まほろば

田中 乃那加

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10.不器用男の

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「さっさと追いかけんかいッ、このデカブツが!」

 文字通り、彼女に背中を蹴り出されて走った。
 人混みの中。ただでさえ大きな身体がこれほど邪魔に思ったことはない。
 しかも人より少し背が高いと言っても、キリンじゃあるまいし遠くを見渡して彼を見つけられるはずも無かった。

「誠、足速いなぁ……」

 息を切らせ気味に走ると、ついにそれらしき後ろ姿を小さく見つけた。

「俺の俊足舐めんなよぉぉぉっ!」

 ……あと執着心もな。
 俺、昔から滅多に欲しがらないけど欲しがったらしつこいし、なんでもするから。

 その見覚えのある背中に向かって大きく足を踏み出していく。
 風を切って、息を切らせて走る姿は周りに余程奇異に映ったのだろう。
 皆一様に振り返っていくが、そんな事いちいち気にはしていられない。

「っはぁッ……つ、捕まえ、た……ぃてて」

 片手で痛む脇腹を擦りながら、もう片方の手でむんずとそいつの肩を掴んだ。

 突然にゅっと手が飛び出したかと思ったのか、大きく肩を跳ね上げてからゆっくり振り返る顔。
 ……よし、本人確認っと。ここ、大事だからな。
 そして肩を掴んだ手をそのまま彼の後頭部に速やかに移動させ、掴みこんだ。

「おっと、逃げるなよ」

 そう言って。返事を待たずに、俺の唇を彼のにぶつけてやった。
 途端周囲で悲鳴か歓声か分からない声とどよめきが上がった。

 ……うん、すごく柔らかい。化粧品の匂いもしないし、なんなら石鹸の。
 ああ、いい匂いする。
 まさに貪るように口付けを深くしていく。

「……んッ、ん……ふ、っ、ぁ……っ」

 呼吸し辛いのか抗議するように何度も背中を叩く手。でも全然力入ってなくて、すごく可愛い猫パンチみたいだ。
 漏れた声と息遣いに夢中になっていく。逃げ回る彼の舌を絡めてくすぐって溢れる唾すら飲み込んでしまいたい。
 
 そのまま手で背中を撫であげれば、声なき悲鳴を上げて震える身体が愛おしい。

「ぅ、んッ……や、ぁ、ふぅ、めぇ……」

……うんうん可愛い。やっぱり俺の彼氏めっちゃ可愛い…………いってえぇぇッ!

「~~っ!」

 思い切り足を踏みつけられた。

 俺はキスしてるし声も出せずに絶叫した。
 足って思い切り踏みつけられたら痛いのか。これ骨折れたんじゃ、って思うくらい痛い。

「な、な、な……」
「この変態男! 最低! 」
「え? え?」

 もしかしてすごく怒ってる? 顔が般若というか、訂正。鬼の形相だこりゃ。
 ……また逃げられたりして、なんて考えが頭を過ぎる。
すると、一気に冷水浴びせられたようになってる俺に誠は逃げるどころか胸ぐら掴みかかってきた。

「あんなこと……手切れ金のつもりかよ! その上、早速女とイチャイチャ見せつけて。あれ喧嘩売ってるよな!? 挙句の果てにはこんな所で……」
「所で?」
「……き、き、キス、しやがってぇぇッ! このぉッ変態! クズ男! 死ね死ね死ね死ねぇぇぇーッ!」

 怒鳴りつけられて胸をボカボカ殴られてる。地味に痛い。
 でもよく見ると、さっきから顔は全然殴らないんだよな。
 
 しかも彼の顔も首筋も耳も、全部真っ赤。

……うほっ、可愛い。うん可愛いな、可愛い、好き。
 俺の語彙力の低下が著しい。
 一応そこそこの大学の学生なのに。

「ごめん」

 確かにこんな所でキスはまずかった。
 さっきから凄い見られてるな。あー、あそこ居るのはトリとパンダじゃないか。
 ……凄い! トリがめっちゃ頭ガクガクさせてる。戦闘ポーズか? 
 パンダはスマホしまえ。構えるな。タピオカ食うな、笹食ってろ。
 隣に居るのはあの時の飲み会にいたヤツらだし……っていうか、お前らアニマル達と仲良しだな!
 飼育員か。飼育するのか。トリとパンダを。

「……こっち来いよ、クズ男」

 悪態と共に、グイッと手を引かれてそのまま足早にどこか連れていかれる。

「……」
「……」

 えらくまぁ、男らしいエスコートの仕方だ。
 俺より少し小さな背丈に、ずっと華奢な身体。
 まぁ俺はね、鍛えてるし。元々筋肉付きやすい身体らしいし。

 ……それにしても、あんな顔でも泣くんだ。
 ヤバいな。あの泣き顔もすごく良かった。我慢しすぎて無意識レベルで涙溢れちゃった感じ? 
 もっと泣かしてみたくなったり、して。
 そんな風に、心がグッとくると下半身もグッとくるわけでね。俺の場合だけど。
 でもきっちり服を着てる男に、こんな心掻き乱されるのは初めてかもなぁ。

……ん?

「ねぇ、誠? ここって」
「うるせぇ、黙ってついてこい」

 連れてこられたのはすごく馴染みのある所。少なくても俺にとっては。
 平素からお世話になってあるところだ。

 ……まさか俺の思考、読まれてない!?
 まじで思った。
 それにしても、なんで? なんか俺、男心もよくわかんなくなってきたな。
 ともあれホテルに入っても男らしく、よく使う部屋まで連れ込まれる。

―――バタン、と薄いドアが締まった。

 



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