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覆面冒険者してたら秒で怪しまれたんだが1

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 海沿いの町クラポトスと違って、乾季時期の王都エアリクルムの違いを肌で感じた。

「久方ぶりの故郷は懐かしいって顔してるね」
「スチル、それは俺に対するイヤミか」
「まあね」
「あとここは故郷じゃねーし」
「それも知ってる」
「このクソガキめ」
「ふん」

 町に足を踏み入れていきなりのやり取りに、思わず俺はヤツを睨みつける。

「さて、どうしようか」
「つーか本当に大丈夫なのか、これ」

 さっきからめちゃくちゃ暑い。というのも、頭からしているのせいだ。

「なかなかイカしてるよ、馬面の冒険者さん」
「おまえなぁ……」

 馬の頭を模したかぶりものをすっぽりかぶって、俺はうめく。
 町に入る前にいきなり渡されたのだ。

『身バレ防止用』

 とのこと。でも馬はねーだろ、馬は!

「これもちゃんと防具だぞ。頭守れるし」
「だったらもっと他にあったと思うぞ」

 甲冑とかさ。しかも下との兼ね合いというかバランスがまるで取れてない。違和感ありまくりで、さっきから怪訝そうな視線がグサグサ刺さりまくりなんだが。

「ちゃんと視界も良好だろ」
「まあそうだが」
「感謝しなよ。これが一番高価だったし」
「はぁぁぁ!?」

 ンなわけあるか。ジョークグッズかパーティグッズみたいなやつが!
 でも仕方なく俺はそのまま馬面冒険者、つまり不審者として歩き出した。

「とりあえずこれからの事を話し合わなきゃいけないよな」

 時間差で俺達より先に王都、そして城へ連行されていったベルについてだ。
 直談判といってもいきなり行けば良いもんでないだろうし、一応作戦会議ってのが必要なのかもしれない。
 あと。

「腹減ったな」

 空腹を訴えで鳴き始めた腹の虫を押さえつつ、辺りをみわたす。
 やはり賑やかな町だ。繁華街で清濁併せ持つ雰囲気のクラポトスとはまた違い、建物一つとっても景観を重視した形になっている。
 さすが王都。栄えているも、どこか威厳がある街並み。

「行くよ」
「お、おい」

 スチルがさっさと歩いていく。慌てて小走りで後を追いかけた。

「どこ行くんだ」
「なに今更、僕もお腹空いたからね」
「なるほど」

 飲食店が立ち並ぶエリアを目指す。見るからに高級店から、そうでなくてもオシャレなたたずまいの店が俺の懐具合を心配させる。
 なにもこんな中心部に行かなくても、もっと町外れの安い料理店でいいだろというヒマもなく。

「ここにする」
「えっ?」

 スチルは一目見るだけで、絶対気お高いとわかるだろう飲食店の建物に向かっていく。それだけはと引き止めようにも、慣れない装備と馬面マスクのせいでモタつく。
 
「ちょ、まっ!? 」

 その間にどんどんと歩き出すやつに必死でついて行く姿はさぞマヌケだっただろう。
 そうしてまたたく間に、豪華で立派な料理屋に足を踏み入れることになっちまった。

「いらっしゃいまし」

 独特なと、異国の民族衣装らしき服を身に纏う女性店員が恭しく頭を下げて出てくる。

「二人なんだけど、個室用意できますか」
「はあ、失礼けど御予約頂いた方で?」
「いいえ」
「あらまあ、でしたら……」

 10歳ほどの少年と馬面マスクの男、という明らかに怪しい二人組に店員なさすがに面食らったのだろう。
 不安げに店の奥を見た時だった。

「これ、使えますか」

 スチルが何かを差し出す。パッと見はただの小さな紙で、薄桃色のそれを店員は受け取る。

「まあ! ええ、よくよく承知いたしました。大変失礼をいたしまして」
「これでいいですか」
「それもう。ではこちらへ」
「はい」

 店員の表情が一気に変わった。戸惑いがちだったのがどこか媚びを売るようなそれに変わって、艶やかな笑みを浮かべる。

「VIP席をご用意させて頂きます」
「どうも」
「????」
 
 スチルはさぞ当然ってみたいにうなずくが、俺はポカンだ。頭の中に疑問符をふんだんに詰め込んだ状態で、なんとか廊下を歩く二人の後をついて歩く。

「おい、どうなってんだよ」

 高級店に飛び込み、しかも一見さんだぞ。普通は速攻追い出されても文句は言えない。ここはそういう場所なんだ。
 なのに、紙切れ一枚で掌返したような丁寧な対応とVIP席って。それだけで怖すぎるだろうが。

 スチルの背中をそっとつついて問うも。

「お腹空いたね? 

 とよそ行き丸わかりの、わざとらしい笑顔で振り向く始末。
 俺は曖昧に首を縦に振りつつ、大きく息を吐く。
 こういう時はなにを言っても無駄だと、ようやく学んだからな。

 ――ほどなくして俺たちは奥まった個室を案内された。

「ごゆるりと」

 不思議な香りの茶を出され、艶然と微笑む女を見送ってから数秒。ようやく口を開く。

「俺、金持ってないぞ」

 そりゃまったくの文無しじゃないが、多いってわけでもない。宿屋を旅立つときにエル先輩から呼び止められて。

『餞別と退職金よ』

 と渡された皮袋の中身はまだ数えていない。
 しかしスチルは俺の心配なんてまるで無視して。

「これがメニューか。できるだけ高いの頼んでやろう。あ、呼び鈴で店員来るのか。へー、便利だな」

 なんて呑気してやがる。
 俺は声をげた。

「お前、シカトすんな!」
「うるさいなあ」

 すぐさま鬱陶しそうな言葉が返ってくる。

「僕がなんの考えもなく、こんな個室限定の高級店選んだと思う?」
「……」
、だよ」

 俺の目の前に突きつけてきたのは、一枚の紙切れ。さっき店員に見せていたのと同じやつだ。

「おい。これって……」

 アメリア嬢の名刺じゃないか。しかも俺が見たことない、金縁と金色のインクで書かれたサイン付き。
 これはもう、100枚の金貨以上の価値があるだろう。
 
「これで支払いはにしろって、これも報酬だよ」
「ま、マジかよ」

 有名人のネームバリューで一発OK、顔パス状態のある意味で魔法の名刺ってやつだ。
 まあ考えようによってはバカらしいけど、少なくともこの店で普通に通用するのが恐ろしい。

「ということで、遠慮なく注文しようか」
「おいおい」

 たいがいにしとけよと言いながらも、メニューを開く俺の目も多分輝いていたと思う。本当に我ながら現金なやつ。
 
 見慣れぬ料理名と値段の書いてないメニュー表にびびりつつ、呼び鈴で店員を呼びつける。

「あい、お客様。御注文、お聴きしてよろしいですか」

 さっきとは違う女性が、やはり艶やかな民族衣装風の格好で現れる。
 白い肌に尖った耳。整った顔立ちから、エルフ族なのだろう。しかし黒く長い髪を結い上げ、真っ赤な花の髪飾りをつけていることから異国地域の出身だとうかがい知れた。

「ええっと」

 舌を噛みそうな料理名を言いながら、メニューを指さしていくと。

「あい、うけたまわりました」

 と愛らしく微笑んでうなずく。

「ただいまお持ちします。今しばらくお待ちくださいまし」

 馬面マスクの不審者にも臆せず、彼女は上品に頭を下げて出ていった。
 どうやら高い店はそれに見合った接客で、彼女達のような店員をそろえるというのがコンセプトらしい。

「ふう……」

 なんか注文するだけでえらく緊張しちまった。大きく息をつく俺をスチルは鼻で笑った。

「おいおい、こんなので大丈夫かよ」
「仕方ねーだろ。こんなとこ初めてなんだから」

 見ればこいつの方がよっぽど慣れてる感じだな。ガキのくせに、っていうかどんな生育環境だったんだよ。

「忘れてないよな? 僕達、王様に会いにいくんだぞ」
「あ」

 ぶっちゃけ少し忘れてた。でも俺たちみたいなのに王様が直々に謁見してくれるのか。
 文字通り門前払い食らうのが目に見えてる気がする。それを言うと。

「まあそうだね」

 出されたお茶 (見たことも味わったこともないシロモノだ。ちなみに俺の口には少し合わなかった) をすすりながら、スチルは少し考え込むようにしてから顔をあげる。

「今のままじゃ勝率は限りなくゼロに近い」
「だろ」

 それならむしろ、ベルを連行している兵士たちを襲撃して奪還した方が――。

「バカ。それこそ成功率よりリスクの方が高い、バカ」
「バカって二回もいうな!」

 分かってるよ、でもそれくらいマズイ状況だってこと。
 
「たしかに八方塞がりに見えるけどね」

 そこでスチルは俺の目の前に指を二本突き出して見せた。

「二つ、朗報があるよ」
「?」
「まずはひとつ。それはベル達が王都に到着するのは三日ほどのびた」
「えっ」

 手続きとか簡易的な取り調べで、予定では明日だって聞いていたけど。

「きっと色々と根回しされたんだろうね、僕にはわかんないけどさ」
「……」

 あ、こいつ知ってるな。知ってて、言っている。
 多分、アメリアの元にいて手の内というかカラクリは把握したんだろう。ガキのくせに末恐ろしいやつだ。

「ということで、僕たちには準備期間ができた」
「とはいってもな」

 そんな三日でどうしろと。
 顔をしかめる俺に、スチルは一本の指を立てた。

「メイト・モリナーガの名を、売り込めばいいんだよ」
「だからどうやって」

 この町の冒険者ギルドに登録してコツコツと実績つむのか? だとしても登録だけで半日以上、そこからいきなり高難易度依頼はこなせないだろうよ。
 
 ――どの町にもだいたい冒険者ギルド (組合)というものが存在していて。そこに寄せられた依頼を冒険者達が受注して達成することで、報酬を得られる。

 もちろんギルド側の仲介料が差し引かれた金額だが、それでも優秀であれば優先的に報酬の高い依頼を紹介してもらえるシステムだ。

「そこで
「え?」

 突然、目の前に突きつけられた紙切れ。羊皮紙のそれが俺の額を軽く打つ。

「んだよ、それ」

 少し身体を引いて眺めようとした時。彼の目が、猫のようにスっと細くなった。

「超高難易度依頼クエスト、しかもギルドを通してない高額のやつ」
「は?」

 ギルドを通さないって、野良冒険者向けのやつか。それならかなりきな臭かったり、下手すりゃヤバい内容のやつだろう。
 
「そんなもんなんで持ってんだ!? っていうか、それじゃあ名を売るどころか――」
「よく見てみな、

 トントン、と小さな指が羊皮紙の一番下を叩く。

「な、な……」

 そこに書いてある依頼人署名に、俺は言葉を失った。



 

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