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時給はそれなり働き給え
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大学生のアルバイト先としてよくあがるのが飲食店ではなかろうか。
「おはようございます」
そんな挨拶を昼であろうが夜であろうがするのも違和感を覚えなくなって数ヶ月がが過ぎた。
「あ、奏汰君。おはよう」
チェーンの居酒屋でのバイト。週四日で入ってるせいか慣れるのも早い。
更衣室で鉢合わせしたのは先輩の堂守 明良。五つほど年上の彼もまたバイトである。
ホール担当の奏汰と違い、キッチンの方にいるために普段あまり話をする機会はない。
しかし顔を合わせばにこやかに接してくれる見目麗しい彼に、悪い印象などなかった。
「堂守さん。なんか顔色悪くないですか?」
元々が健康的とは言えない青年だが、今日はいっそう青白い顔だ。
線が細く、パッと見れば可憐な美少女のような顔立ちをしている彼はΩだった。
「大丈夫だよ」
「そうですか?」
柔らかな受け答え、でも明らかに大丈夫でなさそうな様子に首を傾げる。
「あんまり無理しない方がいいですよ」
一応そう声をかけるが、彼はあまり聞き入れる気がないようだ。
堂守は発情期にて三ヶ月に一度、まとまった休みをとる。もちろん国にも認められた権利なのだが、バイトに支障が出ることをかなり気にしていた。
そして彼の場合、ことさら症状が重く出るらしい。
その前後にも体調不良が続くことが珍しくなかった。
「奏汰君ありがとう。でも本当に――うっ!?」
「おっと」
ぐらりと揺れる身体。奏汰は咄嗟に手を差しのべる。
「やっぱり大丈夫じゃないですよね」
「ご、ごめん」
「いや本当に無理しちゃダメですって」
とりあえず更衣室のすみにある椅子を持ってきて座らせる。
「熱はないみたいだけど、死にそうな顔してるし貧血かな。どっちにしろ休んだ方がいいですよ」
「……」
「堂守さん」
「平日だしシフト的にも余裕あるっぽいから、病院行った方が」
「そうだね……ごめん」
「いや謝らなくても」
不承不承ながら頷く彼にホッとした時だった。
「うっ」
フラついて椅子から転げ落ちる身体を抱きしめて支える。
「ちょ、やばいじゃないですか」
「うぅ。き、気持ちわるくて……」
「ええっ!? うそっ、ちょっと待って!!」
苦しげに息を吐いてうっすら汗までかいてるのを見て慌てた時だった。
「おーっす、おはよーさん……って」
「あっ、山尾先輩!」
更衣室の部屋を元気な声とともに開けたのは、これまたバイトの先輩。山尾 貴詞である。
「え、なにしてるん。お前ら」
「いやちょっと助けてください、堂守さんが!」
「いやいやいやいや、お前が助け求める立場ちゃうし。なんや通報したらええんか」
「は、ハァァ!?」
いきなり誤解された。
それも多少仕方がない。椅子から転げ落ちた堂守を受け止めた体勢を崩した姿が、彼を襲っているようにも見えなくもないからだ。
しかも息を乱してぐったりしてる腕の中。
ちなみに山尾のエセ関西弁は単なるモテたい男の方言萌えを追求した涙ぐましい過程であり、当の本人の地元は北陸のとあるド田舎である。
「あー。お巡りさんこっちです」
「山尾先輩、通報しないでください!」
「いやぁ。彼ならすると思ってました……(N〇K用)」
「インタビューに答えようとすんな!」
「おい奏汰、先輩には敬語つかえやコラ」
「そこはツッコミいれるんですね」
なんてやり取りしてるうちに、さらに堂守がぐったりしてきた。
「あ、奏汰がバカなこと言ってる間に堂守がやばいぞ」
「バカなのは山尾先輩じゃないですか! 店長呼んで来て下さいよ!!」
「おっ、まかせとけ」
この通り先輩らしさや頼もしさはカケラも見せない、それが山尾である。
しかしこの男、こう見えて仕事はできる。しかし女にはからきしモテない。顔も極度のブサメンという訳でもなく、むしろ性格の明るさもあってか見ようによってはフツメン以上に見えなくもないのだが。
極度の女好きで性格はいい加減。だもんで奏汰も安心して接することが出来る数少ない存在だ。
「すぐ戻ってくるから早まるんじゃねぇぞ~」
「誰が早まるかっ、はやく行ってきてください!」
「わははは」
なぜか高笑いしながら走り去って行った。
「ほんと山尾先輩ってバカだなぁ」
奏汰も奏汰でめちゃくちゃ失礼なことをボヤきつつ、堂守のほうに視線を落とす。
「……はぁ……ぅ」
――熱はない、みたいだけど。
相変わらず青白い顔色で、口に手を当てて何かを耐えるようにしている。
「発情期、じゃないですよね?」
「……来ない、んだ」
「え?」
「ヒートがこなくて」
「は?」
Ωなのにヒートがこない。これはどういうことか。
「はいはい、入るよ」
ノックと同時に入ってきたのは女性。この店の店長、牧蔵 琴音。
可愛らしい顔立ちで若く見えるのと女性店長ということで珍しがられるが、わりと厳しくクールな性格である。
「どうした、堂守」
「す、すいません」
「謝罪よりどうした、と聞いてるが。ん? 吐きそうか」
「ちょっと気持ち悪くて……」
彼のその言葉と様子に牧蔵は顔をしかめた。しかし一瞬でいつものポーカーフェイスに戻り。
「とりあえず病院。あと悪いけど佐倉に付き添い頼むから。彼女、すぐに呼んで」
「あ、はい」
奏汰は堂守を牧蔵にまかせてキッチンの方へ走る。
開店準備をしているバイトの女子、佐倉 絵里に声をかけた。
「絵里ちゃん、店長が」
「ん? はーい」
振り向いたのは量産型といえば聞こえが悪いが、ピンク系のメイクにふるゆわな空気感と喋り方が特徴的な大学生女子。
「こっち来てくれるかな」
「うん、いーよー」
絵里はしていた作業をさっさと切り上げて頷いた。
「ごめんね。手止めさせて」
「ううん、店長がアタシを呼んでくれたんでしょ? うふふー、なんだろなー♡」
少々鼻にかかったアニメ声、このことからわかる個性。奏汰はそこに触れることなく、彼女を更衣室に連れていく。
「連れてきましたよ」
「店長ぉ、来ちゃった♡」
ドアを開けると、隣でなぜかすごく嬉しそうに笑っている絵里。
「そりゃ呼んだからね」
とクールかつドライに受け流す牧蔵は、すぐに奏汰の方に向く。
「金城君、ありがとう。ここは対処しとくから仕事戻ってもらっていいかな」
「あ、はい」
彼は素直に会釈して踵を返そうとする。
「?」
ふとそこで、牧蔵が険しい顔で絵里に何やらヒソヒソと話をしているのを視界の端で捕らえた。
――ま、いいか。
すぐに思考を仕事の段取りに切り替えた。
「おはようございます」
そんな挨拶を昼であろうが夜であろうがするのも違和感を覚えなくなって数ヶ月がが過ぎた。
「あ、奏汰君。おはよう」
チェーンの居酒屋でのバイト。週四日で入ってるせいか慣れるのも早い。
更衣室で鉢合わせしたのは先輩の堂守 明良。五つほど年上の彼もまたバイトである。
ホール担当の奏汰と違い、キッチンの方にいるために普段あまり話をする機会はない。
しかし顔を合わせばにこやかに接してくれる見目麗しい彼に、悪い印象などなかった。
「堂守さん。なんか顔色悪くないですか?」
元々が健康的とは言えない青年だが、今日はいっそう青白い顔だ。
線が細く、パッと見れば可憐な美少女のような顔立ちをしている彼はΩだった。
「大丈夫だよ」
「そうですか?」
柔らかな受け答え、でも明らかに大丈夫でなさそうな様子に首を傾げる。
「あんまり無理しない方がいいですよ」
一応そう声をかけるが、彼はあまり聞き入れる気がないようだ。
堂守は発情期にて三ヶ月に一度、まとまった休みをとる。もちろん国にも認められた権利なのだが、バイトに支障が出ることをかなり気にしていた。
そして彼の場合、ことさら症状が重く出るらしい。
その前後にも体調不良が続くことが珍しくなかった。
「奏汰君ありがとう。でも本当に――うっ!?」
「おっと」
ぐらりと揺れる身体。奏汰は咄嗟に手を差しのべる。
「やっぱり大丈夫じゃないですよね」
「ご、ごめん」
「いや本当に無理しちゃダメですって」
とりあえず更衣室のすみにある椅子を持ってきて座らせる。
「熱はないみたいだけど、死にそうな顔してるし貧血かな。どっちにしろ休んだ方がいいですよ」
「……」
「堂守さん」
「平日だしシフト的にも余裕あるっぽいから、病院行った方が」
「そうだね……ごめん」
「いや謝らなくても」
不承不承ながら頷く彼にホッとした時だった。
「うっ」
フラついて椅子から転げ落ちる身体を抱きしめて支える。
「ちょ、やばいじゃないですか」
「うぅ。き、気持ちわるくて……」
「ええっ!? うそっ、ちょっと待って!!」
苦しげに息を吐いてうっすら汗までかいてるのを見て慌てた時だった。
「おーっす、おはよーさん……って」
「あっ、山尾先輩!」
更衣室の部屋を元気な声とともに開けたのは、これまたバイトの先輩。山尾 貴詞である。
「え、なにしてるん。お前ら」
「いやちょっと助けてください、堂守さんが!」
「いやいやいやいや、お前が助け求める立場ちゃうし。なんや通報したらええんか」
「は、ハァァ!?」
いきなり誤解された。
それも多少仕方がない。椅子から転げ落ちた堂守を受け止めた体勢を崩した姿が、彼を襲っているようにも見えなくもないからだ。
しかも息を乱してぐったりしてる腕の中。
ちなみに山尾のエセ関西弁は単なるモテたい男の方言萌えを追求した涙ぐましい過程であり、当の本人の地元は北陸のとあるド田舎である。
「あー。お巡りさんこっちです」
「山尾先輩、通報しないでください!」
「いやぁ。彼ならすると思ってました……(N〇K用)」
「インタビューに答えようとすんな!」
「おい奏汰、先輩には敬語つかえやコラ」
「そこはツッコミいれるんですね」
なんてやり取りしてるうちに、さらに堂守がぐったりしてきた。
「あ、奏汰がバカなこと言ってる間に堂守がやばいぞ」
「バカなのは山尾先輩じゃないですか! 店長呼んで来て下さいよ!!」
「おっ、まかせとけ」
この通り先輩らしさや頼もしさはカケラも見せない、それが山尾である。
しかしこの男、こう見えて仕事はできる。しかし女にはからきしモテない。顔も極度のブサメンという訳でもなく、むしろ性格の明るさもあってか見ようによってはフツメン以上に見えなくもないのだが。
極度の女好きで性格はいい加減。だもんで奏汰も安心して接することが出来る数少ない存在だ。
「すぐ戻ってくるから早まるんじゃねぇぞ~」
「誰が早まるかっ、はやく行ってきてください!」
「わははは」
なぜか高笑いしながら走り去って行った。
「ほんと山尾先輩ってバカだなぁ」
奏汰も奏汰でめちゃくちゃ失礼なことをボヤきつつ、堂守のほうに視線を落とす。
「……はぁ……ぅ」
――熱はない、みたいだけど。
相変わらず青白い顔色で、口に手を当てて何かを耐えるようにしている。
「発情期、じゃないですよね?」
「……来ない、んだ」
「え?」
「ヒートがこなくて」
「は?」
Ωなのにヒートがこない。これはどういうことか。
「はいはい、入るよ」
ノックと同時に入ってきたのは女性。この店の店長、牧蔵 琴音。
可愛らしい顔立ちで若く見えるのと女性店長ということで珍しがられるが、わりと厳しくクールな性格である。
「どうした、堂守」
「す、すいません」
「謝罪よりどうした、と聞いてるが。ん? 吐きそうか」
「ちょっと気持ち悪くて……」
彼のその言葉と様子に牧蔵は顔をしかめた。しかし一瞬でいつものポーカーフェイスに戻り。
「とりあえず病院。あと悪いけど佐倉に付き添い頼むから。彼女、すぐに呼んで」
「あ、はい」
奏汰は堂守を牧蔵にまかせてキッチンの方へ走る。
開店準備をしているバイトの女子、佐倉 絵里に声をかけた。
「絵里ちゃん、店長が」
「ん? はーい」
振り向いたのは量産型といえば聞こえが悪いが、ピンク系のメイクにふるゆわな空気感と喋り方が特徴的な大学生女子。
「こっち来てくれるかな」
「うん、いーよー」
絵里はしていた作業をさっさと切り上げて頷いた。
「ごめんね。手止めさせて」
「ううん、店長がアタシを呼んでくれたんでしょ? うふふー、なんだろなー♡」
少々鼻にかかったアニメ声、このことからわかる個性。奏汰はそこに触れることなく、彼女を更衣室に連れていく。
「連れてきましたよ」
「店長ぉ、来ちゃった♡」
ドアを開けると、隣でなぜかすごく嬉しそうに笑っている絵里。
「そりゃ呼んだからね」
とクールかつドライに受け流す牧蔵は、すぐに奏汰の方に向く。
「金城君、ありがとう。ここは対処しとくから仕事戻ってもらっていいかな」
「あ、はい」
彼は素直に会釈して踵を返そうとする。
「?」
ふとそこで、牧蔵が険しい顔で絵里に何やらヒソヒソと話をしているのを視界の端で捕らえた。
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