ヘッポコ転生魔道士♂は魔王への生贄!?

田中 乃那加

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6.ゴブリン退治と魔道士♂

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 ゴブリンとは、妖精の1種。緑の肌と、小柄な身体を持つ種族だ。
 悪戯好きで頑固者。残虐性も併せ持つと言われているが、そんなものは人間も同様である。
 
「……で。そのゴブリンってのは、この森の奥にいるのかよ」

 ミミナが胡散臭そうに言った。

「そうらしいわね」
「だいたい信用出来んのか、その依頼主はさ」

 彼女が胡散臭げに言うのは、理由がある。
 まず昨今のゴブリンが、人間を襲うとは思えないのだ。
 ゴブリンを我々のイメージで言えば、白雪姫と7人の小人である。彼らは確かに穏やかとは言い難い部分もあるが、人間には極めて友好的。
 街に出て人間と共に生活する姿も見られるのだから、その垣根の低さは言わずもがなである。

「しかもそのゴブリン達、子供達を攫うんだろ? どーなってんだ」

 子供好きとしても知られている種族。彼らがそんな手荒な真似をするとは、彼らにはにわかに信用出来なかった。

「行けば分かる。焦るな、メスゴリラ」
「あ゙ぁ? 隙あらば人をゴリラ呼ばわりしてんじゃないよ、この陰険チビ猿が!」
「ドラミングするな、うるさい」
「誰が威嚇行動する類人猿だッ!」

 ……またギャイギャイ始まった。ハラハラしながらテトラはミラを振り返る。

「良いのよ。お互い、こうやって発散させなきゃ」
「でも」
「2人はあれでいて、結構仲良しなのよ」
「えぇぇぇ……」

 ―――さて、4人は森を歩く。
 勿論、依頼の為であるが。やはりこの話には、違和感が拭えなかった。

「まぁ、疑う気持ちも分かるわね」
「そうだね。確かに、ゴブリンが人を襲うのはここの所聞いた事ない」
「この場合、人間側がなにかしでかした可能性が高いわ。慎重にいかないと……」
「うん」

 ミラとテトラはそう話し、歩き続ける。

「おいおいおい、お二人さん。良い感じじゃねーかよ」
「うわっ! ……ミミナ!?」

 突然、彼の肩に腕を回してきたのはミミナだ。
 まるで酔っ払いがクダを巻くように、ニヤつく声で囁く。

「なに、テトラはミラと~?」
「えぇぇ!?」
「だってこの前も一緒に飲んだんだろ? あ、別にアタシは女の子同士とか偏見ないからね? 2人とも、かわいーしアリだよ」
「ちょ、そういうんじゃ……」
「照れるな照れるな。アタシもカサネも、ミラには幸せになって欲しいんだよ」
「?」

 その言葉には、カサネも小さく頷いている。
 
「アタシもコイツも、ミラに拾われたからさ」

 そう。彼らは3人とも、実力はあるのにパーティ追放の憂き目に遭った者達なのだ。特に、女性はこの冒険者界隈で生きていくのは非常に厳しい。
 騙されたり騙したり、下手したら命を落とすのは日常茶飯事なのだ。
 更に言うなら、ここには警察組織というものはない。軍はいるが、国民の個人的な揉め事を解決する機関ではなく、自分の手でなんとかしなければならない……そんな世界である。

「あの髪もそうだよ」
 
 肩のあたりで揺れる、ミラの髪。
 
「防具やらなんやらって結構高く付くだろ? あの綺麗な髪を売って、ちゃんとしたのを誂えてくれたんだ」
 
 彼らは知らないが、ミラは元貴族である。元、というのは彼女達一家が現在国に追われる逃亡者で、色々と複雑な事情があった。
 そこのところは、魔王に囚われているという兄に関連した話なのだが……今は、割愛させて頂こう。
 
 そんな苦労が、この個性だらけでどこか歪な彼らを繋いでいるのは間違いあるまい。

「そうなんだね」

 (仲間になれっていわれた時は、すごく怖かったけど。やっぱり良い人なんだろうなぁ)

 あと美人だし……なんて。綺麗な横顔をチラリと見て赤面する。
 彼とて、やはり男なのだ。
 
「お、顔赤いぞぉ。さてはミラをエッチな目で見てたなぁ?」
「ちょ、ミミナ! なんて事いうの……違うってば!」
「アハハ、照れるな照れるな。人が惹かれる理由に性別なんてないよ。確かにミラは美人だもんなぁ。あ、カサネと違ってオッパイもお大きいしな!」
「……メスゴリラ、死ね」
「ウギャァ!」

 ミミナが突然大声を上げた。
 見れば、黒い影みたいなモノに絡みつかれている。後ろには、分厚い本を持ったカサネ。
 無表情に見えるが、眉間にわずか皺が刻まれている……相当気にしていたらしい。

「また召喚獣出しやがったなッ、卑怯だぞ!」

 影の姿をした魔物―――。
 カサネはを『影のお嬢さんシルエッタ』と呼ぶ。
 ……召喚術。文字通りその魔力と術で魔獣や魔物を呼び出す魔法である。
 彼女が呼び出すのは、おおよそポピュラーでない魔物ばかり。祖国である、極東ワコの国独自の召喚術なのだろう。
 

「バーカ」
「こ、このクソアマ! うおぉぉッ、コイツ噛みやがった!?」
「ちょ、カサネ!」
「……ふふ。いい気味」

 静かだった森に、彼女達の声が響く。
 すると。

「3人とも。仲良しなのは良いけどね……そろそろ、仕事よ」

 ミラの声に、彼らは動きを止めた。
 いつしか周りには、幾つかの気配と足音が迫っていた―――。


■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪■

 先陣切ったのは、ミラである。
 雄叫びを上げて向かってきた、緑の肌の集団。そう、ゴブリンだ。
 
 防具を付けて、斧やハンマー。弓まで構えて走ってくる。完全に交戦体制というやつらしい。
 多勢に無勢。この状況下で、彼女達は冷静であった。

「おっ、沢山いるじゃあないか!」

 どこか楽しげに、盗賊シーフはナイフを両手に構えて走り出す。
 剣を振るうミラを、援護するらしい。
 群がるゴブリン達を、切り伏せていく。
 それはまるで、舞うように。

 そして加える一撃必殺。
 
 ―――あちらこちらで、悲鳴と怒号が上がった。
 刃物がぶつかる金属音に、地面に投げ出され鈍い音。
 時に刃物、時に体術で剣士と盗賊娘はゴブリン達を無双していくのだ。

「ふん」

 そんな様をどこか満足そうに眺めて、召喚術士が動き出す。
 右手に本。左を宙に翳し、カサネが呪文を唱える。
 青白く光る魔法陣。異国の文字が描かれたそれは、歪に空間を歪ませて次々と魔物を呼び出した。

「……いってらっしゃい」

 最後にこう呟いて、本を閉じる。
 すると魔物達は、嘶きのような轟音を立て、敵の集団に突っ込んで行く。

「す、すごい!」

 テトラは驚愕の言葉を呟いた。
 へっぽこなりに、経験は積んだ魔道士だから分かる。彼女達の力量が。
 今までパーティの仲間たちには気の毒だが、実力は桁違いだ。彼らでは、ここまで華麗な無双はやってのける事は出来まい。

「テトラ、早く」

 お前も仕事をしろ、と言うことだろう。
 彼は早くもテンパってきた頭を振って、震えながら杖を構える。

「え、ええっとぉ……」

 頭の中が空っぽだ。
 どんな呪文が良い? 攻撃? 回復? 能力強化? 火の魔法?それとも……。

「い、イグニス!」

 彼は咄嗟に叫ぶ。
 その言葉通り、その瞬間かざした杖の先から炎が吹き出した。

 ―――それはまるで、暴走した火の玉のよう。爆発的な力を持って、空を切り裂き飛ぶ。

「うわ゙ァッ!? 危なッ……、テトラ! 何すんだよ!!」

 あわや。ゴブリン兵の剣を弾いていたミミナに、命中するところだった。
 後ろから振りかぶってきた敵を蹴りで躱し、彼女は怒鳴りつける。

「す、すすす、すいませんーっ!」

 ……またやらかした。

 彼は項垂れる。自己嫌悪で、呆れるやら情けないやら。
 テンパったと言え、魔道士として。いや、少しでも魔法による戦闘を見聞きした物でも分かる初歩的なミスをした。

 本来。
 木々の立ち並ぶこんな森で、強い火炎魔法を放つのは危険リスキーだ。しかも広範囲に敵がいる場合。
 下手したら山火事の大惨事……なんて笑えない事態が起こるのだから。

「テトラ、大丈夫……風魔法を!」

 ……萎縮した彼の耳に、ミラの声が届く。
 顔を上げれば、やはり多勢に苦心する2人。
 そして召喚魔法を唱えつつ。自らも身を翻し、ゴブリン達の攻撃を避けるカサネの姿。

 自分だけ、ここでしょぼくれている場合ではない。
 彼はそう、自分を叱咤する。

「っ……ボレアス絶望の北風!」

 落ち着いて。しっかり前を見ろ、と自分に語りかけた。震える足で、微かにぬかるむ大地を踏みしめる。
 目の前の仲間を助けたい、と心に願いながら。

 ―――森の木々を抜ける、一閃の旋風。
 冷たいそれは、正しく北風。
 ゴブリン達の間を吹き抜けて、次々と引き倒していく。
 
「おっ、すげぇ!」
 
 自らも少し風に足を取られながら、今度歓声を贈ったのはミミナである。
 一瞬で、大勢いたゴブリン達は地に伏せた。

「助かったわ」

 剣を下げたミラが、そう言って微笑む。
 彼は思わず息を詰めた。
 何故なら、初めて言われたから。助かった、なんて。

 ……戦闘後に、賞賛された事などなかったのだ。
 常に失敗を詰られ、怒鳴りつけられ呆れられてきた。その度彼は、項垂れて平謝りすることしか出来ない。
 そしてその姿を見た仲間達は、顔を歪めて彼に背を向けて歩き出すのだ。

「おいおいおいおいっ、何泣いてんのさ!?」

 ミミナの焦ったような声が飛ぶ。
 彼の頬は濡れていた。大きな瞳から、零れ落ちた雫。鼻の頭を赤くして泣く彼の肩を、ミラはそっと抱きしめる。

「貴方は、もっと自信持ちなさいよ」

 自分で思ってる以上に、その実力は確かなんだから……。そう囁く声色は、まるで肉親に向けるかのようだった。

「おー、熱いこった」
「空気読め、メスゴリラ」
「だーかーらーッ、人をゴリラ呼ばわりすんな! ヒョロガリ女」
「……行け、召喚獣」
「テメェーっ、仲間に召喚術使うなよ!」

 冷やかすミミナと、窘めるつもりか魔獣をけしかけるカサネ。
 そんな2人のドタバタを見ながら、テトラとミラは顔を見合わせて微笑んだ。
 
(僕にも、遂に仲間が出来たんだ)

 そう思うと、目頭が再び熱くなる。

 思わず鼻を啜った時と、彼らの背後で大勢の足音がしたのと、ほぼ同時であった―――。

 
 
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