴態を、照れて顔を隠しちゃう所もッ!」
「ちょっ、それ……っ」
(待って、待って、フェナさんアレ見てたのぉぉぉッ!?)
さっき、散々ルパに弄りまくられてた場面である。
……見てたなら助けてくれたって良かったんじゃないの?
なんて思いながらも、上気した頬で迫るように言葉を続ける彼女を見つめていた。
「そりゃあねっ、無表情だし。少しムッツリすけべな方かもしれませんが!」
「フェナさん、それかなりディスってますよね……」
「いいえ。褒めてるんですよ? スケベじゃない生き物なんて、この世の中皆無です」
「す、すけ……って、フェナさんんんんッ!?」
彼女のイメージがどんどん変わっていく。
この暴走機関車的な腐女子に、テトラはドン引きでフリーズだ。
なもんで、この後数十分のフェナの語り(何についてかは割愛)を、引きつった表情で聞くしかなかった。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪
―――結局その日、彼はレガリアと顔を合わせなかった。
それどころか10日以上。その姿を見る事がなかったのだ。
「よっ、テトラちゃん!」
廊下を足早に歩いていると、彼女が声を掛ける。
相変わらず、派手なアイラインに緑の唇が鮮やかな美女。
「あぁ、ルパさん。どうも」
「元気そうじゃん……ん? なに、これェ」
彼女が視線を向ける先。彼の手には、花が一輪。
艶やかな赤、大輪の花である。まるで人間界の薔薇のような。
「1日1本、部屋の外に置いてあるんです」
彼の手にある花は、10本目。
花瓶に差しきれなくなって、新しいのを使用人から借りようと廊下を歩いていたのだ。
「へぇ。情熱的な赤、ね」
「誰なんでしょう? 執事さんに聞いても『知らない』って……」
テトラは首を捻る。その様子を、なにやら複雑な表情で眺める彼女には、気が付かないらしい。
少し考えてから彼女は口を開く。
「……でもその花、人間界のだね」
「そうなんですよね。魔界には、人間界の花ってないんですか?」
「あー、そんな事はないよォ。ウチの植物園に……」
「えっ! 植物園あるんですか!?」
心無しか、嬉しそうな声を上げる。
彼は植物が好きだ。特別詳しい訳じゃないが、子供の頃は田舎暮らしなのもあって自然の方が落ち着いた。
しかも植物がある所には、だいたい精霊も宿る。それが魔界なら尚更だろう。
「キャハハッ、めっちゃ嬉しそうじゃん。かわいー」
「少し興味があって……っいうか、揶揄わないで下さいよ」
「まーまー、褒めてんの」
小さく膨れる彼を、ルパはツンツンと緑のネイルでつつく。
「まぁ。今度は連れてってあげるね……あっ、アルカム!」
言葉の途中で、彼女が廊下の先に視線を移す。
するとそっちの方から、1人の男が歩いて来るのが見えた。
「ルパ様と……テトラ。何か御用で?」
恭しく一礼したのは、ダークエルフの執事。アルカムだ。
スラリとした長身。きちんと後ろに撫でつけられた黒髪。一部の隙もなく、礼儀正しく有能。
それが、魔城の執事である。
ちなみに些か神経質で口うるさく、ガチギレ癖があるのが特徴だ。
「アルカム、丁度よかったわ。テトラが、花瓶探してるって!」
「ほぅ……?」
ジロリ、と鋭い視線が彼に注がれる。
目を伏せ肩を竦め気味のテトラは、どうもこの男が苦手だった。
別に煩くするなどして怒らせた記憶も無いのに、どうも常に怒られているような気がするのだ。
「あ、あ、あのぉ、別にすぐって訳じゃ……」
「では、その手に持っているのは?」
「花、ですけど……」
「テトラ。キミねぇ」
アルカムは、わざとらしい咳払いを一つ。
そして彼の手の花を、素早く取り上げて言った。
「浅はかな……花が枯れてしまうでしょう」
「ご、ごめんなさい」
テトラは、困った顔でルパに助けを求めて振り返る。すると彼女は苦笑いと半笑いという器用な表情で、肩を竦めた。
「あー。アルカム? アタシ、すこーし用事思い出しちゃったァ。んじゃ、あとよろしくゥー!」
そう言い捨てて、彼女はそそくさと逃げ出す。
(ゔぇ゙ぇぇぇッ!? ルパさぁぁん!)
内心絶叫したが、どうしようもない。
彼女のみならずこの城の者なら、多かれ少なかれアルカムに対して頭の上がらない。
使用人の中で、一番厳しくスパルタでドSな執事だから。
「えっと、あの、ええっとぉぉ」
取り残されて、テトラは眉間に皺を寄せてる彼の前で大汗だった。
「花瓶、でしたね」
「へ? あ……はいっ」
「わたしの部屋に来なさい。いくつかあるから、見て差し上げましょう」
それだけ言うと、相変わらずきちんと伸びた背筋を彼に向ける。そしてそのまま、足早に歩き出した。
「えっ、あ、ちょっと、待って!」
「モタモタしないで、ついて来なさい」
「あっ、は、はいぃッ!」
テトラは慌てて、長身を追いかけた―――。
テーブルを挟んで座る彼は、ハチミツ色の頭を振って言った。
「あらあら」
ほんの少し眉を下げ、相槌を打つのが家事妖精のフェナである。
―――魔王の息子と娘が、慌ただしく出ていった後。彼はまた一人取り残されていた。
そこへお茶のお代わりを、と彼女がやってきたのだ。
「レガリア様は、何も仰られなかったのですか」
「何をです?」
フェナの言葉に、テトラは首を傾げる。
首を捻るのはもう何度目だろう。
そろそろ首がもげそうだなぁ、なんて頭の片隅で考えていた。
「あの方、少々シャイな御方ですものね」
「シャイっていうか、沈黙が多すぎて怖いっていうか」
「うふふ」
「笑い事じゃ……」
可笑しそうに口元を抑えて笑う彼女に、テトラは一瞬頬を膨らませる。
「あ、ごめんなさい……雇い主の息子さんを」
「いえいえ。良いんですよ。あの方は誤解されやすいのです。本当は優しい方ですの……まぁ今回ばかりは、初めての事ですが」
「?」
「レガリア様はテトラ様のことを気に入って、お父上である魔王陛下に直談判したのですよ。『あの子欲しい』って」
「ほ、欲しいって……」
花いちもんめじゃないんだから、なんて呆れるが。多少合点もいく。道理で、あんだけガン見してきたわけだ。
「魔王陛下も『息子が初めて一目惚れした』って乗り気でいらっしゃって」
それで、ミラに取引を持ちかけたのだ。
『生贄』という言葉を使ったのは、もう人間界に帰すつもりがなかったから。
「どちらにせよ、僕にはとんでもない話ですよ」
……どうせ拒否権ないんだし。
彼は、大きくため息をついた。
「魔族に愛された方々は、だいたい最初はそんな反応されるのですわ」
「他にも居たんですか?」
「えぇ」
そこで、フェナは嬉しそうに頬を染めると。
『すぐに会えますよ』と微笑んだ。
(つまり僕は、あの男の気まぐれで……)
そう思うと、恐ろしさより苛立ちが湧いてくる。
人の人生、なんだと思ってんだ。魔王の息子だか何だか知らないけど、自分は男だしホモじゃない。
「でも僕、男ですし……」
「あら! そんな事関係ないですわ」
「え?」
まさか魔族ってホモなの? 雌雄同体的な?
と少し慌てながら、彼女の言葉を待つ。
「愛に性別なんて、ね」
「えぇぇ……」
そりゃ正論だし、綺麗事だとも言える。でも彼はやっぱり、自分を取引だの生贄だのと称して連れてくる、そのくせ一言も喋らない事情説明しない男は御免だった。
「僕、あの人が好きになれそうにありません」
いっそ餌にでもしてくれないだろうか。
そしたら運が良ければ、またどっかで転生出来るだろうし。
今度こそ、マトモな人生送りたい。いや、もう人間じゃなくて羊とか。植物も良いなぁ。
……なんて思考を飛ばしていると。
「あらまぁ。これは前途多難ですわねぇ」
なんて困ったように笑っている。
(前途多難って。僕はゴールインするつもり、ないんだけどなぁ)
それとも無理矢理にでも、組み伏せるだろうか。
今までの男達のように。
テトラはその容姿が災いしてか、都会に出てからその手のトラブルが多い。
襲われずとも『女みたいなツラしやがって』だとか『身体で仕事取ってこい』だの罵詈雑言ぶつけられたこともある。
中にはそれ目当てで、彼をパーティに引き入れる奴もいた。
「もうウンザリなんです。男なのに、男に嫌悪感持つのは」
彼はため息と共に言葉を漏らす。
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でも相談すれば『男』として返される。
(どーせ、ナヨナヨしてる僕が悪いんでしょ)
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前世で、勇気を出して大人に打ち明けたに受けた台詞。
それから今世に至るまで、彼は自身で抵抗するしかないと一念発起した。
彼にとって、それが魔法である。
剣術は才能が無くて早々に挫折したが、魔法は違った。元々精霊に好かれるのもあり、潜在的魔力や素質は充分だったのだ。
「ハァァ」
ここへ来て、何十回目になるか分からないため息を吐きながら、彼は入れ直された紅茶を飲む。
今度は少し甘い香り。南の地方に咲く花を思わせる、華やかな香気。
口に含めば、スッキリとした後味に彼は心癒された。
「あ、美味し……」
「あら。お口に合いまして?」
「えぇ、初めて飲みました」
フェナは、一つ頷くと答える。
「レガリア様のお土産ですわ」
「え?」
「あの方は、魔獣学者でしてね。魔界だけでなく人間界の各国を巡って、研究や採取をされているのです」
「そうなんですか」
彼は、とても意外に思った。
なんせあの体躯だ。決してバカには見えないが、かと言って学者様には見受けられなかったのだ。
「優しい方でしてね。この前も傷付いた一角獣を介抱されてましたわ。何日もかけて」
「へぇ……」
あの無表情で何考えているか分からない外見からは、イマイチ想像出来ず。
「でも小動物や精霊達には怯えられた。と、この前もションボリされてましたの」
「なるほど」
「あぁ見えて、可愛いモノが大層お好きですすのよ」
ふとテトラは、あの無骨な大男が生き物に怖がられて肩を落とす光景を思い描いてみる。
「ふっ……あー。なんかすごく想像つくかも」
「でしょう?」
思わず吹き出した彼に、フェナも小さく笑う。
「テトラ様。それがギャップ萌えってやつですわよ」
「ぎゃ、ギャップ萌え?」
言葉は分かる。というか、魔界でその言葉を聞くとは思わなかった。思わず聞き返すと、彼女は今度は強く頷く。
「今『キュン♡』と、きませんでした?」
「は……?」
拳をキュッ、と握って。フェナはその可憐で愛らしい容姿を、どこか興奮させて語る。
「不器用で寡黙な美丈夫が、ふと見せる……いや魅せる愛らしさ! 尊くありませんこと?」
「えっ? えっ? 」
「気になるあの子の痴態を、照れて顔を隠しちゃう所もッ!」
「ちょっ、それ……っ」
(待って、待って、フェナさんアレ見てたのぉぉぉッ!?)
さっき、散々ルパに弄りまくられてた場面である。
……見てたなら助けてくれたって良かったんじゃないの?
なんて思いながらも、上気した頬で迫るように言葉を続ける彼女を見つめていた。
「そりゃあねっ、無表情だし。少しムッツリすけべな方かもしれませんが!」
「フェナさん、それかなりディスってますよね……」
「いいえ。褒めてるんですよ? スケベじゃない生き物なんて、この世の中皆無です」
「す、すけ……って、フェナさんんんんッ!?」
彼女のイメージがどんどん変わっていく。
この暴走機関車的な腐女子に、テトラはドン引きでフリーズだ。
なもんで、この後数十分のフェナの語り(何についてかは割愛)を、引きつった表情で聞くしかなかった。
■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪
―――結局その日、彼はレガリアと顔を合わせなかった。
それどころか10日以上。その姿を見る事がなかったのだ。
「よっ、テトラちゃん!」
廊下を足早に歩いていると、彼女が声を掛ける。
相変わらず、派手なアイラインに緑の唇が鮮やかな美女。
「あぁ、ルパさん。どうも」
「元気そうじゃん……ん? なに、これェ」
彼女が視線を向ける先。彼の手には、花が一輪。
艶やかな赤、大輪の花である。まるで人間界の薔薇のような。
「1日1本、部屋の外に置いてあるんです」
彼の手にある花は、10本目。
花瓶に差しきれなくなって、新しいのを使用人から借りようと廊下を歩いていたのだ。
「へぇ。情熱的な赤、ね」
「誰なんでしょう? 執事さんに聞いても『知らない』って……」
テトラは首を捻る。その様子を、なにやら複雑な表情で眺める彼女には、気が付かないらしい。
少し考えてから彼女は口を開く。
「……でもその花、人間界のだね」
「そうなんですよね。魔界には、人間界の花ってないんですか?」
「あー、そんな事はないよォ。ウチの植物園に……」
「えっ! 植物園あるんですか!?」
心無しか、嬉しそうな声を上げる。
彼は植物が好きだ。特別詳しい訳じゃないが、子供の頃は田舎暮らしなのもあって自然の方が落ち着いた。
しかも植物がある所には、だいたい精霊も宿る。それが魔界なら尚更だろう。
「キャハハッ、めっちゃ嬉しそうじゃん。かわいー」
「少し興味があって……っいうか、揶揄わないで下さいよ」
「まーまー、褒めてんの」
小さく膨れる彼を、ルパはツンツンと緑のネイルでつつく。
「まぁ。今度は連れてってあげるね……あっ、アルカム!」
言葉の途中で、彼女が廊下の先に視線を移す。
するとそっちの方から、1人の男が歩いて来るのが見えた。
「ルパ様と……テトラ。何か御用で?」
恭しく一礼したのは、ダークエルフの執事。アルカムだ。
スラリとした長身。きちんと後ろに撫でつけられた黒髪。一部の隙もなく、礼儀正しく有能。
それが、魔城の執事である。
ちなみに些か神経質で口うるさく、ガチギレ癖があるのが特徴だ。
「アルカム、丁度よかったわ。テトラが、花瓶探してるって!」
「ほぅ……?」
ジロリ、と鋭い視線が彼に注がれる。
目を伏せ肩を竦め気味のテトラは、どうもこの男が苦手だった。
別に煩くするなどして怒らせた記憶も無いのに、どうも常に怒られているような気がするのだ。
「あ、あ、あのぉ、別にすぐって訳じゃ……」
「では、その手に持っているのは?」
「花、ですけど……」
「テトラ。キミねぇ」
アルカムは、わざとらしい咳払いを一つ。
そして彼の手の花を、素早く取り上げて言った。
「浅はかな……花が枯れてしまうでしょう」
「ご、ごめんなさい」
テトラは、困った顔でルパに助けを求めて振り返る。すると彼女は苦笑いと半笑いという器用な表情で、肩を竦めた。
「あー。アルカム? アタシ、すこーし用事思い出しちゃったァ。んじゃ、あとよろしくゥー!」
そう言い捨てて、彼女はそそくさと逃げ出す。
(ゔぇ゙ぇぇぇッ!? ルパさぁぁん!)
内心絶叫したが、どうしようもない。
彼女のみならずこの城の者なら、多かれ少なかれアルカムに対して頭の上がらない。
使用人の中で、一番厳しくスパルタでドSな執事だから。
「えっと、あの、ええっとぉぉ」
取り残されて、テトラは眉間に皺を寄せてる彼の前で大汗だった。
「花瓶、でしたね」
「へ? あ……はいっ」
「わたしの部屋に来なさい。いくつかあるから、見て差し上げましょう」
それだけ言うと、相変わらずきちんと伸びた背筋を彼に向ける。そしてそのまま、足早に歩き出した。
「えっ、あ、ちょっと、待って!」
「モタモタしないで、ついて来なさい」
「あっ、は、はいぃッ!」
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