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笑い事にしてやんよ
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「あははっ」
「笑い事じゃない!」
ころころ笑う幼なじみに、奏汰は思わず声を荒らげる。
「うふふ、ごめんね。だって想像したらお腹痛くなるくらい面白いんだもの」
文字通り腹を抱えて笑う響子はとても楽しそう。
昼下がりの喫茶店でのことだ。
「ったく。他人事だと思って……」
「うん、他人事だね」
「言葉通りに受け取るなよ、響子」
憮然とした顔でクリームソーダのアイスをつつきながら、奏汰は肩をすくめた。
「拓斗の交友関係にまで口出したくないけどさ。あいつはヤバいぞ」
「そう?」
対する響子はのんびりとコーヒーについてくる豆菓子をつまんでいる。
ここは言わずと知れたチェーンの喫茶店で、二人はお互いの予定が合うとこうしたところで過ごす事が多々あった。
「新作のコラボスイーツ、なんか威圧感あっていいよね」
「スイーツに威圧感っていらないだろ。って、話を逸らすな」
彼女が相変わらずふわふわした笑顔でメニューを指さして、奏汰が鼻の上にしわをよせて睨む。
「拓斗の人間形成に悪影響だ、あの生意気なクソガキαめ」
「もう形成済みだよ。そういえばこの前、あの子のベッドの下でエロいもの見つけたよ」
「ハァァッ!? ちょっと待て! なんでそんな所に破廉恥なモノ許さないぞ!」
「あはは。しかもとびきりエグくてやばいの隠してた。今度借りてきてあげようか?」
「いや、それはさすがに本人の傷口えぐりすぎだろ。男として気の毒すぎるわ……それに見たくねぇよ、拓斗が使用済み(?) のものなんて」
「オカズの共有?」
「やめろやめろ、直接的な表現は」
弟のように思ってきた相手のそれは嫌だろう。
そしてなぜこの姉はそんなことを嬉々として話すのか。
奏汰は相変わらず天然ボケ気味な響子の言葉に頭をかかえる。
「そんなことより、だ。あのクソガキがムカつく」
「奏汰ってば、一気に語彙力が落ちたね。んー? 名前なんだっけ。梅〇辰夫?」
「漢字一文字も合ってないなそれ。名張 龍也だ」
「ああ、そう。メロン思い出すよね、中がオレンジ色」
「夕張メロンか? 一文字しか合ってないし」
ボケ続ける響子だが、これもいつもの事だから腹も立たなかったりする。
「これだからαは嫌いなんだ」
メロンソーダの溶けかけたアイスを口に運びながら、奏汰は愚痴る。
「自分が気まぐれでもちょっと興味を示せば、周りが大喜びでしっぽ振ってついてくるとでも勘違いしてるんだよ」
「そうかもねぇ」
「勘違いすんなっつーの。こちとらどれだけ必死こいてケツ穴守ってると」
「あはは、奏汰ってば下品だよぉ」
「下品で結構!」
事実、彼の貞操は常に危険にさらされている。
電車やバスに乗れば痴漢にあい、道を歩けば男にナンパされる。大学の一部の女子たちには男の注目をかっさらうヤリマンだと妬まれたりおこぼれ狙いで飲み会に誘われまくったり。
さらにごくごく一部には、腐った妄想のネタとして擦り続けられる日々。
「僕を無料のセックスシンボルとでも思ってんのか、あいつらはーッ!」
「うふふ、声大きいよ?」
「……ごめん」
笑顔の響子に注意され、しょぼんと下を向く。
「僕はただ、幸せで愛のある生活が送りたいだけなのに」
「愛ならあるじゃない、そこに」
「ん?」
彼女が指をさす方に視線を走らせると。
「!」
三つほど離れたテーブル席。柱に隠れるように半分見えてるイケメンの姿に、背中がビクッと震えた。
「な、なんであのクソガキがいるんだ」
「ずっといたよ。微動だにしない所が少しキモくておもしろいよねぇ」
「面白くねぇよ!」
昨日あれだけ逃〇中よろしく駆けずり回ったのに、今度はストーカーなのかと怒り心頭である。
「……ぶっ飛ばしてくる」
「殿中でござるぞ」
「忠臣蔵かよ、ってよく知ってるな」
「うふふ、博識なの。それより穏やかに説得してみたら?」
「あいつにそれが通用するなら、世界は平和そのものだぞ」
奏汰は昨日の悪夢を思い出し震えた。
自分のプロフィールをまくし立てながら迫ってきたり追いかけてきたり。どうにか殴る蹴るで撃退しつつ、人混みでまいた時にはホッと胸を撫で下ろしたものだ。
「少なくとも気まぐれではないみたいだね」
「それがタチ悪いんだよ」
響子の言葉に大きなため息をつく。
「そもそも高校生なんていうガキにまとわりつかれても困る」
下手をすればこちらが淫行あたりでしょっぴかれかねない、とこぼせば。
「じゃあ婚約すればいいだろ。あんたの親御さんに挨拶に行く」
「ひいっ!?」
ワープでもしてきたのだろうか。いつの間にか奏汰の隣に腰かけていた長身にびっくりして悲鳴をあげる。
「お、おまっ……」
「俺はあんたに惚れた。お義父さんにぶん殴られても大丈夫だ」
「勝手に人ん家の父親を呼ぶな。あと僕に父親はいない」
「え?」
スン、とした顔でメロンソーダを飲み始める奏汰に龍也はキョトンと首を傾げた。
「奏汰のとこは母子家庭だからね」
代わりに響子が言った。
「前からね。そしてウチのお母さんが奏汰のお母さんが仲良しで、幼なじみなんだよ」
「そうなのか……」
気まずそうに頭をかいてる龍也を横目で見ながら奏汰は鼻で笑う。
「馬鹿でガキのくせして一丁前に、気をつかった素振りやめろよな。お前に憐れまれる筋合いもない」
奏汰のα嫌いはここにもある。
両親はβ同士だが、彼が物心つく前には父親がαと駆け落ちしてしまったのだ。
自分の父親がこともあろうにα男性と、なんて思春期以降に知らされて嫌悪を抱くはずもなく。
ちなみに当の本人である母親は。
『α相手じゃ仕方ないわよね』
と、思ったよりあっけらかんとしてるのがまた複雑かつ腹立たしいのであるが。
幼なじみとして事情を知っているのもあり、響子は奏汰の過激なまでのα嫌いとβ願望を受け入れているのだ。
父親とは違い、β女性と明るく幸せな家庭を作り維持していきたいという夢を。
「何度も言うけど僕はβだ。確かに変異型でΩのフェロモンがほんの少しだけ出るかもしれんが」
「いやそれってΩじゃん」
「黙れアホガキ。だとしてもβのカノジョさえ出来れば晴れてβ男性として幸せになれるんだ」
β女性と性的関係を結べさえすればΩフェロモンは出ることなくなり、身体の奥にある子宮も機能を失う。
どこか中性的な体つきや顔つきも逞しく精悍になるかもしれない。そんな一縷の望みを胸に抱いているのだ。
「それって本当に幸せなのかよ」
「は?」
「バースに縛られて、バカみてぇじゃん」
「!」
拗ねたように発せられた言葉に、奏汰のこめかみがまたピクリと痙攣する。
これはまずいかも、と響子は思いながらものんびり好物の豆菓子を口に運ぶ。
「ぶっちゃけバースなんてどうでもいいっていうか。俺はそんなことより、あんたの事が――」
「……お前に何が分かる」
「え?」
「お前に何が分かるって聞いてんだッ、このクソガキがァァァッ!!!」
「ちょっ、な、なんで怒って……」
「生まれながらのαにっ、僕のことをえらそうに言う権利なんてあるものか!」
「べ、別に俺は……」
「うるさいうるさいうるさいッ! 今、気付いたよ。僕はことさらお前のことが死ぬほど大っ嫌いだ!!!」
「っ、な!?」
大きく目を見開いてショックを受ける龍也と、怒鳴ったあとの息を切らせながら殺さん勢いで睨みつける奏汰と。
「あ。この豆、買って帰ろうっと。拓斗の鼻に詰めたら面白いかも」
マイペースで豆菓子をポリポリ食べながらとんでもないことをつぶやく響子と。
「あ、あのぉ、お客様……?」
困り顔の店員とで、平日の昼下がりのコ〇ダ珈琲店はなかなかカオスであった。
「笑い事じゃない!」
ころころ笑う幼なじみに、奏汰は思わず声を荒らげる。
「うふふ、ごめんね。だって想像したらお腹痛くなるくらい面白いんだもの」
文字通り腹を抱えて笑う響子はとても楽しそう。
昼下がりの喫茶店でのことだ。
「ったく。他人事だと思って……」
「うん、他人事だね」
「言葉通りに受け取るなよ、響子」
憮然とした顔でクリームソーダのアイスをつつきながら、奏汰は肩をすくめた。
「拓斗の交友関係にまで口出したくないけどさ。あいつはヤバいぞ」
「そう?」
対する響子はのんびりとコーヒーについてくる豆菓子をつまんでいる。
ここは言わずと知れたチェーンの喫茶店で、二人はお互いの予定が合うとこうしたところで過ごす事が多々あった。
「新作のコラボスイーツ、なんか威圧感あっていいよね」
「スイーツに威圧感っていらないだろ。って、話を逸らすな」
彼女が相変わらずふわふわした笑顔でメニューを指さして、奏汰が鼻の上にしわをよせて睨む。
「拓斗の人間形成に悪影響だ、あの生意気なクソガキαめ」
「もう形成済みだよ。そういえばこの前、あの子のベッドの下でエロいもの見つけたよ」
「ハァァッ!? ちょっと待て! なんでそんな所に破廉恥なモノ許さないぞ!」
「あはは。しかもとびきりエグくてやばいの隠してた。今度借りてきてあげようか?」
「いや、それはさすがに本人の傷口えぐりすぎだろ。男として気の毒すぎるわ……それに見たくねぇよ、拓斗が使用済み(?) のものなんて」
「オカズの共有?」
「やめろやめろ、直接的な表現は」
弟のように思ってきた相手のそれは嫌だろう。
そしてなぜこの姉はそんなことを嬉々として話すのか。
奏汰は相変わらず天然ボケ気味な響子の言葉に頭をかかえる。
「そんなことより、だ。あのクソガキがムカつく」
「奏汰ってば、一気に語彙力が落ちたね。んー? 名前なんだっけ。梅〇辰夫?」
「漢字一文字も合ってないなそれ。名張 龍也だ」
「ああ、そう。メロン思い出すよね、中がオレンジ色」
「夕張メロンか? 一文字しか合ってないし」
ボケ続ける響子だが、これもいつもの事だから腹も立たなかったりする。
「これだからαは嫌いなんだ」
メロンソーダの溶けかけたアイスを口に運びながら、奏汰は愚痴る。
「自分が気まぐれでもちょっと興味を示せば、周りが大喜びでしっぽ振ってついてくるとでも勘違いしてるんだよ」
「そうかもねぇ」
「勘違いすんなっつーの。こちとらどれだけ必死こいてケツ穴守ってると」
「あはは、奏汰ってば下品だよぉ」
「下品で結構!」
事実、彼の貞操は常に危険にさらされている。
電車やバスに乗れば痴漢にあい、道を歩けば男にナンパされる。大学の一部の女子たちには男の注目をかっさらうヤリマンだと妬まれたりおこぼれ狙いで飲み会に誘われまくったり。
さらにごくごく一部には、腐った妄想のネタとして擦り続けられる日々。
「僕を無料のセックスシンボルとでも思ってんのか、あいつらはーッ!」
「うふふ、声大きいよ?」
「……ごめん」
笑顔の響子に注意され、しょぼんと下を向く。
「僕はただ、幸せで愛のある生活が送りたいだけなのに」
「愛ならあるじゃない、そこに」
「ん?」
彼女が指をさす方に視線を走らせると。
「!」
三つほど離れたテーブル席。柱に隠れるように半分見えてるイケメンの姿に、背中がビクッと震えた。
「な、なんであのクソガキがいるんだ」
「ずっといたよ。微動だにしない所が少しキモくておもしろいよねぇ」
「面白くねぇよ!」
昨日あれだけ逃〇中よろしく駆けずり回ったのに、今度はストーカーなのかと怒り心頭である。
「……ぶっ飛ばしてくる」
「殿中でござるぞ」
「忠臣蔵かよ、ってよく知ってるな」
「うふふ、博識なの。それより穏やかに説得してみたら?」
「あいつにそれが通用するなら、世界は平和そのものだぞ」
奏汰は昨日の悪夢を思い出し震えた。
自分のプロフィールをまくし立てながら迫ってきたり追いかけてきたり。どうにか殴る蹴るで撃退しつつ、人混みでまいた時にはホッと胸を撫で下ろしたものだ。
「少なくとも気まぐれではないみたいだね」
「それがタチ悪いんだよ」
響子の言葉に大きなため息をつく。
「そもそも高校生なんていうガキにまとわりつかれても困る」
下手をすればこちらが淫行あたりでしょっぴかれかねない、とこぼせば。
「じゃあ婚約すればいいだろ。あんたの親御さんに挨拶に行く」
「ひいっ!?」
ワープでもしてきたのだろうか。いつの間にか奏汰の隣に腰かけていた長身にびっくりして悲鳴をあげる。
「お、おまっ……」
「俺はあんたに惚れた。お義父さんにぶん殴られても大丈夫だ」
「勝手に人ん家の父親を呼ぶな。あと僕に父親はいない」
「え?」
スン、とした顔でメロンソーダを飲み始める奏汰に龍也はキョトンと首を傾げた。
「奏汰のとこは母子家庭だからね」
代わりに響子が言った。
「前からね。そしてウチのお母さんが奏汰のお母さんが仲良しで、幼なじみなんだよ」
「そうなのか……」
気まずそうに頭をかいてる龍也を横目で見ながら奏汰は鼻で笑う。
「馬鹿でガキのくせして一丁前に、気をつかった素振りやめろよな。お前に憐れまれる筋合いもない」
奏汰のα嫌いはここにもある。
両親はβ同士だが、彼が物心つく前には父親がαと駆け落ちしてしまったのだ。
自分の父親がこともあろうにα男性と、なんて思春期以降に知らされて嫌悪を抱くはずもなく。
ちなみに当の本人である母親は。
『α相手じゃ仕方ないわよね』
と、思ったよりあっけらかんとしてるのがまた複雑かつ腹立たしいのであるが。
幼なじみとして事情を知っているのもあり、響子は奏汰の過激なまでのα嫌いとβ願望を受け入れているのだ。
父親とは違い、β女性と明るく幸せな家庭を作り維持していきたいという夢を。
「何度も言うけど僕はβだ。確かに変異型でΩのフェロモンがほんの少しだけ出るかもしれんが」
「いやそれってΩじゃん」
「黙れアホガキ。だとしてもβのカノジョさえ出来れば晴れてβ男性として幸せになれるんだ」
β女性と性的関係を結べさえすればΩフェロモンは出ることなくなり、身体の奥にある子宮も機能を失う。
どこか中性的な体つきや顔つきも逞しく精悍になるかもしれない。そんな一縷の望みを胸に抱いているのだ。
「それって本当に幸せなのかよ」
「は?」
「バースに縛られて、バカみてぇじゃん」
「!」
拗ねたように発せられた言葉に、奏汰のこめかみがまたピクリと痙攣する。
これはまずいかも、と響子は思いながらものんびり好物の豆菓子を口に運ぶ。
「ぶっちゃけバースなんてどうでもいいっていうか。俺はそんなことより、あんたの事が――」
「……お前に何が分かる」
「え?」
「お前に何が分かるって聞いてんだッ、このクソガキがァァァッ!!!」
「ちょっ、な、なんで怒って……」
「生まれながらのαにっ、僕のことをえらそうに言う権利なんてあるものか!」
「べ、別に俺は……」
「うるさいうるさいうるさいッ! 今、気付いたよ。僕はことさらお前のことが死ぬほど大っ嫌いだ!!!」
「っ、な!?」
大きく目を見開いてショックを受ける龍也と、怒鳴ったあとの息を切らせながら殺さん勢いで睨みつける奏汰と。
「あ。この豆、買って帰ろうっと。拓斗の鼻に詰めたら面白いかも」
マイペースで豆菓子をポリポリ食べながらとんでもないことをつぶやく響子と。
「あ、あのぉ、お客様……?」
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