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魔王様は辞職したい

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 なにがどうなって、こんなイカれた状況になるんだ。

「シド様~☆ お身体キレイキレイにするッスよ?」

 バカみたいに広い風呂場は大理石で造られている。
 言っとくがこれは先代魔王の趣味な。長い魔界の歴史の中で、幾多もの男女を交えた破廉恥ハレンチ極まりない入浴行為が行われてきたのだろう。

「うるさい、そして触るな」

 。またの名を見張り役として半獣のメイド、べスティラの手をやんわりだが振りほどく。

「はぁ……」

 なにが悲しくて、メイドに見守られながら風呂に入らにゃならんのだ。今どき貴族でさえ、そんな大仰なことはしない。
 しかもただの入浴でなく、今から僕は男に抱かれるための準備なんだからどうしようもない。

 ――確かにガバガバすぎる計画だったのは認める。 
 あのプッツン女をキレさせて、逆にワナにはめてやるのは軽率というか。無謀過ぎたんだろう。

 でも予想出来なかったんだ。
 あの男が飛び込んできて、あんな横やり入れるなんて。

『愛してる』

 散々聞きなれたはずの言葉のはずなのに、ベッドの中以外だとこんなに胸が高鳴るものなのか。
 いつもならムカつく顔もなんだかひどく男前に見えてきて、なし崩しじゃなくキスを受け入れてしまった。
 なんというか、あの唇の感覚がすごく。

「柔らかかった……」
「え? なんスか、シド様」
「なっ、なんでもない!」

 いけない。うっかり思い出してボーッとしてしまう。
 こんなこと考えるヒマはないんだ。
 僕は今、絶体絶命という状況。

「恥ずかしがらなくてもいいッスよ。身体中、キレイにしましょーね☆」
「だから自分でできるって!」

 噛みつきそうになりながらボディソープを手につけた。
 自分で蒔いた種とはいえ、こんなのあんまりだ。
 
 彼女の目の前で、あの男に抱かれてみせろと命じられるなんて。

『愛し合ってるのが本当なら――出来るわよねぇ?』

 蛇のような目で笑うファルサに僕達は様々な反応を見せたと思う。
 何故かガッツポーズをとる者。あからさまに眉間のシワが深くなる者。
 そして驚きとドン引きで固まる僕。

『い、いや。さすがにそれは』
『あら? もしかしてあの決意表明は嘘なのかしら』
『え゙っ』

 確かに人間と結婚しますからって、彼女の勧める見合いを断ったけど。でもそれは色々と計画があっての事で。
 本当に人間なんかと一緒になるつもりはない。そこまで常識外れでもないんだよ、こっちは。
 そこまでしてハッとなった。

 ……これ今度は僕の立場が一気に悪くなるやつだ、って。

 形勢逆転。有言不実行おろか、反逆罪も加わるかもしれない。
 なんだかんだ言って、やっぱりこの魔界において彼ら先代魔王一族はカリスマ的存在だ。
 僕みたいな半端者の立ち位置はかなりデリケートなんだって、改めて悟ったよ。何百年も魔王やっててようやくっていうのが情けないけどさ。

「お手伝いしろってご命令なんスけどね。ええって、何すればいいッスか?」
「分からないんならなおさら手出しするなよ」

 絶賛凹み中に話しかけられれば、誰だって無愛想な顔になる。
 でも肝心のべスティラはどこ吹く風で僕の服に手をかけ始める。

「だーかーら、脱がすな!」
「脱がさなきゃ洗えないッスよぉ」
「ちょ、やめろ、馬鹿力!!!」

 獣人というのはこうも力が強いのか。か弱い細腕に見えるのに、易々と掴まれた腕は痛いくらいだ。

「いてててっ!? 何しやがる!」
「ワガママ言わないでくださいよぉ。ほら、ちゃんと中まで洗ってあげるッスから」
「うぎゃぁ~~っ!!!」

 もうこれは暴挙だと思う。服を破かれ押し倒されて、尻にボディソープぶちまけられて。

「えっと、どうするんだっけ」
「わ、分からないならっ、やるなアホ!」
「でもお手伝いしなきゃなんですってぇ。あ、ここかな?」
「いぎっ!? やめ……あ゙ーッ!!!」

 もうここから記憶が定かじゃない。





※※※


「最低だ……」

 苦虫を噛み潰しまくった顔で廊下を歩く。
 後ろに無表情な秘書をひかえさせて。

「あの娘も悪気はなかったのでしょう、シド様」
「だとしても魔王のケツに指突っ込んでいいって理由にはならんぞ」

 結局、話をきかない駄目メイドに魔王の雷が炸裂してしまった。
 言っとくけどこれでもそこらの魔物よりは強いからな? でもまぁだからこそ多少の手加減もできるわけで。

「あいつ、黒焦げになっちまったけど大丈夫かな」
「ええ。獣人は丈夫ですから」

 プスプスと煙をあげてぶっ倒れていたが、どうやらそこまで深刻ではなかったらしい。
 今頃、医務室で魔法医師に手当てを受けていることだろう。

「忠実である主を間違えるんじゃねぇよ、駄犬」

 思わずべスティラに対する悪態が口をつくほど参っていた。
 すでにこの城の者は、僕よりファルサに傾倒してしまっているんじゃないだろうか。所詮、そういう存在だってこと。
 なんだかやりきれないな。

「なあ、エルヴァ」
「はい。シド様」

 僕は立ち止まり振り返る。
 静かな青い瞳の美女は、相変わらず感情の読めない顔をしていた。

「僕は間違っていたのかな」
「……」
「魔王として、民のことを最大限に考えてきたつもりだったんだ」

 確かに皆を惹き付けてやまないカリスマ性だとか、畏れるような強大な魔力なんてものは持ち合わせていない。
 でもできる限り尽くしてきた自負があった。でもそれじゃあダメだったのかもしれない。

「シド様」

 彼女の声はその姿同様美しい。女性としてはいささかハスキーなそれはひどく艶やかに聞こえた。

「私はお仕えしてきて、貴方様の功績を存じております。現に、魔界における多くの問題を解決してきたではありませんか」
「エルヴァ」

 なんか彼女のこと、誤解していたのかもしれない。
 有能だけど性格悪いとか、何考えてんのかイマイチわかんないとか。ギャンブル狂いでやっぱり性格悪いとか……。

「心の声なんでしょうが、ダダ漏れですよ。シド様」
「あっ」

 まぁ、やっぱり何考えてんのか分からないよな。
 今回だって、この女が予定通り動いてくれていれば良かったんだ。それなのに。

「てか、なんであいつを連れてきた」
「はい?」

 とぼけやがって。
 アレスが間抜け面して飛び込んで来たのはどう考えたって、エルヴァの仕業だろう。
 そりゃあ確かに命拾いはしたさ。あのまま締めあげられてたら、こっちから仕掛ける前に死んでたかもしれない。
 それくらいの逆鱗に触れた意識はある。でも、だからってあんな場所で……。

「そのメス顔やめてください」
「はぁ!?」

 口の端をわずかに歪める彼女に僕は声をあげる。

「だれがメスだ、この野郎!」
「貴方のことですが。男に愛を囁かれて顔を赤く染めてたじゃあないですか」
「そ、それは」
「お尻を振って交尾をねだる雌犬みたいでしたよ?」
「振ってねぇよ!」

 ひどい。わりとガチで傷つくぞ、これ。やっぱりこの秘書、顔に反して性格はめちゃくちゃブスじゃないか。

「ほら、もたもたしないで早くイってください」
「なんか違うだろ! 行く、な!?」

 すっかり口まで悪くなった彼女に、僕はとある決心を固めた。
 
「もう魔王辞める」
「無理でしょうね、普通に」
「だよなぁぁぁ……」

 今まで散々辞めたいって泣きついても許されなかったんだ。

「でもまあ、手はありますよ」
「えっ?」

 希望の言葉に顔をあげる。
 
「世継ぎでも産めば、引退できますよ」
「バカっ!」

 もうほんと、ダメなやつらしかいないのかここには。
 とはいえここで逃亡はできないのは分かっている。
 見えないだけで、ありとあらゆる見張りやら監視の目がありそうだ。うなだれつつも、僕はなかば引っ立てられる形で示された部屋のドアを開けた。

 

 


 


 
 

 
 


 
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