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貴様は今までに食った女の数を覚えているのか?

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 メロスは浮かれていた。
 久方ぶりのシラクスの町である。
 普段、広大な自然広がる田舎暮らしの彼にとっての大都会。
 正直、彼はこの人の多い賑やかさがあまり好きではなかった。

(何買っていこうか)

 もちろん手土産も用意している。
 しかし市場ここなら普段外に出ることの少ない【彼】にも喜んでもらえる品物があるのではないか、と立ち寄ったのだ。

(ディオニス、元気だろうか)

 そう。ここのところ暇を見つけては足繁あししげく通ってているのは、竹馬の友セリヌンティウスの所ではない。
 あの大騒動から、新しく親友になった王の元である。
 メロスは人を根深く恨むタイプではない。
 むしろ、セリヌンティウスとの友情に感激して頬を赤らめた姿を好ましく思った。
 だから三人は親友であり、メロスはディオニスに会うのが何よりの楽しみなのだ。

「おぉい、メロスじゃないか」

 市場で頭をひねっていると、後ろから知った声が飛んでくる。
 振り返ればやはり、知った顔。

「セリヌンティウス」
「おっ、最近よく来てるみたいだな」

 この国では珍しい、金髪の美男子。
 それがセリヌンティウスである。
 肌もメロスの褐色のそれと違い、キメ細かく白い。
 程よくしなやかな筋肉のついた身体は、いわゆる細マッチョで物腰も洗練されている。
 彼が女に苦労しないのは、一目見て明らかだろう。

「まぁな」
「おっ、髪飾りか」

 セリヌンティウスの視線が、彼の持っている物に注がれる。
 花をモチーフにした銀の髪飾り。
 その繊細な細工は、彼の大きく不器用な手ではうっかり壊してしまいそうな程に可憐であった。

「珍しいな。エヴァに?」
「む……そういうわけじゃねぇが」

 メロスは正直な青年である。
 口ごもる彼に、セリヌンティウスがその大きな瞳をパチリと瞬かせた。そしてニヤリと笑う。

「ンッンー? まさか女か!」

 面白いモノを見つけた、悪ガキのような表情に不快感を覚える。
 わざとらしく肩に腕を回して覗き込む親友に対し、黙って首を横に振った。

(お前じゃあるまいし)

 女にモテる人生を送るセリヌンティウスとは対照的に、彼にとっての親しい女性は妹と死んだ母親くらいのものだった。
 恋をしたことがない、などとは言わないが。
 不器用で、気の利いま世辞のひとつも言えないメロスの想いが成就したことなどなかった。

「まさかお前が付けるのか」
「ンなわけないだろ!」

 思わず大声をあげれば、店の女主人にギロリと睨みつけられる。
 その迫力に肝を冷やし飛び上がったメロスは、投げるように金を支払いセリヌンティウスの腕を引っ掴んでその場を離れた。


 ※※※

 シラクスの町には、王の城がある。
 商人たちなど以外で、一般人たちが立ち入るのは珍しい。
 最初はビクついていた城の中にも、慣れてきたのはメロスだけでないようで。

「……」

 召使いの女たちと、楽しくおしゃべりに興じている親友を横目にため息をついた。

 ――顔が良く、人当たりも良い。
 生まれながらにして、陽キャ。さらに言うならコミュニケーションモンスターとは彼の事である。
 流した浮き名。つまり、惚れた腫れたの常に中心人物。
 そんな男を妬んだことなど、ない。
 いや、なかったはずである。

「すまないね。待たせて」
「いや」

 メロスの表情は、強ばっていた。
 今に始まったことでない、のに。セリヌンティウスのこういう軟派でスケコマシな態度は。

「今の娘、そう。あのブルネットの。なかなか可愛かったな。新人だってさ」
「そうか」

 心底、どうでもよかった。
 ……メロスの名誉の為に言うが、決して女が嫌いだとか怖いとか。そういうことでは無い。
 ただ少しばかり苦手なだけだ。
 彼女達のつける香水や化粧品の、野に咲く花の何倍も強い香りが鼻につく。
 甲高いおしゃべりも、羊たちの鳴き声より騒々しい。
 しなやかで華奢な身体は、自分が触れればうっかり壊してしまいそうだと怯えてしまう。
 だから、メロスは女にはあまり近寄らない。

「はやく行こう。ディオニスが待ってる」

 そうボソリと、つぶやけば。

「はははっ、メロスは本当に彼のこと好きだよなァ」
「セリヌンティウス。お前は違うのか」
「いいや、好きさ。だってオレ、ディオニスの事を愛してるもん」
「愛……」

『愛している』なんて。
 詭弁きべんだ。嘯きだ、と彼は苦々しく思う。
 この軽薄な美男子は、尊い愛の言葉を冗談のように口にする。
 それがメロスの心を苛立たせた。

「愛とはそういうものじゃないだろう」

 少なくても、親友である男に使う言葉ではない。
 しかし肩をすくめ鼻を鳴らしたセリヌンティウスは、意図の汲み取れぬ笑みを浮かべるばかりであった。

「じゃあ聞くけど、愛ってなんだよ」
「……むぅ」

 そんな甘酸っぱい事をきかれても困る。
 メロスは本当の恋や愛を知らぬ。
 家族愛や友への愛とはまた別だ。なんせ、そういったことには縁遠い男なのだから。
 しかし少なくても、彼の中では親友に対し冗談半分に口にする言葉ではない。
 好いた女に囁くものである。
 漠然と、そう思って生きてきた。
 ……それもまた、押し付ける価値観ではない。とも彼自身分かっているからこそ、何も言えない。

「メロス?」
「あ」

 怪訝そうな声に、グルグルと巡る思考から顔をもたげた。

「いや。なんでもない。早く、行こう」

 やはりここへは、ひとりで来るべきであった。


 ※※※

「なぁメロス!」
「――なんだッ」

 セリヌンティウスは叫び、メロスは息を弾ませながら応える。
 しかし次の瞬間、後方から飛び出してきた黒い影に裏拳を叩き込みながら。

「っ、今日は、特に多くっ、ないか……ッと!」

 セリヌンティウスの蹴りがこん棒を振り上げた暴漢の股間を直撃。
 ギャァッ、と獣じみた悲鳴が響き渡る。

「うるさい輩だな。毎度毎度、飽きることを知らんのか」
「手加減してやれ、セリヌンティウス。こいつらもきっと、命じられているだけだ」
「ふぅん? メロス様はお優しいな」
「チッ――無駄口叩くな、行くぞッ!」

 彼らは駆け出した。
 城であるのになぜか山賊が出る。彼らは城の中で、命を狙われ続けた。
 それは王、ディオニスの差し金。
 人間不信で病みに病んだ王様。常に人を疑い、親友ですら自分を裏切ろうとしていると被害妄想がやめられぬのだ。
 だからこうやって『発作』を起こし、二人を殺そうとする。

 それを。
『究極のヤンデレだろ。可愛い』なんてセリヌンティウスは笑い。
 メロスは黙々と目の前の者を倒して、大切な者の傍に駆けつけるのだ。
 こいつら二人が一番正気じゃねぇよ、と従者達に噂されているのを彼らは知らない。

「まったく、うちのお姫様はどうしてこうも我々に試練を与えるのかね」
「……誰が姫だ。あいつは王で、俺たちの親友だ」

 セリヌンティウスの軽口に、メロスがため息をついた。
 そういう所だぞ、と言いたいがぐっとこらえる。
 いっそ手元が狂ったフリをして一度ぶん殴ってやろうか、なんて拳を固めた時である。

「ははっ、メロスは真面目だな。恋はいいもんだぞ!」
「……」
「おっ、今日はこの部屋だ。メロス、ぶち破ってやれ!」

 恋。と言ったときの彼の声色に気を取られかけたが、メロスは頭を降って打ち消した。
 何やら妙な気分になったのだ。

「言わずもがなだ。退いてろ」

 駆けた先。
 大きな扉が二人を拒むように立ち塞がる。
 メロスは、大きく足を振り上げた。

「――フヌッ!!!」

 バギィッ、とすざましい破壊音が響きドアが蹴破られる。
 幾多の試練と暴力と。
 それらを乗り越え、二人は親友に会いに行くのだ。
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