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紅い淡い別嬪さん

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 元々透き通るほど白い肌が息をのむほど青白くて。
 味気のない固そうな畳に埋もれている様に、俺は膝を折った。

「お兄ちゃん!」
 
 嫁の悲鳴のような泣き声のような声が聞こえたのも、どこか他人事で。
 むしろ耳障りだとすら思ってしまう。

「……なんで」

 なんで気付いた時には逝っちまうんだ。
 
 言葉が出ない代わりに、堰を切ったように涙が溢れてきた。


 



 ※※※

 俺とあの人の出会いは縁であり、運命だと思う。

「何見てんの」

 そう言って睨まれる時、俺は一体どんな顔をしていたんだろう。

『妹を、佳奈かなをよろしく頼むよ』

 言葉こそ嫁の兄としてのものだったけど、その目つきが駄目だった。

翔吾しょうごくん』

 ああ駄目だ、駄目すぎる。危ないんだよ、その態度も顔も。
 
 嫁のお兄さん。つまりお義兄にいさんはそこらの女の子より美人だった。

 そりゃもちろん、愛して結婚までした彼女の方が可愛いんだけどさ。
 でもそんな当たり前のことを取っ払いたくなるほどあの人――瑠衣さんは綺麗だった。

「えらい別嬪さんだなぁ、と」
「ふん」

 思ったままを口にしたら鼻で笑われる。

「翔吾くんは酔すぎだよ」
「そんなに飲んでませんって」

 嫁にも、その親にも内緒で義兄と酒を飲む夜がたまらなく好きだった。

「それにしても大変じゃないか、この暮らしは」
「大変?」

 缶ビールの水滴に手を冷やしながら、俺は義兄――瑠衣るいさんの言葉を反芻する。

「だってマスオさんだろ、翔吾くんは」

 マスオさん、ああそういう事。
 確かに俺は嫁実家に同居してる。苗字だって同じだから、婿養子なわけだが。

「マスオさんは婿養子じゃないっすよ、瑠衣さん」
「そうだっけ。でも似たようなもんだろう。肩身が狭かったりしないの」
「狭いですねぇ。肩幅が半分になっちゃうくらいには」

 そういって、ほらと肩をすぼめてみせると。

「ふふっ。全然おもしろくないよ、翔吾くん」

 なんて可愛いのに可愛くない言葉が返ってする。
 
「いや笑ってるでしょ」
「これは愛想笑い」
「嘘だろ、爆笑じゃん」
「してないって……くくっ」
「ほら」
「君の肩幅が面白いだけだってば。ははっ、肩幅、ふふっ」
「なんですか、肩幅がおもろいって。あははっ!」

 もうこうなると、ほろ酔い気分もあいまって何がなんでも笑えてくる。
 くすくすと身を寄せ合うように笑いながら、俺は彼の身体に触れた。

「ンだよぉ」

 鼻にかかった甘い声。
 少し弾んだ息も、俺のことを試してくる。

「アンタは結婚とかしないんですか」
「んー?」
 
 ああ狡い。俺は狡くて臆病な男だ。
 この人を男としてみてる。

「そうだなァ」

 ほんのり上気した頬をこっちに向けて。背中を半分預けた格好の彼は、あざといくらいの上目遣いでみつめてくる。

「君のようにはいかないからさ」
「俺みたいに?」
「そ。翔吾くんみたいに」

 どっちの意味だ。
 俺のように結婚できる相手がいない、ってことか。それとも。

「……もうお開きにしようか」

 そっと離れていく身体に唖然とする。

「もう母屋あっちに戻りなよ」

 田舎の旧家であるこの家は敷地がとにかく広くて、母屋には俺たち夫婦と義父母。そして離れには時々東京から帰ってくる義兄の瑠衣さんが暮らしている。

「まだ大丈夫ですよ」

 少し意地になって言い返すと。

「ビール、なくなっちゃったし」

 と空になった缶を振られた。

「台所から持ってくる」
「駄目だよ、明日は出かけるんだろ」

 家族、って。瑠衣さんがまるでそうじゃないみたいな言い方だ。
 
 でもお義父さんもお義母さんも、そして佳奈でさえ彼を他人のように扱う。
 なるべく顔を合わせず、最低限の会話だけ。
 食事を一緒に摂ることもないし、話題にすら出ない。

 最初のうちはよほどヤバい奴なんだろうと思ってた。
 でも実際に顔を合わせて、ひょんなことから一緒に酒まで飲むようになってからはそんな考えはない。
 
「僕は明日、東京に戻るよ」
「……またですか」

 この前帰ってきたばかりじゃないか。と思わず顔をしかめてしまう俺に、瑠衣さんはまた笑った。

「そんな顔するなって。お土産、買ってきてやるから」
「そんな子どもみたいな」
「可愛い義弟だよ、翔吾くんは」

 なにが可愛いだ。俺を見くびるなよ。

「瑠衣さん。俺、眠くなった。今日こっちで寝ます」
「なにバカなこと言ってるのさ」

 一瞬驚いた顔をしたあと、呆れた様子でため息をつかれてしまった。

「こっちにはガキを寝かしつける布団はないよ」
「ガキって」
「ほら良い子は寝んねしろ、な?」
「だから子供扱いするなって」
「……仕方ないな」

 片付け始めた彼に食い下がると、ようやく振り向いてくれる。

「ほらこっちおいで」
「えっ」

 白い手が奥の襖を開けたのだ。
 
 スっ、となんの抵抗もなくのぞいた景色に思考が停止する。
 鮮やかな緋色の和布団が敷かれていた。

「これで分かっただろ。布団は一組。君の寝る分はないよ」
「そ、そうっすね……」
「分かればよろしい」

 いけないモノをみた気分でドギマギしている俺とは対照的に、瑠衣さんは大きく頷いてまた襖を閉める。

「おやすみなさい」
 
 みっともなくへたり込む俺の顔を覗き込ん彼の顔はやっぱり綺麗だった。







 



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