サンタクロースなんていらない

田中 乃那加

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2.性者の行進~前夜祭百鬼夜行~

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 ―――まず昨日は12月24日。クリスマスイブ。世の中は、少なくても街は浮かれまくっていた。

「くっそダルぃ……」
「あはははっ、先輩。目が、いや顔が死んでますよぉ」

 顔を顰めた俺を笑い飛ばしやがったのは、バイトの後輩の三田 十子みた とおこ。チビで生意気で、珍名で。まぁ顔は悪くない。大きて猫みたいに少しつり目の瞳。不敵に笑う口元。
 あ、ちなみにオッパイがデカい。

「うるせぇ。クリスマスイブにバイトなんざ、顔の一つや二つ死んでも仕方ねーだろ」

 しかもクリスマスケーキの店頭販売ってなァ。このクソ寒い中、安っぽいサンタのコスプレして……罰ゲームかよ。

「先輩にクリスマスの予定なんて無いでしょ」
「ぐっ……お前なぁ」

 あっさりと核心突くんじゃねーよ。
 傷つき易い硝子ハートなんだぞ、今日の俺は!
 
 世の中は聖夜で性夜。特に夕方を過ぎて日が暮れた今の時間は、家族連れより多くのカップル達が腕組み手を繋ぎイチャイチャと繁華街を通り過ぎる。
 それを見せつけられながら、俺たちバイトはひたすら声を張り上げてケーキを売る。
 馬鹿みてぇなサンタコスして。

「あーっ、やってらんねぇっつーの!」

 帽子を取って愚痴れば。

「ほら。まだ残ってますよ。もっと気合い入れて売らないと……店長にドヤされるってば」

 と案外真面目な三田。
 茶髪の頭とカラコン入りのガッツリメイクの、まんまギャル系なのに。その性格は妙に真面目なんだよなぁ。
 
「ンなもん、適当に流しときゃ良いんだよ。別にどれだけ売ったって、俺たちの時給が上がるわけじゃねーし」
 
 安時給な訳じゃなし、かと言って高い訳でもない。まぁ平均的なバイト代を貰う俺達のモチベーションはそんなに高くないのは仕方ないと思う。

「あ、ほら先輩。お客さん」
「え? あ、ああ」

 こちらに向かって真っ直ぐ歩いて来たのは、俺とそう変わらない年頃の男、だった気がする。
 ……実はあんまり顔、覚えてねぇんだよな。

『あといくつ残ってるの』

 確かそんなことを聞かれて。

「ええっと、こちらの大きさが……」

 なんて答えようとしたら。

『違う違う。君だよ』

 なんて指を指しやがる。
 ……チッ、こいつナンパ野郎か。しかもタチの悪い奴だ。
 どうせこの後輩目当てで『この後どう?』なんて絡み出すヤツだろう。
 日が暮れるにつれてそういう輩が増えて、俺はウンザリと苛立ちを隠せなかった。

「悪いけどねぇっ、ウチはそういう……」
「……先輩、ちょっと」
「ンだよ! お前もお前だぞ。ナンパされて平気な顔してんじゃねーよ。もっと自分をだな……」
「違いますって。ほらあの人」
「え?」

 そこで初めて気がついた。
 男の指さす方を。

『君、この後どう?』

 ……そうだ、俺がナンパされた。しかも男に。顔も覚えてねぇ男に。
 だが声だけは覚えてる。なんかスカしたムカつく声だったぜ。

「冷やかしなら他所でやれ」

 そう言って俺はそっぽ向いた。

「……そっかぁ」

 そう呟いて、あっさりと男はどこか行った。
 やっぱり揶揄われたんだろう、と安心して再び別に大して美味くもないケーキを売る作業に戻ったのは覚えている。

 ―――んで俺と三田の健闘によって、店長の機嫌を損ねない程度の成果を上げて仕事を終えたわけだ。

「あー……疲れた」
「先輩、この後予定あります?」

 着替えて店を出る頃に、後輩が突然言い出した。

「え……無いけど。まさかのお誘い?」

 大した期待もせずに半笑いで答えると、予想に反して小生意気なこの後輩はコクンと小さな頭を頷かせる。

「マジで!?」
「マジですけど? たまには付き合って下さいよ。……私、この前20歳になったんで」

 珍しいこともあるもんだ。こりゃ明日は雪降るぞ、と思ったもんだ。
 俺はなんだか、この妹みたいに思ってた後輩が急に大人の女になったような。妙に気恥しい気分になった。

「じゃぁ……行く?」
「行きましょ」

 薄く微笑んだその唇は、鮮やかなピンクだった。


■□▪▫■□▫▪■□▪▫■□▫▪

 そこからまた少し曖昧になる。
 確か最初は居酒屋で食事がてら少し飲んで、店長や他の先輩の愚痴とか俺への三田のディスりを聞いたり。
 まぁ早い話、色気の無い時間だったわけだ。別に三田こいつになったことはないから良いけどさ。むしろホッとしてたのを覚えている。

「先輩って恋人、いるんですかぁ?」
「……なんだよ急に」
 
 突然テーブルに頬杖ついた彼女がそう言って。
 頬を赤らめていたように見えたのが、店内の照明のせいだったのか。すごくドキドキしたのは酒のせいだったのか。
 思わず咳き込んで、隣の席の人に『大丈夫ですか』なんて心配されたっけ。
 でもそんな俺の動揺に反して、彼女は肩を竦めただけで。
 
「別にぃ? ただ気になっただけです。だって先輩って……童貞っぽいし」
「ど、どど、童貞ちゃうわッ!」
「あはははっ! めっちゃどもってるぅ~」

 ……そうそう。やっぱりこいつはこいつだった。

 ―――んで。それでテンション上がって、二件目行って……カラオケだっけ?
 そこでも盛り上がって、部屋間違って入って来ちまったらしい人と数曲歌ったっけ……?
 あとは少し疲れたってんで、あいつのっていうのに行ったんだ。
 ええっとそこが。

「……ゲイバーじゃん!」
「ゲイバーですけど?」

 そう。オネエ様達の園であるオカマバー、又はゲイバーである。
 しかも皆さん際どい……いや、麗しい女装姿。俺は未知の世界に汗かきまくりだった。

「あらお帰り、十子」
「ただいま。つーか、そこは客として出迎えなよ……父さん」
「!?」

 最初に出迎えた青髭濃く、恰幅のよいマ●コ・デ●ックス似のオネェ様。
 それが後輩のお父様だったのが、今年一番の驚きだった。
 職業オカマってヤツ? それは何となく聞いた事ある。でも寄りにもよって、知り合いのがそれだと誰が想像できようか……いや、無理だな。

 そのお父様、相手してたお客さんとの会話をわざわざ中断してまでこっち来た。

「ま、いい男じゃないの~!」
「ダメよ、父さん。先輩、童貞だから」
「……どっ、どどどどど童貞ちゃうわッ!」
「ちょっと、先輩ってば。さっきより動揺してるじゃないですか」

 まぁそんな感じで、始終いじられながら酒飲まされて。さらに深酔いっつーか、悪酔いした気がする。
 んで気が付いたら、何故か後輩は居なくなっていた。
 そしてその場の客だっただろう、50代と見られるオッサンと肩組んで店を出た所だった。

 ……オッサンは何故かグズグズ泣いていて、俺はめっちゃ笑っていて。馬鹿みたいに酔っ払ってたのだけは薄ら覚えている。
 抱きつくように肩を掴んでいるオッサンのハゲ散らかした頭が、またすごく笑えて仕方なくて。ゲラゲラ笑う俺に仕事や奥さんの愚痴を泣きながら言いつのるオッサン。

 もうカオスだっただろう。
 時間も時間でさすがの夜の店も閉まってきたらしく、俺はフラフラとオッサンを自宅に送ることになった……と思う。
 とにかくオッサンの言う通りに、そのままタクシーに乗って……ええっと。

「ちょっとここで休憩しようか」
「ぅ……? ん……オッサンの家、ついたの?」
「ンッンー、まぁ、ね。……ほら、ここだよォ」

 なんて会話しながらやたら煌びやかで、桃色の照明が印象的な建物に……。



■□▪▫■□▫▪■□▪▫■

「って、あれッ!? まさか……ら、ラブ、ホ?」
 
 やたら見た目豪華で、でもどこかチープで安っぽくて。インパクトだけが凄い外観。
 ガキの頃、親と車で通った時に『ねぇあのお城何?』って聞いたら『知らない』って言われて、馬鹿みたいに食い下がったら最後には怒鳴りつけられた理不尽な思い出が蘇る。

「待て待て待て。俺ってまさか」

 ……オッサンにラブホに連れ込まれたって事じゃねーかァァァッ!!

「それじゃあここって……」
 
 でも何だか違う。
 ここは多分ラブホじゃない。こんなに広くて、部屋も沢山あるなんて所は聞いたこともないぞ。
 それにホテルどころか、一般的より大きな住居建築だと思う。さっき通った廊下も、その前にいた部屋も。アパートやマンションのそれとはかなり広さも雰囲気も違うような気がするんだ。

「……ここはね。僕の家で、さらにこの部屋は趣味の部屋だよ」
「!?」

 ピッ、という高い音がした瞬間。
 壁の蛍光灯が光り、柔らかくほんわかとした灯りが点った。
 ―――独特な間接照明が複数、部屋をぼんやりとそれでいて鮮やかに照らす。

「あ、あ、あんた、は……」

 閉めたはずのドアが開け放たれ、俺の目の前に一人の男が立っていた。
 
「ようこそ、我が家へ」

 ニコリ、と笑ったその顔には爽やかな笑みが輝いていた。


 

 
 
 

 
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