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生贄とは(哲学)

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 夏の日差しが遠のいて幾月、秋も深くなってきたのが山の木々からもわかる。

「――で、ちゃんと村の奴らには知らせたのだろうな」

 足音と共に、なにやら話し声。

『ガッテン ショウチ!』
「お前、そろそろ人語をちゃんと勉強しろよ」
『ヨキニハカラエ!』

 言い合いをしながら、落ち葉を踏み歩いてくる者たち。
 それは鮮やかな紅葉の景色に負けず劣らず、鮮烈であった。
 
「どこでそんな言葉を覚えた、

 ため息まじりで言うのは、青年。歳の頃は二十歳にもならぬようにはみえるが、妙に落ち着いた物腰と静かな色をした瞳は老獪のそれともとれる。

 銀色の長い髪を結うこともなくしどけなくたらす様や、切れ長の目。整った顔立ちはそこいらの女以上の容姿であろう。

『シラナイッ、シラナイヨォ!!』

 一方、始終片言でわめくのはなんとも奇妙な生き物。

 鳥の頭に野良着姿の人間の身体、という異形であった。

「どうせ他の神々に変なことを教え込まされたのだろう。まったく、油断も隙もないな」

 青年は小さくため息をつくと、しばらく歩を進めた。

 ほどなくしてたどりついたのは古いほこら
 古いながらもきちんと清められ、手入れはされているらしい。
 いけられていた花を目を細めて見て青年は再び口を開いた。

「ちゃんと村人は僕たち言うことを聞いたらしい。懸命な判断だよ」
『ケンメイ! ケンメイ!』

 また鳥のくちばしを大きく動かし騒ぎ出す鶏頭男を青年は制する。

「しっ、?」
『カァ……』

 くちばしに青年の白く細い指があてられ、鳥男はしょんぼりと頭をたれる。

「そんなにしょげるな。よし、仕事だ」

 彼はそう言うと、なにやら小さくまじないのような言葉を唱えた。

 すると驚くべきことに、その場の空気が一瞬だけ小さく揺らめく。まるで蜃気楼のように。

 さらに次の瞬間。

『カァ!』

 鳥男が声高に鳴くのと、その場に大きな駕籠かごが音もなく出現したのは同時であった。

 それは唐丸籠、といわれる網目の細かいザルをひっくり返したような形の乗り物である。
 主に罪人などを入れて運ぶのが一般的なのだが。

「でかいな」
『カァ……』

 男一人が横になれるほどの大きさだろうか。思わず引き気味でつぶやく青年と共に、鳥男も硝子玉のような目を見開く。

「と、とりあえずご対面だ」

 彼は気を取り直したようにいうと、駕籠に近づく。

「もし」

 決して怖がらせぬよう、優しく最新の注意を払いながら。

「娘さん、中にいるのだろう。

 その言葉のあと、青年が唐丸籠に手をかざす。
 ぱんっ、という乾いた音とともに駕籠もろとも弾け飛び砂のように霧散したのだ。

『カァ!』
「そう驚くなよ、ヤタ。こんなもの朝飯前さ」

 消えた駕籠のあった後に、地面にうずくまっている人影。
 青年はできるだけ爽やかに優しくその肩に手を触れた。

「娘さん、驚かせてしまったかな。僕たちは決して怪しいものじゃ――で、デカい!?」 

 言葉途中で思わず叫んでしまうくらい、その人物は大柄であった。
 振り返り立ち上がる背丈はヒグマのよう。
 六尺(百八十センチほど)は超えるだろうか、さらに畏れるべきは筋骨隆々な体躯。

 これほどの巨体を青年は見たことがなかった。

「な、な、な……」

 完全に固まり戦慄わななく彼を一瞥し、巨体は声を発する。

「おい」
「!」
「おい」
「っ、しゃ、しゃべったァァァッ!!!」

 青年の方はもうパニック状態だ。なんせ駕籠の中には可憐な娘がいると思っていたら、まったく正反対の巨漢の男がいたのだから。

「しゃべって悪いかよ」
「だだっ、だって! なんでっ、っていうかでかくないか!? ほ、本当に女かよ!」

 大きいし声も恐ろしく低い。
 しかも顔をみれば。

「男だァァァッ!?!?!?」
「男だが何か?」

 確かに綺麗な顔はしている。異国人かと思うほどに彫りの深い整った顔立ち。浅黒い肌と、光の加減か妙に灰色がかった瞳のコントラストも絶妙だ。
 男らしいキリリとした眉も相まった美男だが、なぜこんな所にいるのか。

「生贄は女のはずだが」
「さてな」

 そもそも彼らがわざわざ下界近くまで降りてきた理由は、村からの生贄を迎えにいくため。
 
 飢饉と流行病で苦しむ麓の村の者たちは、山神に助けを求めた。
 そこでとしてされたのが『村一番の美しい娘を生贄として山の祠まで連れてくること』である。

「そもそも若い女が良いなんて、山神ってやつはとんだ助平すけべ野郎じゃねぇか」
「うるさい人間!」

 青年、もとい山神は怒鳴った。
 
「僕は助平なんかじゃないっ、むしろお前ら愚図な人間たちのためになぁーー」
「ふむ、お前が山神様か」
「!」

 男は大きな手で彼の肩を掴む。不意をつかれた衝撃で思わず後ずさろうとするが。

「おい離せ」
「いいや、嫌だね」

 人間風情と思っていたが、意外に力が強い。痛みすら走るほどに眉間にシワが寄る。
 その時だった。

『カァァァッ!!!!』

 鳥男の甲高い声が響き、男につかみかかったのが見えた。

『ブレイモノッ! デンチュウデ ゴザル!!!』
「な!?」
『ナニヲ スルダァァァッ!』

 片言の人語で必死に主人を助けようとする鳥獣の従者の姿。
 それにはさすがの巨漢も驚いた様子で。

「……この野郎。強ぇじゃねえか」
朔夜さくや様ッ! 逃ゲテッ、超逃ゲテェェッ!!!』

 大男相手に羽交い締めにしようとするが、しかし相手の腕力の方が上手うわてのようで。

「羽毛毟ってやらぁ」
『ゥギャァァ!?』

 鳥頭をむんずと握りこまれ悲鳴をあげている。
 山神、もとい朔夜さくやは大きなため息をついた。

「ったく。いい加減にしろよな」

 確かにこの人間は強い。普通であればすぐに引き倒され、骨のひとつでも折ってしまうかもしれない。
 
 このヤタという者、異形にて神の従者。それなりの力を持っているはずなのに

 だがまるで歯がたたない現状に朔夜は驚いた。

「だが調子に乗るんじゃない」

 そういうと、なにやら口の中で唱えた瞬間。

「っ!?」

 ビクともしなかった巨体がぐらりと揺らぐ。
 
 そしてそのまま大の字で頭から倒れてしまったのだ。

『朔夜様ッ、スゴイ!』
「ふん。ほれみたことか」

 ヤタははしゃぎ、朔夜はドヤ顔だ。

「しかしなあ」

 首をひねり考え込む。

「こいつはどうすりゃあいいんだろうな」
『カァ……』

 ぶっ倒れた大男を横目で見ながら、また面倒なことになったとため息をつく他なかった。

 


 


 
 

 


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